その頃、弥生は……?
なんつーかさ、あれだよね。
女子ばかりがいる中で数少ない男子同士だから、仲良くしたいって気持ちは理解出来るけどさ、だからと言って最初からグイグイ行くのはどうかと思うのよ。
何事にも段階ってものがあるわけで、それを無視して一足飛びに行こうとするのはさ、よくないと思うんだよね。
特に、あの子みたいに特殊な事情を抱えている子はさ。
「~♪」
なんて言っている私が今何をしているかと言うと、机の上にノートパソコンを広げて作業をしているラウラの後ろに座って、彼女の髪を自分の櫛で梳いています。
毎回毎回思うけど、本当にこの子の髪ってツヤツヤサラサラなんだよね。
同じ女として、普通に羨ましく感じる。
え? 仮にも軍人であるラウラの作業している所を後ろから見るような真似をしてもいいのか?
あぁ~……大丈夫大丈夫。
だって、ディスプレイに表示されているのって、全部ドイツ語なんだもん。
当然だけどさ、私にドイツ語なんて読めるわけないじゃん。
私が読めるのは精々、日本語と英語ぐらいだって。
(姫様に髪を梳いて貰いながら仕事をしていると、不思議と効率が上がるような気がする……。胸の方はさっきからドキドキしっぱなしだと言うのに……)
あ~……ラウラもマジで癒される~♡
自制心が無かったら、今すぐにでも後ろからギュッって抱きしめたいぐらいだよ~♡
「お? なんだ?」
徐にラウラが机の下に潜って、何かを手に取った。
「これは……?」
何か小さな物を持ってるけど、何を見つけたんだ?
「姫様。机の下にこのような物が……」
「これ……は……?」
彼女が持って来たのは、私もラウラも持っているIS学園の生徒手帳だった。
「なん…で……これ…が……?」
「中身を見てみますか?」
「一…応……」
念の為に中身を拝見すると、そこには私達が知らない名前と顔写真があった。
「書いてある年月日を見る限りでは、卒業生の物みたいですね」
「うん……」
なんでこんな物が私の机の下に?
前にこの部屋を使っていた卒業生の先輩さんが忘れちゃったのかな?
何気なくペラペラとページを捲っていると、あるページで私達の目が見開かれた。
「こ…これは……!」
「…………!」
……そっか……そうだったんだ……。
まさか、こんな事が現実にあるなんてね……。
でも、冷静に考えて見れば納得できるかも……。
ドンドンドン!
「「ん?」」
こんな時間に尋ねてくるなんて、どこのどなたかしらん?
『や…弥生! いるか!? いたら返事をしてくれ!』
この声は……一夏?
なんでアイツが来る?
(あ……もしかして……)
バレたのか? 彼女の正体が。
この時期に一夏が慌てた様子で来るなんて、今のところはそれ以外に考えられないし。
(でも、正体がばれたって事は……)
見たんだな……また……。
「ちっ……! あいつめ……私と姫様の至福の時間を邪魔しおって……!」
ラウラ怖い! 気持ちは理解出来るけど、その怖い顔だけは止めて!!
完全に目が据わってるから!
(まずは出てあげるか……)
話はそれからだな。
「少…し……待って…て……」
「あ……」
今度は見捨てられた小動物みたいな目をしないでください。
それだけで私の罪悪感が半端ないから……。
「どうし…たの……?」
ガチャっと扉を開けて顔を覗かせると、一夏はかなり慌てた様子で私の手を取った。
「た…頼む! 今は何も聞かずに俺の部屋まで来てくれないか!」
「え? え?」
事情は把握しているけど、そんなに急かされると流石に引く。
「私も一緒に行こう」
「お…お前も?」
いつの間にかラウラも近くまで来ていて、一夏の方を見ている。
「なんだ? 私が一緒では不都合な事でもあるのか?」
「そ…それは……」
「もしや……自分の部屋まで連れ込んで、そこで姫様に何かするつもりではあるまいな……!」
「んなことしねぇって!」
「貴様の言葉はいまいち信用に欠ける」
「俺の信頼度ゼロ!?」
「セシリア・オルコットや凰鈴音、篠ノ之箒達が色々と教えてくれたからな」
「おいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!! あいつらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
あ…あの三人……私が知らない所でラウラに何を吹き込んだんだ……?
「とにかく、何もやましい事が無いのであれば、私が一緒に着いて行っても何も問題はあるまい?」
「うぐぐ……」
見事に論破されてるし……。
そもそも、性格上、一夏に腹芸なんて無理なんだから、大人しく諦めればいいのに。
(実は、私もラウラが一緒に来ることには賛成なんだけどね)
幼く見えても、ラウラは立派な現役軍人。
きっと、私以上に何かいいアイデアを出してくれる可能性が非常に高い。
「私……から…もお願い……。ラウラ……も一緒…に連れて…行って……」
「や…弥生まで……」
秘技! 涙を溜めた状態での上目使い!!
実は普通に目薬を使っただけなんだけどね。
「わ…分かったよ! ただし、絶対に内緒にしてくれよな!」
「それは行ってみてからだ」
そんな訳で、私とラウラはすぐ隣にある一夏とシャルル君の部屋まで行くことに。
……まずはどんな言葉を掛けたらいいのかな……。
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
「あ……板垣さんにボーデヴィッヒさん……?」
一夏に連れられて彼らの部屋に入ると、そこにはジャージを着た状態で俯き加減にベッドに座っていたシャルル君がいた。
髪が僅かに濡れている事から、先程シャワーから上がったばかりなんだろう。
そして、案の定……
(今までは出ていなかった胸がちゃんと出ている……)
はい、これはもう確定。
一夏、
「なんで二人が……?」
「えっと……。弥生ならいい知恵を貸してくれるかもって思ったんだけど、そうしたらこいつも一緒に来るって言い出して……」
「当たり前だ。私は姫様の護衛だからな」
偉そうに胸を張ってるけど、今の私にはそれすらも可愛く見える。
「まぁ……何があったのかは、この状況から大体の想像が出来るがな」
「は?」
「大方、何らかの形で貴様の正体が判明してしまったんだろう? シャルル・デュノア」
「しょ…正体って……まさか……?」
ここまで来たら別にいいでしょ、言っちゃっても。
私も止める気はないよ。
「私も姫様も最初から分かっていたぞ? お前が男装をしている女だってことは」
「「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」」
声が五月蠅い。ご近所迷惑ですよ。
「わ…分かってたって!? どこから!?」
「だから、最初からだと言っているだろう」
「最初って……転入初日から?」
「あぁ」
「そ…そんな……」
相当にショックだったのか、シャルル君はその場に膝をついてしまった。
「い…板垣さんも……?」
「そうだ。と言うよりも、一番初めに気が付いたのが姫様らしいぞ」
「ど…どうして……?」
「仕草……と体型……。それ…から……声……」
「こ…声?」
「男の子……にして…は……声音……が高過ぎ…る……。それ…に……喉仏……が無かっ…た……」
「で…でも! 男子でも声が高い人や喉仏が無い人だっているじゃないか!」
「それ…でも……そこま…で高く…はない…よ……? 喉仏……は……無い…じゃなく…て……見えにくく……なってる…だけ…で……ちゃんとある……」
ハイ論破。
少し考えれば分かると思うけど。
「一応言っておくが、我々だけじゃなくて、恐らくは他の連中も気が付いていると思うぞ?」
「他の連中って……?」
「いつも姫様と仲良くしている者達だ」
「箒達って事か……」
いぐざくとり~。
よくできました、一夏君。
「オルコットや凰、更識などは代表候補生だから、それぐらいは当然だろう。特にあいつ等ほどの実力者ともなれば猶更だ」
「箒……は……武道……をしている…から……体…のこと…に関して……は…詳しい…と思う……」
「布仏は確か整備班だったな。私から見てもアイツの観察眼は目を見張るものがある。口には出さなくとも、その目は確実にお前が女であることを見抜いていたに違いない」
「「………………」」
完全に空いた口が塞がらない状態に陥ったお二人さん。
「まさかとは思うけど……周りでシャルルの男装に全く気が付いていなかったのって……」
「一夏……だけ……」
「マジかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ………」
超盛大な溜息を吐きながら、今度は一夏が床にへたり込んだ。
そんなにショックだった?
「流石に他の女子共は分からなかったかもしれんが、我等の目は誤魔化せん」
「ははは……。言われてみればそうだよね……。僕も代表候補生をちょっと甘く見ていたよ……。僕自身も代表候補生なのにね……」
とうとう、生気のない顔で乾いた笑いをするようになったシャルル君。
う~ん……こんな顔を見せられたら、少し哀れに感じてしまう。
「事情……は話して……貰える……の……?」
「そうだね……。ここまで完膚なきまでにバレてしまっちゃ、もう隠す必要も無いよね……」
そこから彼女は静かに語りだした。
自分の父親がデュノア社の社長であり、その命令で男装してIS学園まで来た事を。
自分が愛人の子で、お世辞にもいい扱いをされなかった事。
そして、経営危機に陥ったデュノア社をなんとか立て直すために、広告塔になると同時に一夏に少しでも接近しやすくする為に男装した事を。
「そんな……そんな事って……」
「……………」
予め知ってはいても、本人の口から直接聞かされると、それなりに心にくるものがあるな……。
「……姫様。一つよろしいですか?」
「何……?」
さっきの話で何か分からない事でもあったのかな?
「『愛人』とはなんですか?」
「「「うぐ……!」」」
そんなピュアな目でそんな単語を口にしないで~!
返答にマジで困るから~!
「……なんで三人して目を逸らす?」
言えない……言えるわけないよ~!
教えてあげたいのは山々だけど、教えたら教えたで純粋無垢なラウラが汚れるような気がするから言えない~!
「もう…ちょっと……大きくなった…ら……わかる……よ……」
「むぅ~……姫様がそう仰るのならば仕方が無い……」
分かってくれたか……。
頬を膨らませるラウラ、激カワです。
「デュノア社の経営が最近になって傾きつつあったのは知っていたが、わからんな……」
「なに……が……?」
「まず、白式のデータを手に入れた所で、そう簡単に状況が好転するものでしょうか?」
言われてみれば確かに……。
データの解析にもそれなりに時間が掛かるだろうし、その間も経営は傾いたまま。
それって意味あるのか?
「それに、お前の格好だ」
「僕の?」
「そうだ。仮にもデュノア社は世界的に有名な会社だ。そのデュノア社が本気で自社の社運を賭けてのスパイをするのならば、入念に準備に準備を重ね、情報収集も数年前から徹底的に行い、その上で完全完璧な変装をさせる筈だ。それなのに、実際は……」
「すぐにバレてしまった……」
ラウラの指摘は実に的を得ている。
この点は私も前世で原作を読んだ際に感じていた疑問だ。
「お前が変装としてしていたのはどんな事だ?」
「えっと……コルセットで胸を隠して、それから男物の服を着て……」
「いや……幾らなんでも舐めすぎだろ。それでは変装を通り越して仮装だぞ」
「だよね……。今更ながらに、僕も思えてきたよ……」
あ、薄々自覚はあったのね。
「同じ部屋にいながら、そのお粗末な変装に全く気が付く様子すら見せなかった男もいるがな」
「お願いだからもう止めてください! 俺の精神ポイントはもうゼロよ!!」
死者に対して平気で鞭を打つような真似をするんだな……。
でも、敢えて私はこう言わせて貰う。
いいぞ、もっとやれ。
「あ…あのさ……。これからシャルルはどうなっちまうんだ?」
「それは、こいつにもよる」
「ど…どういう事だ?」
「別にスパイ自体は否定もしないし肯定もしない。問題はそれを実際に行動に移したかだ」
「それって……」
「未遂ならば、まだ情状酌量の余地はあるって事だ」
「「!!!」」
ラウラの言葉を聞いた途端、さっきまで意気消沈していた一夏とシャルル君の顔に明るさが戻った。
「シャ…シャルルはまだ何もしてないよな!? な!?」
「う…うん……。データを取る前に見つかっちゃったからね……」
どうやら、少しずつではあるが光明は見えてきたようだ。
「とは言え、お前が経歴詐称をしていた事実だけは覆しようがないから、その辺りはなんとかしないといけないだろうな」
「そ…そっか……」
一難去ってまた一難。
スパイ疑惑が晴れても、他の部分でまた問題が発生するんだよね。
ほんと、シャルル君は難儀な星の元に生まれた子だよ。
「どうしたらいいんだ……?」
「我々だけで話し合っても結論は出ないだろうな」
「それな…ら……」
携帯を出してピポパ……ってな。
「姫様? 何をして……?」
「頼り……になりそう……な人……に心当たり……がある…から……少し来て…もらう……よう…に言って……みる……」
「「頼りになりそうな人?」」
「もしや……?」
何回かのコール音の後に、その人は通話に出てくれた。
『もしもし! 弥生ちゃん!?』
「こ…こんばん…わ……」
こっちが何か言う前にもしもしって言われちゃったし。
『まさか弥生ちゃんから電話を掛けてきてくれるなんて! はっ!? もしかしてこれは愛の告白!?』
「違います」
何をどう判断したら、そんな話に繋がるんだ?
「実…は……相談したいこと……があって……」
『相談? 何かしら? 私と弥生ちゃんの結婚式場の場所とか?』
「なんでやねん」
おっと。思わず関西弁でツッコんでしまった。
「詳しい話……は……部屋で話す…ので……出来れ…ば……今か…ら……こっち……に……」
『今から弥生ちゃんの所に!? 行く行く! 超特急で行くから待ってて頂戴!』
「いや……別…にゆっくり…で……」
この間会った時はもうちょっと落ち着いた雰囲気だったのに、なんでこうなったんだろう……?
「愛しの弥生ちゃんに声に導かれて、更識楯無ここに参上!!!」
「早っ!?」
さっき話してからまだ10秒も経ってないんですけど!?
って言うか、まだ通話中なんですけど!?
部屋の扉を勢いよく開きながら来たのは、このIS学園の生徒会長である更識楯無だった。
ロシア代表であると同時に暗部の長である彼女ならば、必ずや力になってくれる筈だ。
性格に少々問題はあるけど……。
ここでまさかの楯無さん介入。
でも、頼りにはなると思います。
性格はぶっ飛んでますけど。