今晩俺は今生の父、慎久に会いにいく。
社会人としての俺からすると作品の中の故人、しかもヒロインの一人に性的虐待を繰り返し主人公の実の家族を皆殺しにした張本人。
まったく好意を持つ要素のない人物である。
しかしここにいる慎久は違う。
正気を失うことをおそれ、我が子の将来を憂いている一人の父親であった。
俺もこの体に引きずられているのか彼を憎むことができない。
随分と久しぶりに顔を合わす気もする。
実際同じ屋敷にいるのに1週間くらい姿すら見ていないだろう。
時刻は既に0時を回っている。
俺も含め、屋敷の子供は普段はもう寝ている時間だ。
また使用人たちも屋敷の空気が澱んでいくにつれて暇を出されていった。
今では数人残った使用人が朝から夕方まで働き、夜は帰宅するというシフトに変更されているため薄暗い屋敷の廊下には人の気配というものがない。
琥珀の部屋を確認すると寝ていた。
つい先日部屋に呼ばれているのは確認している。
やはり予想通り今晩は慎久に呼ばれていないようだ。
琥珀も秋葉達も使用人達もいない。
つまり今から俺と慎久の対話の邪魔は入らないということだ。
コンコン。
慎久の書斎をノックする。
誰も起きていないはずの夜間にイキナリのノックだ。
驚いたのか少しの間を置いて返事があった。
「・・・誰だ?」
「父さん。俺です。四季です。」
「四季か?一体どうしたんだこんな時間に。」
慎久が扉を開ける。
彼は心底不思議そうな顔をしている。
「怖い夢でも見たのか?とりあえず入りなさい。」
「うん」
書斎に入る。
そこには難しそうな書籍が並んでいる書棚。
重厚な暗い色彩の執務机とその上に置かれている書類。
そして俺なら3・4人は並んで座れそうな大きなソファー。
慎久は俺をそのソファーに座らせると、向かいに座り口を開く。
「四季どうしたんだ?」
「うん。少し父さんにお願いがあって。」
「お願い?何だい、言ってみなさい。」
慎久は微笑を浮かべながら俺に先を促す。
その笑顔は何も知らなければ、優しい父親と感じていただろう。
だが俺は知ってしまっている。
その為、俺は一度深呼吸をすると、一息で言い切った。
「父さん。琥珀にもう手を出さないでくれ。」
瞬間書斎の空気が凍った。
もう戻れない。
「な・・・」
お前が何を言ってるのか分からない。
そんな顔の慎久が口をポカンと開け、言葉を紡ごうとしている。
「俺、全部知ってるんだ。父さんが反転しそうなことも、それを防ぐために琥珀にしてることも。」
俺がそう言うと慎久は今度こそ完全に絶句した。
そのまま慎久の言葉を待つ。
10分ほど経過しただろうか。
いや時計を見ると1分も経ってない。
緊張で時間の感覚がおかしくなっているようだ。
「そうか。知っていたのか。」
「うん。」
背中に冷や汗がにじむ。
背中や尻とソファーの接地面はおそらく変色するほどに濡れているだろうな。
ふとどうでもいいことを考えた。
「ならば答えは分かっているだろう。親族の誰が教えたか知らないが私たち遠野の一族も含まて混血というものは大なり小なり反転の危険性がある。そして反転を防止するため巫浄の感応能力は必要不可欠なのだ。」
「だけど!」
「今それを止めたら私は「魔」に堕ち、遠野の家は親族という魑魅魍魎どもの食物とされる。故にお前の願いを聞くことは出来ない。諦めるんだ。」
俺は絶句した。
断られたからではない。
そんなことは予想済みだし、その理由も予想通り。
俺が驚いたのは、今の言葉を放ったのがいつも見ていた良い父親などでなく、
有数の財閥の当主にして混血たる遠野家の当主としてのに覇気に満ちた「遠野慎久」という男だったからだ。
ヤバイ、俺は彼のことを嘗めていた。
実はいい父親だったから、何だかんだ言って息子である俺がお願いすればいうことを聞いてくれるだろうと。
ああ帰りたい、そしてベッドに潜り込んで夢オチにしたい。
切実に。
「父さん・・・でも・・・。」
「四季。褒められたことでないのは分かっている。だが私が「魔」に堕ちれば遠野の家が終わる。それは当主として認めることは出来ない。」
「う、ああ。」
慎久が言っていることは何度も言うが予想の範疇を超えていない。
反論も考えてきたはずなのに、思考がまとめれない。
「そもそもアレとアレの妹はその為に引き取ったのだ。いずれはお前も…秋葉もアレらかアレらの娘を使うことになるだろう。このままではお前たちがつらくなるだけだ。そのような考えは捨てろ。」
原作のことを思うにそれは紛れもない真実なのだろう。
だがそれを認めることは出来ないのだ。
いや、認めてしまえば俺という「誰か」が不確かになってしまうのだ。
個人的な記憶すら以前よりも曖昧になって遠い昔のことのように摩耗していっている俺が、これ以上四季という役割に染まってはいけない。
「アレらは反転衝動を抑えるための道具だと思え。」
俺がお前や原作の四季のように流されるだけの存在にはなってはならない。
混血の血や反転衝動などというものに負けてはならないのだ。
「諦めるんだ、四季。その考えを捨てなければいずれお前の番になったときお前自身が苦しむだけだ。」
沸騰した。
苦しむからと言って物語の運命に負けてはいけない。
例え記憶が無くなろうとも、
「ふざけるなよ!!何だかんだ言って自分を正当化したいだけだろ!体液の交換なら血液を吸うのむだけでも効果あるだろう!?」
「・・・ああ。それでも効果があるだろうな。しかし性交と比較すればその効果は段違いだ。いずれそれすら効かなくなる。」
「うるせえ!ただ堕ちるのが怖いから琥珀に八つ当たりしてるだけだろ!?俺のためとか言ってるんだろう!?俺はあんたのようにはならない!俺は混血なんてものに負けない!」
「ッ!?愚かなことを言うな四季!勿論怖いに決まっているだろう!?だがお前もいずれはこうなるのだぞ!?もう一度言う!」
慎久は立ち上がると、静かに俺を見下ろし言い放つ。
駄目だ。
失敗だ。
いつもの良い父親していた慎久なら多少厳しくても代替案を出せば、最後には情を出して折れてくれると考えていた。
慎久は一人の臆病な男で同時に遠野家の当主であり。
「諦めろ。お前のためだ。」
同時にどうしようもなく俺の
結局は同族嫌悪だ。
後味が悪いとかではない。
今回は運よく収まったが、俺もいつか混血として反転衝動に負けてしまう。
それは死ぬ間際かもしれないし明日かもしれない。
俺が俺でなくなってしまう。
それが怖かったのだ。
それが怖くてたまらないから同じように怯えて、無様にも他人に八つ当たりをしている慎久の姿を見たくなかったのだ。
自分の未来を見ているようだから。
「うわああああ!!」
世界がアカク染る。
「四季!?」
俺は反転した。
おかしいな。慎久を小物にしようと思っていたのに
主人公の方が小物になってしまった。
主人公の反転はただの癇癪です。
規模も性質もえぐいですが。