と言っても、何の予定も無い私はずっと家にいると思いますけど。
いきなり五反田食堂にやって来た弥生の姿に、俺は言葉を失った。
純白のワンピースに薄紅色のカーディガン。
腕にはいつものように腕袋をつけて、その足はストッキングによって隠されている。
肌を露出しない恰好はいつもの通りだが、普段は決して見る事のない弥生の私服姿に、俺は初めて女性を『美しい』と思った。
「す…すげー美人……。こうして近くで見ると、改めてそう思うわ……」
隣にいる弾も、弥生の姿に口をポカ~ンと開けている。
それは、食堂にいる他のお客さんも同様で、弥生が中に入ってきただけで、店の雰囲気が一気に変わった。
なんて言うか……ここだけ別の空間になったみたいだ……。
「……………」
少しだけ周囲をキョロキョロとしてから、弥生は誰も座っていない端の方にある席に座った。
それを確認した蓮さんが弥生に近寄ってから注文を聞いた。
「何になさいますか?」
皆の視線が弥生の口元に注目される。
彼女は何を頼むつもりなんだろうか?
「そ…れじゃあ……」
ゴ…ゴクリ……。
「………『友情セット』……を一つ……」
……友情セット? なんじゃそりゃ?
この食堂にそんなメニューあったか?
「マ……マジかよ……!」
「え…………?」
え? 弾? 何をそんなに驚いてるんだ?
蓮さんも珍しく動揺してるし……。
俺が状況が分からず声も無く狼狽えていると、いきなり厨房にいる厳さんの表情がキッ! っとなった。
あ、厳さんって言うのは、弾のお爺さんの事で、この食堂の料理全般を受け持っている人だ。
俺の料理の師匠的存在だったりもする。
「おい……そこの嬢ちゃん」
厳さんの声がいつも以上に低くなってる……。
なんか……すげぇ迫力……。
「悪い事は言わねぇ。冷やかしのつもりなら大人しく帰んな。どこでその事を知ったのか知らねぇが、適当につついて金だけ払うつもりの物見遊山ならハッキリ言って迷惑だ」
「ちょ……!」
幾らなんでも言いすぎじゃないか!?
なにもそこまで言わなくても……。
「そもそも、『友情セット』ってなんなんだよ? 今まで聞いた事もないぞ?」
「そうだろうな……。なんせ、友情セットってのはこの五反田食堂の裏メニューだからな」
「そんなのあったのかよ……」
裏メニューなんて初耳だ……。
「俺も蘭も実際にこの目で目撃した事は無いんだけどな。母さんの話じゃ、この食堂を始めた頃に話題作りで始めた、所謂『大盛りメニュー』って奴らしい」
「大盛りメニュー……」
それが一体どんな大盛りなのかは知らないが、超大食いな弥生には最高の食事なんだろうな……。
「『友情セット5000円。ただし、30分以内に完食した場合は無料』……これが一応の概要だ」
「5000円……」
なんだろう……。
弥生なら、普通に金払ってでも食べそうな気がする。
「別……に……遊び…で頼ん…では…いません……」
「ほぅ?」
「私…は……『
「お前……」
普通の女子高生は、お昼ご飯に大盛りメニューなんて頼まねぇよ……。
(あの目……間違いない……! あれは今時のチャラついたガキ共の目じゃねぇ……! 幾多の
え……え? なんか食堂全体の空気が心なしか燃えるように熱いんですけど?
「ふっ……」
笑った……?
「恐れを知らないのは若者の特権……か。いいだろう。作ってやるよ……『友情セット』をな」
注文通ったし!?
「ただし、こいつは作るのにちっとばっかし時間が掛かる。大丈夫か?」
「問題無い……です。既に前菜……は食べてきま……したか…ら……」
ぜ…前菜!? ここに来る前にも何か食べてきたのかよ!?
「テメェ……」
げ…厳さんの目に火が着いた!?
「ん?」
なんだ? 店の電話に着信か?
厳さんが直接電話に出たけど。
「もしもし?」
『ご…五反田の旦那かっ!?』
「おう。その声は中華料理店『泰山』の言峰に世話になってる青髪か。どうした? そんなに慌てて。お前らしくもねぇ」
『大変なんだよ! とうとうこの街にも例の『伝説の少女A』が来たんだよ!!』
「な…なんだと……!?」
厳さんが驚いている?
今日は珍しいものが沢山見れる日だな……。
『数多くの店の大盛りメニューをことごとく打ち破ってきた伝説の少女A……。奴が遂にこの街の食事処までターゲットに定めやがった! 早速ウチもやられちまった……!』
「お…お前の所の『超大盛り激辛麻婆豆腐』がかっ!?」
『あぁ……。軽く10分でペロリとな……。食べ終わってから、五反田食堂の方に歩いて行くのを目撃したからよ、一応知らせておこうと思って……』
「……そいつの特徴はなんだ……?」
『見た目は至って普通の女子高生って感じだ。ただ、長い前髪で顔の左半分を覆ってたな……』
「!!!!!」
うぉっ!? 厳さんの顔がめっちゃ渋くなった!?
なんかクワッ!って効果音が出そうな顔つきだ。
『ど…どうした?』
「そいつな……今、ここにいるぞ……」
『マジかよっ!? クソ……一足遅かったか……!』
「心配すんな。この俺がそう簡単にやられるかよ」
『んな事は分かってる。でも、油断すんなよ。アイツは俺等の想像の遥か上を行く存在だぜ……!』
「おう。任せとけ」
『………健闘を祈る』
あ、電話が終わった。
「……………」
受話器をそっと置くと、静かに厨房の奥に消えていった。
「もしかしたら、今日は歴史的な日になるかもしれないな……!」
なんか弾まで変な顔になってるし!?
「お待たせ~……って、なにこれ?」
後から着替えを済ませてやって来た蘭が、この空気に目が点になっていた。
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
既に用意されていた俺達の昼食を食べながら、横目で友情セットを待っている弥生を見る。
彼女の方も俺の事に気が付いたが、すぐに目を逸らしてしまった。
(なんで一夏がここにいるんだよ!? って、確か休みの日に五反田弾の家に遊びに行っている場面があったっけ……。まさか、今日がその日だったとは……迂闊だった……)
どこまでも真剣な表情の弥生。
俺には分からないが、弥生にとってこれは紛れもない『勝負』なんだろう。
……凛々しい弥生も可愛いな……。
「あの……一夏さん?」
「なんだ?」
「後ろに座っている人が例の『弥生さん』なんですよね?」
「そうだぞ」
蘭が弥生の事をそっと見た。
なんか顔が赤くなってるけど、暑いのか?
(生で見ると物凄い美人さんじゃん!! スタイルも最高だし……一夏さんと同じクラスで勉強を教えて貰う仲だって言うし……)
「はぁ~……」
今度は溜息。
蘭って表情豊かだよな。
「奥から何かを焼くような音が聞こえるんだけど……なんだろう?」
「さぁ……。母さんは知ってるんだろ?」
「一応ね……。でも、口で説明するよりは直接見た方が早いと思うわ」
百聞は一見に如かず……か。
俺達三人が昼食を食べ終わった頃に丁度完成したみたいで、厳さんが厨房から出てきて、出来上がった『ソレ』を巨大な皿に乗せてやって来た。
その皿に乗っている代物を見て、俺は我が目を疑った。
「はいよ! 友情セット一つ! おまち!!」
ドンッ! と弥生の前に置かれたソレは、恐ろしく大きなお好み焼きだった。
この食堂にお好み焼きがあるのも驚きだが、それ以上にこのサイズのお好み焼きがこの世に存在する事が信じられない。
「な…なんなのあれ!?」
「あれがこの五反田食堂の裏メニューの『友情セット』よ」
「なんで友情……?」
そのネーミングセンスは普通に謎だが、そんな事すら些細に感じる程に存在感がある……!
「見た目は普通に美味しそうだよな……」
「ソースの香りが溜まらないわね……。食欲ないけど」
「仮にあっても、あれは無理だろ……」
その威容だけで他を圧倒している……。
弥生……本当にやれるのか……!?
「で…は………」
徐にポケットから一本のリボンを取り出して、それで後ろ髪を結んでポニーテールにした。
それも凄く可愛い……。
「制限時間は30分だ。分かってるな?」
「は…い……」
厳さんもいつの間にかその手にストップウォッチを握りしめてるし。
割り箸をパチンと割ってから、両手を合わせた。
「……いただきます」
「始め!!」
挑戦が始まった直後から、弥生は割り箸で力強くお好み焼きを切り取って口に入れる。
その大きさはそこまでじゃないが、それでも彼女は迷わず口に入れていく。
「美味……」
「感想まで言う余裕があるか……やるな」
その後も弥生は黙々とお好み焼きを胃の中に放り込んでいく。
一口一口は小さいのに、食べるペースが半端じゃなく早い。
前にも見た光景だが、何度見ても信じられないな……。
これを普通と感じている箒達を今更ながらに凄いと思うよ。
「なにこれ……」
「あっという間に減っていく……」
「しかもあの子、全く水に手を付けてないぞ!」
言われてみれば。
普通は水を飲んで流し込もうとするんじゃないのか?
「こいつ……こういう時の食べ方を熟知してやがるな」
「え?」
「普通に考えれば、水分を取って一気に流し込もうと思うだろうが、それは素人の浅知恵だ。水分ってのは、思っている以上に腹に溜まるんだ。最悪の場合は水分だけで胃が満たされちまう。だから……」
「敢えて水を飲まずに食べ続けている……」
「そう言うこった。それに、あの食べ方も見てみな」
食べ方? 俺には至って普通に食べているように見えるけど……。
「あまり大きく切り分けずにして、更に口をお好み焼きの大きさギリギリまでしか開かない。ああする事によって、胃の中に無駄な空気が必要以上に入らないようにしているのさ」
「空気?」
「そうだ。人ってのはな、食べる時に無意識の内に食べ物と一緒に空気まで胃の中に入れてるのさ。麺類とかをすする時は特にな」
すするって行為は確かに息を吸うようにして食べるから、嫌でも空気が腹に入ってしまうのか……。
これからの人生で全く役に立たないと思うけど、勉強にはなるな~。
「お兄……。あの人、もう半分以上を食べ終わってるんだけど……」
「大食い女子ってジャンルは確かに存在するけどよ……。あんな清楚なお嬢様があんなに食うなんて、誰が予想するかな……」
なんて話している間にも、弥生は着々と食べてるんだよな~。
しかも、その顔が心の底から美味しそうにしてるから、この子の事を別の意味で末恐ろしいって感じてしまう。
いつもは滅多に見られない弥生の満面の笑みを見られるから、俺的には役得なんだけど。
「まだまだ時間にはかなりの余裕がある……。だが……」
だが……だよなぁ~…。
もう少しで食べ終えてしまいそうな勢いだ。
「おいおい……冗談だろ……!?」
それから数分の後、弥生は皿の上にある超巨大お好み焼きを平らげてしまった。
「タ…タイムは……」
「どうなの……おじいちゃん……」
震える手で蓮さんにストップウォッチを見せた。
そこに刻まれた数字を見た途端、蓮さんの表情が固まった。
「嘘……でしょ……?」
「真実だ……」
無性に気になった俺は、弾達と一緒にストップウォッチを除き見た。
「「「えぁっ!?」」」
じゅ……13分20秒っ!?
制限時間を半分以上残して完食だってっ!?
「これは……現実なのか?」
「凄すぎ……」
五反田兄妹も驚愕のあまり、空いた口が塞がらないみたいだ。
「「「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!」」」」」
うわっ!? びっくりした……。
他のお客さんが一斉に騒ぎ出したぞ!?
「すげぇじゃねぇか! 嬢ちゃん!!」
「あの見た目であの食べっぷりかよ……! 感服した!!」
「俺は……俺は今! 猛烈に感動している!!」
僅か十数分の間に、弥生のファンが一気に増加したな……。
「み…見事だったぜ……嬢ちゃん。流石は伝説の少女Aだな」
「「「伝説の少女A?」」」
なにそれ? 弥生の渾名か?
「…………?」
案の定、弥生自身も何の事だか分からないって顔してるし。
「おじいちゃん……。これってさ、他にも制覇した人っているの?」
「二人程な。その時はお前等が学校に行っている時だったから知らないだろうが」
「それって誰だよ?」
「一人は紫の髪に頭に妙な物をつけてる女だったな。機械で出来た兎の耳……だったか?」
その条件に該当する人物を約一名だけ知ってるんですけど……まさかね……?
「もう一人は?」
「千冬の嬢ちゃんだ」
「千冬姉っ!?」
俺が知らない所で何やってんだよ!?
「二人とも、タイムはギリギリだったんだが、まさかそれを大幅に上回る記録を叩きだす人間がいたとはな……」
俺的には、これを制覇した人間が揃いも揃って俺の知ってる人である事実に一番驚いてるよ……。
「実に見事な食べっぷりだったぜ。名前を聞かせてくれねぇか?」
「板垣弥生……です」
「弥生……か。よし、覚えた」
早いな!?
「そろそろ……行こう……かな……」
本当に昼飯を食べに来ただけなんだな……。
俺達には衝撃的な姿だったけど。
「それ…じゃあ……」
急に立ち上がって、髪を結んでいるリボンを解きながら振り返り微笑を浮かべた。
「ごちそうさま……でした……」
出口の隙間から漏れる陽光に包まれた姿は、まるで女神のように美麗で、秀麗で、繚乱だった。
「ちょ……待ってくれよ弥生! 悪い弾! 俺ももう行くわ! んじゃな!」
「い…一夏っ!?」
俺は外に向かう弥生の後を追って、一緒に店の外に出た。
「素敵……♡」
「「「「は?」」」」
最後の一言、蘭が言ったのか?
それから俺は、弥生と一緒に行くことにしたが、俺の驚きはまだまだ終わらなかった。
「まだ……お昼…は…終わってない……」
「ど…どういう意味だ?」
「食後……のデザート…がある……」
「デザートとなっ!?」
次の店で弥生は超巨大パフェを分殺して、それでようやく彼女の昼食は終わりを告げた。
そういや、彼女の連れていた犬の『外務大臣』に妙に吠えられたけど、俺って何かしたかな?
別に嫌われるような事をした覚えはないんだけど。
そして、弥生を彼女の家の前まで送り届けて、俺は三度驚かされた。
「なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
弥生の家って超豪邸じゃねぇか!?
俺の想像なんか軽く月までぶっ飛ぶレベルのお嬢様だったんですけどぉぉぉぉっ!?
余談だが、その日の夜に弾から電話があって、蘭がIS学園に進学するって言い出したそうだ。
弾は猛反対していて、俺としても微妙な気持ちだったが、本人の意思を尊重したいから、『家族で相談してから決めれば?』って言っておいた。
大切な事は家族で話し合うのが一番……だよな?
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
とある場所にある暗闇に包まれた空間。
そこにある光源はモニターからの光だけで、それ以外には何も無い。
床には多くのコードが散らばっていて、足の踏み場もない。
「へぇ~……この子、面白いねぇ~……」
モニターを見ながら、一人の女性が嬉しそうに呟く。
紫の髪に機械的なウサ耳。
まるで不思議の国のアリスを彷彿とさせる恰好は、どこか不思議な奇妙さがあった。
彼女こそが、世界的な有名人であり、ISを作り出した張本人であり、千冬の親友でもあり、箒の実の姉である『篠ノ之束』である。
「箒ちゃんの事を命懸けで守ってくれるなんて、感謝感激雨霰だね~。にしても、どこのどいつが私のゴーレムを真似したんだろう……? すっごいムカつくんですけど」
表情をコロコロと切り替えながら、キーボードを操作して何かを調べる。
「ふ~ん……板垣弥生ちゃんって言うのか~。なら『やっちゃん』だね!」
弥生の事を渾名で呼ぶ。
それは、彼女が弥生の事を己の身内に認定した事と同義だった。
「ん? あの機体は……」
モニターに顔を近づけて、ある部分を食い入るように見る。
「あ……ははは……!」
束はいきなり顔に手を当てて大笑いをしだした。
「ははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!!」
その声は静かな空間に響き、束はお腹を抱えている。
「なにこれ!? これなんてご都合主義!? 納得! 超納得! これなら確かにあの強力なビームも防げる!」
彼女の笑い声は消える事は無く、まだ笑い続けている。
「まさか、私が密かに流した『アレ』が、やっちゃんの手に渡っていたなんてね! ……あの子なら『アレ』を真の意味で覚醒させてくれるかもしれない……」
スッ……と表情が変わり、怪しい笑みを浮かべる。
「やっちゃんの事を猛烈に知りたくなっちゃった。ちょっとばっかし調べてみようかにゃ?」
世界の裏側にて、孤高の天災兎も密かに動き出す。
表と裏、その全ての中心にいるのは板垣弥生と言う一人の転生者の少女。
これもまた、神の掌の上なのか……。
「うそぉぉっ!? 私やちーちゃんが苦戦した超巨大お好み焼きをたった13分足らずで!? やっちゃんって本当に何者なのっ!? しかも、その後に同じぐらい大きなパフェを食べてるし! ええい! やっちゃんの胃袋は化け物か!?」
ある意味で、超人二人を軽く超越した弥生だった。
しれっと弥生の家(の門の前)まで行った一夏。
弥生は弥生で相変わらずの大食いを披露。
なんか書いてて楽しかったです。
そして、次回は超シリアス…?