「あーもうダメだおしまいだ~」
堀尾くんが観客席から叫び声にも似た何かをあげる、そんな声をあげるのにはもちろん理由がある
周りの観客達もそうだ、地区予選の決勝戦シングルス3を観戦する人々の表情はある理由で三者三様だった、勝利を確信して笑みを浮かべる者、それでも諦めずに勝利を祈る者、中には次の試合の事を考える者までいた
その理由が今のゲームスコア 5ー0…沈む観客席の一角…先程の堀尾くんの叫び声…つまり 不動峰が 5 で 青学が0である
この試合 一言で言ってしまえば 相性 の問題だろう、神尾のスピードに翻弄されて 今日桃ちゃん先輩は一度も空を舞っていない…
大差のついたこの試合 負けてる方からすれば ここからの逆転は難しく1ゲームも落とせない、更に次のサーブは不動峰…まさに絶対絶命…
そんな中 コートの中にいる彼の集中力はこれまでに無いほど高まっていた
「暴れたんねえな…暴れたんねえよ」
そう呟く桃ちゃん先輩の目は一ミリも死んでいなかった…むしろ…
「桃ちゃん先輩…?ははっ…やっぱスゲーな…「この世界の住人」は…」
自分が必死に修行しているのに一段や二段飛ばしで成長するこの世界の住人を俺は羨ましく思ってしまった
ーーーーー
自分が情けねー…怪我をしていた足は達宮に薦められた接骨院の先生のお陰で完治している、むしろ自主トレに渡されたノートのお陰で前より調子が良いくらいだ…なのにこの結果…5ー0…しかも同世代2年の選手相手にだ、認めよう俺は弱い…何よりこの試合俺は何も出来ていない…
「暴れたんねえな…暴れたんねえよ」
自分を鼓舞して意識を全て相手に向ける、スピードは相手の方が上…それによって角度をつけてボールを返され 神尾に勝っているであろうパワーすらまともに使えていない…スマッシュも打てなければ…捕球によって後手に回るばかり
スピードでは勝てない…これは紛れもない事実だ…ならどうする
もっと早く反応して一歩目を早く出せばいい…
目を見開きネット越しにいる対戦相手である神尾を見つめる…その動きの一ミリすら見逃さないように…
周囲の声や音が消え景色の色さえも灰色になっていく、まるで目の前にいる相手意外の不要な情報をカットするかのように、必要な情報だけを取り組み最速で答えを出す…
「ゾーン」
余計な思考感情が全て無くなりプレイに没頭する、ただの集中を超えた極限の集中状態、選手の持っている力を最大限に引き出す事が出来る反面 トップアスリートですら偶発的にしか経験出来ない稀有な現象である
努力を積み重ねた者だけがその扉の前に立つことを許され、それでもなお気まぐれにしか開くことはない、それは選ばれた者しか入れない究極の領域
だが…青学1のポテンシャルを秘めた桃城の才能はそれをあざ笑うかのように その扉を自力でこじ開けた
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圧倒的に優勢である不動峰の神尾…しかしその心中は穏やかでは無い、まるで何かに背を追われるようなプレッシャーを身体 全身で感じていた
「ここで決めてやる」
自分のリズムのテンポを1つ上げ ボールを空へと投げる…クイックサーブからのダッシュ 神尾のスピードを生かすサーブだ
「なッ!!」
そのサーブの後に声をあげたのはサーブを打った張本人 神尾だ…
サーブに対して完璧なタイミング、完璧な立ち位置、そして完璧な体勢でそのボールを捉える桃城の姿を見たからだ…
「くッ 届かね…」
この試合の始まりと同じようにクロスの方向へと桃城が打ち返す…同じだったのはここまでだろう、結果が全く違うのだ
「リターンエース…」
完璧なタイミングで放たれた桃城のショットが音を立てて相手のコートを突き抜けた
「キタ━(゚∀゚)━!桃ちゃん先輩~!!」
「行け~桃!」
いきなり出た好プレーに青学の観客席が沸き立つ、しかしリターンを決めた本人は 冷静にコートでラケットを構え直し 静かに次のサーブに備えている
冷めているわけではない…それは彼を見れば一目瞭然だ…彼の目はまるで獲物を狩る鷹のような鋭い光を放ち ただ一点神尾を見つめる
高ぶる気持ちを濃縮して一点に集めたかのようなその目が神尾の次の動きに反応する
神尾の手から再びボールが離れサーブが放たれる、先程の事もあってか クイックサーブでは無い
「くッ…またかよ」
神尾の目に映ったのは再びサーブに対して完璧なタイミング、完璧な立ち位置、そして完璧な体勢でそのボールを捉える桃城の姿…
返ってくるのは強烈なショット…しかし 先程とは違い自慢のスピードでボールに追い付く神尾
「お…重ぇ」
ラケットにくる衝撃に耐えて辛うじて返球する神尾…しかしそのボールは高く空へと浮き上がってしまう
ダンッ
地面を蹴り上げる音がコートに響く、桃城の十八番「ダンクスマッシュ」…ただゾーンに入った今の桃城のダンクスマッシュはまさに別物だった…空を歩くかのように天を舞う桃城、脚力はもちろんそのボディバランスによって出来上がる脅威の滞空時間…その頂点より振り下ろされるように放たれたボールは地面に当たり再び空へと帰って行く…
「ドーン!」
桃城が言ったセリフのような衝撃音を出したボールは神尾のコートで一度バウンドした後 後ろの客席にまで飛んでいったのだ
「嘘だろ…」
観客席から盛り上がる声ではなくざわざわと驚きの声が聞こえる…
そんな驚きと喧騒の中ゲームは続く…勝負はこれからだ と言わんばかりに桃城の獲物を狩る様な目が暴れたんねえと叫び声を上げていた
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5ー1
5ー2
5ー3
5ー4
数を数えるかのようにストレートで追い上げる桃城、その姿は圧倒的の一言だった…
神尾のスピードに付いていく桃城の超反応…まるで練習で素振りをするかのように綺麗な体勢から放たれるショット…空へ舞い上がれば隕石のように振り下ろされるダンクスマッシュ…どれ1つとっても敵からすると脅威でしかない
「くそッ」
また強力なショットが神尾のコートで音を立てる
「0ー30」
審判の声が響く…並ばれる…圧倒的な速度で追い上げられるプレッシャーが神尾の精神を疲弊させる
ただ神尾も負けられない…橘さんへの恩…ゼロから立ち上がった不動峰の絆が彼の心を奮い起たせる、手から舞い上がるボール、気持ちのこもったサーブが放たれる
「…知ってるよッ」
神尾の目に映ったのは散々見た光景、完璧な体勢でサーブのボールを捉える桃城の姿…
返ってくるのは角度のついた強烈なショット…
「負けるかよッ」
神尾のダッシュのスピードからそのボール目指して飛び込みそのショットを返球する
しかしそのボールは無情にも…空高くへと浮き上がってしまう
同時に聞こえる桃城がダンクスマッシュを放つであろう 地面を蹴り上げる音…
………
しかし…いつまで立ってもコートにはボールが跳ねる音が聞こえる事はなかった…代わりに響くのは審判の声
「15ー30」
放たれたダンクスマッシュはコートでバウンドせずに観客席へと吸い込まれて行った…
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青学の桃城がプレーするテニスは会場すべてを魅了し、その逆転劇に観客すべてが胸を踊らせ逆転が起こりうる事を期待した
だがその望んだ結末とは違うものが突然訪れた
ゾーンの時間制限(タイムリミット)
ゾーンは本来試合では発揮する事の出来ない実力の100%を可能にするというもの…
どんなに集中した一流の選手でもいいとこ80%だろう…
それ故に時間制限というものが存在する、集中力の限界…100%の力を発揮した反動が桃城を襲う
「30ー30」
さっきまでと動きが別もののように違う桃城…息は荒れ 肩で息をしている…
「ハァ…ハァ…」
闘志は消えていないが身体がついていかない…
「40ー30」
あらためて思う…俺は弱い…だからこそ ここで止まってはいけない…もっと高く…もっと前に
迫りくるボールに対して身体に鞭を打ち 右足で踏みきり飛び込む
「うおおおぉ りゃぁ」
両手のバックハンドから放たれる桃城の強力なショット、まるで流星のようにネットを通過する
「くそッ 届かね…」
神尾のスピードをもってしても届かないその球威 、死に体で打ったとは思えない強力なショットだ…しかしこれがこの試合の結末となる
「…アウト」
ボール2個分外に出てしまったボールが後ろの金網に当たりその動きを止める…
「…ゲームセット、ゲームウォンバイ 不動峰 神尾 6-4」
コートに大の字に倒れ空を見上げる桃城…
「あー…もっと強くなりてぇ…」
呟かれたその言葉は勝ちに 盛り上がる不動峰の声によってかき消された
シングル3
神尾 6 ー 桃城 4
・桃ちゃん先輩の覚醒回ですね(*´ω`*)…神尾の始めの試合運び5ー0の展開ですが、原作では海堂はリョーマ君に負けて 馬鹿みたいに練習量増やしてギリギリ勝利といった結果だった為 、今まで強化イベントの無い 桃ちゃん先輩が戦うと厳しいだろうなと思いこのような展開にしました…楽しんで頂けたら幸いです(*´ー`*)
・お気に入り2250超え、しおり550超え、そしてたくさんの感想等ありがとうございます大変嬉しいです。これからも皆様のご期待に少しでも答えれるようにゆっくり頑張っていきます(*´ー`*)
・誤字報告していただいた皆様ありがとうございました!
・投稿遅くなりまして…申し訳ありません(´・ω・`)