【東方】里守の刃   作:鞍馬子竜

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里守の刃 一章-2

 風呂敷に包んだ本を担いで、今度は人里の街道を歩く。

 

 先程の仲介業者は颯治の持ち込んだ野菜を市場に持ち込み、厳選した良品として売り出しているだろう。颯治に支払った金額に仲介料などを上乗せして。それでも売れているというのは、颯治が確実に高品質な野菜を生産してきたという事実を示していた。

 颯治自身が市場に売り場を開き、野菜を直接販売すれば、仲介料なしで更に安価に、または高い利益で販売することが可能であろう。しかし、颯治はそれが今は実現できないことを誰よりも理解していた。

 

 颯治は目的地に向かう途中、ふと懐かしい建屋が目に留まって立ち止まった。

「寺子屋、か……」

 人里の寺子屋。

 颯治がまだ子どもだった頃、必死で勉学に励んでいたその場所がひどく懐かしく感じられて、颯治は目を細める。

「さすがにまだ始業前だよな。先生いるかな……?」

 寺子屋を出てからは一度も来たことがなかった。あるいはもう、自分のことなど覚えていないかもしれない。

 それでも、挨拶しておきたくて。かすかでもそこにあったつながりを求めるように、颯治は軽く寺子屋の戸を叩く。

「ごめんください!」

 呼びかけからややあって。寺子屋の戸が開き、記憶通りの人物が姿を現した。

「おや、誰かと思えば颯治じゃないか」

 寺子屋の教師、上白沢慧音。寺子屋唯一の教師である彼女は、当然ながら寺子屋に通っていた颯治の恩師でもあった。

 名乗る前に名前を呼ばれたことを嬉しく思いながら、颯治は会話を続ける。

「ええ。お久しぶりです、慧音先生」

「ああ、久しぶりだな。今日は市場に?」

 慧音とは寺子屋卒業以来交流はなかったが、生徒やその親を経由して様々な話を聞くためか多くの情報が入ってくるのだと本人が語っていた。それが嘘でないことを目の当たりにして颯治は改めて畏敬の念を覚える。

「それは少し前に……といっても仲介ですけどね。まだ自分では出せないので」

「そう、だな……時間はあるか? 積もる話もあるだろう。寺子屋を開くまで、少し話をしよう」

「是非、お願いします」

 慧音は颯治を生徒の頃と同じように迎え入れた。そのことに少しだけ目頭があるのを感じながら、颯治は慧音の後をついて寺子屋の中に入った。

 

 事務作業用の小部屋に招かれた颯治は、使われていない机の椅子に腰かける。

「あれからもうすぐ十年になるか? 正直見違えたぞ。生徒の顔を覚えるのには自信があるつもりだが、一瞬名前が出てこなかった」

「そうか。もう十年経つんですね……」

 十年。その年月は、寺子屋を卒業した颯治を更に成長させるには十分すぎる時間であった。

 しかし……。

「慧音先生はお変わりないようで。十年前から変わらずお美しくいらっしゃる」

 目の前に向き合う慧音の容姿は、十年という年月を経てもなお、颯治の記憶にあるそのままであった。

「ははっ、言うようになったな。お世辞を言ってもなにも出ないぞ?」

「それは残念です」

 昔は恐縮してばかりで対等に話す余裕などなかったものだが。対等に話せる自信を持てるほどに成長したのだな、と慧音は目を細める。

「雄吾さんの件、聞いたよ。本当に残念なことと思う」

「ありがとうございます。そう言っていただけるだけで、親父も少しは救われるでしょう」

「少しは、か……。里の空気は少しずつ変わりつつあった。もう少しで大きく動かせるだろうと思っていた、その矢先……」

「……はい」

 人里に住む人々の中で、大神雄吾に恨みを持つ者は少なくない。それは、雄吾が里のために剣を振るうようになってからも、彼の息子である颯治に対しても、変わることなく残り続けている。

 慧音は雄吾たちの事情を知った上で、それでも雄吾の願いを聞き入れて颯治の入学を認め、颯治を他の生徒と平等に扱った。まだ幼く、精神的に脆い時期に、そうして平等に接してくれる大人の存在がどれほど颯治の支えになったか、想像に難くない。

「そして、今は颯治が、里守の役割を受け継いだのだな」

「はい。といっても、まだ正式に任命されたわけではありませんが……親父に替わって里を守り、親父の汚名を濯げるよう努めるつもりです」

 あくまで、自然体に。そうすることが当然であると言わんばかりに。颯治は一点の曇りもない瞳で慧音を見据える。

「……そうか。しかし、これからひとり暮らしだろう? 今まで二人で分担してきたものを一人でしなければならないとなると、いろいろと大変じゃないか?」

 慧音の問いに、颯治から鈍い声が漏れる。

「そう、ですね。今後は畑仕事は最低限にして、剣の鍛錬と里守の仕事に注力しようかと」

「しかし、そうすると収入源が減るだろう? 大型獣討伐の報酬は成果報酬と聞いている。大型獣の出現がなければ収入は滞ることになるぞ」

 雄吾がこれまでに務めてきた里守としての仕事。それは専ら、人里の中やその近くに時折出没する小型の妖怪や種族不明の大型獣を討伐するというものであった。それらを討伐し、里守を管理する人里の長者に報告することで、討伐内容に応じた報酬を得る。それが、大神雄吾と人里の間で交わされた契約内容であった。

「それはまあ、そうなんですけど……畑仕事より割のいい、短時間で収入を得られる仕事なんて、僕には」

 颯治を縛るのは、なにより時間である。畑仕事にしろ別の仕事にしろ、そちらに時間をかけると里守の仕事――鍛練や巡回の時間に支障をきたす。それに、急な大型獣の襲撃があった場合、即座に抜け出せるような仕事でなければならない。そこまでの自由を許容できる仕事など、人里のどこを探しても――

「ちょうど今、寺子屋は教育制度改定に向けた準備を進めていてな」

「えっ?」

 いきなりなにを、と颯治が問うより早く、慧音は言葉を続ける。

「私がそのあたりの資料作成をしている間、誰かに非常勤教師をお願いしたかったんだ。もちろん、寺子屋にはいるから急用で外す必要がある場合は私が作業を中断して教壇に立つこともできる。給料もすぐに多くは出せないが、里の平均的な時給くらいは用意しよう。どうだ? いい条件だと思うが」

「どう、って……」

 慧音が提案した内容は、颯治にとって渡りに船ともいえる好待遇の条件であった。

 あまりに颯治にとって都合のいい慧音の提案に、颯治は疑念を抱かずにはいられない。

「どうして、いきなり訪問してきた俺にそこまでしてくれるのですか?」

 だから、まっすぐ問いかける。

 十年前、ことあるごとに慧音に疑問を投げかけていた頃のように。

「そうだな……ひとつは教師として、教え子が困っているのを見過ごせなかったこと。もうひとつは……」

「もうひとつは?」

「やはり、見ていられなくてな。里の空気が重いままというのは」

「……そう、ですか」

 颯治は慧音のいう空気が重い人里しか知らない。しかし、そうでなかった頃を知る慧音にとっては、やはり思うところがあるのだろう。

「でも、俺なんかでよろしいのですか? もう寺子屋を出て十年になりますが……」

「なに、昔から颯治は要領がよかったからな。今から復習すれば十分に間に合うだろう。もちろん最初は私が教えるから」

「そう言っていただけるなら、俺でよければ喜んでやらせていただきます」

 ここまでお膳立てされては、颯治に断る理由などなかった。

 颯治は立ち上がると、深々と頭を下げる。慧音はこちらこそよろしく、と優しく微笑んだ。




タグ追加で登場キャラバレするのはもはや致し方なし……。
というわけでようやく東方キャラ登場です。まだ増えるよ!
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