いきなり召喚されたあの日から一晩がたった。
ひょっとしたら夢なんじゃないかって淡い期待をしていたんだけど……目を覚ましたら昨日案内された部屋の天井だった。
「……ですよねー」
僕は溜め息を吐きながら何時の間にか新品同様にまでなっていた(春先からの事件で冬用の制服は少し草臥れているんだ)制服に袖を通す。
……本当に新品になってない、これ? え? 魔法? 魔法でも使ったのこれ?
僕が思わぬ事態に混乱していると……
「おはよう、南雲君!」
僕の後ろから白崎さんが元気に声をかけてきた。
「お、おはよう。白崎さん……」
「うん。おはよう! 今日は初めての訓練の日だって言ってたけど……南雲君、一緒に行かない?」
「え、え~と……今日は、その……」
どうしよう……一緒に行ったらどう考えても男子……特に檜山君に何をされるかわかったもんじゃない。だけど、行かないって選択肢も確実に女子に軽蔑される展開になる。このままじゃ……
「悪いが白崎。ハジメは『私と一緒に』訓練所に行くと昨日約束したんだ。そういうのはまた今度にしてくれないか?」
そう言って僕の腕をとったのは恋人の雪兎だった。
……良かった。昨日と違ってあんまりイライラしてない。
「む~……ずるい、畑中さんばっかり……南雲君を好きになったのは私が先なのに……」
「あ、あの……白崎先輩。その、僕と一緒に……訓練所まで……」
……何故だか背筋が寒くなるような感覚のする言葉を放つ白崎さんに声をかけたのは『
……頑張れ、僕は君の恋を応援しているよ。
「……何がハジメを好きになったのは『私が先なのに』、だ。ハジメを好きなのは私が最初だ」
……何故か白崎さんの言葉に不貞腐れている雪兎を宥めるのに結構かかったのは内緒だ。
…………………………
訓練を行うために訓練所まで来た僕達は座学用らしき場所に案内された。そこには大学の講義室レベルの設備と……席ごとに配られた十二センチ×七センチの銀色のプレートだった。
「……何これ?」
「よし、全員に配られたな? それは『ステータスプレート』と呼ばれる物でな。文字どおり人のステータスを数値化して示してくれる物だ。最も信頼できる身分証明の道具でもある。これがあれば迷子になっても平気だから、無くしたり、忘れたりするなよ?」
そう言ったのは僕らの教官になった騎士団長の『メルド・ロギンス』さん。騎士団長自らが教官になってくれたのは救国の英雄を生半可な人に預けたくないかららしい。
……メルドさん本人は「面倒な仕事を副団長に押し付ける事が出来て助かった!」と笑いながら言ってたから大丈夫なんだろうね。(副団長さんにとっては大丈夫じゃないし、むしろ大迷惑な話なんだろうけど)
因みにしゃべり方がすごい気楽なのは「これから戦友になるって奴らに他人行儀に話せるか!」って、理由なんだって。騎士団の人達にも敬語は出来るだけ止めるようにって命令してたし(出来るだけっていうのは本当にくそ真面目な人達が全く敬語をやめようとしなかったからだ)。
……正直メルドさんの態度は助かるかな。歳上の人達に慇懃なしゃべり方をされるとこっちが萎縮してしまいそうになるからね。
「プレートの一面に魔方陣が描かれているだろう? そこに自分の血を一滴垂らすんだ。そしたら所有者登録がされるから、『ステータスオープン』で表に自分のステータスが表示される。ああ、原理とかは聞くなよ? 神代のアーティファクトなんだ原理は知らん」
「……アーティファクトって、何っすか?」
メルドさんの言葉にそう質問したのは『
昨日いきなり連れてこられた事で、怒りが爆発していた僕らを止めてくれた人で気さくな人物だから人脈が広いんだ。
「アーティファクトって言うのは、現代じゃ再現できないような能力や力を持った魔法の道具の事だ。神やその眷属達が地上にいた神代の頃に作られたと言われている。大半は国宝級なんだが……ステータスプレートは一般にも配られている。身分証明に便利だからな。因みに複製のアーティファクトと一緒に使われている」
複製のアーティファクトかぁ……フルボトルを増やして僕達全員が持てるようにならないかな?
僕は一緒に配られた針で指を刺してステータスプレートに血を滴ながらそんなことを考えていた。
そして僕のステータスは……
南雲ハジメ 17歳 男 人間 レベル:1
天職:錬成師
筋力:15
体力:20
耐性:20
敏捷:20
魔力:10
魔耐:10
技能:錬成・言語理解・我流格闘術・我流剣術・我流銃格闘術
加護:&*/の加護・戦友の絆『対象:畑中雪兎・清水幸利・遠藤浩介・天之河光輝・坂上龍太郎・八重樫雫』
「……これが僕のステータス?」
「……私も同じくらい酷いがな」
畑中雪兎 17歳 女 人間 レベル:1
天職:錬成師
筋力:10
体力:20
耐性:20
敏捷:20
魔力:15
魔耐:15
技能:錬成・言語理解・我流格闘術・我流剣術・我流銃格闘術・*&/@魔法
加護:**への***・@#%の加護・姉妹の絆『対象:畑中愛子』・戦友の絆『対象:南雲ハジメ・清水幸利・遠藤浩介・天之河光輝・坂上龍太郎・八重樫雫』・科学者の絆『対象:桐生戦兎』
殆ど僕と同じステータスだし、僕と同じく文字化けしてる部分もあるよ……
「全員見れたか? 説明するぞ? まず、最初にレベルがあるだろう? それは各ステータスの上昇と共に上がる。上限は100でそれがその人間の限界を示す。つまりレベルは、その人間が到達できる領域の現在値を示していると思ってくれ。レベル100ということは、人間としての潜在能力を全て発揮した極地ということだからな。そんな奴はそうそういない」
……ゲームのように敵を倒してレベルアップとかはないんだ。
「次に天職ってのがあるだろう? それは言うなれば才能だ。末尾にある技能と連動していて、その天職の領分においては無類の才能を発揮する。天職持ちは少ない。戦闘系天職と非戦系天職に分類されるんだが、戦闘系は千人に一人、ものによっちゃあ万人に一人の割合だ。非戦系も少ないと言えば少ないが……百人に一人はいるな。十人に一人という珍しくないものも結構ある。生産職は持っている奴が多いな。加護って言うのはどれ程その人物から大切にされているか、己の魂にいかに存在しているかを示すものだ。まあ、長い間過ごしたりだとか、命がけの戦いを駆け抜けた……とかでも発生するけどな!」
僕と雪兎は錬成師……錬成に関する才能があるのかな? それから我流格闘術や我流剣術とかは……ファンガイアとの戦いと訓練で身に付けた動きの事かな?
ん? 八重樫さんから汗が吹き出ている……げ!?
八重樫雫 17歳 女
天職:剣士
筋力:90(+190)
耐久:70(+140)
敏捷:80
魔力:380
魔耐:280
技能:八重樫流・我流剣術・我流格闘術・我流銃格闘術・我流槌術・
加護:戦友の絆『対象:天之河光輝・坂上龍太郎・南雲ハジメ・畑中雪兎・遠藤浩介・清水幸利』・臣下の絆『ガルル・バッシャー・ドッガ・キバット・タツロット』・血の絆『紅音也・真夜・登太牙』・師弟の絆『
これは不味い。八重樫さんはハーフファンガイアであることをずっと隠してるのに……てか、ファンガイアって僕らの世界の『魔族』だから下手をすると八重樫さんは魔人族として拘束……最悪処刑されかねない。どうすれば……
「後は……各ステータスは見たままだ。大体レベル1の平均は10くらいだな。まぁ、お前達ならその数倍から数十倍は高いだろうがな! 全く羨ましい限りだ! あ、ステータスプレートの内容は報告してくれ。訓練内容の参考にしなきゃならんからな」
そしてメルドさんの言葉で今度は僕と雪兎の顔から恐ろしい勢いで汗が吹き出るのがわかった。
……あれ? 僕達のステータスやばくない?
試しに僕は天之河君のステータスを見てみる。
天之河光輝 17歳 男 レベル:1
天職:勇者
筋力:340
体力:270
耐性:300
敏捷:280
魔力:100
魔耐:100
技能:全属性適性・全属性耐性・物理耐性・複合魔法・我流剣術・我流格闘術・剛力・縮地・先読・高速魔力回復・気配感知・魔力感知・限界突破・言語理解
加護:戦友の絆『対象:八重樫雫・坂上龍太郎・南雲ハジメ・畑中雪兎・清水幸利・遠藤浩介』・師弟の絆『対象:
……圧倒的だった。僕なんて天之河君の足元にも及ばないステータスだった。何故か文字化けしている所もあったけど。
「ほお~、流石勇者様だな。レベル1で既に三桁か……技能も普通は二つ三つなんだがな……規格外な奴め! 頼もしい限りだ! ……まあ、絆の部分は気にならないでもないが」
「あ~……そこはトップシークレットて事で」
確かに……実は春先から怪物とのドンパチで絆が生まれました……なんてクラスメイトの前では口が裂けても言えないもんね。……特に過去にとんだ際に起きた騒動のせいで平行世界から飛ばされて来て共闘した桐生さん、万丈さん、猿渡さん、紅さん、名護さんの事は特に。
その後もチートばかりのみんなに喜ぶメルドさん(遠藤君は影の薄さを技能で認められたせいで項垂れていた)。……何故か八重樫さんの
そして僕と雪兎の段階で渋い顔になった。
「ああ、その、何だ。錬成師というのは、まぁ、言ってみれば鍛治職のことだ。鍛冶するときに便利だとか……」
要するに戦闘では役立たずって事なんですね……
そんな僕達に檜山君がニヤニヤ笑いながら近寄ってくる。
「おいおい、南雲に畑中。もしかしてお前ら、非戦闘系か? 鍛治職でどうやって戦うんだよ? メルドさん、その錬成師って珍しいんっすか?」
「……いや、鍛治職の十人に一人は持っている。国お抱えの職人は全員持っているな」
「おいおい、南雲に畑中~。お前ら、そんなんで戦えるわけ?」
檜山君が、実にウザイ感じで僕と肩を組む。見渡せば、周りの生徒達――特に男子はニヤニヤと嗤っている。
「……何なら今、此処で戦うか?」
「は! ステータスが殆ど一般人と変わらないお前らなんざ敵にもなんねぇんだよ!」
「本当にお前らはお似合いだよ無能コンビ!」
雪兎の言葉を檜山君の取り巻きである近藤君が鼻で笑い、檜山君が僕達をなじり……次の瞬間、僕と雪兎は同時に動いて二人の足を払うと態勢の崩れた二人の制服の襟首を掴んで床に叩きつけない程度に投げ、そのまま床に倒れた二人の腕に関節技を極める。
「……っで? 一般人と変わらないステータスの私達にこうされている気分はどうだ?」
「……僕はまだ良いけど、雪兎を馬鹿にしたらそれ相応のお返しはさせてもらうよ」
そう言って僕達は檜山君達の腕を解放すると、天之河君達に合流した。
……檜山君が憎々しげに睨んでいるのが雰囲気でわかった。本当に前途多難だよ。
…………………………
「……集まったね?」
此処からは『南雲継』の視点で行くよ。
訓練が終わった夜。僕は転生者と見られる6人に僕に与えられた部屋に集まってもらった。
「……なんの用だよ南雲妹」
そう言ったのは召喚された時に天之河先輩に食って掛かった黒影星光。
「明日も早いから帰って寝てぇんだよ」
次に発言したのは1年生の頃にハジメ兄に濡れ衣を着せて退学にしようとしたら逆に自分が停学になって、それ以来要注意人物扱いされている『
「……私もよ」
1年生の頃から矢鱈と天之河先輩や龍太郎等の『原作の』男子生徒に話しかけている『
「……は!? 寝てないからな!?」
そう言ったのは1年生の頃から矢鱈とハジメ兄達を避けていた『
「……いや、雨雲。あんた完全に寝てたっすよ」
転生者であると一番にわかった山宮渡。
「お話は手早く済ませてね~」
ほんわかした雰囲気で『女神』と呼ばれてはいないけど、様々な学年に人気で白崎先輩に度々アタックしている篠宮君のお姉さんの『
「……『ありふれた職業で世界最強』、『転生者』」
「……何かしらそれ?」
「「「「「!?」」」」」
僕の言葉に篠宮先輩以外の全員が反応する。……篠宮先輩は転生者じゃない?
「あ、転生者って言うのは合ってるわよ。でも作品名は知らないのよ」
……訂正。全員転生者だったみたい。
「てめぇも転生者か……! なら、死……」
「ストップ! 此処で殺るのは無理だろ!?」
僕の言葉から僕が転生者であると踏んだ黒影先輩が襲いかかろうとして……鎌上先輩に取り押さえられた。
……黒影先輩は『馬鹿』っと。
「今回みんなを集めたのは、君達がどんな目的を持ってるのか気になったからなんだ。どんな目的で転生したの?」
僕が言うと黒影先輩がニヤリと笑いながらこう言った。
「そんなのチート無双と原作ヒロイン達でのハーレムに決まってるだろ? あんな
……馬鹿だね、コイツ。コイツには絶対に誰も惚れない。断言する、コイツは噛ませ犬だ。
「てめぇ……ユエ達は俺の『物』だ! てめぇなんか『
「ああ!? てめぇこそあのメンヘラで十分だ!」
……鎌上も噛ませ犬。こういう野望を持っている奴は大抵ボッコボコに倒されるんだよね。大体人間を『物』扱いするってなんだよ……
「私は天之河君とかの原作男性陣で逆ハーレムね。ま、ヒロイン達には『
……あ、コイツはダメなパターンだ。天之河先輩とかを乙女ゲームのヒーロー程度にしかみてないタイプだ。
「お、俺はただ普通の生活をしたいだけなんだよ。だから日常系の作品を希望したのに……その作品の舞台の高校に落ちて行けたのがこの高校だったんだよ……」
そう言えば隣町に『きんいろモザイク』の舞台になる高校があったっけ……
「私は何回も転生してるんすよ。だからこの作品に転生したの気分の問題っすね。……正直この作品を嫌いだったんでそれを克服するためっていうのも目的の1つっす」
……後でどういう世界に転生したかについて聞いてみよう。面白い話が聞けるかも。(僕は作家を目指しているんだ)
「私は神様に転生できるのがこの世界しかないって言われたから転生したのよ~原作があるし、召喚から始まるっていうのは山宮さんから聞いて初めて知ったのよ。あ、でも可愛い弟が出来た事や、その弟の恋愛の結末をこの目で見れるっていうのは感謝するわ~」
……そうだったんですか。
「そういや、継がこの世界に転生した目的はなんすか?」
「僕? 僕は……ハジメ兄を魔王にさせないため……かな?」
「……やっぱりっすか」
「……??? 何で南雲君が魔王になるの?」
僕の言葉に山宮さんが苦笑いをし、篠宮さんが首を傾げる。
だけど他の3人はニヤリと笑った。
「「ありがとうよ! 魔王がいないならユエ達は俺の物に出来るぜ! あ、あのモブ女はいらん」」
「ふふ、ハジメが魔王にならないなら私の魅力であの女から奪えるわね。ありがとう、モブさん」
「(……ダメだこりゃ)」
僕はあまりにも馬鹿な3人に心の中で溜め息を吐いた。……本当に前途多難だよ
次回
決闘~兎と戦車と蝙蝠~
ハジメ「この図書館ってほんと凄い蔵書の数だよね……謎があるけど」
雪兎「ああ……何故魔人族関連の資料が異常に少ないんだ?」
雫「……そう言えばそうね」
檜山「俺達が鍛えてやるよ!」
雪兎「さあ、実験開始だ! 変身!」
ハジメ「……蒸血!」
……お楽しみに。