偶にはいいですよね。
その日、弥生は学生寮にある食堂の厨房を借りて、ある物を製作していた。
「これ…でよし……っと……」
チョコが載ったトレイを冷蔵庫に入れてから一息つく。
そう、これはバレンタインへ向けてのチョコレートだった。
と言っても、これはあくまで友達にあげるチョコ、俗に言う『友チョコ』。
決して本命ではないことは明記しておこう。
とはいえ、友チョコだからと言って妥協はしないのが弥生。
元々から料理が得意な彼女が製作する数々のチョコは、かなり本格的な仕上がりになっている。
普段から世話になっている皆へのお礼の気持ちを込めているので、自然とチョコ製作にも力が籠ってしまう。
「冷やし…ている間……に……もう一個……」
作業の合間にもう一つの作業をする。
少しでも時間を短縮する為に、無駄のない動きで次の工程に取り掛かっていた。
「バレンタイン……か……」
バレンタインデー。
それは、弥生にとって良くも悪くも色んな思い出がある日でもある。
あれは、彼女が中学二年生の頃だった……。
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過去の話を読んだ事のある読者諸君ならば知っているだろうが、中学時代の弥生は高校時代の時とは比較にならない程に同性にモテまくっていた。
本人にその自覚は微塵も無かったのだが。
先輩、後輩、同級生の区別なく、兎に角数多くの女子生徒から思いを寄せられていた弥生の元に、バレンタインチョコが集中するのはある意味で自明の理だった。
中学二年生の時のバレンタインデー。
その日、弥生は桜井と一緒に仲良く並んで登校していたのだが、その笑顔は下駄箱を見た途端に凍りつく事となった。
「なっ……!?」
「うわぁ~……これはまた……」
普段は弥生の上履きが入っている筈の下駄箱に、溢れんばかりの包装されたチョコが入っていたのだ。
よく見たら、入りきれずに床に置いている物も幾つかある。
「ある程度の想像はしてたけど、これは凄いわね~……」
「上履き……」
「え?」
「私……の……上履き……どこ……?」
ちょっと涙目になって自分の上履きを探す弥生。
桜井が下駄箱の上に乗っている弥生の上履きを無事に見つけ出して事なきを得た。
もしも、ここで弥生が泣いていたら、別の意味で大参事になっていただろう。
一応、チョコは全部回収してから教室に行くと、そこでも驚愕の光景が。
「あ~らら」
「はぁぁぁ………」
弥生の机には、下駄箱以上に多くのチョコがあったから。
机の上には勿論、横にある左右の荷物掛けには紙袋が掛かっていて、その中にもチョコがギッシリ。
机の中にも沢山のチョコレートがおしくら饅頭をしていた。
トドメは、椅子の上にもチョコの箱が見事なタワーを形成。
凄いバランスで屹立している。
だが、その中でも一際目立つ巨大な箱が傍にあった。
「なに……あれ……」
「明らかに等身大サイズよね……」
箱の正面が透明になっているようなので、前に回って中身を確認して見ることに。
すると、箱の中には驚きの品が入っていた。
「「なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」」
思わず弥生も叫んでしまうが、それも当然の事。
巨大な箱の中身は、なんと、弥生の姿を模した等身大のチョコ立像だったのだ。
細部にまで拘っていて、かなりの再現度である。
明らかに女子中学生の仕事ではない。
「い……一体誰が、こんなアホな代物を……」
桜井も呆れてものが言えなくなる。
この明らかに場違いなチョコを贈った犯人は……彼女だった。
「フフフ……♡ 我が四十院家が総力を結集して製作した『等身大弥生さんチョコ』。喜んでくれるかしら……」
弥生のストーカーをしている少女、四十院神楽その人だった。
どう考えても、好意が間違った方向にぶっ飛んでいる。
「これ……どうし……よう……」
「このままあっても邪魔なだけだし、取り敢えずは教室の後ろに置いておくしかないんじゃない?」
「だよ……ね……」
弥生と桜井で力を合わせて箱を持ち上げて、後ろの方に持っていくことに。
バレンタインの日に、こんな事をしている女子中学生も相当に珍しいだろう。
因みに、神楽以外にも弥生に夢中になっている女子である銃磨はと言うと……?
「待っていてくれ板垣さん……! 君には、私そのものをプレゼントだ!」
裸になった状態で自分の体にチョコを塗りたくって、巨大な箱の中で弥生の事をずっと待っていた。
誰が見ても馬鹿丸出しである。
余談だが、放課後に桜井からも友チョコを貰い、それのお返しにと弥生からもチョコをあげた。
弥生的には、桜井から貰ったチョコが一番嬉しかったらしい。
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「今年……は普通だ……よね……?」
テンパリングをしながら、希望的観測をせずにはいられない弥生であった。
「あ……終わっ……た……」
タイマーが鳴り、冷蔵庫に向かう。
弥生のチョコ製作は夜まで続いた。
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そして、バレンタイン当日。
放課後になって、いつものように一組に集まる専用機メンバー。
今日は一年生だけでなく、上級生である楯無や虚、ダリルやフォルテも一緒にいる。
周りでは、他の女子生徒達がお互いに友チョコを渡しあっていた。
「弥生。えっと……だな。実は私もチョコを用意したのだが……受け取って貰えないか?」
「弥生さん! どうぞ受け取ってくださいな! イギリスから取り寄せた特注品のチョコですわ!」
「勿論、あたしは手作りよ。やっぱ、バレンタインのチョコは自分で作ってナンボでしょ」
箒とセシリアと鈴がチョコを出したのを皮切りに、他のメンバーも続々とチョコを出して弥生に手渡していく。
それぞれにお礼を言いながら、快く受け取っていく弥生だが、その一方で、自分もチョコを渡すタイミングを見計らっていた。
「皆……ありがとう……。私……からもチョコ……あるから……貰ってく……れる……?」
「ひ……姫様からのチョコっ!?」
「勿論だよ!」
「弥生からのチョコ……だと……! これは絶対に家宝にしなくては!」
「やめい。普通に勿体無いわ」
手に持った少し大きめのバスケットから、一つずつ箱を取り出していく。
「まず…は箒……に……」
「わ……私に弥生のチョコが……」
恐る恐る箒が箱を開けてくと、そこには真っ白で丸い物体が二個あった。
「これは……餅か?」
「真ん中……から割って……みて……」
「わ……分かった」
言われるがままに餅を割ってみると、中からトロ~リとチョコが出てきた。
「おぉ! 餅の中からチョコが!」
「和菓子……的なもの……の方が喜ぶ……と思って……」
「そこまで私の事を考えてくれて……心から感謝する!」
歓喜に打ち震えながら餅チョコを食べると、モチモチとした食感と甘いチョコが口一杯に広がっていく。
「う……美味い……! 本当に美味しい……♡」
「羨ましいですわ……」
「心配し……なくて…も……セシリア……にもあ…るよ……」
「本当ですのっ!?」
そう言ってセシリアに渡したのはチョコは、丸い形のトリュフチョコの入った箱。
「セシリア……は紅茶……が好きだ…から………お茶請け……にピッタリ…なビター……な味…にしてみた……よ……」
「あぁ……なんてお優しいんでしょう……♡ 感激ですわ……♡ 今年のバレンタインは一生忘れません!」
「もしかして、全員それぞれに違うチョコを用意したの?」
「うん……。鈴……にはコレ……」
「なになに?」
鈴に渡ったチョコは、ネコの顔を模したものだった。
「あ、可愛い。こんなキャラ系のチョコも作れるんだ……。ほんと、弥生って器用よね~」
「それ程でも……」
「セシリアじゃないけど、これは普通に感動するわね。ありがと、弥生♡」
「ん……」
「凄いな~。チョコ一つでここまで色んなバリエーションを考えつくなんて。先が全く想像出来ないや」
「シャルロット……には……コレを……」
シャルロットが貰ったのは、何やら茶色い容器に入った色んなチョコの詰め合わせセットだった。
「何にしよう……か……本当…に迷った……んだけど……専用機……みたい……に……色々と入れて……みたの……」
「へぇ~! 例えばどんな?」
「これ……はアーモンドチョコ……で……これ……は抹茶味……これ……はイチゴ味……」
「ほ……本気で凄いんだけど……。まさかとは思うけど、このチョコが入っている茶色い容器も……」
「チョコだ……よ……。ちょっと……頑張った……。溶け…る……から……早め……に食べて……ね……」
「うん……うん! 絶対に全部食べるよ!」
喜びのあまり涙ぐむシャルロット。
ここまで凝ったものを貰えば、彼女でなくても感動するだろう。
「あ……あの……姫様。僭越ながら、私のチョコは……」
「ちゃんとある……よ……」
そう言ってラウラにあげたのは、ウサギの形をしたチョコ。
だが、鈴のチョコとは違って、このチョコはウサギの体を可愛らしくデフォルメした物になっている。
「ラウラ……にはウサギ……が似合う…と思って……」
「私の為に……こんな手の込んだチョコを……。姫様! 本当にありがとうございます!」
「どういた……しまし……て……」
「だが、余りにも可愛らしくて、食べるのを躊躇してしまうな……」
「気持ちは分かるわ~。下手に食べちゃうと地獄絵図だものね」
動物の姿を模したお菓子の最大のネックだった。
だが、それを補っても余りあるのが、これ系のお菓子である。
「こうなってくると、お姉さんも期待しちゃうな~」
「楯無さん……には……」
弥生が楯無に用意したのは、クッキーにチョコを浸した、所謂『チョコクッキー』だった。
「うわ~……これまた予想外。別の意味ですっごく凝ってるわね。だってこれ、クッキーから作ったんでしょ?」
「は…い」
「星にハート……色んな形のクッキーにチョコがついてて、美味しそうに仕上がってるわね。ありがとう、弥生ちゃん」
「ど……どうも……」
「お姉ちゃん……いいな……」
「拗ねな……くて…も……簪……にもある…から……」
簪にプレゼントしたチョコは、楯無のとは似て非なる代物だった。
美味しそうに仕上がっているドーナツにチョコがたっぷりとかかっている。
「チョコドーナツ……ミスド以外で初めて見たかも。ドーナツってお店じゃなくても作れたの?」
「作れる……よ?」
「弥生って、料理の腕も凄かったけど、お菓子作りの腕も凄いんだね」
「まだまだ……だよ……」
「でも凄いよ。ありがとう、弥生」
「うん……」
「やよっち~! 私もチョコ欲しい~!」
「ちょっ…と……待って……て……」
本音にせかされて出したのは、中くらいの大きさの箱だった。
「これはなに~?」
「開けてみれ…ば分かる……よ……」
言われるがままに箱を開けると、中からは冷たい空気が出てきて、ある物が視界に入る。
「うそ……これって……」
「本音……にはコレ……がいい……と思って……」
「チョコチップアイスだ~♡」
まさかの変化球のチョコチップアイスだった。
ちゃんと解けないように保冷剤も入っている丁寧仕様。
「食べてもいいっ!?」
「ん……」
「いただきま~す! ………ん~~~♡ 美味し~~~♡♡」
寒い時期でもアイスを食べる人は割といる。
特に、暖房が利いた部屋で食べるアイスは、ある種の贅沢とも言えるだろう。
「また本音ったら……」
「虚さん……にも……」
「え? 私にもあるんですか?」
「えぇ……」
次に弥生が取り出したのは、なんと水筒だった。
「これは?」
「ちょ……っと……待ってて……くださ…い……」
予め用意しておいた紙コップに、水筒の中身を注ぐと、出てきたのは暖かそうなホットチョコだった。
「シナモン……と…アーモンド……のホットチョコ……です……。少し……でも…暖かい…ほうがいい……と思って……今朝作って……魔法瓶……に入れてき…ました……」
「弥生さん……貴女は……」
普段からあまり交流があるとは言い難い自分に、ここまでしてくれる。
その事に感激した虚は、眼鏡を外して目を擦る。
「ありがとうございます……有難くいただきます」
「フッ……。この流れ的に、私にもあると期待してもいいのかな?」
「一応……」
困った言動も多いが、それでもロランを頼りにはしているも事実なので、弥生は忘れずに用意していた。
「ど……うぞ……」
「おぉ! これはなんて美味しそうなチョコケーキだ!」
ロランに作ったのはガトーショコラ。アクセントとして、バラの花びらが何枚か置いてある。
「弥生の愛が籠ったケーキ……早速頂くとしよう」
(部屋に戻ってからでもいいのに……)
「なんて美味……。このケーキには弥生の私への愛に溢れている!」
(んなわけねーだろ)
心を込めて作ったのは事実だが、愛なんて微塵も込めていない。
込めたとすれば、それは感謝の念ぐらいだ。
「毎度のことながら大袈裟な奴だな」
「でも、本当に美味しそうッスよ?」
「お二人……には……」
「へ? オレ等にもあるのかよ?」
ダリルには三角チョコパイ、フォルテにはチョコマフィンをプレゼント。
どちらも見事な出来だ。
「スゲー……弥生って女子力の塊か?」
「いや……これは単純に私達が女子としてダメダメなだけだと思うッス……」
「かもな。でも、素直に嬉しいな、これは」
「そうッスね。今まで後輩の子にチョコなんて貰った事ないし。弥生ちゃん、ありがとうッス」
「サンキューな。やっぱお前ってスゲーよ。同じ女として素直に尊敬するわ」
「ど……どうい……たしま…して……」
笑いながらダリルに頭を撫でられる弥生は、顔を赤くしながら嬉しそうだった。
矢張り、弥生からダリルに対する好感度は割と高い方らしい。
ヒロインズが和気藹々としていると、そこに疲れた顔の一夏が教室に入ってきた。
「あ~……いきなり女子達の強襲を受けて大変だった~……。季節的にチョコをくれるのは有難いけど、こんなに食べられないって。俺の胃はノーマルサイズなんだぞ?」
一夏の両手には紙袋がぶら下がっていて、中には大量のチョコが。
原作主人公らしく、女子達からチョコを貰いまくっていたようだ。
「俺が貰いたいのは弥生のチョコだけなんだけどな~……って、皆揃って何やってんだ?」
「一夏……」
ここでチョコを渡している姿を一夏に見られる弥生。
果たして彼は本命の彼女にチョコを貰えるのか?
後編に続くぞい。
長くなったので二部構成に。
もう既にプロットは出来てるので、早めに更新出来ると思います。
後編は主に一夏と大人組の話になるかと。