なんでこうなるの?   作:とんこつラーメン

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今回と次回は、同じ時間帯で起こる二つの出来事を描写していきます。

旅館の夜はまだまだこれから?








夜の女子会?

 温泉でゆったりとして心も体も癒されたヒロインズは、揃いも揃って旅館内の廊下を歩いていた。

 

「温泉……本当に気持ちよかったね~♡」

「うむ。あれ程の温泉に入る機会など、これから先あるかどうか……」

「ジャパニーズオンセン……しかと堪能しましたわ……♡」

 

 彼女達の顔が僅かに火照って赤らんでいて、少しだけ体から湯気も出ている。

 表情もとてもほんわかとしていて、まるで、今にも蕩けそうな感じだ。

 

「姫が……弥生が来なかった事だけが唯一の心残りだったな……」

「し…仕方ないよ。まだ弥生はお腹が空いていたみたいだし……」

「あれだけ食べても、まだ胃袋に余裕があるなんて……。どんな構造をしているのかしら」

「あれが真のフードファイター……」

「なんと……! 姫様は戦士でもあられたのか!?」

「いや、あれは単純に大食漢なだけだろ……」

「夜風が気持ちいいね~♡」

 

 他愛のない話をしながら歩くその姿は、多国籍と言う事を除けば、どこにでもいるごく普通の少女達の姿だった。

 彼女達の内の殆どが、国の旗を背負った代表候補生だと、誰が信じるだろうか。

 

 そんな彼女達が教師達の泊まっている部屋の辺りまで差し掛かった時、廊下の向こうから誰かが歩いてくる姿が見えた。

 

「お? 皆揃って温泉に行ってたのか?」

「一夏じゃない。アンタこそどうしたのよ?」

 

 その手に缶ジュースを持って現れたのは、毎度お馴染みの織斑一夏だった。

 既に缶は開いており、飲んでいる途中である事が窺える。

 

「いや。俺は普通に喉が渇いたから、そこら辺にある自販機でジュースを飲んでただけだよ」

「ふぅ~ん……」

 

 別に興味無さそうに頷く鈴だったが、その顔はすぐ傍にある扉から聞こえてくる声によって、一瞬で変化することになる。

 

「……ねぇ……今、この部屋から何か聞こえなかった……?」

「えぇ……確かに聞こえましたわ……」

「今のは……姫様の声?」

「ここは先生達の部屋……? ここにいるのは……」

「千冬姉だよ。俺も一緒の部屋だけど」

 

 一夏の何気ない一言で、少女達の顔がすぐに驚きに変わる。

 

「お…織斑先生だって……?」

「ま…まさか……私達が温泉に入っている隙を狙って……?」

「い…いや……私達の聞き間違いだと言う可能性も……」

 

 などと言いつつも、少女達は既にドアにその耳を当てて、中の様子を窺おうと試みていた。

 因みに、ラウラはなんとなく場の流れで聞き耳を立てているだけで、特に中での様子に興味は無い。

 

「なにやってんだよ……」

 

 そんな彼女達を呆れた目で見つめる一夏。

 本当なら今すぐにでも部屋に戻りたいが、目の前にいる少女達がそれを許してはくれないだろう。

 

『入れま…すね……』

『あぁ……頼む』

(入れるっ!? 入れるって、ナニをどこに!?)

 

 扉の向こうから聞こえてきたのは、弥生の意味深な言葉と、千冬の気持ちよさそうな声。

 普通の状態じゃないのは明らかだった。

 

『ちょっと……厄…介……』

『そこ……いぃ……♡』

『ここで…すか……?』

『そこだ……そこをもうちょっと……んんっ♡』

(ソコってどこですの!? もうちょっとってなんなんですのっ!?)

 

 彼女達の頭の中で、妄想だけが一人走りしていく。

 声だけを聞けば、明らかに女教師と女子生徒の一線を超えた体のやり取りである。

 

『……ところで』

 

 急に千冬の口調が変化した。

 まるで、誰かに問いかけるような感じに。

 

『そこの小娘共はいつまでそうしているつもりだ?』

(ば…バレてる!?)

 

 よもや、ドア向こうの事を完全に看破されているとは夢にも思わなかった為、ヒロインズは動揺のあまり、ドアを蹴破るようにして部屋の中へと流れ込んでしまった。

 

「み…皆……?」

 

 驚いて思わず動きを止めた弥生の手に握られていたのは……。

 

「み……耳かき棒?」

 

 部屋の中では、正座をしている弥生の膝の上に頭を乗せて、呆れた顔で少女達を見据えている千冬がいた。

 その耳からは、弥生の所持している耳かき棒がにょきっと生えている。

 

「んな事だろうと思ったよ……」

 

 この事態を予め予想したいたのか、一夏は頭を抱えながら溜息を吐いた。

 

「教官と姫様はとても仲良しなのだな……」

 

 ラウラだけが一人だけ、場違いな発言をしたが、誰もそれにツッコむ余裕は無かった。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 耳かきを終えた弥生と千冬は、二人並んだ状態で乱入してきた少女達と対面していた。

 一夏だけはどっちにつけばいいのか分からずに、両者の中間ぐらいの場所に座っている。

 

「まずは、ご苦労だったな、弥生。お蔭で耳がスッキリした」

「どうい…たしま…して……」

 

 まるで最高級エステの帰りのように非常に清々しい顔になっている千冬を見て、心の中で羨ましいと思わずにはいられないヒロインズ。

 しかし、下手に表情に出せば必ずからかわれると思っているのと、緊張で上手く表情を崩せない哀れな彼女達だった。

 約数名、例外もいるようだが。

 

「私もいつか、やよっちの耳かきを体験したいな~」

「本音…なら…何時で…もいい…よ……?」

「やった~♡」

「ひ…姫! 私も頼めるだろうか? 噂に聞く君の耳かきを、私も是非とも堪能したい!」

「ひ…暇…な時……な…ら……」

「分かった。その日を楽しみに待つとしよう」

 

 顔が強張っている彼女達を余所に、目の前で先制攻撃を放つロランと本音。

 この豪胆さを見習ってほしいものだ。

 

「ラウラ……は戻っ…てから…またし…てあげる…ね……」

「はい!」

 

 ラウラも昔からのからの間柄故に千冬には特に緊張はしていないようだ。

 逆に、弥生の目の前と言う事もあって、無邪気な子供のような顔を見せている。

 

「ま…またって……?」

「まさか、ラウラはいつも弥生に耳かきをして貰っていたのか……?」

「そうだが、それがどうかしたか?」

 

 盲点だった。

 弥生とラウラは同じ部屋。

 耳かき等をして貰おうと思えば、いつでも機会はあったのだ。

 本人に全く自覚は無いが、ラウラは今、確実にこの中で最も優位な立場に立っていた。

 

「こいつ等がここにいると言う事は、もう温泉も空いている頃だろう。そろそろ行ってきたらどうだ?」

「分かりま…した……」

 

 この場にいて欲しいと言う一部の少女達の願いも空しく、弥生は立ち上がって部屋を出て行こうとする。

 

「たっぷりと浸かって、日頃の疲れを癒してこい」

「はい……」

 

 少しだけ笑顔を見せてから、弥生は静かにこの場を後にした。

 残されたのは、一夏と少女達と千冬のみ。

 急に室内はシ~ンと静寂に包まれた。

 

「ん? いきなり静かになってどうした?」

「いや……幾ら大勢で押しかけたとはいえ、こうして千冬姉と向き合っているのは緊張するんじゃねぇのか?」

「そう言うものか?」

「まぁ、俺みたいに普段から話し慣れている連中は別だろうけど。実際にラウラとか普通にしてるしな」

 

 一夏の指摘通り、ラウラは弥生が去っても先程と同じ風に振る舞っている。

 伸び伸びと足を広げて座り、のんびりとした様子だ。

 

「どうしてお前達は緊張しているのだ? 教官とはいつも学園で顔を合わせているではないか」

「そうは言うけどね……」

「それとこれは別と言いますか……」

 

 苦笑いをしながら顔を引き攣らせるシャルロットとセシリア。

 簪も同様にガチガチになっていて、手に汗を握っている。

 

「つーか、箒と鈴は昔から俺を通じて千冬姉とも話してたじゃねぇか。なんで今更緊張なんてするんだ?」

「いや、私がそんな風に話していたのは、もう随分と前の話だしな……。あの頃と今では状況も立場も違うと言うか……」

「そうか?」

 

 いまいち箒の心境が理解できない一夏。

 こんな所はまだまだ修行がいるようだ。

 

「鈴は……そういや、前から千冬姉の事が苦手だったっけ」

「なに? そうなのか?」

「ばっ……! 一夏! 余計な事を言うんじゃないわよ!」

「いや、事実じゃんか」

「だからって、それを今ここで言うっ!? 少しは空気を読みなさいよね!」

「意味分からねぇ……」

 

 彼としては別に悪意を込めて言ったわけではないが、それでもKYな事は否めなかった。

 

「ふぅ……仕方のない。一夏」

「はいよ」

 

 徐に立ち上がり、一夏は部屋に備え付けの冷蔵庫に向かい、中から予め購入していた人数分の飲料水を取り出して、それを持ってきて畳の上に並べた。

 

 ラムネとオレンジジュースとスポドリにアイスコーヒーにアイスココアに紅茶にアップルジュースにウーロン茶にコーラ。

 それらをずらりと並べて、千冬は全員を見渡す。

 

「私の奢りだ。どれでも好きなものを飲むといい」

「んじゃ、俺はこのウーロン茶を貰おうかな」

「ならば、私はアイスココアを貰う。姫様がよく私に淹れてくれたからな」

「私はこのアップルジュースを頂こう」

「じゃ~あ~…私はコーラをも~らい!」

 

 迷わずジュースを選んだのは、一夏とラウラと本音とロランの4人。

 他のメンバーはいきなりの事に動揺して、どうすればいいのか分からないでいた。

 

「いらないのか?」

「「「「「い…いただきます…」」」」」」

 

 おずおずとジュース群に手を伸ばし、ようやく全員の手にジュースが渡った。

 

「では、私も飲むとするか」

「りょーかい」

 

 まるで『分かってました』と言わんばかりに、一夏はいつの間にか取り出しておいた缶ビールを千冬に手渡した。

 それを迷わずプシュッっと開けて、中身を喉に流し込む。

 

「ふぅ~……。矢張り、一日の最後はこれに限るな……」

「あまり飲みすぎるなよ?」

「分かっているさ」

 

 と言いつつも、千冬の手には二本目の缶が握られている。

 

「あ…あの……」

「よろしいんですの……?」

「何の事だ?」

「いや……その……」

「私達の前で…その…飲酒は流石に……」

 

 そう言われて『あぁ』と得心がいった千冬は、急にニヤリと笑った。

 

「そう固い事を言うな。もう私はお前達に『口止め料』は払ったぞ?」

「だな。今更って感じだよ」

 

 『口止め料』と言われ、すぐに反応したのはロランと本音。

 他の面々は頭の上に『?』を浮かべた。

 

「ま、下らない話はこれぐらいでいいか。そろそろ本題に入るとしよう」

 

 座り直しながら缶ビールを畳の上に置き、一夏を含めた全員を改めて見渡す。

 

「お前等、弥生の事はどう思っている?」

「「「「「「「「「!!!」」」」」」」」

 

 弥生の名前が出た途端、全員の目が大きく見開かれた。

 

「わ…私は……最初はその可愛らしさに惹かれましたが、今は違います」

「と…言うと?」

「弥生にこの命を救われた時からきっと、板垣弥生と言う少女に心から惚れているんだと思います」

「そうか……」

 

 真剣に弥生の事を話す箒の顔からは、どれだけ弥生の事を思っているかが窺えた。

 

「私は勿論、弥生さんの可愛らしさは勿論、その優しさと温かさに惹かれましたわ!」

「ふっ……。私に対してその問いは愚問だな。私が弥生に惹かれる事は運命であり必然だった。それだけだ」

「あ~……お前等にはこれ系の答えは期待していない」

 

 ジト目になりながら千冬は手を振ってセシリアとロランに適当に対応した。

 

「あたしは……八つ当たり気味に悩み相談をしたあたしの事を真っ直ぐに受け入れてくれた弥生に、いつの間にか惹かれてたって言うか……」

「その気持ちは私も理解出来るがな」

 

 恥ずかしそうに自分の気持ちを吐露する鈴に同調する千冬。

 優しげに笑いながら、ビールを口に運ぶ。

 

「ぼ…僕は……弥生や皆に救って貰って……それで……」

「お前の場合は言わずもがなだ。その瞬間をこの目で見ているからな」

 

 ある意味で千冬も当事者と入れるので、シャルロットの言葉に敢えて言及はしなかった。

 

「私は……今まで友達がいなかったって言う弥生の友達になりたくて、それで……」

「気がついた時には……か?」

「はい……」

 

 顔を真っ赤にして俯く簪に初々しさを感じながら、ニヤニヤと笑顔を浮かべた。

 

「布仏も同じか?」

「はい……。私もやよっちの『特別』…になりたいです……」

 

 いつものテンションがなりを潜め、急に大人しくなった本音。

 これが彼女の本来の姿なのかもしれない。

 

「で、ラウラは……聞くまでも無いか」

「はい! 今ならばハッキリと断言できます! 私は姫様と一緒にいたい、姫様が大好きです!」

 

 一切の迷いのない瞳でそう言うラウラの顔を見て、彼女の心の成長に喜びを隠せない千冬。

 歳相応のこの姿こそが、ラウラになって欲しかった姿でもあった。

 

「お前達の気持ちはよ~く分かった」

 

 缶の中に残ったビールを全部飲み干してから、最後に一夏と向き合った。

 

「ラストはお前に聞こうか。一夏、お前は弥生の事をどう思っている?」

「俺は……」

 

 僅かな間だけ目を瞑ってから、静かに語りだした。

 

「俺は弥生が好きだ。冗談抜きで心底惚れている。弥生を護る為ならなんでもするし、どんな努力も惜しまない」

 

 密かにテーピングされた自分の手をグッと握りしめながら、真っ直ぐに千冬を見据える。

 

「これからの人生の全てを、弥生を守り、一緒に過ごすために使いたい。俺はそう思っている」

「ふっ……そうか……」

 

 『漢』の顔になった弟の成長ぶりを見て、『皆を守る』と馬鹿の一つ覚えのように言っていた頃を思い出し、微笑を浮かべた。

 

「だ…そうだぞ?」

 

 挑発的にニヒルな笑みを見せながら少女達を見渡す。

 その顔にはある言葉が書かれていた。

 

「一途になった男ほど厄介な奴はいないぞ? うかうかしていると、思わぬ伏兵に足元を掬われるかもな?」

「そ…そう言う織斑先生はどうなんですの!?」

「私か? そうだな……」

 

 ボ~ッと天井を見つめてから、三本目の缶ビールを開けた。

 

「……少なくとも、小娘共に遅れを取るつもりはない……とだけ言っておこう」

「「「「「「「!!?」」」」」」」

「「???」」

 

 千冬の爆弾発言に、ラウラと一夏以外の全員が戦慄し、二人は小首を傾げている。

 

「精々頑張れよ? 私はそう甘くは無いぞ?」

 

 恋するヒロインズの目の前に『織斑姉弟』と言う最強の障害が現れた瞬間だった。

 ……ラウラだけは例外かもしれないが。

 

 今回もまた、弥生本人が預かり知らないまま、彼女を中心に人の輪が回っていく。

 無自覚の内に様々な人々を引き寄せる。

 これが『板垣弥生』と言う少女の本質なのかもしれない。

 

 

 

 

 




まずは千冬を中心にしたヒロインズのお話でした。

次回は温泉に向かった弥生視点のお話です。

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