なんと言うことでしょう。
明日……大丈夫かな……?
超ハイテンションな状態の束さんのあとにいきなり登場した男性。
私は彼の事をよく知っているけど、他の皆としては、全く見知らぬ男が突然現れたので、ポカ~ンと口を開けて驚いている。
「お…鬼瓶さん……」
「や。元気そうだね」
にっこりと笑った鬼瓶さんは、手を振りながらこっちにやって来た。
それにいち早く反応したのは山田先生で、すぐに鬼瓶さんの前に立ち塞がった。
「あ…あの……何方かは存じませんが、ここは関係者以外の立ち入りは……」
「あぁ、それなら心配ご無用。ちゃんと学園側から許可を取ってここにいますから。疑うようでしたら、今すぐにでも学園に連絡をしてみてください」
それを聞いて、即座に少し離れた場所に行き、そこで携帯を出してどこかに電話をし始めた。
多分、鬼瓶さんが言った通り、学園に確認の電話をしているんだろう。
一分もせずに山田先生はこっちに戻ってきて、その顔は驚きに満ちていた。
「れ…連絡をしてみたところ……学園側もきちんと彼の来訪を了承しているらしいです……」
「なんだと……?」
またまた驚く織斑先生。
今日は驚いてばかりだな。
「ね? 言った通りでしょう?」
「はぁ……」
疲れ切った山田先生は、項垂れながら織斑先生の隣に戻った。
「失礼ですが、貴方は一体……」
「おっと。俺としたことが、自己紹介がまだでしたね」
コホンとわざとらしく咳払いをして、鬼瓶さんは口を開けた。
「俺の名前は『鬼瓶久吉』。そこにいる板垣弥生ちゃんのおじいさんの古い知り合いで、今日は、そこにいらっしゃる篠ノ之束博士と同様に、弥生ちゃんに色々と届け物を持って来たんです」
爽やかに自己紹介をする鬼瓶さんだが、それよりも気にかかる言葉が聞こえた。
(私に届け物がある……?)
一応、こちらにも既に色々な武装は届いてはいるが、それ以外にも何かを届けに来たと?
これ以上、何を私にくれるって言うんだ?
「鬼瓶久吉……もしかして、お前は……」
「俺がどうかしましたか? 篠ノ之博士?」
え? え? いきなり鬼瓶さんを睨み付けて、あの人ってば束さんに何かしたの?
「いや……なんでもない」
気のせいかもしれないけど、束さんの目からは憎しみとかの負の感情は全く感じなかった。
寧ろ、何か警戒をしていると言うか、そんな感じが見て取れた。
「や…弥生! あの人……お前の知り合いって……」
「ほ…本当なのですか?」
一夏とラウラが顔を近づかせて質問してきた。
うん。気持ちは分かるけど、そこまでグイグイと来なくていいから。
「本当……だよ……。私…も昔…に…お世話になっ…た事…があるか…ら……」
そうそう。一応これだけは言っておく。
鬼瓶さんはまだ20代だからね。
ヒゲのせいで少し年上に見られがちだけど、織斑先生や束さんや山田先生とは同年代なんだよ?
「でも、弥生の知り合いの人がここに何を持って来たっていうのかしら?」
「ここに来たと言う事は、少なくともISに関係していると思うけど……」
普通に考えればそうだよね。
私もそうだとは思っているけど、この人が何を持って来たのかは皆目見当がつかない。
「それで? 君はやっちゃんに何を持って来たって言うのさ?」
「それはですね~……」
少しワクワクしながら鬼瓶さんの言葉を待っていると、いきなり変な事を言いだした。
「どうせなら、一緒に出しません? 俺と貴女が持って来た物」
「一緒に? ふ~ん……」
だよね。そんな事を言われたら、そりゃジト目にもなりますよね。
「別にいいよ。どっちにしろ出す事には変わりないんだし。それに、君がやっちゃんに何を持って来たのか、興味が無いわけじゃないしね」
怒っているわけじゃない。かと言って、別に鬼瓶さんのことを蔑にもしていない。
なんて言えばいいのかな……? この二人の間に流れている空気は、どこまでも相互不干渉な感じがある。
「では、いきますか」
束さんがポケットからスイッチのような物を取り出して、それをポチっと押すと同時に、鬼瓶さんが指をパチンッ!と鳴らした。
すると、さっきまで何も無かった上空から二つのコンテナらしき物体が降ってきた。
片方は二つのピラミッドが上下にくっついているような形をしていて、もう片方は横長の形をしていた。
二つとも綺麗な銀色をしていて、こっちの顔を見事に反射している。
「まずは私から見せるね。これが、私が箒ちゃんの為に用意した箒ちゃんだけの専用機。その名も……」
ピラミッド状のコンテナの分解、変形していって、その中身が露わになる。
そこから出てきたのは、私もよく知っている真紅に輝く一体のIS。
「紅椿!!」
紅椿。
その名の通り、まるで紅く輝く一輪の華を彷彿とさせるISで、とても華美な機体だった。
でも、このISが決して見た目だけじゃない事は、この中でも束さんの次くらいによく分かっている。
「これが……私の専用機……?」
「そうだよ。さ、私は出したんだから、そっちもさっさと出しなよ」
「分かってますって。では……」
鬼瓶さんがコンテナを数回コンコンと小突くと、それに呼応するかのようにコンテナが展開していく。
「あれは……?」
「IS……なのか……?」
漆黒の装甲に二つのタイヤ。
あれ? あれってもしかして……?
「これが今回、僕等が用意した弥生ちゃんへのプレゼント。機体名は『ラピッド・レイダー』だよ」
それは、一台のバイクだった。
鋭敏な形状をしていて、こんな装甲を持つバイクは見た事が無い。
「これ……は……」
「随分と待たせたね。君がずっと欲しがっていた物だよ」
今度は私が冗談抜きで驚かされた番だった。
まさか、ここでバイクを持ってくるとは……。
「ちょ……待ってくれ! じゃなくて……待ってください! なんで弥生にバイク……? いや、それ以前に免許とか……」
皆の驚きを代弁するかのように、一夏が一歩だけ前に出て鬼瓶さんに詰め寄っていた。
「あれ? 弥生ちゃん。何も話してないのかい?」
「忘れ…てた……」
そういや、まだ説明をしてなかったっけ。
私としたことが、うっかりしていたよ。
「弥生ちゃんは、こう見えてもバイクの運転免許を持っているんだよ」
「「「「「「「えぇ~~~~~~~~~~っ!?」」」」」」」
再びこの場に驚きの声が木霊する。
ここに私達以外に誰もいなくて本当によかったね。
じゃないと、絶対に迷惑になっていたよ。
「あれ……? 千冬姉達やラウラとシャルロットが驚いてない……?」
「何を言っている。教師である以上、生徒のプロフィールぐらいは把握していて当然だ」
「私達も最初は驚きましたけど、今時は十代で二輪の免許を持っている子も珍しくは無いですしね~」
かく言う私もその手の人間だったりします。
苦労はしたけど、その甲斐はあったと思っている。
「僕もこっちに来る前に父さんから弥生に関する資料を貰っていたから知ってたよ」
「私もだ。姫様ならば、バイクの免許ぐらい持っていても不思議ではないからな」
流石に、この二人も知ってたのは驚いたけど。
まぁ、今更隠すような事でもないし、気にしてないけどね。
「でも、免許は持っていても、肝心のバイクを持っていなかったんだよ。それを可哀想に思った彼女のおじいさんが、弥生ちゃんの為にお手製のバイクを製作したんだ。それが……」
「ラピッド…レイダー……」
これ……おじいちゃんが作ってくれたんだ……。
うわぁ……めっちゃ感動してる……。
私一人だけなら、ここで間違いなく嬉しくて泣いてるわ……。
「む~……! やっちゃんがバイクを欲しがっているって知っていたら、私が作ったのにぃ~……!」
「ははは……。でも、これは『あの人』が弥生ちゃんの為に作って初めて意味を成すんです。こればかりは貴女でも譲れませんよ」
「それぐらいは分かってるよ……」
こらこら。そこでぶーたれない。
束さん、まるで自分の我儘を聞いて貰えなかった子供みたいになってるよ。
「お披露目はそれぐらいにして、早く調整に移れ」
「りょ~か~い。んじゃ、箒ちゃん。こっちに来て紅椿に乗ってくれる?」
「はい」
そこからは原作と同じように、箒が紅椿に乗り込んで束さんが超絶的な指捌きで空中投影型キーボードを操って、見る見るうちに紅椿の調整を終わらせていく。
その途中で『自動支援装備』とか『近接向きの万能型』とか言っていたから、性能自体は原作と同じと見ていいだろう。
「この機体……相当に高性能なのでは? 私の技量では……」
「大丈夫。箒ちゃんがそう言うと思って、ちゃんと機体の方にリミッターを設けてあるから」
「リミッター?」
そんなものを設置していたのか……。
でも、それならば、この紅椿は原作程チートじゃない?
「他のISのように形態変化する訳じゃないけど、箒ちゃんの成長と共に機体の性能が随時アップデートされていくようにしたから。今の性能は打鉄の上位互換ぐらいに思ってくれていればいいよ」
「打鉄の上位互換……?」
「もっと分かりやすく言えば、今の紅椿は第2.5世代ってところかな?」
本来の紅椿は第4世代型IS。
その性能を大幅に制限した結果、2.5なんて事になったんだろう。
「向こうも盛り上がってるから、こっちも始めようか。弥生ちゃん、少し説明するから、ラピッド・レイダーに乗ってくれるかな?」
「は…い……」
大きく足を開いてから、私は待望の自分だけのバイクに跨った。
うん。乗り心地は悪くないな。
「おぉ~……」
「弥生のISスーツがISスーツだから……」
「バイクに乗っている姿に微塵も違和感を感じないわね……」
「と言うか、ISスーツがまるでライダースーツに見えるんだけど」
言われてみればそうかもしれない。
私のISスーツとよく見るライダースーツってよく似てるから。
「まず、メーターとかのデータは前方に投影型のディスプレイになって表示されるから」
お、ホントだ。これはまた新鮮だ。
「そして、これは従来のガソリンで動くんじゃなくて、アーキテクトのSEを利用して動くようになってるから」
「え?」
アーキテクトのSEを燃料にしている?
「簡単に言えば、アーキテクトの待機形態を身に付けた状態で乗って、機体内にあるSEを抽出するように使用するんだよ」
「なんでそんな面倒くさい事を……」
鈴の疑問も尤もだ。
けど、私はその理由がすぐに分かった。
「こうすれば、いざという時の防犯対策にもなるから。それに、これはただのバイクじゃない」
「それはどういう意味ですか?」
今度は織斑先生が質問した。
それは私も疑問に感じていた。
態々この場に持って来た以上、何らかの形でISと関わっている筈だ。
「このラピッド・レイダーの装甲の一部は、そのままアーキテクトに装着して強化パッケージとして使用可能なのさ」
「なんと……!」
「それはまた……」
このバイクが、そのままアーキテクトを強化させるパッケージになっているなんて……。
その発想は全く無かったわ。
「その証拠に、ラピッド・レイダーには武装も取り付けられているしね」
「あ、本当だ」
「二丁の回転式の拳銃に、あれは……」
「刀……か?」
そう。このラピッド・レイダーには丁度取りやすい位置に銃と刀が収納されている。
しかも、こっちから手を伸ばさなくても、装甲が開いて向こうから寄ってくるようになってるみたい。
なんじゃこりゃ。まるでクラウドの愛車のフェンリルみたいなバイクだ。
「お?」
隣で調整中だった紅椿が飛び上がり、私達の頭上で高速飛行をしている。
どうやら、調整が終わって試運転に移ったみたい。
束さんも箒に武装の説明とかをしながら、色々と聞いている。
(そう言えば、他の子達が嫉妬するセリフを言おうとしなかったな……)
さっきの束さんと私の問答を聞いたお蔭で、変な嫉妬心を起こさなかったのかな?
下手に恨まれるよりはずっとマシだから、気にはしないけど。
「箒ちゃんが試運転をしている間に、ちょっといっくんの白式を見せて貰ってもいいかな?」
「え? 分かりました……」
いきなり自分に話が振られて虚を突かれた一夏は、慌てて白式を身に纏った。
「ほぅ……あれが噂に聞く白式か~……」
お…鬼瓶さん? 今度は貴方の顔が怖くなってますよ?
「プスっとな」
どこから出したか分からないコードを白式に取り付けて、またもや投影型ディスプレイを出して何かを調べ始めた。
「ふむふむ……成る程ね~……」
「あの……束さん」
「何かな~?」
「なんで男の俺がISを動かせたりしたんでしょうか?」
「さぁ~ねぇ~? そこら辺は現在調査中ってところかな~」
知ってるな。絶対に一夏がISを動かせる理由を知ってるな。
この投げやりな反応は、本当に分からないんじゃなくて、答えるのが面倒くさいって感じだ。
織斑先生も同じ事を思ったようで、渋い顔をして束さんを見つめている。
「よし。取り敢えず、今のデータは取り終えたよ」
コードをピンッ!と抜いてから、今度はこっちに来た。
その後ろで一夏は白式を待機形態に戻して、ホッと一息ついている。
「次はやっちゃんのISを見させて貰ってもいいかな?」
「私…の……?」
私のアーキテクトは特別珍しい機体でもないでしょうに。
物珍しく見えるかもしれないけど、あれってフレームですからね?
その事は貴女が一番よく分かっているでしょうに。
「別にいいんじゃないかな? 見せてあげても」
「鬼瓶さん……?」
「彼女なら大丈夫だよ。ね?」
あの鬼瓶さんがそう言うなら、ちょっと怖いけど、いいかな……。
ラピッド・レイダーに跨ったままで集中すると、アーキテクトが私の体に纏われていた。
「どう…ぞ……」
「それじゃ、遠慮無く」
アーキテクトの装甲にさっきのコードを突き刺して、またディスプレイで何かを見始める。
「ふふ……そっか、そっか……。ふ~ん……へぇ~……」
目の前で言われる科学者の独り言ほど怖い物は無いって自覚しましょう。
「ほぉ……。どうやら、予想以上に
小声で呟いたから皆には聞こえなかったみたいだけど、私の耳にはちゃんと聞こえた。
(順調……? 何が『順調』なんだ? ISには自己進化機能も備わっているから、それの事を言っているのか? でも、フレームであるアーキテクトの
仮にも専用機と言う物を所持している以上は、僅かながらも想像してしまうセカンド・シフトしたアーキテクトの姿。
フレームであるこの機体がどんな風に変化するのか、私には全く想像が出来ない。
やっぱり、フレームに装甲とかつくんだろうか?
「よし。こっちも終わり…っと」
多くの疑問は残ったが、この人が素直に話すとは到底思えないので、ここは黙っている事にする。
「本当はこっちも試運転をした方がいいんだろうけど、今は流石に無理だからね。それは戻ってからしてくれるかな?」
「それ…はいい…です……けど……どうや…って持ち…帰れば……?」
「そのまま、アーキテクトの拡張領域に収納すればいいよ。ラピッド・レイダーはバイクの形をしたISみたいなものだからね。収納自体は可能だよ。アーキテクトにもそれぐらいの余裕はあるだろ?」
「一応……」
リヴァイヴもビックリなくらいに拡張領域は広いからね。
確かに、その気になればバイク一台ぐらいはなんとか入れることは可能だ。
「勿論、きちんと公道も走る事は出来るから。ナンバープレートもつけてあるんだよ」
降りてからラピッド・レイダーを後ろから見てみると、ちゃんとナンバープレートが設置してあった。
近未来的なこのデザインに普通のナンバープレートって……なんかシュールだな。
「試しに収納してみてごらん」
「ん……」
ラピッド・レイダーに手を当てて精神を集中させると、車体が光り出してから粒子となって消えた。
拡張領域内を調べてみると、ちゃんとバイクが丸々一台収納されていた。
「すご……!」
「拡張領域にバイクを入れるなんて、前代未聞だよ……」
「それだけアーキテクトの拡張領域が大きいと言う事でしょうけど……」
私は全く自覚していなかったけど、他からするとバイクをISに収納すること自体が凄いっぽい。
いやまぁ……冷静に考えれば驚きではあるよな。
「ふぅ……」
試運転を終えたと思われる箒が降りてきて、その両手に握っている二対の刀を腰に収納した。
「どうだった? 乗り心地は」
「悪くはありません。打鉄の上位互換と言われたのも頷けました」
使い勝手は打鉄を大差無かったみたい。
束さんの事だから、それすらも最初から計算に入れていたに違いない。
「え……?」
これでようやく本来やるべき事に取り掛かれる。
そう思った矢先に、山田先生の持つ携帯がポケットの中で震えだした。
「少し失礼します」
携帯を持ったまま織斑先生に一言言ってから、岩陰に向かった。
「山田先生に電話……」
「恋人とか?」
「まさか~……とは言い難いよね……」
山田先生って可愛いから、絶対にモテるよね。
私も、あの人なら喜んで嫁にしたいもん。
(でも、あの電話はそんな呑気な内容じゃないだろうな……)
このタイミングで来る連絡と言えば、一つしかない。
「た…大変です!! 織斑先生!!!」
「いきなりどうした?」
「実は……」
私達に聞こえないようにして、二人が小声で話し始めた。
けど、この場で唯一ISを展開したままの私には二人の声が聞こえてしまった。
「なんだと……! ハワイ沖で試験稼働していたアメリカ・イスラエルが共同開発したISが突如として暴走したっ!?」
「はい……。特務任務レベルA……現時刻より直ちに対策を始められたし……とのことです」
「そうか……!」
遂に来てしまったか……!
手袋の中で汗を滲ませて、心臓の鼓動が激しくなるのを感じながら、私は体が震えるのを必死に抑えていた。
この震えが武者震いなのか、それとも恐怖なのか、それは私にも分からなかった。
そんな私を、束さんがジッと見つめていたが、この時の私にはそれに気が付く精神的余裕は無かった。
ラピッド・レイダー!
分からない人は是非とも検索してみてください。
かなりカッコいいバイクですから!
遂にやって来た、対福音戦。
でも、ここは皆さんが予想も出来ないような展開を用意しています。
きっと、度胆を抜かれることでしょう。