「あの馬鹿、なにやってるのよ……」
颯治と妖夢が連れ立って里の外に向かっていくのを眺めていた、ひとりの人間。いや、彼女は人間ではなかった。
鈴仙・優曇華院・イナバ。永遠亭から人間の里へ定期的に置き薬の補充に出向いている彼女は、月から降りて地上に居ついた、れっきとした兎の妖怪である。もっとも、彼女が妖怪であることを知っているのは彼女の本来の姿を知っているごく一部の者しかいない。つまり、鈴仙はうまく人間の里に溶け込んでいる妖怪のひとりなのである。
「余計な波風を立てられるとこっちに飛び火しそうで嫌なのよねえ。しかもよりによって颯治さんに目をつけられてるし……」
妖夢に声をかけたのがただの里人であればこれほど気にすることもなかっただろう。しかし、里守にまで話が通っているとなると話は別。里と妖怪の関係が険悪になり、自身のことも疑われるようになるかもしれない。
特に、鈴仙は何度も颯治の家を訪れている。それは、肺を患っていた雄吾のために特注の薬を定期的に届けていたからであり、颯治からはそれなりに信頼を得ている……と鈴仙は自覚していた。妖夢と里守の衝突が問題になり、里と妖怪の関係が険悪なものになれば、その信頼が崩壊することにもなりかねない。
(一応、後をつけておくか……)
何事もなければそれでいい。だけど、もし何事か起こるようであれば……自分が陰からなんとかしなければ。
そんなことを考えながら、鈴仙は周囲の波長を弄り、姿を消してからふたりの後を追った。
◆
魂魄妖夢を連れて里の外に出た俺は、少し先にある開けた場所で足を止めた。
「このあたりでどうでしょうか」
「ええ、問題ないわ」
同意も得られた。後は……全力を尽くすだけだ。
「……争わずに済むのなら、それに越したことはないのですが」
「言ったでしょう。私の目的を聞かないで見逃すなら争う必要はないと」
「そういうわけにはいきません。では……」
言って、背負った刀に手をかける。楼聞剣ではなく、慣れ親しんだ己の愛刀に。
「ええ。お互い剣士なら、これが一番わかりやすい!」
魂魄妖夢もまた、刀を――背負った長刀の方を――抜き放つ。
「人間の里、里守……大神颯治」
「白玉楼、御庭番……魂魄妖夢」
互いに名乗りを上げて、深く腰を落とす。
その場に数秒、静寂。そして――
「ふっ!」
(消え――――っ!)
掛け声が聞こえた瞬間、魂魄妖夢の姿が消えた。それを認識するより早く、刀を引いて防御姿勢に構える。
「ぐっ!?」
「なあっ!?」
予想通り、相手の剣が俺の剣に当たって止まった。衝撃こそ大きいが、体勢を崩されるほどではない。
「速さを重視すると、行動が単調になる……速ければいいというものではありませんよ」
「なにを……っ!」
ばっと飛びのき、今度は普通に斬りかかってくる。
いや、普通にというには語弊があるか。動作の端々にフェイントが織り交ぜられ、少しでもバランスを崩せば一瞬で仕留めるという強い意志が感じられる。まさに対人戦のための剣術。
(だけど……)
「やあっ!」
「くうっ!」
「せいっ!」
「ふっ!」
見える。フェイントがかかっていたとしても、剣筋を見極めさえすれば攻撃を防ぐこと自体が不可能というほど実力に差があるわけではない。
「よく防ぐわね!? でも防戦一方では勝てないわよ!」
(わかってはいるけどさ……!)
指摘の通り、今の俺は相手の攻撃を防ぐので手一杯。というより、これだけ怒涛の勢いで攻撃されていてもなんとかしのげていること自体が奇跡のようなものだ。
それでも、防戦一方で長期戦になると不利なのはこちらの方。妖怪の身体能力や無尽蔵な体力を相手に長期戦を挑むのは無理があると言っていい。
なら、どうすればいいか。
(まあ待て、慌てるな、落ち着け)
短期決戦を挑むにしてもこの猛攻をかいくぐらなければならない。そのためには攻撃をただ受けるのではなく、回避して反撃するくらいのことはしなければならないだろう。
(そうだ、これはそのための我慢。耐えて耐えて、反撃できる材料を見つけられれば俺の勝ち。見つけられずに消耗すれば俺の負け)
勝てる見込みもなく受けるだけでは受ける意味がない。だけど、受けた先に勝ち筋があるのなら、受け続けることに意味はあるはずだ。
「そちらこそ、決めきれてないじゃないですか!」
「なにを……っ!」
少しでもかき乱せるように煽りを入れる。対人戦でしか意味はないけど、わずかずつでも可能性を上げられるならば使わない手はない。
「目にもの見せてやるわ!」
案の定、魂魄妖夢は勢い任せに斬りかかってくる。動き出しと手首の動きさえ見極められれば、かろうじて食らいつくことができそうだ。
それに……俺がこの剣に追いつけているのは、単に見極めができているというだけではないような気がする。まるで、相手がどんな動きで攻撃してくるのか読めるような……。
「っ!?」
そんなことを考えていたからだろうか。魂魄妖夢から注意が逸れ、防御が一瞬遅れてしまう。
かろうじて防ぐことはできたものの、勢いに負けて体が泳ぎ、視線が逸れ――
(えっ……?)
そうして逸れた視界の端に、捉えてしまった。
そこにあるはずのない、異物を。
(あの体躯、間違いない……大型獣だ)
犬や狼の類ではない。外見こそそれに近いものはあるが、体長は幻想郷でまれに観測されるニホンオオカミのおよそ三倍。イノシシと同等以上の体躯を誇るそいつは、俺が――里守が追うべき怨敵だ。
(だけど、今はそれどころじゃない)
目の前にいるのは、大型獣よりも強力な妖怪。勝負を放棄して大型獣を追うような真似はできないし、仮にできたとしても義に欠ける行為だ、簡単には許されないだろう。相手が妖怪ならなおさらのことだ。
妖怪との邂逅は物理的な戦いもさることながら、それ以上に精神的な戦いが重要であると聞いている。だからこそ交渉を行い、妖怪が得意とするなんでもありの戦いではなく正々堂々の勝負に持ち込むことで多少なりと条件の不利を軽減するところまでもってこれたんだ。
これで戦闘を中断して一方的に降参し、大型獣に向き合うことは、できなくはないかもしれないが相手からの心証はよろしくない。正々堂々の勝負を毀損したとして、当初の条件以上の負債を払うことになる恐れすらある。
正直、大型獣にはそのまま回れ右して引き返してもらいたいところではある。あるいは、こちらに向かってきてくれればこちらからの一方的な勝負放棄にはならないから勝負なしに持ち込めるだろう。だけど――
(ぐ、こちらには目もくれず人里の方へ……)
しかし現実はそう期待通りになってはくれないもので、想定していた行動のうち最悪のものを引いてしまった。
なるべく魂魄妖夢と距離を取り、打ち合う数を減らしながら、視界の端で大型獣の動きを捉える。体力以上に集中力・精神力を消耗し、時間の余裕もない中、打てる手は限られている。
(だったら、今とるべき選択は――!)
迷っている暇はない。俺は意を決して足を蹴り出し、魂魄妖夢へと一直線に突っ込んでいった。
1週間後とはいったいなんだったのか……。
いや、本当にすみません。ここにきて仕事が忙しいどころの騒ぎではなくなり、モノを書ける体力がなくなっていました(今も潤沢にあるわけではありませんが)。
しばらくは「1週間後の投稿を目標にしつつも遅れるかもしれない」が続くと思いますが、生暖かい目で見守り続けていただけると大変うれしく思います。
モノを書く体力はないくせに適当なことを書きまくっているTwitterアカウントはこちら(https://twitter.com/shiryu_tcg)です。