お察しの通り、VTシステム戦です。
と言っても、皆さんが予想している展開とは違うかもしれませんが。
「うぁぁぁああぁぁぁぁぁああぁぁぁぁああぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
突然のラウラの悲鳴に、全員が動きを止めて目を見開く。
「な…なんだよあれは!?」
「この現象は一体……!?」
「な…んで……っ!?」
ラウラの専用機であるシュヴァルツェア・レーゲンに突如として紫電が迸り、その装甲がまるで何かによって溶かされたかのように融解していく。
あまりにも現実離れした光景に、一夏とシャルロットは戦慄し、この現象の原因を知っている弥生は、二人以上に驚愕していた。
次第にその原型が無くなっていき、数秒でレーゲンは完全な液状と化し、操縦者であるラウラを取り込もうと動き出す。
「ラウラ! ラウラ!!」
「弥生!! 行っちゃダメだ!!」
思わず傍まで駆け寄ろうとした弥生を、後ろから羽交い絞めにして食い止めるシャルロット。
弥生の余りにも悲痛な顔に、彼女もまた心を痛めていた。
だが、ここで誰もが予想だにしていない出来事が発生する。
「く……うぉぉぉおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおぉぉぉぉぉっ!!!!!」
なんと、ラウラが裂帛の咆哮と共に体に力を入れて、己を取り込もうとする何者かに抗ってみせたのだ。
「私は……私はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
受け入れよ。それが汝の
(ふざけるな! 勝手に私の運命を決めるな!!)
これこそが最強の力。全てを凌駕する絶対の力。
(こんな物が……こんなふざけた物が最強だと!?)
そうだ。汝、変革を受け入れよ。より強き力を欲せよ。
(うるさい!! 私はそんなものは望んではいない!!)
そんな筈はない。汝は強者になる事を望んでいた。
(確かに昔はそうだった。私は弱く、それ故に誰にも屈さない力を欲した事がある。それは認めよう。だが!!)
だが……なんだ?
(今の私はそんなものを全く欲してなどいない!! もしも私が力を欲すると言うのであれば、それは……)
それは? なんだ?
(それは……!)
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
「姫様をお守りする力だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」
その瞬間、ラウラを覆い尽くそうとしていた黒い液体が弾け飛び、彼女の体がゆらりと力なく倒れ込んできた。
「ラウラ!!!」
「弥生っ!?」
シャルロットの拘束を振りほどいて、弥生はラウラの元まで行って、その体をダイビングキャッチ。
そのまま、その場に座り込んでからラウラの体をしっかりと抱きしめた。
「ラウラ……大丈夫……?」
「姫様……」
疲弊はしているようだが、それでも外傷が見当たらないのを見て、弥生は涙を流しながら喜んだ。
「よかった……本当に良かった……」
「すみません……私…のせいで……」
「ううん……。ラウラ…は何も悪く…無い…よ……」
慈しみと母性に溢れたその表情は、まさに聖母と呼ぶに相応しかった。
だが、無粋にもそんな二人に水を差す存在がまだそこにいた。
「弥生!! ボーデヴィッヒさんを連れて早くこっちに!!」
「うん!」
ラウラを横抱きにしてから、急いでシャルロットがいるところまで移動する。
そうしてから後ろを振り返ってみると、そこには不完全な状態で変態した嘗てのレーゲンの成れの果てが、そのドロドロに溶けかかっている腕を弥生とラウラの方に伸ばしていた。
「なんなのさ……アレは……」
「多…分……VTシステム……」
「VTシステム!? あれは開発や研究が全て禁止された禁断の技術じゃ……」
「ダメ…と言われれば……言われる程……人はやりたがる……」
「その気持ちは分かるけど…それでも……」
やっていい事とダメな事がある。
しかし、それを正しく理解していない人間がいることもまた事実なのだ。
「まるで出来損ないのゾンビみたいだね……。あんな奴が出て来る映画を前に見た事があるよ……。でも、アレって何かに似ているような気が……」
「きっと……織斑先生……。あの手…にあるの……雪片……に少しだけ似てる……」
「言われてみれば確かに……。つまり、あれは織斑先生を模倣するつもりだった…と……」
「でも……失敗した……」
「ボーデヴィッヒさんの頑張りでね」
二人が話している間も、ドロドロのISは徐々に距離を詰めていく。
その手が再び弥生達に触れそうになった……その瞬間、その腕が切り裂かれた。
「なにやってんだよ……」
「一夏……?」
それは、怒りに満ちた顔を浮かべている一夏の斬撃だった。
彼は三人を庇うように前に立ち、雪片弐式の刃でISの腕を斬ったのだ。
「なにやってんだよテメェは!!!」
「一夏っ!?」
半ば崩壊寸前になっているISに向かって行き、何回も斬撃を浴びせるが、その度に斬られた部位が再生していく。
液状であるが故に、生半可な攻撃ではビクともしない。
『非常事態宣言発令!!トーナメントの全試合は中止にし、状況をレベルDと認定!! これより事態鎮圧の為に教師部隊を送り込む! 来賓と生徒は直ちに避難すること! 繰り返す!』
アリーナ全体に緊急放送が聞こえ、生徒達は急いでアリーナの出口から避難しようとする。
しかし、今回は以前のように混乱はしておらず、全員が並んで出口に向かっていた。
恐らく、前回の無人機騒動の時の教訓が生かされているのだろう。
一部の生徒達が率先して避難誘導にも当たっていて、その中には嘗て弥生が体を張って命を救った少女達もいた。
「一夏! 僕達のやる事はもう無いよ! 早くここから避難しよう!」
「行くなら先に行ってくれ。俺はこいつを片付けないと気が済まない」
「なに言ってるのさ! 幾ら動きが遅くても、危険である事には違いないんだよ!?」
「んな事は俺だって分かってる! でもな……どうしても許せないんだよ!!」
「一…夏……」
シャルロットの言葉を一切聞き入れず、一夏は依然として眼前の融解したISと対峙している。
そんな彼の姿を見て弥生も触発されたのか、彼女は徐にアーキテクトの武装欄を表示して、なにか操作をし始めた。
「これで……」
「弥生? 一体何を……」
ピッ!っと何かを押した後、弥生の手に鞘に入った一本の刀が展開された。
「一夏!!!」
その刀を一夏へと向けて思いっきり投げ飛ばし、一夏もそれを見て慌てて受け取る。
「もうSE…少ない…でしょ……? それ…使って……」
「これは……?」
「私……の武器……の一つ……。ちゃ…んと使用権限……は解除した…から……」
ビシッ!っとISを指差して、弥生は全力で叫んだ。
「そいつを……やっつけちゃって!!!」
少女の叫びを聞き、少年は威勢よく親指を立てる。
「任せとけ!!!」
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
俺は今、人生で一番怒っている。
折角の試合を滅茶苦茶にされて許せない。
千冬姉が鍛え、磨いてきた技を機械如きで簡単に再現できると思われた事が許せない。
ラウラの事をまるで道具のように取り込もうとしたことが許せない。
皆を怯えさせたことが許せない。
そして、何よりも……
(弥生を悲しませたことが一番許せない!!!)
ラウラが取り込まれようとした瞬間、弥生は誰よりも悲しそうな顔を浮かべていた。
涙を流して、必死に助けようともがいていた。
弥生にそんな顔をさせたこいつがどうしても許せない!
前に俺が弥生を泣かせてしまった時から誓った事。
もう二度と、弥生の事を悲しませたりしない。
彼女の笑顔を絶対に守ってみせる。
それなのに、俺はまた弥生が悲しむ姿を見てしまった。
俺は、そんな自分自身にも怒っていた。
俺は知っている。
弥生とラウラは本当に仲が良くて、傍から見ていると本当の姉妹のようだった!
皆も俺も、そんな二人を見ていつも心が温かくなる感覚を感じていた。
どこのどいつがラウラのISにこんな物を仕込んだかは知らないが、お前が余計な事をしたせいで、二人の事を引き裂こうとしたんだぞ!!
(惚れた女を目の前で泣かされて、ブチ切れない男がいるかよ!!!)
弥生に託された一本の刀を見て、徐に鞘から引き抜いてみる。
その刀身を見た瞬間、俺は息を飲んだ。
俺の手の中にある刀は、とてつもなく美しく、一瞬で俺の心を冷静にしてくれた。
あまり刀に詳しくない俺でも分かる。
これは間違いなく名刀中の名刀だ。
まるで、本来の持ち主である弥生の美しさを体現したかのような刀だ。
(コレの名前は……『ガーベラ・ストレート』……か)
日本語に訳すと『菊一文字』。
勿論、これは本物じゃないだろうけど、それでも相当に凄い代物である事は一発で看破できる。
「弥生に託されたこの刀で……」
ガーベラ・ストレートを正眼の構えで持ち、まるで誕生したばかりの巨神兵のようなISをジッと見据える。
「お前をぶった斬る!!!」
本体は俺よりも大きく、その動きは非常にスローだ。
これならば、俺にだって!
「そんな鈍亀みたいな動きなら……」
両手を全力で振りかぶり、そのまま真っ向唐竹割り!!!
「俺でも余裕で当てられる!!!」
渾身の一撃はヤツの体を縦一文字に斬り裂き、同時に何か固い物を斬るような手応えを感じた。
ドロドロの体がゆっくりと縦に切り開かれ、その直後に大きく破裂して四散した。
「ハァ……ハァ……ハァ……」
何かの装置のような物が真っ二つになった状態で地面に落ちて、その傍には元に戻ったラウラのISが横たわっていた。
損傷はかなり酷いが、致命的な事にはなっていないようで安心した。
「お前は……俺を怒らせた……」
刀身を鞘に納めながら、俺は弥生の元まで戻っていった。
それからすぐにISを装備した先生達がやって来た。
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
あれからすぐにラウラは気を失って、彼女は急いで保健室へと運ばれていった。
私達もそれに同行し、私だけが保健室に残ってから、彼女が保健の先生である佐藤先生がラウラの体を診ている様子を少し離れた場所から眺めていた。
「外傷は特になし。恐らく、気を失ったのは精神的疲労が原因でしょうね。一晩ゆっくりと休めば、明日にはいつものようになっている筈よ」
「よかった……」
ベッドの上で静かに横たわっているラウラを見ながら、私は安堵の息を吐いた。
(にしても、なんでVTシステムが急に発動したんだろう……? ラウラが試合中に負の感情を持ったようには見えなかったし、今の彼女は無闇矢鱈に力を欲するような女の子じゃないと思うんだけど……)
考えれば考える程に原因が分からない。
(……今は止めておこうか)
疲れた頭で幾ら考えても答えは導けないだろうし、今はラウラの無事を素直に喜んだ方がいい。
「ボーデヴィッヒの容体はどうだ?」
「千冬」
腕組みをしながら織斑先生もやってきた。
いつもと同じ仏頂面だが、心なしか安堵しているようにも見える。
「彼女なら心配ないわ。疲れて眠っているだけ」
「そうか……」
一言だけだが、その顔は明らかに喜んでいる。
嘗ての自分の教え子だしね。そりゃ、心配して当然だよな。
暴力教師っぽい一面もあるけど、この人だって人の子なんだ。
自分が手塩を掛けて色々と教えたこの子の身を案じるのは当たり前か。
「板垣達はどうだった?」
「この子達も問題無しよ」
念には念を…と言う事で、私達も軽く検査をして貰ったけど、特に怪我などは無かったから、すぐに解放された。
でも、どうして佐藤先生は私の体の怪我の事を知っていたんだろう?
私の事を検査する時に、皆を廊下に追い出していたし。
「ボーデヴィッヒのISに起きた現象の原因が判明した」
「それは……私達も聞いていい話?」
「板垣は当事者だし、お前にも聞いて貰った方がいいだろうな」
「……分かったわ」
原因……ね。
まぁ、VTシステムなのは間違いないだろうけど。
「ボーデヴィッヒのISに、VTシステムが内蔵されていた」
「VTシステム……。正式名称は『ヴァルキリー・トレース・システム』、過去のモンドグロッソにおけるヴァルキリーの動きを機械的に再現する装置……だったわよね?」
「そうだ。あらゆる企業や国家などにおいて研究や開発が禁止されている筈……なのだがな……」
「ドイツには色々ときな臭い話も多いしね。今まで潰された違法研究所の殆どがドイツにあったって言うぐらいだし」
マジで!? ドイツってそんなにも危険な国だったの!?
怖いわ~……。なんか印象がガラリと変わるな~。
「でも、あれの発動には操縦者の精神状態に加え、機体の蓄積ダメージと、何よりも操縦者自身の意思が揃わなければ発動しない筈なんじゃないの?」
「それなんだがな……」
ん? あの織斑先生が口ごもるなんて珍しい。
「織斑が叩き切った装置を詳しく分析した結果……外部から強制的にシステムが発動された形跡が発見された」
「「!!!」」
外部から強制的って……それって……。
「第三者……の誰か……が無理矢理……システムを……」
「そうなるな……クソッ!」
なんだよそれ……! ふざけるなよ……!
なんでそんな事が出来るんだよ!! ラウラが何をしたって言うんだ!!
あんなに素直で、凄く真面目で、とても優しい女の子の事を……どうして使い捨ての道具みたいにするんだ!!
「お前は……優しいな」
「先…生……?」
もう何回目になるか分からない、織斑先生の頭ナデナデ。
でも、この時ばかりは不思議と安心できた。
「自分の為じゃなくて、誰かの為に怒ることが出来る。そんなお前だからこそ、ラウラの頑なな心を開く事が出来たんだろうな……」
この状況で褒めるのは……ちょっとズルいと思います……。
なんか……照れるから……。
「そろそろ一夏達の元に行くといい。アイツ等もお前やラウラの事を心配していたからな。ちゃんと報告してやれ」
おっと、その通りだ。
いつまでもここにいて休んでいるラウラの邪魔をするわけにはいかない。
「織斑先生…は……?」
「私はもう少しだけここに残る。佐藤先生と話す事もあるからな」
担任である以上、保健教師である佐藤先生にもうちょっと詳しい検査結果を聞く必要があるんだろう。
教師って大変だ。
「分かっているとは思うが、ここで私が話した事は重要案件である上に機密事項だからな。誰にも話すなよ?」
「はい」
大きく一回頷いてから、私は保健室を後にして、食堂で待っていると言っていた皆の元に急ぐ事にした。
んじゃ、ラウラの事は一先ず織斑先生達に任せて、私は皆に元気な姿でも見せに行きましょうかね。
もう説明の必要は無いと思いますが、一応の補足を。
ガーベラ・ストレートは皆が大好き(?)なガンダムアストレイ・レッドフレームの代名詞的な実体剣です。
もしかしたら、いつかタイガーピアスも登場するかも?