何故なら、今回は少しだけ弥生の中で一夏の株を上げるつもりだからです。
果たして、ワンサマーはどんな事をして弥生の好感度を向上させるのでしょうか?
放課後になり、一夏は職員室へと向かっていた。
と言うのも、ISの事を殆ど知らず、訓練すらも碌にした事が無い自分では、確実に一週間後の試合で敗北してしまうと思ったからだ。
原作通りならば箒に頼るのだが、昨日の事件によって箒の中で一夏の株は急降下しており、ちゃんとした会話をする事すら困難で、ISの事を教えて貰う事なんて論外だった。
そんな彼が真っ先に頼ったのが、自身の姉であり一組の担任でもある織斑千冬。
ことISに関してはプロ以上の存在である彼女であれば、きっといいアドバイスをくれると思ったから。
「で? 私の所に来たと?」
「うん……」
職員室の千冬の机までやって来て、覇気のない顔で彼女と話している。
「確かに、私ならばお前に色々と助言をする事は出来るだろう」
「じゃあ……「しかし」……?」
「試合の形式をとっている以上、教師としてお前にだけ肩入れをする訳にはいかない。それは分かるな?」
「あ…あぁ……」
なんとなく分かっていた答え。
いくら血を分けた姉とは言え、ここでは教師と生徒。
ここで一夏に何かを言えば、間違いなく身内贔屓と揶揄されるのは明らかだった。
そうなれば、一夏にも千冬にもいい事は何も無い。
「そう落ち込むな。そうだな……」
かと言って、ここで何もせず放り出す事もしたくない。
千冬は少しだけ考えて、あるアイデアを思い付いた。
「そうだ。板垣にでも教えて貰ったらどうだ?」
「弥生に?」
意外な人物の名前が姉の口から出た事に、一夏はキョトンとなった。
「弥生? あぁ……板垣の事か。その通りだ。普段のアイツの様子からは想像も出来ないかもしれんが、ああ見えても板垣は学年次席なんだぞ」
「次席って……入学試験で二番目の成績だったって事か?」
「そうだ。因みに、主席はオルコットだ」
「マジかよ……。弥生ってそんなに凄かったんだ……」
「私も後で知って驚いたがな」
その食事量もさることながら、弥生は意外と優等生だったりする。
オタク故に、変な部分に知識が偏ってはいるが。
「昨日の事を詫びるついでにダメ元で頼んでみたらいい。真面目に頑張っている姿を見せれば、アイツも少しはお前の事を見直すかもしれんぞ?」
「弥生が俺を……」
弥生と一緒に勉強できる。
それを想像しただけで、一夏の心臓は大きく高鳴った。
「アイツだって、勉強を教えて欲しいと言われて無下にはしないだろうしな。試しに言ってみろ。勿論、その前にちゃんと謝罪をする事は忘れずにな」
「分かったよ! 弥生に頼んでみる! ありがとう! 千冬姉!」
来た時とは打って変わって、テンションを高くして職員室を出て行った。
「私の事は織斑先生と呼べと……まぁ…いいか」
なんかかんだ言って、弟には甘い織斑先生なのだった。
(しかし、一夏の奴……板垣の事を言った途端に嬉しそうにしていたな。まさかアイツ、板垣の事を……? 確かに、シチュエーション的には少し前の恋愛マンガのようではあったが……。もしもそうならば、あの朴念仁にもようやく春が訪れたと言う事か……。仮にあいつ等が両想いになって付き合い始めて、そこから段々と関係が深まっていき、そして最終的には結婚……。そうなれば、板垣は私の義理の妹と言う事に? それは……)
「悪くないな……」
弟の幸せを願っているように見えて、その実は弥生が身内になる事が嬉しい千冬。
そこでちょっとだけ妄想をしてみる。
『御飯が出来ましたよ。千冬お姉さま』
『もう……変な所を触らないでください……』
『きゃっ! こんな事……でも、お姉さまになら私……』
遠い目になりながら、地味に鼻血を流す。
その顔は明らかに二やついていた。
机の上にある不要なプリントの裏に思わず『織斑弥生』と書いてみる。
「織斑弥生……か。悪くないな……」
「せ…先輩?」
後ろで二人分のお茶を持って来た真耶が、苦笑いをしながら見つめていた。
流石の彼女も、まさか目の前の女が妄想の中で実の弟の婚約者をNTRする事を考えてるとは、夢にも思わないだろう。
こうして、またもや弥生の知らぬ場所で彼女の望まないフラグが立ったのだった。
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
放課後の図書室。
私は勉強の為の資料や参考書を借りに来た。
ん~? 私だってちゃんと勉強ぐらいはするんですよ?
唯でさえIS学園は超がつく程のエリート校だからね。
授業に遅れないように普段から勉強は怠らないようにしないと。
趣味などはやるべき事をちゃんとしてからすればいいんだから。
「んん……!」
と…届かない……!
あの上の棚にある参考書が取りたいのに、あと少しだけ届かない……!
台……台はどこかにないのか……?
(げ……!)
周りを見たら、台は全部使われてる……。
こうなったら、自力で取るしかないのか……!
仕方が無い。これだけは使いたくは無かったけど、最終奥義『棚昇り』を使って……。
「ほら。これだろ?」
「あ………」
横から手が伸びて、誰かが私が取ろうとしていた参考書を持って私に渡してきた。
「あ…りが…と……う?」
「弥生の為ならこれぐらい、いつでもするよ」
げ! 織斑一夏!?
図書室とは縁も所縁も無さそうなこいつがなんでここに!?
「弥生は真面目なんだな。放課後に図書室に来るなんて」
「な…んで……?」
「弥生の後ろ姿を見つけて、後からついて来た」
やっぱこいつストーカー!
私なんかに付き纏って、何のつもりだよ!
はっ! まさか……あの時の事を利用して、私を脅すつもりか!?
「その……さ。実は弥生にお願いって言うか……頼みがあるんだよ」
矢張りか! な…何を言う気だこのヤロ~!
「俺にISの事を教えて欲しいんだ!」
「え………?」
えええぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?
なんで!? なんで俺にそれを言うの!?
「千冬姉に聞いたらさ、弥生に頼んでみればいいんじゃないかって言ってくれてさ。弥生って学年次席なんだろ?」
ま…マジで!? 私ってそんな好成績を残してたの!?
そんな話、今初めて聞かされたんですけど!?
って言うか、あのバカ姉はなんで余計な事を吹き込むんだよ!
私を巻き込もうとするんじゃないよ!
「頼む! このままじゃオルコットに何も出来ないで負けちまう! それだけは絶対に嫌なんだ!」
「……………」
男としてのプライドってヤツ?
私も元男としてその心境は理解出来るけど、ここで協力するってのは話が別だしな……。
でも、ここでもしもこいつの頼みを断ったりしたら、間違いなく織斑千冬の逆鱗に触れて、そして……。
(100%の確率で死亡フラグが立ちますな)
これもう選択肢なんて無くね?
『はい』と『いいよ』しか無くね?
(ここは……本気で腹をくくるしかないようだな……)
でも、このまま普通に教えたんじゃ駄目だしな。
ちゃんとこっちから条件を付けないと。
「わ…分かりまし…た……」
「え? いいのか?」
「…………(コクン)」
「やった! 本当にありがとな!」
こらそこ! 興奮して私の手を握るな! つーか五月蠅い!
「ここ……図書室……だから……静かにして……」
「あっ……そうだったな。悪い……」
バツが悪そうにして手を離すが、それでも嬉しさは隠しくれてないようだ。
だって、なんかニヤニヤして気持ち悪いし。
「あれ……織斑君だよね?」
「嬉しそうに手を握ってたって事は……もしかして彼女?」
「マジか~……そうだよね~……あれだけイケメンなら、彼女ぐらいいるよね~……」
ほらぁ~……なんか注目されてるし~!
それと! 誰がこいつの彼女か! そんなの死んでも御免だわ!!
「んじゃ早速ここで「でも……」どうした?」
「ここでする……のは恥ずかしい……から、その……私の部屋でしま……せんか?」
「や…弥生の部屋で……?」
「う……ん……」
こんな大衆の目がある場所で一緒に勉強なんてしたら、間違いなくヒロインズの耳にも入る。
もしもそんな事になれば、別の方面で死亡フラグが立つは必然!
何が悲しくて死亡フラグを幾つも立てなきゃいけないんだっつーの。
(や…弥生からのお誘い!? うわ……マジで嬉しい!! 弥生と部屋で二人っきりで一緒に並んで座って勉強か……最高だな)
……絶対に碌な事を考えてないな。
女になってから男のそんな部分に敏感になったから、よく分かるよ。
「わ…たしは先に行ってるから……準備を……して…後で来てください……。出来…れば誰にも……見られないで……」
「了解だ。任せてくれ」
「そ…それじゃ……」
ここは敢えて分かれて行動しないと、移動中に一緒にいるところを見られたら一巻の終わりだからな!
けど……なんでこんな事になったんだろ……。
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
十数分後。
一夏は勉強道具一式を持って弥生の部屋の前にいた。
と言っても、隣の部屋なのでそこまで言うほどではないのだが。
「な…なんか緊張するな……。前に来た時は俺も弥生も色々と普通じゃなかったしな……」
お互いの考えている事は真逆ではあるが、それでも短時間でここまで来れたのは奇跡的だと言えるだろう。
なんせ、二人のファーストコンタクトは最悪に近かったのだから。
「だ…誰もいないよな?」
周囲を見渡して、誰もいない事を改めて確認する。
一夏は弥生が誰にも見られないで来るように言ったのか全く理解してないが、それよりも弥生の部屋に本人の許可を取って入れる事が何よりも嬉しかったので、大して気にはしていなかった。
「えっと……ちゃんとノックぐらいはしなきゃ……だよな?」
疑問形ではなくて、人としての当然のマナーである。
それでも、ノックと言う行動を出来るようになっただけでも、少しは進歩している……のか?
震える手でドアを軽く数回ノックして、室内にいるであろう弥生に話しかける。
「や…弥生? 俺…一夏だけど」
数秒後、少しだけ扉が開いて、その隙間からそっと弥生が顔を覗かせた。
「早く……入って……」
「お…おぅ……」
彼女が静かに扉を開けて、一夏が中へと入る。
「ここが弥生の部屋か~…」
実家から色々と持ってきているとは言え、弥生の部屋は結構小ざっぱりとしている。
本棚には持って来た漫画やラノベが収納してあって、テレビの近くには各種ハードのゲーム機が置いてある。
ソフトはテレビの近くにある収納棚に丁寧に仕舞ってあった。
本当はもっと様々な物を持って来たかったのだが、荷物の都合上、今はこれが限界だった。
弥生は密かに連休の時にでも一度家に帰って、その時にでも持ってこれなかった物を持ってこようと思っている。
「あの……恥ずかしいからあんまり……」
「そ…そうだよな。女の子の部屋をあまりジロジロと見渡すもんじゃないよな。ゴメン…」
またまたデリカシーの無さを露呈してしまった一夏。
ここから挽回する事は出来るのだろうか?
「んじゃ、早速お願いしてもいいかな?」
「は…はい……」
備え付けの椅子を二つ並べて、二人は並ぶように椅子に座った。
本当は少し離れた場所から教えようと思っていた弥生だったが、一夏の視線に負けて渋々一緒に座る事に。
「えっと……どこ…から……?」
「恥ずかしいんだけどさ、その……一番最初から……」
「え……?」
予想だにしていなかった一夏の言葉に、思わず目が点になる弥生。
(最初って……教科書の一番最初って事か? マジで? 冗談でしょ? 確かに原作でも『参考書捨てた~』って言ってたけど、それでも昨日今日の授業を聞いていれば、最低限の事ぐらいは分かるでしょ?)
まさかの展開に早くも頭と胃が痛くなる弥生。
一夏に勉強を教える事だけでも相当に神経をすり減らしているのに、その教え子が何も理解していないとなれば、彼女でなくても気が滅入るだろう。
「じゃ…あ……ここ…から……」
「よし!」
そこから、弥生主導の一夏の勉強が始まった。
弥生は可能な限り丁寧に自分の言葉で教えていって、それを一夏は真剣に聞きながら教科書とノートを何回も見ながらペンを走らせていた。
「PIC?」
「パ…パッシブ……イナーシャル……キャンセラー……の略……で、ISはこのPIC……を搭載…することで……宙に浮いたり……加速や…空中停止……が出来る……んだよ……」
「そっか~……。これがISの根幹って事か」
「IS…の根幹…は…ISコア……で、PICは…あくまで付随している…装置……。IS…が普及…し始めた頃……には、このPICが搭載…されていなかった……陸上…特化型の機体……も少数だけ……あったり…してる……」
「成る程な~。そういや、授業でもISコアは467個しかないって言ってたっけ」
「う…ん…。コア…の製造…方法は……篠ノ之博士…しか知らない…から……」
最初は嫌々でやっていた弥生だったが、時間が経つにつれて普通に勉強を教えていた。
(思ったよりも真面目に勉強するんだな……。ふふ……ほんの少しだけ見直したかも)
弥生の中で僅かに一夏の評価が上方修正された。
(や…弥生の髪からいい匂いがする……。髪をかき上げる姿が凄く綺麗だ……)
だと言うのに、肝心の一夏は間近で見る弥生の姿に夢中になっている。
実際、勉強を教えている弥生の姿は非常に絵になっていて、この光景を世間の男達に見せれば、間違いなく彼女のファンが爆発的に増える事は確実だった。
「こうして勉強して知識をつけるのはいいけどさ、やっぱこれだけじゃ駄目だよな……」
(へぇ~……ちゃんと分かってるじゃん)
「なぁ…弥生。IS学園にはISの訓練機ってのがあるんだろ? それを使って実際にISの特訓って出来ないのかな?」
「それ…は難しい……と思う……」
「なんでだ?」
「この時期……は…訓練機……の貸し出し…は私達…新入生よりも……上級生…が優先される……から…」
「マジか~……」
「訓練機……の数は限られてる……し…入学したて…の私達…よりも…この時期…の上級生…は色々と…大変だから……」
「新参者の俺達の都合で先輩達の訓練の邪魔をするわけにはいかないって事か……」
「そう言う……事……」
残念そうに俯く一夏。
幾ら接触を避けている相手とはいえ、こうして直接勉強を教えている以上、ここでフォローをしないのは無いなと思う弥生は、安心させるように一夏に優しく語りかける。
「で…も……IS…を使って訓練…するだけが……全てじゃない…から……」
「そうなのか?」
「ISはあくまでスポーツ……だから……まずは体力作りから……始めればいい…と思う…よ…?」
「体力作り……か」
幼少期から剣道をしていた一夏にとって、体力面だけが数少ない長所だった。
それは、箒が転校して剣道を止めた今となっても変わらない……と本人は思っている。
「でも……今は勉強……」
「だな。続きしようぜ」
マンツーマンの勉強会が再会し、二人は再び教科書とノートに視線を向ける。
弥生と一夏の声とペンがノートを走る音、そして時計の針が動く音だけが室内に聞こえていた。
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
外がすっかり暗くなり、すっかり体が強張った一夏が思いっきり背を伸ばす。
「う~~~~ん……!疲れたぁ~……」
「キリがいい……から、今日はここ…まで……」
「りょ~かい。って……『今日は?』」
「明日も……今日と同じ時間にする……から……」
「マジでっ!?」
望外の言葉が聞けて、一夏の元気が急速に復活した。
(途中で投げ出したりしたら、それはそれでまた死亡フラグが立ちそうだしな……)
本当なら絶対に嫌ではあるが、自分の命には代えられない。
弥生にとっては、原作キャラとの関わり合いの一つ一つが文字通りの死活問題だから。
「で…でも……試合の日まで……だから……ね…?」
「それでもいいよ! 充分だよ!」
(よっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!! また弥生と一緒に勉強が出来る!! 怪我の功名って言うかなんて言うか、兎に角、今だけはオルコットに心から感謝するぜ!!)
お前は弥生と勉強がしたいのか、それともセシリアとの試合に勝ちたいのか。
今の一夏は完全に手段と目的が逆転していた。
「あまり遅くまでいちゃ弥生にも悪いしな。俺はそろそろ戻るよ……っととと……!」
「え……ちょ……!」
椅子から立ち上がった途端、軽い立ち眩みに襲われる。
そのまま、足元がふらついて弥生の方に倒れ込んでしまった。
弥生の座っていた椅子が倒れて、大きな音が響く。
「いたた……悪い。大丈夫……か……?」
「うぅ……」
ここでまたもやラノベ主人公特有のラッキースケベが発動した。
「「……………」」
床に倒れた弥生の上に覆いかぶさるようにして、一夏が倒れ込んでいた。
その顔はキスする直前にまで近づいていて、お互いの顔は真っ赤に染まっている。
(や…弥生の顔がこんなに近くににににににっ!?)
(顔が近すぎて息がかかってくすぐったいんですけど……。つーか、早くどけよ……)
こんな状況になれば、最早やる事はたった一つ!
そう言わんばかりに、一夏は更に顔を近づけながら目を閉じようとしたが、そうは問屋が降ろさない。
「織斑……くん……」
「なんだ……弥生……」
「……………右手」
「右手?」
そう言われて、ふと右手が何か柔らかい物を握っている事に気が付く。
思わず右手を動かして感触を確かめてみると、なんともプニプニでポニョポニョしていて、その中心部分には何かポッチの様な物があった。
「…………早く……どいて……」
「……………げっ!?」
ここまで来れば大抵の読者諸君は気付くだろう。
そう、一夏が握る…もとい、揉んでいたのは弥生の豊満な胸だった。
「ご…ごごごごごごごごめん!!!」
慌てて立ち上がって、自分の分の勉強道具を持って部屋から出ようとした。
「きょ…今日は本当にアリガトな! んじゃ! おやすみ!」
「お…やすみ……」
揉まれた胸を隠しながら、弥生も起き上がった。
(やっぱアイツ……変態だわ。ナチュラルにセクハラしやがった……)
一夏が去っていたドアを見つめる弥生の目は、絶対零度の瞳をしていた。
結局、弥生の中での一夏の評価は、少しだけ上がってから、その直後に地の下まで急降下していったのであった。
一夏の想いは一方通行。
色んな意味で前途多難です。