前にも言っていた通り、ここで一度、弥生ルートと一夏ルートが交わります。
「う…嘘だろ……?」
厨房にて必死に注文された料理を作っていると、店の入り口から弥生が更識さんと一緒に入店してくる姿が見えた。
え? どうして厨房からそんな遠くの光景が見えるのかだって?
それこそ、愛の成せる技でしょうが。
「お? どうした坊主。急に固まったりして」
「あ……いやその……」
「こいつの好きな女の子が店にやって来たから、思わず石化しちまったんですよ」
ちょ…塩田さんっ!? 急にカウンターから顔を覗かせて何言ってるんですかねっ!?
いや……事実だけど、事実だけど! それを今、この状況で言うかっ!?
「ほぅ~? それはそれはまた……」
「なんとも初々しいねぇ~!」
案の定、厨房の人達が俺の事をからかいだすし。
「あ、そうだ。ちょっと織斑を借りることって可能ですか?」
「おう! ピークも過ぎて、少し客足も少なくなってきたしな。今なら問題無いぞ」
「やった!」
「その代わり、出来るだけ早めに戻してくれよな。人手が多いに越したことはないんだからな」
「了解です! おら! 織斑! とっととこっちに来い!」
「俺の意思はっ!?」
で…でも、俺も本当は弥生に会いに行きたかったんだよな……。
ひょっとして塩田さん、俺の気持ちに勘付いて……?
「いや~! お互いにどんな反応するか楽しみだな~!」
んなことは無かったか。
少しでも彼女が他人の恋心を理解してくれる人物だと思った俺が間違いでした。
でも、皆の好意を無下にはしたくないし。
早く弥生に会いに行きますか!
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
HIROSUEに入ると、そこには懐かしい顔があった。
この無駄に高い背と、それにふさわしいグラマラスボディ。
おじいちゃん経由で知り合った同年代の女の子の一人である『植村茜』さん。
割とウェイトレス姿も似合ってるな~。
「久し振りだね~。元気だった?」
「お蔭さ…ま……で」
いつも元気ハツラツな人だよ、全く。
「植村さん…がいる……ってこと…は……他…の皆…も……?」
「勿論! 塩田に叶親に吉崎に嶋鳥に鷹橋もいるよ!」
「勢揃い……」
そう言えば、前に聞いた事があったっけ。
お小遣いが少なくなってくると、この六人はいつも、ここでバイトをして稼いでるって。
今は夏休みだし、どこか遊びに行くのにお金が必要になったのかな?
「え…えっと? 弥生……この背の高い人は……」
「あ! なんか一人だけ置いてきぼりにさせちゃったね! ごめんごめん!」
一人だけ追いつけないでいた簪の手を取って、激しく上下する植村さん。
この人、かなりパワーがあるけど、大丈夫かな?
「私は植村茜! 幕南高校の二年生! よろしくね!」
「あ…IS学園の一年生の更識簪です……」
「IS学園って事は、弥生のお友達だったり?」
「は…はいぃ~…」
完全に植村さんの勢いに振り回されとるがな……。
どうにかして止めないと……。
「こら植村! なに案内もせずにくっちゃべってるんだ!」
「あら、吉崎」
ここで吉崎さんのご登場。
ちょっとチャライ印象があるけど、割と真面目だったりする人。
「悪かったな二人共。今案内するから」
「「あ…はい」」
後ろで植村さんが手を振っているのを見ながら、私達は吉崎さんに空いている席へと案内される。
「私は吉崎真由美。あのバカと同じ幕南高校の二年。よろしく」
「さ…更識簪です」
「更識簪……ねぇ……」
あ、簪が吉崎さんにロックオンされた。
(この子があの『更識』の家の子か……。簪って子は確か、現当主の妹だって聞いてるが、大人しそうな彼女も、実は凄い特技を持ってたり……)
「あ…あの……?」
完全に舐め回すような目線で簪を見てますよ?
ちょっと困惑しちゃってるじゃない。
「君……結構可愛いね。もしよかったら、お姉さんが大人の付き合い方を伝授して……」
「やめい」
「あだ」
今度は嶋鳥さんがやって来て、簪をナンパしようとした吉崎さんをトレーで叩いた。
軽くだったので、本当は全く痛くないんだろうけど。
「ったく……油断も隙もあったもんじゃない。植村の事を言えないじゃないか」
「面目ない……」
って言いながらも、顔は笑ってますよ。
「お…面白い人達だね?」
「まぁ……い…一応……」
個性豊かだとは思うよ、うん。
なんだか席に着くまで凄く長く感じたけど、それでも席に座る事は出来た。
「それじゃあ、注文が決まったらこのボタンを「やっほ~。手伝いに来たぞ~」……この声は……」
吉崎さんの声を遮って入り口から現れたのは、なんと、私の中学時代の同級生の桜井さんだった。
「「あ」」
ふと目線が合ってしまった。
「……………予定変更。私、あそこで弥生と一緒に食べるわ」
「おいっ!?」
嶋鳥さんの抗議を無視して、桜井さんがこっちに来た。
「よっ! 久し振りね、弥生!」
「ひ…久し…振り…だね……」
相も変わらず、明るい女の子だね~。
「ちょっと、ここ座るわね」
「へ?」
少し強引に簪の隣に座っちゃったよ。
簪、大丈夫かな?
「にしても、まさかここで弥生と再会するなんてね~。本当に奇遇よね~」
「う…うん」
「ね…ねぇ、弥生。この子は…?」
また置いてきぼりをくらうと思ったのか、今度は簪から話しかけてきた。
「あ、まだ自己紹介をしてなかったわね。私は桜井美保。弥生とは中学でクラスが一緒だったの。勿論、私にとっては弥生は一番の大親友よ」
え? 私と桜井さんって親友同士だったの? 今初めて聞かされたんですけど?
私的には、少し仲がいいクラスメイトだったんだけどな……。
もしかして、私って思ったよりもボッチじゃなかった?
「えっと……更識簪って言います。弥生とはクラスは違うけど、仲良くしてて……」
「それは見てれば分かるわよ~。弥生って基本的に超インドア派だし、誰かと一緒に外出するってことは、それだけ弥生が貴女に心を許してる証拠だって思う」
「こ…心を許してる……」
桜井さんの鋭い観察眼は未だに健在……っと。
確かに、私は簪に心を許しまくってはいるね。
「で? どうして二人は一緒に出掛けた訳? 千葉県にまでわざわざ来る用事って、そんなにないとは思うけど」
「今日…は幕張メッセ……に用事…があって……」
「幕張メッセ……あぁ~! 夏コミか~! そっか~、もうそんな時期になったんだ~」
中学の時にも一度だけ、桜井さんと一緒に夏コミに行った事があった。
あの時は、今日以上に大盛況で、桜井さんは完全にオタク達の迫力に圧倒されてたっけ。
「この時間帯にここにいるって事は、一休みがてらにお昼を食べに来たって感じ?」
「正解です」
「なるほどね~。二人共、なにか収穫はあった?」
「「この通り」」
「おぉ~……」
一応、大っぴらには見せられないので、袋の中を覗かせるようにして見せる。
「午前中だけで結構買い漁ったわね~。お小遣い大丈夫? って、弥生には無用の心配か」
まだまだ財布はポカポカしてますよ~。
午後もだけど、二日目、三日目も頑張る気満々だからね。
「あれ?」
「「ふぇ?」」
いきなり桜井さんが横を向く。
私達もそれに釣られて同じ方向を向く。
すると、そこには私が予想にもしなかった人物がいた。
「や…弥生……」
「あら、織斑君?」
「い…一夏……?」
「げ」
驚いている私達を余所に、簪だけが一人、嫌そうな顔をした。
「織斑君もここで手伝ってるって聞いてたけど、その恰好を見るに、厨房で頑張ってる感じ?」
「ま…まぁな」
厨房で…ね~。
料理だけは凄いからね~、一夏は。
「塩田さんに弥生の所に行ってやれって言われて……」
「あいつがね~。意外と優しいところがあるじゃない」
いや、私的には無粋なだけなんですけど。
「ほら、そこに突っ立ってないで、そこに座りなさいよ」
「お…おう。それじゃあ失礼して」
こらこらこら~! 私も簪も何も言ってないぞ~!
しれっと私の隣に座るなよ~!
「取り敢えず、何か注文しようか?」
「喉が渇いたから、何か食べる前にドリンク系を頼みたいかも」
「それがいいわね。んじゃ、ボタンを押してっと」
桜井さんが呼び出しボタンを押すと、すぐに叶親さんがやって来た。
……皆、ウェイトレスの恰好、凄く似合ってるな~。
「お待たせ。何にする?」
「私はアイスココアをお願い」
「私は~……アイスコーヒーを」
「クリームソーダ……を…一つ……」
なんとなく、今は炭酸系が恋しい弥生ちゃんです。
「ついでだし、織斑君も頼んじゃえば?」
「え? いいのかな……」
「これぐらいだったら別にいいでしょ」
「そっか……。だったら、俺はジンジャーエールを」
「了解で~す。すぐに持ってくるから待っててね~」
注文を受けた叶親さんが去っていき、会話が再開する。
一応、ここにもドリンクバーはあるんだけど、私達がさっき注文したのは、いずれもドリンクバーには無いものだったりする。
「けどさ、ここに弥生と一緒に来るのって、なんだか懐かしいわよね」
「そうだ…ね……」
「あれ? 二人って前にもここに来た事があるのか?」
「そう言えば、弥生が『ここは知り合いがやってる店』って言ってた……」
いやはや、懐かしいと言うにはまだ早い気がするけど、それでもここに来るのが久しいのは本当。
ここに来ると、自然と当時の事を思い出すよ。
「実はね、私と弥生は~…中学の時に職業体験でこのHIROSUEで一週間だけ働いていた事があるのよ」
「「マジでっ!?」」
「マジで。なんなら証拠写真でも見る?」
「「見る!!」」
普段は仲悪いのに、こんな時だけ息ピッタリだなオイっ!?
つーか、桜井さんの言った『証拠写真』ってなに?
「ほら、これ見て」
「「おぉ~!」」
なにやらスマホを操作して、二人に何かを見せている。
どんな写真か気になったので、私もそっと覗き込むことに。
スマホに表示されていた画像、それは……。
「「可愛い!!」」
HIROSUEのウェイトレスの制服を着た私の姿だった。
「こ…これが中学時代の弥生……」
「ウェイトレスの恰好をした弥生……本当に可愛い…♡」
そう何度も可愛いって連呼しないで~!
恥ずかしくて悶絶しちゃうから~!
「こんなのもあるわよ~」
「「こ…これは……!」」
今度は、お客さんから注文を取っている私の写真。
「更にはこんなのまで」
いつの間に撮ったのか、初めてのレジ打ちに四苦八苦してる私の姿もあった。
「あ、これは違った」
「「あぁ~!?」」
おい……なんで私がコケそうになってる写真があるんだよ……!
しかも、何故か後ろからのアングルで。
危うくパンツが見えそうになってるじゃないか!
って言うか、よく見たら陰になってるだけで、うっすらと見えてないっ!?
「さ…桜井さん……」
「お願いします……」
「「私(俺)にもその写真をください!!」」
おいこらお前達~!!
いきなり何を言っとるんじゃ~!!
「これぐらいなら全然オッケーよ。家にデータはあるし、幾らでもコピーしてあげる」
「「ありがとうございます!!」」
これは……阻止したくても出来る雰囲気じゃない……!
そうしている間にも、桜井さんのスマホから、二人の携帯に画像が通信で渡されていく……!
「はい完了」
「これ……絶対に壁紙にしよう……♡」
「俺も……。間違いなく永久保存版だろ……」
そのまま、お前も永久凍土に永久保存されちまえよ。
「なんか盛り上がってるね。はいよ、お待ちどうさま」
私が色んな意味で大ピンチになってる時に、叶親さんが注文したドリンク類を持ってきてくれた。
ナイスタイミング……! さぁ! この三人に何か言ってやってくださいな!
「ありがとね~、叶親さん」
「桜井さん、さっきから何見てんの?」
「ん? 弥生の昔の写真」
「これ、ここの制服?」
「そ。中学の時に職業体験でね」
叶親さんはなんて言ってくれるかな?
真面目な彼女の事だから、きっとビシッと言ってくれるに違いない。
「可愛いね、これ。後で私にもくれます?」
「いいよ~。毎度あり~」
叶親さぁ~んっ!?
ブルータス……お前もか……!
「それ飲んだら、そろそろ戻った方がいいよ。お客さん、入ってくてるみたいだから」
「分かりました」
叶親さんが他の仕事に戻った直後に、一夏は自分が頼んだジンジャーエールを一気に飲み干して席を立つ。
「と…ころ…で……一夏…はどう…して…ここでバイト…をしてる…の……?」
実はずっと気になってた。
一夏に千葉県に来るような用事は無いと思うんだけど。
なんだか塩田さん達と仲良さげなのも気になるし。
「ん~……ちょっとな」
言葉を濁すって事は、何か隠している証拠だよね。
臨海学校でおじいちゃんに呼ばれていたことが関係しているのかな?
でもまぁ、千冬さんに会った時も何も言ってなかったし、あの人が了承してるなら大丈夫でしょ。
「そうだ。弥生、この前は千冬姉の事を頼んで悪かったな。千冬姉、凄く喜んでたよ」
「そ…それ…はよかっ…た…ね……」
言えない……! 実は君のお姉さんとただならぬ関係になりかけたなんて、口が裂けても言えない!!
「織斑先生がどうしたって……?」
「なになに~? 弥生ってば、今度は年上の女性を堕としたの~?」
簪の目は坐っていて、桜井さんの目は好奇心に満ち溢れてる。
全く正反対の二人の目に、私はどうしろと?
「んじゃ、俺はもう行くな。弥生、なんでも注文していいからな! 俺が腕によりをかけて作るからさ!」
なんとも爽やかな笑顔を振りまいて、一夏も戻っていった。
その顔が他の女性客を虜にしていたのは、言うまでもない。
それから、私は二人から質問攻めにされて、精神的に疲労しまくり。
腹いせに、私だけの隠しメニューである『超大盛りチャーハン』を頼んでやった。
後から聞いた話だと、一夏は嬉々として巨大な中華鍋を振ってチャーハンを作っていたらしい。
余談だけど、午後からの収穫も上々だったと伝えておく。
今年は掘り出し物が多かったなぁ~。
それに、懐かしい出会いもあったし。
偶には昔馴染みに会うのも、悪くないのかもしれないね。
今度からは、桜井さんとも遊ぶようにしようかな……。
次回からは、再び弥生と一夏のルートに分岐します。
今回の話によって、原作のシャルロットとラウラのバイトの話は無しになりました。
その代わりと言ってはなんですが、夏祭りのイベントはちゃんと保管をする予定でいます。
一応、夏祭りでまた一夏と弥生の話が交錯させるつもりです。