なんでこうなるの?   作:とんこつラーメン

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今回で一夏の特訓シリーズは完結です。

長くしすぎると確実にグダると思うので、ここら辺が潮時かと。

今回、塩田達6人のうちの一人だけ、専用機を登場させようと思ってます。

どんな機体かはお楽しみ。







一夏の特訓 その9

 楽しい楽しい夏祭りが終わり、一夏は再び塩田達と一緒に特訓の毎日に舞い戻る。

 といっても、もう夏休みはとっくに後半に突入しているから、特訓が出来る日も残り少ない。

 故に、今は一日一日の特訓の密度を少しだけ濃くすることで効率化を図っている。

 

 そんな訳で、今日も今日とて吉六会運営の専用アリーナのピット内にて、一夏は塩田による簡易的な講義を受けていた。

 

「だから、相手の弱点を発見したらじゃんじゃん狙っていけ。特に、お前はただでさえ手数が少ないんだ。下手な攻撃は逆に自分の体力や機体のSEを無駄に消耗するだけになっちまうぞ」

「ちょっち抵抗あるけど、分かったよ」

 

 一夏がベンチに座り、塩田が前に立ってホワイトボードの前で教師みたいな話を続ける。

 それだけならばいいのだが、二人の恰好がISスーツなのでどうも緊張感に欠ける。

 因みに、塩田のISスーツは専用のオーダーメイドで、白地に水色で聖獣である麒麟が見事に描かれている物だった。

 

「戦いってのは合わせ鏡みたいなものだ。自分が相手の立場ならどう動くか、それを自分ならどう対処するのか。そういった無数の読み合いの先に、勝利の二文字が得られるんだよ」

「合わせ鏡……か」

 

 今まで一夏は、彼なりに戦略を練った事はあるものの、所詮は素人の浅知恵の域を超えない。

 それも、彼と同じスタートラインに立っている者達ならば、それなりに通用したかもしれないが、歴戦の猛者である代表候補生や国家代表に、そのような児戯は全く通用しない。

 事実、彼は未だに一度たりとも同級生の専用機持ちに勝利した事が無い。

 

「俺、前に学園のイベントで2対2の変則マッチの試合を弥生としたことがあるんだけど、その時の弥生に手も足も出なかった。まるで俺達の動きを最初から読んでいたかのように全ての攻撃が裏目に出てさ……。もしかしてそれも弥生が『合わせ鏡』をしたお蔭なのかな……」

「あ~……お前、弥生と試合した事があるのか。そりゃ災難だったな」

「災難?」

「あぁ。弥生はな、分かりやすく言えば『超理論派』の人間だ」

「ちょ……超理論派?」

「そうだ。あくまで俺の予想なんだけどな、弥生は合わせ鏡なんて生易しいレベルじゃない戦術予想をしてるんだと思う」

 

 先程まで余裕を見せていた塩田が、急に真剣な顔を見せる。

 それだけ弥生が凄い人間だと、一夏はすぐに理解した。

 

「あの子の行動予測は、もう完全に未来予知に近いからね。特に見知った人間に対しては無敵に近いんじゃないかな?」

「吉崎。もう準備はいいのか?」

「うん。問題無いよ」

 

 三人分のドリンクを持ってジャージ姿の吉崎がやって来た。

 彼女は塩田と一夏にそれぞれドリンクを手渡すと、そのまま一夏の隣にドカッと座った。

 

「前に一度、嶋鳥が弥生と軽い模擬戦をしたんだけど、その時の嶋鳥、なんて言ったと思う?」

「つ……強かった……とか?」

「ちょっとハズレ。正解は……『もう二度と戦いたくない』だ」

「え?」

 

 一夏からすれば、嶋鳥も十分すぎる程に遥か高みにいる存在で、仮に試合をすれば一太刀も振るう事が出来ずに完封される事が容易に想像出来た。

 そんな人間に、二度と戦いたくないと言わせる弥生の実力が低いとは、到底思えなかった。

 

「試合自体は嶋鳥が勝利したけど、それは単純に技量と体力の差があったからに過ぎない。もしも二人に身体能力に差が無かったら……」

「勝敗はまた違っていたかもな」

 

 二人が弥生の事を話す度に、一夏の心に過剰なプレッシャーがかかる。

 果たして自分は弥生に隣に立つに相応しい男になれるのだろうか。

 

「あのちっこい頭の中で、オレたちが想像も出来ない程の膨大なシミュレーションをやってるんだろうな~」

「弥生の場合、こっちの性格とかも計算に入れるから質が悪いんだよな。実は通信教育で『スメラギ・李・ノリエガのサルでも出来る戦術予想』的な本でも読んでるんじゃなかろうな?」

「有り得そうで怖いわ~」

 

 一瞬、弥生がプトレマイオスに乗って皆に指示を出している姿を想像する一夏。

 女子達が見ていないのをいい事に、しれっと鼻の下を伸ばしていた。

 

(あの服を弥生が着たりしたら……いい!)

 

 この男から『煩悩』の二文字が消える事は一生ないかもしれない。

 だが、それもまた人生だ。強く生きろ一夏。

 

「ちょっと話が逸れたけど、要は『敵を知り、己を知れば百戦危うからず』って事だ。どうも織斑は猪突猛進なところがあるからな。少しは頭を使う事を覚えろ」

「意見したいけど、否定は出来ない……」

 

 ISに乗り始めた頃は意識していなかったが、この夏合宿にて自分がどれだけ愚直だったのか、嫌というほどに思い知らされた。

 

「試合中は常に頭をフル回転させろ。ほんの一瞬でも考えるのを止めたが最後、相手はその僅かな隙を遠慮無く突いてくる」

「特に、相手が代表候補生とかになると、その一瞬が致命的になる。自分が優位に立っていても、その一撃で逆転されることだって往々にしてあるんだ」

「それは身を持って知ってます……」

 

 涙をちょちょぎらせながら一夏はドリンクのストローをチュパチュパとしゃぶる。

 もう男の威厳はゼロになっている。

 

「そんな訳で、今日からやっと実戦形式での特訓に入ろうと思う」

「この時期から? もう夏休みが終わるまで二週間を切ってるんだけど……」

「仕方ないだろ。まずはお前の基礎体力の増加をしなきゃ始まらなかったんだし」

「基礎トレにこれだけ時間が掛かったって事は、それだけお前さんの体が鈍っていた証拠だよ」

「うぐ……!」

 

 今にして思えば、幼馴染の箒が小学生の時に引っ越してからコッチ、彼は本格的な運動を全くしていない。

 気が付けば、剣道をしていた時間よりも帰宅部として過ごしていた時間の方が多くなっている始末。

 これではどんな達人だって体が鈍ってしまう。

 

「取り敢えず、今日の相手は叶親がする事になってる」

「叶親さんが?」

 

 一夏と同じ『剣』の使い手の少女。

 しかし、その実力は明らかに世界レベルの猛者だ。

 

「この話をしている間に向こうは準備が済んでるからな。後はお前が行くだけだ」

「といっても、今の織斑の実力じゃ普通に試合をしても瞬殺されるのは目に見てるから、ちょっとした特別ルールを設けようと思う」

「特別ルール?」

「そうだ。それぐらいでもしないと、まともな勝負にならないからな」

 

 昔の一夏ならば、女子にハンデをつけると言われてムッとしたかもしれないが、今の彼は己の弱さを受け入れているから、その事に対して全く異議を唱えない。

 それだけでも大きく成長したといえるかもしれない。

 

「叶親の愛刀『五大剣』を少しでも抜かせる事が出来たら織斑の勝ちだ」

「それだけ?」

「そう言ってられるのも今の内だけだぞ。確かに叶親の専用機の主武装は『剣』だけど、だからと言って他に何も装備してないって訳じゃないんだからな」

「デスヨネ~」

 

 今まで自分がずっと剣一本で戦ってきたから、少し感覚が麻痺しかけていたが、それこそが至って普通の事なのだ。

 頭を振って『かなり毒されてるな~』と改めて自覚をした。

 

「それから、試合中は零落白夜の使用は厳禁だからな。お前はどうもアレに依存をしている節がある」

「SEをリアルタイムで消費する代償として、一撃必殺の攻撃力を持つ刃。これだけ聞けば凄く感じるけど、その性能を最大限に生かせるのは超一流の剣士だけだ。素人が気軽に振り回していい代物じゃない」

「つーか、下手に使えば逆に自分の首を絞めることに繋がるからな。自分で自分の敗北を引き寄せるとか本末転倒だろ」

 

 一夏自身も、零落白夜の致命的なデメリットに関しては前々からどうにかしたいと思っていた。

 だが、彼の足りない頭じゃ何にも思いつかなかった。

 合宿中に塩田達に『攻撃する瞬間だけ発動させれば問題無いんじゃね?』と言われて目から鱗だったのは、今でも鮮明に覚えている。

 しかし、言うのと実際にやるのとは大違いで、一夏は未だにその技を完成出来ていない。

 

「一足飛びに行く必要は無いんだ。一歩一歩、確実に前進していくぞ。その為に俺達がいるんだからな」

「あぁ!」

 

 ステージの方を振り向くと、そこには専用機を纏った叶親が待っていた。

 彼女の専用機の名は『ヴァイサーガ』

 全身が刺々しい紺色の装甲に覆われた、まるで西洋の騎士のような姿をしたISだ。

 背中には真紅のマントを翻し、その手には鞘に収まった一本の(つるぎ)を持っている。

 あれこそが彼女の愛刀である『五大剣』なのだろう。

 アレの刀身を抜かせる事こそが、今回の一夏の勝利条件だ。

 

「重要な事だからもう一回言っておくぞ。試合中は何があっても絶対に思考を止めるな。頭と五感をフルに使って、意地でも勝利をもぎ取るぐらいの意気込みで行け」

「じゃないと、叶親には触れることすら出来ないからね」

「分かったよ」

 

 目を瞑り、精神を集中させて白式を呼び起こす。

 

(今までずっと無様な戦いをして悪かったな、白式。でも、もうあんな姿は絶対に見せない。俺は必ず強くなる。だから、一緒に強くなろうぜ! 白式(相棒)!)

 

 決意に満ちた瞳を見せた瞬間、一夏の体が白式の装甲に覆われた。

 それはもう完全に見慣れた相方の姿だ。

 叶親がいるステージまで飛んでいき、彼女と真っ直ぐに対峙する。

 

「待たせて悪かったな」

「別にいいよ」

 

 こうして真正面から見据えて、一夏は目の前の少女のプレッシャーが相当な事に気が付く。

 

(本当に俺と同い年なのか疑わしくなってくるほどの威圧感だ……! まるで、本気の千冬姉と向き合ってるみたいな感じがする……!)

 

 間違いなく緊張はしているのだが、それと同じぐらいに興奮もしていた。

 その証拠に、さっきから一夏の手が開いたり閉じたりを繰り返している。

 

「叶親さん。今の俺に出来る全力で立ち向かうよ」

「そんなの当たり前でしょうが。君の今の立場は『挑戦者(チャレンジャー)』なんだよ? どんな事にも我武者羅に向かって行かなくてどうするのさ」

「それもそうだな」

 

 そこまで話して、一夏は両手で雪片弐型を構える。

 それを見て、叶親も逆手で鞘に入った状態の五大剣を構えた。

 

「「……………」」

 

 目と目。手と手。足と足。

 相手の僅かな動きでさえも決して見逃さないように、一夏は全力で目を動かす。

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!」

 

 裂帛の気合と共に、一夏が叶親に斬りかかる!

 その一撃を叶親は五大剣の鞘で受け止め、僅かな火花が空中に散る。

 

 こうして、一夏の真の特訓はここから始まった。

 果たして、夏休みが終わる頃には彼が望んだ強さを得られているのか?

 それは誰にも分からない。全ては彼次第なのだから。

 

 

 

  




なんか打ち切り漫画の最終回みたいな終わり方でしたが、私ではこれが精一杯でした。

ここからまだ続けようとすると、ネタバレが大いに含まれる可能性が出てくるので。

因みに、今回出てきた叶親の専用機は、知ってる人は知っているスパロボAの主人公機の一体であるヴァイサーガ。
スパロボOGでは公式チート機体になってましたね。

次回は弥生サイドの夏休み最後の話。
 
もうSFを通り越してメルヘンの領域に突入するので、頭を空っぽにして読む事を推奨します。

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