だって弥生、寝てるんですもん。
話に絡みようがありません。
濡れタオルにて弥生についた汗を拭っている時に、偶然にも彼女の痛々しい無数の傷跡を見つけてしまい、更にそこへ追い打ちをかけるようにして、現在進行形で避けられている妹、更識簪と出会ってしまった更識楯無。
両者は互いを見つめ合ったまま、完全に固まってしまった。
「……なんでお姉ちゃんが弥生の部屋にいるの……?」
「そ…そう言う簪ちゃんはなんで……」
「質問に質問で返さないで……と言いたいけど、別にいいか……」
会話だけ見れば簪が妥協をしているように見えるが、その顔は全く許していない。
「私は弥生の事が気になって、授業が終わってすぐにここに来たの。今日は実習が無かったし」
「そ…そうなのね……」
「で? なんでお姉ちゃんはここにいるの?」
「そ…それは~……」
『弥生ちゃんに接触しようとして、こっそりと部屋の中で待ち伏せて第一印象を少しでも良くしようと思ってました~』なんて、口が裂けても言えない。いや本当に。
もしも言ったら、本当に楯無の口が裂けてしまうかも。
主に簪の手によって。
「はぁ……。ここで下手に騒いだら弥生が目を覚ましちゃうから、こっち来て」
「ワカリマシタ……」
下手に逆らったらどんな目に遭うか分からない。
楯無は本能的にそう悟った。
簪の言う事に従って、楯無は大人しく廊下に出た。
その際、ちゃんと弥生の手と首を隠すために布団を掛け直しておいた。
静かに扉を閉めてから、改めて問い詰める事に。
委縮して申し訳なさそうに廊下のど真ん中で正座をしている姉と、それを見下ろしながら目の前で仁王立ちをする妹。
……なんだ、この構図は。
「えっとね……簪ちゃん。私は……」
「下手な言い訳なんていいから。私の質問にだけ答えて」
「ハイ……」
完全に立場が逆転していた。
姉としての威厳も、先輩としての威厳も、生徒会長としての威厳も何も無い。
そこには一人の妹に頭が上がらないヘタレな少女がいた。
「なんで弥生の部屋にいたの?」
「えっと……話せば長くなるんだけど……」
「手短に言って」
「弥生ちゃんがとあるお偉いさんの娘さんだと分かって、それで……」
「護衛をする為に接触しようとした……と?」
「そう……よ。別に依頼されたわけじゃないけど、だからと言って無視できるような事でもないし……」
「ふぅ~ん……」
「ほ…本当よ?」
彼女の名誉の為に言っておくが、嘘はついていない。
それ以前に、ここで嘘をつけば楯無の今後が大ピンチになる。
「…………分かった。一応はそれで納得してあげる」
「よかった……」
ほっと一安心して胸を撫で下ろす。
これで少しは楯無にも余裕が出来た。
「それじゃあ、さっきは弥生に何をしようとしていたの?」
「最初は私もそのまま踵を返して帰ろうと思ったんだけど、その途中で彼女が汗を掻いているのを見ちゃって、少しでもスッキリさせてあげようと濡れたタオルで汗を拭いて……」
「本当にそれだけ?」
「本当にそれだけよ! 他には何もしてないわ!」
「さっきの話は暗部としての話だったから私自身も納得したけど、一度そこから離れたお姉ちゃんの言葉や行動はどうも信用に欠けるから」
「酷っ!? 簪ちゃんは私の事をどんな風に見ているのっ!?」
「痴女。変態。露出狂。バ会長。シスコン。どれがいい? 好きなので罵倒してあげるよ?」
「どれもイヤァ~っ!? って言うかバ会長っ!?」
「虚さんも陰では似たような事を言ってるよ」
「嘘でしょっ!?」
ここに来て妹の口から明かされる衝撃の真実。
少しは自覚を持ちましょう。
「……もういい。お姉ちゃんに関しては色々と諦めてるから」
「諦めないでっ!? お願いだから!」
「だったら、私から取った下着をいい加減に返してよ」
「そ……れは……」
「なんでそこで目を逸らすの」
「…………」
どこまで行っても、彼女は彼女であった。
「この事は本音から虚さんに伝えて貰うようにするから」
「それだけは本気で勘弁してぇ~っ!?」
楯無が簪にしがみ付きながらの涙の懇願。
姉としてそれでいいのか。
「……お姉ちゃんも女の子なら分かると思うけど、今日の弥生は『アレの日』で体調が冗談抜きで最悪なの」
「そ…そうだったのね……」
「弥生が弱って寝ている時に、もしも何か変な事でもしたら……」
「したら……?」
「……お姉ちゃんの事、絶対に許さないから。って言うか、今後は『更識先輩』って呼ばせて貰うから」
「やぁぁぁぁぁめぇぇぇぇぇぇてぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」
更識楯無。高校二年にしてガチ泣き。
もう生徒達が知っているカリスマ溢れる彼女はどこにもいなかった。
「弥生はまだぐっすりと寝ているみたいだし、後で皆にも伝えないと。取り敢えず、今は安静にさせておいた方がよさそうだって」
「まさかの無視っ!?」
もう姉には見向きもしないで、簪は寮の入り口へと向かって行った。
これは余談ではあるが、弥生の部屋から皆が退出した後、ちゃんと原作通りに実習は行われ、そこで一夏は見事な犬神家を皆の前で披露し、一人で寂しく自分が作ったクレーターの後始末をしていたそうな。
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
外はすっかり暗くなり、星空が美しく瞬いている。
そんな時刻のIS学園の正面ゲート前に、一人の少女がそこそこの大きさのボストンバッグを持って立っていた。
「ここが天下に名高いIS学園ね~……。流石に大きいわね」
長く纏まったツインテールが夜風に舞い、彼女の顔に当たる。
「受付受付~……っと。見当たらないわね」
適当に周囲を見渡すが、それらしき施設は見当たらない。
自力で見つけるのを断念した彼女は、ポケットの中から皺だらけになった一枚のメモ紙を取りだした。
「本校舎一階総合事務受付……って事は、少なくとも一階にあるって事よね?」
僅かなヒントを頼りに、少しだけ歩いてみる。
夜と言う事もあって、流石に人の姿は見えない。
寮や一部の施設の窓から漏れる明かりが眩しく輝いて、何とも言えない寂しさを演出していた。
「ま、適当に歩いていれば見つかるでしょ。多分」
見事な楽観主義。
それで探し物が見つかれば、世の中には警察も探偵も必要ない。
「ここまで来た以上、まずはあいつに会いたいな~……」
彼女がこのIS学園に来た目的は唯一つ。
昔からの想い人に会いたいからだ。
彼女の上の方では全く別の思惑があるのだろうが、彼女はそんな大人の事情には全く興味を示してないし、そもそも自分には関係無いとすら思っている。
「そういや、こっちに来る前に何か言ってたような……なんだっけ?」
う~ん……と頭を捻らせて思い出そうとする。
頭の隅っこの方に行ってしまった記憶であるが、何故かポンッ!と思い出せた。
「そうだ……思い出した。確か、この学園に日本の超偉い人の娘が在学しているから、その子と仲良くなって日本との友好な関係を築く第一歩にしろ……って言ってたわね。名前は………忘れちゃった」
肝心な事を忘れては意味が無いだろうに。
だが、当の本人は全く気にしている様子は無い。
「はぁ……弥生ぃ~……」
「いい加減にその溜息を止めてもらえませんこと? 本気でウザいので」
「オルコットさんって俺に対して辛辣過ぎじゃねっ!?」
「その理由は自分の胸に聞いたらいかがですの?」
「ソーデスネ……」
聞き覚えのあるような声。
同時に見えた複数人の人影。
(お? これはナイスタイミング! 丁度いいから、あの子達に受付の場所を聞こうっと)
そうと決まれば早速、行動開始。
彼女は声のする方に真っ直ぐに歩いて行き、その姿を視界に入る所まで近づいた。
その時、彼女は自分の目に映った光景に驚いた。
(さっき言った事が現実になっちゃった……)
女子達が集団で前を歩き、その後ろを一人の男子が歩いている。
男子は先程から落ち込んでいるようで、溜息交じりに猫背で歩を進めていた。
「貴方の事を指導してくださった弥生さんの顔を立てる為に、態々貴重な時間を消費して貴方の訓練を仕方なく手伝っていると言うのに、肝心の貴方がそれでは意味が無いじゃありませんの」
「だってよ~……弥生の事が心配で心配で……」
「さっき簪も言っていただろう。今日一日は部屋で大人しく安静にしておいた方がいいと。それとも何か? お前は弥生にしなくてもいい気遣いをさせて、体調を悪化させたいのか?」
「んなわけねぇだろ! 弥生の体が第一に決まってるじゃねぇか!」
「だったら、今日はお前も大人しくしていろ。私達だって本当は、今すぐにでも弥生の部屋まで行ってその手を握りしめたり、体を拭いてやったりしたいのを我慢していると言うのに……」
「箒……」
シリアスなシーンのようにも思えるが、よく聞けばとんでもない事を普通に話している。
本人達は全く気にもしていないだろうが。
「そう言えば~、今日は食堂でおりむ~の就任パーティーがあるんだよ~」
「俺の? なんで?」
「さぁ? 私が考えた訳じゃないし~」
「それもそっか。でもなぁ~……弥生が病気の時に俺だけがパーティーってのも……」
「馬鹿か貴様は。よく考えろ」
「馬鹿って……」
「あの優しい弥生が自分のせいで一夏がパーティーに出られなかったと知ったら、間違いなく責任を感じて落ち込んでしまうぞ」
「それは絶対に駄目だ! 俺のせいで弥生が落ち込むなんて……」
「だったら、弥生の為にもパーティーに行くべきだ。分かるな?」
「あぁ……そうだな。ところで、三人はパーティーには来ないのか?」
「私は人の多い場所は苦手だ」
「そんな気分にはなれないのでパスで」
「私もかな~。今はお部屋でお菓子を食べたい気分~」
「夜中に間食したら、後々が大変だぞ?」
「だいじょ~ぶ~」
「本音さんのそんな所が少し羨ましいですわ……」
完全に話しかけるタイミングを逃してしまい、集団は彼女の前を通り過ぎていった。
勿論、彼女の存在には全く気が付かないまま。
「………………」
手を前に出したままの恰好で固まってしまった。
数秒後に再起動した彼女は、その後にすぐ目的の場所である受付が見つかった。
先程の集団が出てきた場所の近くに、探していた本校舎だった。
「はい。これで手続きは終了です。ようこそIS学園に。凰鈴音さん」
人当たりのいい受付の女性の言葉を半ば聞き流しながら、鈴は先程の事を思い出していた。
(なんなのよあれは……! 当たり前のように女の子達を侍らせて! それに、弥生って何処の誰よ!? まさか…この学園で知り合った女の子の名前!? 一夏の奴~…私と言うものがありながら~!)
顔は能面のようにしながらも、その心の中はマグマのように怒りでグツグツと煮えたぎっていた。
「あの……織斑一夏君ってどこのクラスか分かりますか?」
「あ~…彼なら一組の筈よ。確か、クラス代表になったって聞いたけど。流石は織斑先生の弟さんって事かしら? 貴女は二組だから、隣のクラスね」
「ソーデスカ……」
棒読みで返事をする彼女……凰鈴音。
相変わらず顔は無表情のまま。
「二組のクラス代表ってもう決まって……?」
「決まってるけど……それがどうかしたの?」
「いえね……ちょっと頼みごとをしたいと思って……」
「た…頼みごと……?」
後に受付の女性はこう語った。
この時の凰さんの背後には怒りに染まった仁王が垣間見えたと……。
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
本音の言った通り、夕食後の自由時間に食堂で一夏のクラス代表就任パーティーが行われていた。
パーティーの主役である一夏は、あまり気乗りしてはいなかったが、途中で箒に言われた事を思い出して、作り笑いを浮かべてパーティーを乗り切っていた。
一夏が精神的にもキツくなってきた時、一人の上級生がボイスレコーダー片手にやって来た。
「どもども~。こちら新聞部で~す! 噂の新入生の織斑一夏君にインタビューをしに来ました~」
「イ…インタビュー? 俺に?」
「そうだよ。君はこの学園で一番の有名人だからね。あ、私は二年の黛薫子。新聞部の副部長をやってま~す。これ名刺ね」
「はぁ……。俺が有名人ねぇ~……なんで?」
「そりゃあ、君はこの学園で唯一の男子生徒だし、あの織斑先生の弟さんだしね」
「やっぱりそこっスか……」
分かってはいてもやりきれない。
いくら姉を通して見て欲しくないと思っていても、彼が千冬の弟である事実は覆せない。
その事に納得していないのは本人だけ。
「最初に君に聞きたい事があるんだけど、いいかな?」
「な…なんですか?」
「前に君が図書室にて、とある女の子と一緒にいるところを目撃したって情報があるんだけど、それって誰なの?」
「図書室……? 弥生の事か?」
「弥生っ!? それが女の子の名前!?」
「しまった……」
ふと漏らした迂闊な一言が薫子に聞かれてしまった。
一夏は気まずそうに顔を逸らして苦笑いになる。
「それでそれで? その弥生ちゃんとはどんな関係なの? まさか、彼氏彼女の仲だったり?」
「いやいやいや! 俺が弥生の彼氏なんてそんな……。弥生は俺なんかとは違って頭もいいし、凄く美人だし……。俺は弥生に勉強を教わってばかりで、何もお礼を返せてないし……」
「勉強を教わったっ!? もしかしてマンツーマンで!?」
「それは~……」
ここまで来たら、もう誤魔化せない。
さっきから墓穴を掘ってばかりの原作主人公だった。
「くはぁ~! 入学して早速、青春してるわね~! んじゃ、これからの事に関して何か抱負とかってある?」
「抱負……」
抱負なんて言われても、すぐに思いつくようなもんじゃない。
しかし、一夏は少しだけ考えた後に口を開いた。
「やっぱ……弥生の隣に立つに相応しい男になる事……ですかね?」
「それ最高! 捏造なんてしなくてもいい一言頂きました~!」
興奮がMAXになる薫子に対し、周囲の女子達は少し残念そうになった。
「板垣さんが織斑君の彼女候補か~……」
「確かに、あの子って美人でスタイルもいいけど……」
「私達にもワンチャンないのかな~……」
知らぬが仏とはよく言ったもので、一夏は弥生が最も嫌う事の手伝いをしてしまっていた。
これを弥生が知った時、一体どんな反応をするのやら。
この場にどこぞの激辛マーボー神父がいれば、最高の笑顔を浮かべたに違いない。
「織斑君に勝ったセシリアちゃんにも色々と聞きたいと思ってたけど、ここにはいないんだね~…。適当に捏造……をしたら、なんかヤバいような気がするから、止めておこうかな……」
好奇心の塊である彼女も、流石にイギリスの名家である『オルコット家』を敵に回す勇気は無かったようだ。
最後に集合写真を撮ったが、一夏の顔はずっと固いままだった。
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・
最後に、今までずっと出番が無かった弥生はと言うと……
「お腹が……空いた……よ……」
昼間にずっと寝ていた為に夜に全く寝付けず、おまけに昼食をしなかった為、空腹に襲われていた。
体が万全ならば普通に料理をするのだが、今の体調で料理をするのは無謀すぎた。
結果、朝になるまで待つしかない弥生だった。
弥生の部屋には一晩中お腹の虫が鳴き続けて、先程までとは別の意味で苦しんでいた。
「ご飯……ぷり~ず……」
次回はちゃんと弥生の出番が?
そして、中国から来た彼女が本格的に登場します。
弥生と鈴とのファーストコンタクトはどうなるのか?