弥生ほどではありませんが、私も人並み以上には食べるんです。
でも、何故か全く太らない不思議ちゃん。
弥生がまだ『あの日』の痛みから完全に解放されていない日の夜。
楯無は一人、自分の部屋で思案に耽っていた。
「まさか、簪ちゃんがあんなにも弥生ちゃんの事を大事に思っていたなんてね……。羨ましいやら、妬ましいやら……」
なんて事を言いつつも、楯無の中に弥生に対する黒い感情は無い。
それよりも、今は気になる事があるから。
「私が偶然にも見てしまった、あの弥生ちゃんの傷跡……。あれはどう考えても普通じゃない」
楯無は、さっきからずっと弥生の傷跡の事ばかりを考えていた。
暗部の人間としてもそうだが、それ以上に後輩の女の子があんなにも凄惨な傷を無数に負っているのを見て、言葉では言い表せないような気持ちになっている。
「簪ちゃんの様子から、他の子達はあの傷の事は知らないようだし……。普段から彼女が肌を露出しないような改造制服を着用しているのは、間違いなくあの体の傷を隠す為でしょうね。きっと、あの体の事で幼い頃に嫌な目に沢山あってきて、それで……」
人間とは、少しでも自分達と違う部分を見つけると、途端に排他的になる生き物だ。
中には違いを受け入れてくれるような殊勝な心を持つ者もいるが、世の中はそんな人間ばかりじゃない。
大半は、集団から排除しようとする動きをするだろう。
「…………決めた」
普段は滅多に見せない『暗部』としての顔を覗かせて、スッ…と目を細めた。
「私に出来る全力で、弥生ちゃんの『過去』に何があったのかを突き止めよう…。その上で、私もあの子の味方になってあげないと……」
生徒会長として、先輩として、何より、同じ女として、弥生の力になってあげたい。
これは、楯無の純粋な思いだった。
しかし、弥生本人すらも知らない『空白の過去』を調べる事によって、彼女は知る事となる。
この世の中には、己の欲望を満たす為だけに他人の全てを踏みにじる、最低最悪とも言える『吐き気を催すような邪悪』が確かに存在していると言う事実を。
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
次の日の朝。
私の体調はすっかりとよくなって、いつものように、本音と一緒に教室へと足を踏み入れた。
すると、入った途端に私の方に駆け寄ってくる一団がいた。
「や…弥生っ!! 大丈夫なのか? もう苦しくないのか?」
「弥生……元気になってよかった……」
「えぇ……本当に……本当に良かったですわ……」
ちょ…ちょっと? このお三方は何をそんなに声を荒げているんですか?
一夏は無駄に顔が近いし、箒とセシリアに至っては、何故に涙ぐむの?
「私達も女故に、あの時の弥生の苦しみは共感できるが、それでもベッドの上で顔を歪めていたお前を見た時は生きた心地がしなかったぞ……」
「そうですわ。今回の事は流石に仕方が無かったですけど、今後はご自分の体調管理にもお気を付け下さいましね?」
「う……うん……分かった……よ…。心配かけ…て……ゴメン……ね…?」
「もういいんだ……。弥生が元気になってくれれば、それだけで……」
「でも、無理は禁物ですわよ? 時期はまだ完全には過ぎ去った訳ではないですからね?」
「そう……だね……」
心配してくれることは本当に有難いと思うけど、私の事を思うのなら、その過剰な反応はやめて欲しい。
罪悪感で逆にストレスになるわ。
「それだけ、皆がやよっちの事を心配してくれてたって事だね~」
「そう言う本音だって、凄く心配していたじゃないか」
「あの後、とても狼狽えていて、今にも泣きそうにしていましたわよね?」
「うぅ~……それは言わないでよぉ~……」
恥ずかしそうに俯く本音の顔、頂きました!
朝からあざーす! これで今日も一日頑張れるぞ!
「なんか……俺だけ女子の輪に入り損ねてるんだけど……」
それはしょうがないんじゃない?
女子って何気に閉鎖的な所があるからね。
それから、私は本音に手を引かれながら席へと向かった。
(そういや、教室の中が妙に浮かれているような気が……。この時期って何かあったかな?)
う~ん……思い出せん。
女子達はしきりに『転校生』とか『中国』とか言っている。
ん? 『中国』の『転校生』? それってまさか……。
「どうしましたの? 弥生さん」
「な…んでもない…よ。少しお腹…が減った……だけ」
「やよっち、今朝は少ししか食べなかったもんね~」
「少しってどれぐらいだ?」
「卵粥……10人前……」
「「確かに少ない」」
「10人前っ!? しかも、それで少ないのかよっ!?」
やっぱり、病み上がりにはお粥が一番いいよね。
でも、念の為に無理しないように食べる量を減らしたけど、あれだけじゃ物足りない……。
お昼まで持つかな……。
(ん? なにか教室の入り口に見慣れない誰かが立ってこっちを見てるような気が……)
あんな奴、この学校にいたっけかな?
ここからじゃよく姿が見えないけど。
(あ。教室の喧騒でよく声は聞き取れないけど、なんか言ってるっぽい)
……別に気しなくてもいいか。
なんて思っていた私が馬鹿でした。
入口にいた少女は、なにやらこちらに向かって一直線にズンズンと大股開きで歩いてきた。
「ちょっとっ!! いい加減に気が付きなさいよ!!」
「なぁっ!?」
「あら?」
「ん~?」
「誰だ?」
「あ……」
こ…このツインテールの少女は……まさか……!
「お前って……鈴か?」
原作ヒロインの一人にして、中国の代表候補生でもある『凰鈴音』じゃないかっ!?
そうだった……! 確かこいつはこの時期に隣のクラスに編入してくるんだった……!
アレの痛みを乗り越える事に必死になって、すっかり忘れていた!
「そうよ。アンタのよ~く知っている凰鈴音よ。久し振りね、一夏」
「おう! 本当に久し振りだな! でも、なんでお前がIS学園にいるんだ?」
「今のアタシは中国の代表候補生……って言えば、大体は分かるんじゃない?」
「いや全く」
まさかの即答。
せめて考える姿勢ぐらいは見せて欲しかった。
「あ…あんたねぇ~……。一体ここで何を学んでるのよ……」
「そりゃ、ISに関する事全般?」
「それなのに即答って……。呆れを通り越して感心するわ……」
あ~あ。登場早々に頭を抱えちゃったよ。
気持ちは分かるが、まぁ……ご愁傷様。
(な…なんだ? 彼女の視線がこっちを向いている?)
凰鈴音……もう普通に鈴って心の中では呼ばせて貰おう。
その鈴が私達全員を舐め回すように見渡していた。
「ふぅ~ん……」
「お前はどこを見ている?」
心なしか、少し視線が下を向いているような……。
(揃いも揃って、一夏が侍らせている女の子全員が巨乳ですって? ふざけんじゃないわよ! なにか? これは私に対するあてつけか!? それとも、一夏もやっぱり胸が大きい子の方が……)
急にこっちを睨み付けてきたと思ったら、今度は溜息交じりに落ち込みだしたし。
睨まれた時はかなり怖かったけど、この哀愁溢れる姿を見せられたら、何も言えなくなる……。
「「「「「あ」」」」」
「え? なによ?」
志村! 後ろ! 後ろ~!
早く気が付いて~! 貴女の後ろに出席簿を手にした最強の刺客がいますよ~!
「おい貴様……」
「あ? アタシの邪魔をしないでくれ……」
彼女が振り向いた途端、教室の中の時が凍りついた。比喩でなく。
「他の教室に入って何をしている」
「ち……千冬さん……?」
あっ! それは……
「織斑先生だ。ちゃんとけじめをつけろ、馬鹿者が。とっとと自分のクラスに戻れ」
「す…すみませんでした……」
恐怖に屈した鈴は、あっという間に教室から出て行った。
気持ちは分かるけど、廊下は走るなよ……
にしても……しゅ…しゅごいプレッシャー……!
こ…怖い……本気で怖いよ~!!
泣いていい? 私ってばすっごく頑張ったから、もう泣いていいよね?
「ったく……。織斑と言い、アイツと言い、公私のけじめぐらいちゃんとつけられないのか……」
「え? なんで俺が引き合いに出されてるの?」
完全なとばっちりですな。ざまぁww。
「板垣」
「ひゃ…ひゃいっ!?」
な…なんだっ!? やるのかこのヤロ~!
今なら速攻で五歳児のように泣き喚く事が出来る自信があるぞ!
「昨日のお前の事は聞いている。幸い、今日は外での実習は無いが、それでもあまり無理をせずに大人しくしておけ。いいな?」
「は……い……」
ま…また頭を撫でられた……?
なんだ…この人は……。
あれか? 所謂『飴と鞭』ってやつか?
いや違うな。この人の場合は寧ろ『砂糖一粒と核弾頭』だろう。
箒とセシリアに関しては少しだけ見直したけど、この女教師はまだまだ油断は禁物だ。
次の瞬間に何をしてくるか、全く予想が出来ないからな……。
「なんか……千冬姉って弥生には甘いよな……」
「何か言ったか?」
「ナンデモナイデス……」
またプレッシャーが……。
全然甘くなんて無いよ! 激辛だよ! 超激辛だよ!
辛いのは食べ物だけで沢山だよ!
「二度目は無いからな」
「りょ…了解……」
こうして、私の爽やかな朝は一瞬にして恐怖に染まってしまい、また一日が始まる。
これ……本気で胃薬を買う事を考えないとな……。
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
お昼休み。
私は本音と一緒に簪と合流して、一緒に食堂に向かう事にしたが、そこに箒とセシリアが乱入、更には一夏が後ろから勝手について来た。
因みに、授業中に余計な事を考えて出席簿の餌食に~…なんて事は無かった。
てっきり一夏と鈴との関係を考えて集中出来ていないと思ったんだけど、どうやら私の思い違いだったみたいだ。
そうだよな。あの人の授業で馬鹿な真似をするような勇者はいないよな。
「それにしても、朝に来た彼女はなんだったんでしょうか?」
「一夏の知り合いのように見えたが?」
「知り合いって言うよりは、鈴は…「待ってたわよ! 一夏!」……噂をすればなんとやら……」
「だね~」
「この子が……」
野生の凰鈴音が現れた!
どうしますか?
逃げる
土下座
泣く
→ 一夏に丸投げ
「私達は先に行ってるぞ」
「どうぞごゆっくり」
「んじゃね~」
「……………」
「え? ちょっとっ!? みなさ~んっ!?」
鈴は一夏にべったりだったので、ここは彼に全てを任せてから、私達はお昼ご飯としゃれ込む事に。
「あ…あれ? なんで?」
何がだよ。それじゃ、お幸せに~。
販売機の前に行って、何を食べようか考える……けど、実は最初から今日の昼食のメニューは決まっていたので、それを迷わず選択。ポチっとな。
「弥生は決まったの?」
「う……ん……」
「それじゃ、早く並ぼ~」
カウンターの列に並びながら、置いてきた二人を見る。
「あんたってばまた背が伸びた? もう頭に手が届かないんですけど」
「成長期だしな。お前も本当に久し振りだよな」
仲良さそうで、なによりなにより。
今度こそ、私から離れてくれると助かるよ。
「弥生さんは何を頼んだんですの?」
「ちょっと……ね……。後で行く……から……先に行って…て……」
「? 分かった……」
皆を先に行かせてから、私はカウンターの向こうにいるおばちゃんに食券を手渡す。
「お? お嬢ちゃんかい? 今回は何を食べるんだい?」
「こ……れ……」
「ほぅ~? これはまた……よし! 少しだけ待ってな。すぐに用意してあげるよ」
「お願い……しま…す……」
ちょっとだけ列から離れて、おばちゃんを待つことに。
「あれ? アンタなんでまだ……」
「注文待ちか? 弥生」
「そんな……と…こ……」
「何を頼んだの?」
「すぐに……わかる…よ……」
待っている間に一夏と鈴がやって来て、同じように食券をカウンターに置いていった。
二人が注文している間におばちゃんがやって来て、大きな台車に私の注文した物を乗せてきてくれた。
「はいよ、お待ちどうさま」
「ありがと…う…ござい……ます……」
「これぐらい別に構いやしないよ。アンタの食いっぷりは見ているこっちも気持ちがいいからね。いくら量が多くても、作り甲斐があるってもんさ」
おぉ~……なんて良いおばちゃんなんだ……。
食堂なんて昼食以外に使わない! って思ってたけど、今後も積極的に利用させて貰おうかな……。
「や…弥生……それって……」
「私……のお昼……ご飯……」
おばちゃんから台座を引き継いで、簪達の待っている席に行くことに。
鈴は向こうを向いていたから、私の昼食を見ていない。
早く席に行って食べたいな~♡
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
席まで行くと、皆が私の持って来た食事を見て呆気にとられていた。
う~ん……今回は少し多かったかな?
でも、今の私はこれぐらい食べたいんだよね~。
「や…弥生……? その灰色の山は一体……」
「うわぁ~……」
台座に置かれた巨大なざるを体全体で持ち上げて、テーブルの上に置いた。
「よっ……こいしょ……っと……」
「い…意外と力もあるんだな……弥生は……」
そう? 至って普通だと思うけど?
「こ…これはなんですの……?」
「ざる蕎麦……」
「一応聞くけど……何人前?」
「20人前……」
「「「「20人前っ!?」」」」
テーブルの中央を完全にざる蕎麦が陣取って、圧倒的な存在感を示していた。
そばつゆは5つくらい用意してあって、その全部にたっぷりと注がれてあった。
「……この山を見て、弥生がここにいるってすぐに分かったぜ……」
「ちょっ……! なんなのこれっ!?」
あ、私のざる蕎麦がデコイになって一夏と鈴を呼び寄せてしまった。
態々ここに来なくてもいいのに。
二人で向こうにでも行って、ゆっくりしていってね。
そんでもって、ゆっくりボイスで実況でもしてもらえ。
「なんでここに来るんだ?」
「何よ? あたしたちがどこで食べようと、アタシ達の勝手でしょ?」
「少しは空気を読んで欲しいものですわ……」
「大方、そこの男にほだされたんでしょ?」
「なんで俺が悪者になってるんだよ……」
こっちの了承を得ないまま、鈴は勝手に席に座って、一夏もそれに続くように席に座った。って……なんで一夏は私の隣に座るんだよ。他にも席は空いてるだろうが。
「んな訳で、失礼するわよ」
「強引に割り込んでこないでくださいな……」
「礼儀がなってないぞ」
「うっさいわね……って、一夏! どうしてその子の隣に座るのよ! 座るならアタシの隣に座ればいいじゃない!」
「いや……それこそ俺の勝手だろ……」
なんか場の空気が険悪になってきたんですけど……。
こんな時は食事だけに集中して、食べている間だけでも現実逃避をしよう!
頼むから、暴力沙汰だけは勘弁してくれよ……?
鈴ちゃん本格登場。
楯無さんはなにやら不穏なフラグを立てました。
実はこれが、この物語の根幹に関わってくる事に。
回収はかなり先になると思いますけどね。