冥界・白玉楼。その広大な敷地を駆けるひとりの少女の姿があった。
「はあっ……せいっ!」
気合の声とともに、白銀の刃が閃く。一拍の時をおいて、思い出したように枝が、葉が落ちる。
声の主――魂魄妖夢の剣閃が過ぎた後の木々は非の打ちどころのないほどに整えられ、誰が見ても美しいと思えるような見事な姿を現した。
「ふむ……」
しかし、少女はそれを見て表情を変えることなく次の木々へと視線を移す。まるで、自身の成したことを振り返る必要などないと言わんばかりに。
魂魄妖夢は退屈していた。
ここしばらく異変はその兆候すら見せず、日がな一日庭仕事と家事に追われる毎日。外部から客が来ることもめったになく、自分から出かけるにはどこもかしこも遠すぎる。
仕方なくで仕事をしていても、モチベーションが上がるはずもない。結果、妖夢は同じような日々の繰り返しに身を投じ、徐々に退屈に蝕まれてきているのだった。
(なんとかしてあげたいところではあるけれど……)
白玉楼の縁側で茶をすすりながら、幽々子は考える。
幽々子は妖夢の現状を良しとは考えていない。怠惰な日々を怠惰に過ごすことに慣れている幽々子自身はともかく、妖夢はまだ若い。そんな歳でこの地に留まって決まりきった日々を過ごすことは、妖夢の将来を思えば好ましくないことは明白。
しかし、妖夢自身も自身のすべき役割に誇りを持っている。なにしろ、妖夢は自身が退屈を感じていることなどひとことも幽々子にこぼさないのだ。半端な計画で彼女を動かそうとすると、思わぬ反発を受けることにもなりかねない。
自身に責任の一端があることを自覚していながら、それを打開する手が浮かばないことに幽々子は苛立ちを覚えていた。
(自分のことならまだしも、妖夢のことになると私もまだまだねえ)
妖夢のことは娘のように愛しく思っている。だからこそ、下手を打って彼女を悲しませるようなことはしたくない。長い時を過ごしてきた幽々子であっても、娘の教育となるとまるっきりはじめてのことで。
(せめてこの白玉楼の……冥界の外に、妖夢が興味を持てるなにかが見つかってくれるといいのだけど……あら?)
願うように、祈るように。
そんなことを根拠なく考えた矢先、幽々子の感覚が違和感を捉えた。
(なにかしら、この霊……こんなに強い輝きを持った霊は久しぶりに見るわねえ)
地獄の裁判所から冥界に流れてきた霊のひとつ――その方角から、人間の里から流れてきた霊であることを幽々子はすぐに見抜く。それだけなら何の不思議もないが、その霊は人間の里で一生を終えたにしては異常とも思えるほどに強い魂の輝きを放っていた。
いったい、人間の里でどれほどの人生を送ればこれほどまでに強い輝きを放つ霊になり得るのか。幽々子にはにわかに理由を見出しがたかった。
(人間の里でなにかが起きている……?)
幽々子は眉間に扇子を当ててうつむく。
冥界の霊の管理を請け負うにあたって、流れてきた霊の生前に首を突っ込むのはプライバシーに関わるのでご法度と地獄の裁判官からはきつく言われている。しかし、霊の過去を暴くのではなく、霊の状態を受けてその周辺を調査すること自体は止められていない……と、幽々子は解釈していた。
「ちょっとした退屈しのぎくらいにはなってくれるといいのだけれど……」
相も変わらず無駄に庭を駆けまわる妖夢を目を細めて追いながら、幽々子はそうひとりごちた。
西行寺幽々子はまだ知らない。その先に、記憶の片隅に押し込んだ者の影が待つことを。
魂魄妖夢はまだ知らない。その先に、己の歩む道すら変えるほどの出会いが待つことを。
……というわけで、主要キャラクターがひととおり登場したところで連続更新はいったんここまでです。
同人誌化を前提としているのでWebでは行間が読みづらかったりいろいろとぼかしたままだったりしますが……続きが気になると感じていただけたなら幸いでございます。感想などいただければ望外の喜びと存じます。
サブタイトルや章題などはあった方がいいんだろうと思いつつ、まだ決まっていない状況です。連載中に決まり次第追記するか、同人誌で付けるかのどちらかになると思います。
次は2章の執筆にめどがついた頃になるかと思います。できれば1か月以内には……!
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