ここまで遅れてやって来た梅雨も相当に珍しいと思います。
メイド服の試着を終えてからも、私達は何度となく話し合いを繰り返していき、当日の教室の内装やメニューの種類などを一つ一つ決めていった。
んで、本日は放課後に予め朝から予約をして貸し切っておいた調理実習室にて、喫茶店で出すメニューの試作品を作ってみる事に。
既に必要と思われる材料は揃っていて、後は実際に調理するだけなんだけど……。
「はい。この中で料理が得意な人」
クラスメイトの一人が死んだ目で全員に質問を投げかける。
反射的に私は手を上げ、いつの間にか私の隣にいた一夏もまた手を上げた。
そして、私達以外はシャルぐらいしか上げてはくれなかった。
「「「……え? これだけ?」」」
ちょ……嘘でしょ? 得意とまでは行かなくとも、最低限の事ぐらいは……。
そんな意思を込めた視線を皆に向けるのだけど、全員が同時に目を逸らした。
特にセシリアが顔を真っ青にしていたけど、君の場合はここにいる全員がメシマズ属性であることは承知しているから大丈夫だよ。
「はぁ~……しゃーない。こうなったら、本番でも俺達が調理担当するしかないか」
「そうみたいだね……」
(こっちとしては願ったり叶ったりなんだけど)
メイド服を着ての接客なんて私には絶対に無理だし!
確かにあれは可愛かったけど、だからと言って恥ずかしい事には違いないんだから!
「すみません姫様……。私に出来るのは現地調達で作る野戦料理ぐらいでして……姫様のように見栄えも味も素晴らしい料理は作れないのです……」
「ん……気にし…ないで…いい…よ……」
所謂『漢の料理』ってやつだね。知識があるだけずっとマシだよ。
ちょっぴりしょんぼりしてるから、ラウラの頭をなでなでして慰めてあげよう。
「コ…コホン。ところで今日は何を作る予定なんですの?」
「そうだな……」
話し合いで決まった大まかなメニューは、まずは妥当な『パフェ』を初めとするデザート類。
それから小腹を満たす位の量の軽食を出すつもりだ。
「ジュース類は普通に買ってくるとして、紅茶はセシリアに任せていいんだよな?」
「はい。本場イギリス仕込みの紅茶を皆さんにも堪能して貰いますわ」
「後はコーヒーやココアとかだけど……それも本番直前になってから準備すればいいか」
「今ある材料で作れるものは……」
「フレン…チ……トース…ト…と……オムレツ……とか……?」
「その辺りだな。出来ればデザートも一品ぐらい作れればいいんだけど……」
そうだね。パフェだけじゃどうしてもマンネリになってしまうし、他にも色々なデザートがあった方がお客さんも喜ぶよね。
「それならば、プリンアラモードはどうだ?」
「ボーデヴィッヒさんの口から予想外の単語が飛び出したっ!?」
成る程。プリンアラモードなら、他の料理と並行して作っていれば時間も短縮できるし、大丈夫かもしれない。
「ラウラ、そのような事を言うということは、さては前に弥生の作ったプリンを食べた事があるな?」
「フッ……よく見抜いたな箒。その通りだ。私は以前、姫様特製のプリンを御馳走になった事がある」
そんな事もあったね~。
あの時は私がしてるモバゲーで神引きしてテンションが上がってて、その勢いでラウラにプリンを作ってあげたんだっけ。
美味しそうにプリンを頬張るラウラ……可愛かったな~♡
「あ…味はっ!? どうだったんだっ!?」
「フフフ……最高に美味だったとだけ言っておこう」
「「「「「ゴクリ……」」」」」
「スプーンで突いただけでフルフルと揺れ、一口掬って口に入れれば、その瞬間にまるで淡雪のように溶けて消える。それなのに、味はとても濃厚で口の中をずっと覆い尽くすんだ……」
私は普通にレシピ通りに作っただけなんだけどな~。
確かに美味しかったけど、そこまで言う?
「私も板垣さんのプリン食べたい!!」
「って言うか、板垣さんの作った料理が食べたい!!」
「右に同じ!!」
おう……いきなりのリクエストがきましたよ。
でもまぁ……悪い気分じゃないし、作りましょうかね。
「よし。そんじゃ俺がオムレツ、シャルがフレンチトースト、んで弥生がプリンでいいか?」
「僕はそれでいいよ。フレンチトーストは普通に得意だし」
「私…も……いい…よ……」
全員で全部作るんじゃないのね。
その方が効率がいいのは事実だけど。
別にここで作らなくても、どっちも私作れるからいいんだけど。
「試食は……」
全員が目をキラキラさせてアイコンタクトで『私がする!』って訴えてる……。
そこまで必死にならなくても、言ってくれさえすればいつでも作ってあげるんだけど。
「……出来てから決めるか」
それが妥当だよ。クラス代表さん。
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
はい。弥生ちゃんのお料理講座の時間だよ~! ドンドンパフパフ~♪
今日のお料理はプリンで~す。
材料は……。
(カラメル用)
砂糖 30g
水 20g
熱湯 15g
(プリン用)
卵 2個
砂糖 50g
牛乳 250g
バニラエッセンス 適量
となっておりま~す。
まずはカラメルから作っていきましょ~。
小鍋にグラニュー糖と水を入れた後に中火から強火にかけて、薄くカラメル色になるまで鍋を傾けながら焦がします。
「なんか本格的なんですけど……」
「手際いいなぁ~……」
なんか外野が言ってるけど、気にせずに作ります。
この時に注意しないといけないのは、下手にかき混ぜてしまうと結晶化してしまうので、こうして鍋を傾けながらゆっくりと混ぜるのことです。
あまり濃い色まで焦がしてしまったら、結晶化の原因にもなりかねないから、適度に薄茶色になった時点で火を止めましょう。
「「「は~い! 弥生お母さん!」」」
誰がお母さんか。私はまだ未成年な上に未婚じゃい。
火を止めるか、もしくは弱火にするかして余熱で好みのカラメル色になるまで焦がしましょう。
今回はラウラが大好きな少し濃いめにしようと思います。
「ありがとうございます! 姫様!」
あっはっはっ。可愛い娘の為ならこれぐらい。
……私も少し調子に乗り過ぎたな。
予熱でじわじわと色を変えていくんだけど、ここで熱が弱いと感じた場合は弱火で加熱をしてからじっくりと色を付けていきましょう。
撥ねに気を付けながら、お湯を少しずつ加えていって、カラメルと均一になるように混ぜていきます。
ここで一気にお湯を入れてしまったら撥ねてしまうので、慌てずに少しずつ加えて混ぜ込んでいきます。
のんびりしすぎて温度が下がってしまうと固まってしまうから、素早く手早くてきぱっぱと作業しましょうね。
「凄くいい匂いがする……」
「カラメルの時点で既に美味しそうなんですけど」
出来上がったら、ここに用意したプリンの器にカラメルを均等に分けて入れていきます。
入れた後は器を回しながら均一に器の底で伸ばしていきます。
これでカラメルは完成です。
「「「「おぉ~!!」」」」
お次はプリンを作っていきましょ~。
まずは卵を丁寧に割ってボウルに入れてから、こうして泡立てないように泡立て器でほぐして、砂糖を加えてしっかりと全体をすり混ぜます。
ラウラ~。私が頼んでおいた事はちゃんと出来てるかな~?
「はい! 姫様の御命令通り、小鍋にて牛乳を沸騰寸前まで温めてあります!」
よく出来ました。後でラウラの事をハグしてあげよう。
彼女が用意してくれた沸騰寸前の牛乳にバニラエッセンス加えてから、これも混ぜ合わせていきます。
そして、さっき作った卵液にこの牛乳を少しずつ均等になるように注意しながら、泡立てないように混ぜていくのです。
ここで泡立ちが多すぎると、器に注いだ時に泡が多くなってしまって『す』が入る原因にもなるから、静かに混ぜていくのがいいでしょう。
「姫様。こちらをどうぞ」
ありがとう、ラウラ。
彼女が渡してくれた目の細かい濾し器で出来上がったプリン液を濾しながら、さっきカラメルを入れた容器にちゃんと均等になるように注いでいきます。
濾し器の目が細かい程に滑らかなプリンが出来上がるから、もしもここで卵白の塊で濾し器が詰まってしまうような事態になった時は、思い切って卵白を捨てちゃいましょう。
今回はそんな事にはならなかったみたいですね。よかったよかった。
これは大丈夫だけど、器に注いだ時にどうしても気泡が目立ってしまう場合は、火であぶると簡単に消す事が可能です。覚えておいて損は無いと思うよ。
ここまで来たら、もう後は固めるだけなんだけど、実は作り方が二種類あったりするんだよね。
一つは蒸し器で作るパターン。
もう一つはオーブンで作るパターン。
IS学園らしく、この調理実習室には高性能なオーブンがあるので、今回はオーブンを使った方法でいこうと思います。
こんな風に天板やバットに布を敷いて、アルミホイルを被せた器を並べてから、器の三分の一ぐらいの高さまで湯を張ります。
そして、160℃ぐらいまで予熱をしたオーブンで2~30分ぐらい蒸し焼きにするんだけど……ラウラ~、準備出来てる~?
「はっ! いつでも使用可能です!」
よく出来ました。
んじゃ、慎重にオーブンの中に入れてからスイッチをポチっとな。
後はのんびりと待つばかり。
「やよっち~。これが出来上がったら、その後はどうするの~?」
粗熱を取った後で、冷蔵庫に入れて冷やしたら完成だよ本音。
だから、もう少しだけ待っててね。
「うん!」
さて……と。一夏達はどうなってるかな?
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
「「「「「…………」」」」」
お。こっちももう出来上がる寸前じゃん。
一夏が作ったふわふわのオムレツ、美味しそうだね~。
シャルが作ったフレンチトーストもいい香りを漂わせてる。
「あ、弥生。そっちはもう終わったのか?」
「ん……今…はオーブン……で蒸して…る……」
「そっか。遠目で少し見てたけど、弥生の手際って凄くいいよな。本気で感心したよ」
「そう……かな……」
夢中でやってただけなんだけど。そこまで褒められると、相手が一夏とはいえ照れちゃうな……。
「弥生……調理中は全く迷いの無い手つきをしていたな……」
「私には一生掛かっても無理な芸当ですわ……」
なんか箒とセシリアが絶望した表情をしてるけど、一体どうした?
「織斑君もデュノアさんも料理上手……」
「女として負けた……」
「いや、俺は男だし」
今時、料理上手な男子もそう珍しくも無いでしょうに。
一夏だけが例外じゃないよ。
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
一夏のオムレツとシャルのフレンチトーストの試食を終えてから、女子達が余りの美味しさに非常に複雑な表情をしていた。
悔しいが、流石は一夏と認めざるを得ない出来だった。
あのフワフワ具合はそんじょそこらの連中では決して真似出来ない。
あれは間違いなくお店で出すようなやつだ。
そして、シャルのフレンチトーストも絶品だった。
まるで紅茶と一緒に味わう事を前提にしたような味付けは、見事という他ない。
そうこうしている間に時間が経ち、オーブンから『チーン』と音が聞こえてきた。
「お! やっと出来た?」
「まだ気が早いって。オーブンから出した後は冷蔵庫で冷やさないといけないって言ってたじゃんか。だろ、弥生?」
「そうだ…よ……」
「でも、ここにある冷蔵庫もまた無駄に高性能だから、オーブンの時ほどは時間は掛からないんじゃない?」
ほんと、隅から隅まで金掛けすぎだよね、IS学園。
だってこの調理器具の数々って、どう考えても一流の料理人の人達が使うような代物ばかりだよ?
なんて心の中で個人的な疑問を投げかけながら、私はオーブンからプリンの入った容器を取り出して、冷蔵庫に一つずつ入れていく。
「ここのやつなら……掛かっても15分ぐらいでいいんじゃないか?」
「そ…れなら……その間…に片付…けでもしよう……か……」
「それがいいね。時間が勿体ないし」
空き時間は有効に活用しなくちゃね。
じゃないと、帰る時間が遅くなっちゃう。
「では、私もお手伝い致します! 姫様!」
「ありがと……」
「わ…私も手伝わせてくれ! せめてそれぐらいはしなくては……」
「私もする~」
ラウラや箒、本音に釣られるように皆も自主的に手伝いを申し出てくれた。
これならあっという間に片づけも終わるね。
「では、このセシリア・オルコットも微力ながらお手伝いを……」
「「「「「だが断る」」」」」
「なんでですのっ!?」
それは自分の大きな胸に手を当ててよ~く考えなさいな。
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
全部の片付けが終わった頃、丁度いいタイミングでセットしておいたタイマーが鳴った。
随分と長かったけど、これでようやく完成だ。
「よいしょ……っと」
4つのプリンが乗った天板を持って皆の元まで行く。
よっぽど食べたかったのか、既に本音が個数分の皿とスプーンを用意していた。
「フフフ~♡ やよっちのプリン……楽しみだな~♡」
そんなに慌てなくてもプリンは逃げないよ。
型から出す時は、こうして竹串みたいに細い棒で円周に沿っていく形でそっと空気を入れてから、逆さまにして……ポン!
「「「「おおぉ~~!!」」」」
はい、出来上がり。
弥生ちゃん特製プリン、おあがりよ!!
「いざ完成品を見ると……」
「超絶美味しそう……」
「よ…涎が……」
うん。今回のは中々にいい出来栄えだ。
これなら私的には文句無しかな。
と、ここでいきなり調理実習室の扉が開いて、意外なゲストがご登場した。
「む? お前達、まだいたのか」
「美味しそうな匂いがしますね~」
にゃんと、千冬さんと山田先生がやって来たではありませんか。
本当にいいタイミングで来るよな……。
ちゃんと今回の事は二人にも報告済みで、恐らくは担任として私達の様子を見に来たんだと思われるが……。
「ん? その美味しそうなプリンは誰が作ったんだ?」
「これは姫様がお作りになられたプリンです!」
「や…弥生が作ったプリンだとっ!?」
そこまで驚くような事かな?
なんか集中線が入って迫力が増してるけど。
(弥生が料理上手なのは知っていたが、まさかお菓子作りまでも得意だったとは……! これは絶対に食べてみたい!!)
うん。全身から『食べたいオーラ』を出しまくってますね。
皆には悪いけど、ここは担任の特権として割り切って貰って、一つだけ担任コンビに分けてあげよう。
「一つ……いかがで…すか……?」
「い…いいのか? 皆で食べるつもりだったのだろう?」
「普段…からお世話……になってま…すし……」
(うぅ……相変わらずなんていい子なんだ……! 本気で嫁にしたい……)
(板垣さんは本当に優しい子なんだな~……それに可愛いし、健気だし……はっ!? 今、私は何を考えて……)
流石に個数的に全員が食べられる訳じゃないから、残った分はじゃんけんをして勝った人たちだけが一つを食べ分けることに。
こんな時に無駄に強運を発揮するのが原作キャラなのでして。
見事に一夏を初めとするメンバーが勝ち残った。
他にも勝った子達はいるけど、こいつ等が揃って残るのは普通に凄い。
「では……」
「「「「「いただきます」」」」」」
製作者権限として、私も一口パクリ。
うんうん。いい具合になってる。申し分なしだね。
これなら学園祭に出しても大丈夫……。
「うんまぁぁぁぁぁぁぁぁい!!」
「うまっ!?」
「本当だ……口の中でとろける……」
「美味し~♡ やよっちのプリン、ちょーちょー最高だよ~♡」
「再びこの味を堪能出来るとは……私はなんて幸運なのだ……」
いや、ちょっと大げさすぎやしませんかね?
「くぅ……! プリンとはここまで美味しい食べ物だったのか……!」
「これ食べちゃったら、もうスーパーとかに売ってる市販のプリンは食べられませんね……。それぐらい美味しいですよ……板垣さんのプリン……」
よ…喜んで貰えたようで何よりです……。
「板垣さんって……」
「可愛くて、スタイルもよくて……」
「優しくて、頭もよくて……」
「お菓子作りも完璧……」
「更には包容力もあるし……」
なんかそこで言ってますけど。
これぐらい、覚えれば誰でも出来るでしょうに。
「言っておくが、姫様は料理全般こなせるだけでなく、家でも家事の全てを行っていらっしゃるのだぞ」
「「「「「女子力の塊かっ!?」」」」」
それは褒められてるのかな? それとも馬鹿にされてる?
「「「「板垣さん結婚して!!!」」」」
「えぇっ!?」
いきなりなにを言うだぁっ!?
「もうマジで板垣さんって超優良物件じゃん!!」
「世の中の男共の目は完全に節穴ね!!」
「男共が狙わないのなら……私が娶る!!」
「女子として完璧すぎ!!」
ちょ……ちょっと? なんか皆の目が怖いんですけど?
「これも弥生の魅力がなせる技なのか……!」
「悲しいような、嬉しいような……」
「なんとも複雑な気分だよね……」
「いや、弥生は俺の嫁だし。誰にも渡さないし」
「貴様はまだそんな戯言を抜かしているのか」
「やよっちは本当に人気者だね~」
そんな事を言ってる暇があるなら、私の事を助けてくれませんかねっ!?
つーか、いつ私が一夏の嫁になったし!
「何を言っている。弥生は私の嫁だ。異論は認めん」
「「「「「「えっ!?」」」」」」
ここで超特大の爆弾を投下しないでください千冬さん!!
場がとんでもない空気になってるじゃないですか!!
あ~……もう……結局はいつものようにグダグダになってしまった……。
この後、私達が試作したメニューは全てが採用されて、喫茶店で出す事が決定した。
これは、準備が増々大変な事になりそうだな~。
余談
「え? IS学園の学園祭で自分達の屋台を出したい? なんでまた急にそんな事を?」
『ちょっと色々とあってね。それに、あそこならがっぽりと儲かるじゃない?』
「がっぽりって……」
『レインは例の生徒会長とも知り合いなんでしょ? なんとかならないかしら?』
「う~ん……話すだけ話してみるけど……」
『お願いね』
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
「そんな訳で、学園祭でラーメンの屋台を出してもいいか?」
「前代未聞過ぎるっ!?」
この後、なんとか説得をして屋台を出してもいい事になったそうです。