豊かなスローライフを目指して   作:どん兵衛
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領主編
七話


 

 出立は春。都で過ごす日々も終わり、僕は新たに領主として荊州は南郡へと旅立った。

 都を出発し、河南の伏牛山脈を越え南陽郡へと入り、そのまま南下しては新野を抜け南郡へ。樊城を横目に漢水を渡っては襄陽城へと入る。

 南郡で居城に据えるなら襄陽か江陵かで僕は少し悩んだ。城の堅固さでは古くは春秋戦国時代、楚の王都であった江陵が相応しいだろう。それでも僕は利便性から襄陽を居城に据えた。

 やはり中央の情勢をいち早く知るためには、より中央に近い場所に構える方がいい。ゴタゴタ系には一切関与したくないが、知っておかないと不味いことも多いだろう。情報伝達の遅さから対応が遅れ、面倒事に巻き込まれるのは勘弁。

 

「しかし南郡。僕は早くも南郡を治めるのか」

 

 襄陽城へ入り、領主としての日々が始まる。

 間違いなく幸運なことであるが、他領で経験を積んでから治めたかったという思いもあった。

 これから長く本拠地となる南郡。その統治を仕損じると、僕のスローライフへの道は大きく閉ざされる。そのための準備は怠らなかったが、やはり不安がないと言えば嘘になる。

 だが、弱気なことは言ってられない。僕が目指す道は、この地から始まるのだから。人事を尽くして天命を待つ、ではダメ。掴み取る。そう、僕はこの手で豊かな未来を掴み取るんだ。

 

「────よし、気合いも入った。さあ、始めるとするか。豊かなスローライフを目指して!」

 

 弱気を打ち払い、そして気を引き締めるために両頬を叩き、僕は城内へと足を踏み入れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 南郡太守として赴任して来た新米領主の僕を、地元の豪族達は大方、歓迎してくれた。

 挨拶に来てくれた多くの豪族の中から、特に目を掛ける必要があるのは五名。蔡瑁、蒯越、蒯良、馬良、馬謖の五名だ。

 蔡瑁はこの地で最大の豪族である蔡一族の出。蒯越と蒯良は優れた文官として後世にも名が残る人物。馬良と馬謖は馬氏五常で有名な馬家の出で、馬良は白眉の故事の由来にもなった人だ。

 さらにこの五名に僕が私塾からスカウトした蒋琬と費禕が入る。この二人は政治家タイプで、下手すりゃ僕や華琳よりも政治手腕に長けているのだが、私塾時代からなぜか影が薄く、そのせいで埋もれていたのを幸いと引っ張ってきた。ちなみに二人とは麻雀仲間でもあり、関係も良好だ。

 

「はい、じゃあ七人で二人組を作ろうか!」

 

 と、この七名が僕の初期陣営となる。

 ものの見事に文官ばかり。武官で目立った人はいなかった。当てにしていた甘寧、魏延、黄忠は一体何処にいるのやら。まあ、豪族っぽくはなさそうだし、そのうちひょっこり見つかるかな。

 そんな淡い期待を抱きつつも、まずは武官探しよりも先に決めるべきことがあった。それは僕を支持しない、豪族の処分をどうするか。支持、または服従か。何時の時代にも、お山の大将でありたいと考える権力者はいるようだ。

「太守?そんなもん知るか。そっちから挨拶に来い」と言った考えなのだろう。話を聞くに、僕の前任者の太守も、同じ問題に頭を悩ませていたらしい。そこそこ規模が大きい豪族とのこと。

 

「想定していなかったわけではないが────困った話だ。みんなの意見を聞かせて欲しい」

 

 この地で最大勢力の蔡一族の人さえ出向いて来ているのに、挨拶にも来ないんだもんな。

 あまり目端が利かない豪族なのだろう。僕は中央が任命した太守であると共に、皇族の血の流れを汲む劉一族の人間であり、それに少し調べれば、袁家と近いことだってわかりそうなもの。

 自分で言うのもなんだが、僕はかなり気を遣いそうな領主だと思う。それを承知で煽ってきているなら大したものだけど、きっと知らないのだろう。「新しい領主が来た」という認識程度かな。無知は罪。いや、それは違うか。僕はこの地にやって来て、受け入れてもらう立場なのだから。

 

 

 

 

 

「見逃せとは申しませんが、仁愛と信義の心をもって向き合うべきではないでしょうか」

「悪くはありませんが手間です。利で誘った上で無道の者は誅し、残りを安撫すれば収まるかと」

 

 僕の問い掛けに蒯良と蒯越が意見を述べた。

 蒯良は「長い目で見ましょう。そして対話で解決させましょう」という温厚派。一方の蒯越は「甘い餌で呼び出してサクッと殺せば解決。どうせ非は向こうにあるんだから」という強硬派。

 どちらの意見にも一理ある。一見、蒯良の言葉が冷静で正しいように思えるが、敵対者を消すなんてこの時代、珍しい話でもない。

 現世の頃とは違い、この時代は基本的に殺しても証拠なんて残ることはなく、犯行がバレない、または黙認されることも多い。今回のケースは違うが、暗殺系はある種の常套手段でもあった。

 蒯越の言葉通りにするなら適当な理由で従わぬ豪族を呼び出し、その場で首脳陣の首を物理的に取り換えてしまえばいい。反発はあるだろうが正面から首を刎ねてやれば、それ以上に畏怖されるだろう。舐められるよりは良いし、強い太守を内外に示すというのも正しい方法である。

 

「────ふむ。なるほどね」

 

 が、それはあくまで一般的な領主の場合だ。

 僕は地域密着型の領主を志す身。遺恨は極力残したくない。荒事は最終手段まで取っておこう。

 それに別段、今すぐにどうという話でもない。まずは文のやり取りでも交わしつつ、お互いの相互理解を深めるのがいいのかな。焦ることなくゆっくりと、前へ進めていければそれでいい。

 

「ここは蒯良の進言を採ろう。手間は取るべきではないが、時には掛けておくべきだ」

 

 まだ約三年、僕には時間的な猶予がある。

 固めるべきは足元から。そして未来の歴史を知る僕は、この知識を正しく活かすべきだろう。滅びを迎える国の一領主として、変動し蠢動する時代に向け僕は十分に、その備えをしようと思う。

 

 

 

 

 

 約三年、とは黄巾の乱が起こるであろう年から今の年を引いた年数だ。

 今から約三年後、歴史の年表では黄巾の乱が勃発する。そしてその五年後に反董卓連合。そこから群雄割拠となって、そのさらに十年後ぐらいに官渡の戦いが起きると記憶している。

 つまりは黄巾の乱が起こるのが三年後。反董卓連合が八年後。官渡の戦いが約十八年後。

 若干のズレはあるかもしれないが、大よそこんなところだろう。黄巾の乱が起こるまでに領内をしっかり纏められれば、後は流れでなんとでもなるはず。なんたって僕は歴史知識があるだけでなく、華琳と麗羽とも友人なのだから。穏やかな人生が約束されてると言っても過言ではない。

 

「────さて、陳情に目を通すか」

 

 やるべきことは軍事よりまずは内政。

 基本に忠実に一つ一つ確実にこなしていく。小さなことにも積極的に目を通したいと思う。

 

「────この地域は野盗の被害が多いのか。ならば近くの県の尉を増やして見回りを────」

 

 そして無茶は極力しない方針で動く。

 未来の知識を内政に活かす、という考えも確かにあったが、残念ながら僕は第一次産業について深い見識を持ち合わせていなかった。

 例えば主食となる稲は春から秋にかけて育ち、秋に収穫してからは来春まで田は空いている。空いているのであれば「その間に違う作物を栽培すれば効率的」と二毛作を提案しそうになるが、二毛作は土への負担が大きいと聞いたこともある。が、どれぐらい大きいかはぜんぜん知らない。

 

「知らないなら無茶は控えるべきだろう」

 

 正確に知らないのであれば、下手なことはするべきではないと思う。

 勿論、チャレンジ精神は大事だと思うし、今日の失敗無くして明日の成功は成し得ないという言葉も正しいと思う。思うが、僕は別に華々しい成功を成し得たいというわけではない。

 南郡はそもそも肥沃な土地だ。無茶な博打に出なくとも地味に地道にコツコツ積み重ねたら十分成果が見込めるはずだ。僕はそれでいいんじゃないかと思う。領民達にとっても馴染みのない変革よりも、その方が受け入れやすいだろう。

 

「次は無難に田畑を広げようか。水が不足しそうな地では灌漑用水によって水路を確保…………の前に治水工事が先か。河川の氾濫とか割とマジで被害が洒落にならんだろうから────」

 

 小さなことからコツコツと積み上げる。

 それこそが信頼を得るための正しい在り方。余裕のある時にこそ余裕のある行動を取るべきだ。

 そして余裕のある今のうちから、未来への積極的な投資を怠らない。滅びを迎えるこの国。その口火を切るのは三年後、大陸全土で派手に勃発する黄巾の乱で、ほぼ間違いはないだろう。

 黄巾の乱。その主犯者は張角だが、乱が起こった原因は国内で貧困に喘ぐ民が多すぎたせいだ。飢えた民による反乱。中国はこの手の反乱が非常に多い。農民反乱の本場は伊達じゃない。

 

「だからこそ、今のうちから動くべきだ」

 

 未来を知る僕は、乱に備えることが出来る。

 早い話が、自領で飢えた民を出さないための準備を今のうちから始めようということだ。

 言うは易く、行うは難いことは百も承知。だが老子の言葉にもあるように、困難なことはそれがまだ易しいうちから始めるべきだと思う。千里への長い道も一歩目から始まるのだから。

 

「農具の貸し出しを支援する。新たに興した田畑は向こう五年、減税の対象としよう。戸籍を抜け流民となった者も、田植えの時期までに元の居住地へ帰るのであれば、今回に限り罪に問わないことを、僕の名において約束しよう。同じように働くのであれば、生まれ育った地がいいだろう」

 

 具体的な準備となると一言では難しいが、結局は領内を豊かにするのが一番の準備かな。

 多くの役所や家が焼かれ、田畑が荒らされる乱の被害を金銭に換算して100と仮定する。僕は100という被害を防ぐためになら、今のうちに50の投資を無償で施すことも許容しようと思う。

 人的被害も考えるなら同額の100でも安いぐらいだ。そのためになら実家からの支援や、私塾や郎官時代に行っていた金策等で得た支度金を全て吐き出すことにも、僕はなんら躊躇いはない。

 

「────ああ、商人を誘致するには交通路の整備もしないとな。後は将来的にも学問の奨励は外せないところだ。都から招いた名士の先生方にも手伝ってもらって、既存の私塾や寺子屋には支援という名目で食糧と書物、それと煤や筆でも送れば────うん。役立ててもらえるかな」

 

 その上で僕は贅沢をせずに節制に努める。

 自分のことより自領の民の暮らしを向上させる。これが長期的に見て豊かなスローライフへと繋がると信じ、今は雌伏の時であると考えた。

 僕の政策は大きな問題もなく順調に進められた。その要因には蒋琬と費禕を始めとした幕僚の七人が非常に協力的で、良く励んでくれたことが大きい。僕は優れた配下に恵まれた幸運な男だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕が南郡へ来てから半年が経った。

 天も僕の頑張りを見てくれていたのか。実りの多い季節を迎える頃には一定の成果が現れた。

 赤トンボが飛び交う秋の暮れ。城壁から外の城下を見下ろす僕の眼前には一面、小麦色の絨毯が分厚く、見せつけるように広がっている。

 そんな光景を眺めていると感慨深い気持ちに駆られる。「ああ、良かった」と心から思う。稲刈りに励む大人達の側で楽しそうに遊び回る子供達が、僕を見つけ笑顔で大きく手を振ってくれた。僕が子供達に応えて小さく手を振り返すと、僕に気づいた大人達が笑顔で深々と頭を下げてきた。

 

「────豊作か。雨が多くて心配だったけど、本当によかった。みんなも嬉しそうだな」

 

 僕はこの半年の間で、領民達にも領主として徐々に受け入れられてきたように感じていた。

 来年の今頃はもっと感じているかもしれない。そうなると再来年はそれ以上かもしれない。なら「その翌年は?」と考えた時に、黄巾の乱が起こることを思い出しては少し気が滅入る。

 僕はこの地で忙しくも平和な半年間を過ごしてきた。政務だって滞りなく順調に進んでいた。城の人達は勿論のこと、領民に対しても僕は親近感を覚えつつあった。が、この穏やかな日々が何れは壊れるという現実が、時々僕を酷く憂鬱な気持ちにさせることがあった。

 

「────このままの平和が向こう五十年続くならば、僕はなんの憂いもなく暮らせるのにな」

 

 やれやれ、と大きく一つ溜め息を零す。

 未来を知っているからこそ備えられるが、知っているからこそ憂鬱な気持ちにもなる。

 僕にしか味わえない贅沢な悩みのような気もすれば、僕にしか味わえない辛酸のようにも思える。答えのない禅問答のよう気もすれば、その答えは自分で見つけ出すことのようにも思える。

「せめて腕の立つ武官でもいれば…………」と僕は呟きながら歩みを始める。秋風は冷たく、乾いた風が時折り切なそうに音を立てるが、僕は短い秋に思いを馳せながらゆっくりと歩を進めた。

 

 








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