寒かったり暑かったり、どっちなんだよ! って言いたくなりますね。
こんな時こそ気を付けないと、油断するとすぐに体調を崩してしまいますから。
放課後になり、私は一夏達が向かった第3アリーナではなくて、それとは真逆の場所にある第2格納庫へと足を向けていた。
と言うもの、実は私…既に簪から専用機の事を色々と聞いていたりします。
話を聞く限りは、原作と全く同じようになっていて、一夏がISを動かしたせいで彼女の専用機の開発が凍結、未完成だけど機体はあげるから、欲しけりゃ自分で勝手に作ってちょ! ってな感じに半ば放置に近い形で機体を受領したらしい。
原作知識で最初から分かってはいても、当事者から直に話されると、なんとも言えないもどかしさを感じた。
確かに一夏がISを起動させてしまった事が原因かもしれないが、彼とて意図して動かしたわけじゃない。
一応は『偶然』的な感じに言われてはいるが、偶然で本来動かない機械が動けば苦労は無い。
ISは精密機器の塊、技術の結晶とも言うべき存在だ。
故に、そこには必ず何かしらの『原因』が存在し、その『原因』にこそ誰かの『意思』が介入している……と考えるのが普通だ。
ま、その『誰か』についてはおおよその見当がついてるんだけどね。
敢えて誰とは明言しないけど。
仮に分かった所で、私に出来る事なんて何も無いんだし。
この事の一番の問題は、これには明確な加害者が存在しない事なんだよなぁ~…。
ある意味では、一夏だって巻き込まれた側になるんだし。
そして、簪は完全にそのとばっちりを受けた事になる。
(こればっかりは……時間が解決するのを待った方がいいの……かな~……)
簪の為ならなんだってする覚悟は出来ているけど、ならば何をするんだと言われれば、言葉に詰まってしまう。
(……馬鹿の考え休むに似たり。今はこの手にある『差し入れ』を一刻も早く持っていってあげよう)
少しだけ歩くスピードを速めて、簪達がいる格納庫へと急ぐことに。
暫くして、目的の格納庫前まで辿り着き、全自動式の扉がプシュ~っと言いながら空くのを待って、恐る恐る中へと入る。
「し…失礼…しま……す……」
一応、挨拶はしておく。
他にも誰かいるかもしれないしね。
「あ! やよっち~♡」
「弥生……今日も来てくれたんだ……」
「う……ん……」
少し離れた場所に陣取っているのに、私の事を見つけるや否や、即座にこっちを振り向いた二人。
あれですか? 二人は『気』とか『小宇宙』とか感じちゃう人ですか?
どこぞの次回予告みたいに、小宇宙を感じた事があるのか?
「これ……持って……きた…よ……」
「やよっちぃ~…♡」
「ありがとう……♡」
二人の傍まで歩いて行って、この手に持っているバスケットに入れてきた、二人分のスポーツドリンクとおしぼりを手渡す。
勿論、スポドリは人肌の温度にしてある。
簪達がスポドリを飲んでいる間に、私は目の前にあるハンガーに固定された簪の専用機『打鉄弐式』を見上げる。
所々にまだむき出しの内部が見え隠れしていて、素人の私にも分かるぐらいに、完成には程遠いと感じた。
(でも、これがちゃんと出来上がれば、きっとカッコいいんだろうなぁ~……)
自己満足かもしれないが、私も早くコレが大空を翔る姿を見てみたいもんだ。
「スッキリした……」
「やよっちがいてくれて、本当に助かるよ~」
「わ…たしには……これぐらい…しか手伝え……ないから……」
「「そんな事無いよ!」」
うぉいっ!? びっくりした~……。
「やよっちが一緒にいるだけで、私達はとっても嬉しいんだよ!」
「うん。こうして弥生がドリンクとか持ってきてくれるから、本当に助かってる」
「だから、そんなに自分を卑下しないで……」
本音……簪……。
「そ…そう言って……貰える…と……私…も…嬉しい……♡」
これは、偽りなき私の心からの言葉だ。
こんな私でも何かの役に立てるのなら、こんなに嬉しい事は無い。
「私も……二人…の作業……が終わるまで……一緒…にいる……ね…?」
「「うん!」」
と言っても、流石にこのまま棒立ちでいるのは嫌だから、少しでも手伝う為に、必要な道具を持ってきたりとか、休憩時に肩を揉んであげたりとかしてあげた。
なんでか肩を揉むと、二人とも顔を真っ赤にするんだよな……。
そんなにくすぐったかったのかな?
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
結局、あれから外が暗くなるまで作業は続いた。
格納庫の使用時間が来たため、続きは次に回す事に。
そのままの流れで食堂で夕食も食べていった。
え? 私の夕食? 今日の晩御飯はちゃんぽんだよ。
量は……言うまでもないよね?
(すっかり遅くなっちゃったな~…。流石に疲れたし、今日はもうちゃっちゃとシャワーでも浴びて、とっとと寝よう)
本当はゆっくりと湯にでも浸かりたいけど、今から部屋の浴槽に湯を張るのは面倒くさいし、かと言って人の目がある大浴場に行くのは論外中の論外。
(……ん?)
寮の中に入ってからエントランスを通り抜けようとすると、そこにあるベンチに非常に見覚えのある姿の少女が俯いて座っていた。
あのツインテールは……間違いなく彼女だよね……。
「うぅ……ひくっ……ひくっ……」
(泣いている……のか?)
このタイミングからすると、一夏の部屋まで行って色々と話した場面……だよな?
(でも、今は箒がいなくて一人部屋になってるから、何も問題無いんじゃ……)
取り敢えず、ここで見つかると面倒な事になりそうだから、物音を立てないようにしながら、この場を通り過ぎよう。
爪先立ちでそ~っと……そ~っとね……。
「ひくっ……ひくっ……ひくっ……!」
なんか泣き声が大きくなってきたぞ……。
こ…こんな事じゃ私は屈しないぞ!
「しくしくしくしく!」
とうとう普通に『しくしく』言い出したし。
ここで声を掛けたら、音速で付け込まれそう……。
「
……もしかしたら、彼女がこの場にいて、私がここに現れた時点で全ては決していたのかもしれない。
だって、しくしくの声に交じって『早く声を掛けなさいよ!』って聞こえた気がしたもん。
「…………大丈……夫…?」
「……………(コクン)」
最終的に私は自分の安全と、これを無視した時に起きるであろう悲劇を天秤に掛けて、自分の安全を取ってしまった。
いや……こうでもしないと、本気でどうなるか分からないからね?
「………部屋……来る……?」
「行く………」
あ~あ……やっぱりこうなるのかぁ~……。
部屋まで行く途中、なんでか鈴は私の制服の袖を抓んで離そうとしなかった。
服が伸びるから、純粋に止めてほしいんだけどな~。
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
自分の部屋まで鈴を案内してから、彼女を椅子に座らせる。
はぁ~……これから何をやらされるのやら……。
「へぇ~……これが弥生の部屋なのね~。まさか、アイツの隣だったとは思わなかったけど」
アイツとは……聞くまでも無いよな。
一応、彼女は客人ではあるので、もてなしとしてコーヒーでも出す事に。
私は砂糖とミルクを適量入れて、鈴のはまだブラックのまま。
どれぐらい入れれば分からないから、砂糖の入った瓶とミルクの入った小ぶりな容器を持っていった。
「コーヒー……砂糖……とミルク……は自分……で好きなだけ…入れて……」
「あ、ありがとね。弥生は気が利くわね~。あのバカとは大違いだわ」
早速、始まりましたよ~。
きっと、この愚痴を延々と聞かされるに違いない。
「でさ! 聞いてよ! 一夏ったらマジでムカつくのよ!」
「どう…した……の…?」
「……実はね…アタシさ、小学生の時に一夏とある約束をしていたのよ」
「約……束……」
それって……
「『アタシの料理の腕が上がったら、毎日酢豚を食べてくれる?』……そう言ったの」
やっぱりぃ~!
で、それをあのバカが間違えて記憶していて、それに激怒した鈴が部屋から出て行った……だろ?
言わなくても分かるっつーの。
でもさ、昔の約束なんて、正確に覚えているのは難しいと思うんだけどな~。
小学生の時の約束なら猶更でしょ。
それに、鈴の言い方も悪いと思うんだよね。
あの鈍感男に、そんな遠回しな言い方じゃ通用しないでしょ。
言うなら、もっとストレートに言わないと。
つまり、今回は一夏にも少しは情状酌量の余地があるって事だ。
「んで、そしたらアイツ……なんて言ったと思う?」
はいはい。ちゃんと聞いてあげますよ~。
なんて言ったんですか~?
「『そんな約束なんてしたっけ?』って言ったのよ!? 信じられるっ!?」
…………ゴメン。流石にこれは弁護できないわ。
「忘れ……た……?」
「そうなのよ! あのバカ一夏ったら、アタシとの約束を完全に忘れてたのよ! 覚え間違いくらいなら、まだなんとか許せるけど、記憶に無いってどういう事よ!?」
私に言われても。
それにしても……まさかの忘却とは予想が出来ませんでしたな。
流石は一夏。私の予想を遥かに上回る事をしてくれる。
勿論、悪い意味でな。
「全く……そもそも、アイツは昔っから……」
そこから先は、まぁ~出るわ出るわ、鈴の口から一夏に対する愚痴が壊れた蛇口のように吐き出された。
コーヒーを飲みながら、まるで酒に酔ったOLのように私に絡んでくる。
……マジでコーヒーで酔ったりはしてないよね?
でも、これも時間の経過と共に次第に惚気話へと変化していくんでしょ?
はっきりわかんだね。
「それで、女の子に告白された後、あのバカってばなんて答えたと思う?」
「さ…さぁ……?」
「『どこに付き合うんだ? 荷物持ちなら幾らでも付き合うぞ!』ですって! ふざけてんじゃないわよ! どこをどう解釈したら、そんな言葉が飛び出すのよ!!」
あれぇ~? いつまで経っても惚気話へと移行しませんよ~?
どこまで行っても愚痴しか出てこないんですけど~?
「はぁ~……折角、一夏に会いに態々ここまでやって来たのに……。なんでこうなっちゃうんだろ……」
今度は落ち込んじゃった。
別に落ち込むのは勝手だけど、出来れば自分の部屋で落ち込んで、自分のルームメイト相手に愚痴を零してほしかった。
「……なんかゴメンね。聞きたくもない愚痴なんか聞かせちゃって」
「気にし…ない……で……」
「弥生って本当に優しいわよね……。そんな所にアイツも惚れたのかも……」
「ん……?」
最後の方、なんて言った? よく聞き取れなかった。
「ねぇ……なんで弥生はアタシに優しくしてくれるの? アタシ達って今日初めて会ったばかりなのよ?」
お前があからさまに私を呼んだからだろうが!
なんて言えば、次の瞬間には鋼鉄の拳によって赤い血と共に壁に埋まって愉快なオブジェクトになるんだろうな……。
ここはどんな風に応えるのがベストだ? う~ん……。
そうだ! こんな時こそ、困った時の『アニメ・漫画・ゲームの名言集』の出番じゃないか!
「泣いて……いる…誰か……を助ける……のに……理由……がいる…の……?」
「弥生……アンタって子は……なんで……」
『ファイナルファンタジー9』の主人公、ジタン・トライバルの名言を私風にアレンジしてみました。
って……どうした!? 急に立ち上がって私の方に来たぞ!?
「幾らなんでも…優しすぎよ……」
「鈴………!?」
だ…抱き着かれたっ!? なんでどうしてっ!?
「弥生は……暖かいわね……」
「そ…う……」
腕を思いっきり体に回されてるから、動きたくても動けないんですけど……。
と言うかですね、私の胸に顔を埋めるのは止めてもらえません?
「あの……鈴……?」
「なに……?」
「一夏……もね…IS…を動かして…から……本当……に色々とあった…みたいで……覚える事……も一杯あった……から…きっと…一時的……にど忘れ…してるだけ……だと思う…よ……?」
「ど忘れ?」
「う…ん……。少し…だけ……時間…を置いて……冷静…になれば……思い出す……かも…しれない……」
「本当に弥生は……」
ここで険悪になり過ぎて、関係が修復不可能になられたら、こっちが困るからな。
なんせ、鈴は一夏とくっつく可能性がある女の子の一人だから。
主に私の平穏の為にも、ここは一夏をなんとかしてフォローしておかねば。
(あそこまで一夏に関する愚痴を聞かされたのに、こんな言葉がすぐに出せるなんて……。やっぱり、一夏と弥生は両想いなんだ……。じゃなきゃ、あんなセリフなんて到底言えないわよ……。最初からアタシの介入する余地なんて無かった……。アタシは……遅すぎたんだ……)
ひぃっ!? またもや背中がゾクってした!?
うぅ~……気持ち悪いなぁ~……。
(なんでかな……こうして弥生に抱き着いていると不思議と落ち着くのよね……。優しくて、気が利いて、可愛くて、おまけに包容力もあるなんて……。もしもアタシが男だったら絶対に惚れてたな……。いや……別に同性でも……好きに…なって……も……)
おっと。鈴の頭が丁度いい位置にあるから、つい自然と頭を撫でてしまっていた。
私ってこんなキャラだったかな~?
……あれ? 鈴さ~ん? お~い? もしも~し?
「すぅ~……すぅ~……」
「寝てる……の……?」
おいおいおいおいっ! 冗談でしょ!?
なんでここで寝ちゃうかな!?
「泣き…疲れた……の…かな…?」
このままには……しておけないよねぇ~……。
私も寝ることが出来ないし。
(しゃーない……)
起こさないようにしながら鈴をお姫様抱っこして、ベッドにそっと降ろして布団をかけてあげる。
鈴……ちょっと軽すぎじゃない?
(今度こそシャワーを浴びてスッキリしよう……)
彼女をベッドに残したまま、私はシャワーを浴びて一日の疲れを取る事に。
私……今夜はどこで寝ればいいのかな?
床で寝たら痛そうだし……かと言って一緒に寝るのは……大きさ的には可能なんだけど、向こうが嫌がるだろうしなぁ~……。
後で土下座でもすれば、許してくれるかな……?
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
次の日の朝。
アタシは瞼越しに網膜を刺激する光を感じて目を覚ました。
「ん……?」
そっと瞼を開けると、目の前には弥生の寝顔があった。
「…………!?」
思わず声が出そうになったけど、ギリギリの所で踏み止まった。
(危な~…。弥生の事を起こしちゃうところだった……)
自分の体に布団がかけられているのを見て、自分の最後の記憶を探る。
(昨夜は……弥生の部屋に誘われて、そこで一夏の愚痴を聞いて貰って、それで……)
あ。あれからアタシは弥生に抱き着いて、そのまま寝ちゃったんだ。
って事は、あれから弥生がベッドまで運んでくれたって事?
(食堂の時も思ったけど、弥生って見た目に反して力があるわよね……)
この細い腕の何処に、あれだけの筋力があるのかしら?
「んん……」
こうして近くで見ると、弥生って本当に美人よね……。
顔が整っているのは当然だけど、髪もサラサラしてるし、肌もスベスベ、おまけに睫毛も長くて唇もプニプニ……。
「はっ!? アタシは何をして……」
目の前で寝ている女の子の顔を触るなんて、普通に変態じゃない!
どうしちゃったのかしら……? アタシってこんな事するような人間だったっけ?
「腕……」
ふふ……寝ている時も腕に付けている袋を外さないのね。
理由は敢えて聞かないけど、いつか弥生から話してくれるのを待ちましょうか。
(そう言えば、昨夜からずっとアタシって弥生と二人きり……なのよね……)
この部屋にはアタシ達以外には誰もいない。
しかも、もう一人の住人である弥生は目の前で夢の中だ。
つまり……
「弥生……」
弥生の寝顔に吸い込まれるように、アタシは自分の顔を近づけていく。
アタシの視線は弥生の唇に釘付けになって、それが自分の唇と重なって……
「や・よ・い・さぁ~ん♡ ご一緒に朝食でも……」
「お…おい……奥を見ろ……」
「あ…あれは……」
「嘘……」
…………終わった。
そして、今ハッキリと分かった。
この四人も弥生の事が好きなんだ。
……四人”も”?
「アタシ……も……?」
いやいやいや……いくら優しくされたからって、アタシってそんなに惚れっぽいわけ……。
(一夏の時は虐められている所を助けられて、それで……)
あ。アタシ、かなりチョロいわ。
「り~ん~さ~ん~?」
「弥生と一緒にベッドで寝て……何をしようとしていた……?」
「って言うか、そもそもなんで弥生の部屋にいるの……?」
「やよっちの唇……やよっちの寝顔……」
完全に四人の目が逝ってる……!
このまま、ここにいたらアタシの命が危ない!!
こうなったら、ジョースター家に伝わる伝家の宝刀を使うしかない!
「逃~げるのよ~!」
「「「「待てぇぇぇぇ~~~っ!!!!」」」」
待つわけないでしょ~が!
ったく! 折角、弥生の寝顔を堪能してたのに~!
「お代わりぷり~ず……むにゃむにゃ……」
こんだけ騒いでるのに起きないの!?
なんか可愛い寝言も言ってるし!
ま、弥生と話したお蔭で、今のアタシがしたい事がハッキリと決まったんだけどね!
まずは、今度あるクラス対抗戦で一夏の馬鹿を全力でぶっ飛ばす!!
それから、改めてアイツと話してみよう……。
そんな訳だから、首を洗って待ってなさいよ! 一夏!
鈴、落城。
彼女も結局はチョロインでした。
次回から、弥生の気苦労がもっと増えそうです。