とある風紀委員の日常   作:にしんそば

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序章
第1話


 

 

 

 

 

 人間は神になれるだろうか。

 

 そんな問いかけに、人は何と答えるだろう。

 

 なれると願うか、無理だと笑うか。それとも、自分がそれに成り代わろうとするだろうか。

 

 仮に神になったとして、何をするのか。そこまでして、何を願うと言うのだろうか。

 

 分からない。分からないから、憧れる。

 だから人は、その憧れをこう名付けた。

 

神ならぬ身にて天上の意思に辿り着くもの(SYSTEM)』と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どこにでもある、狭くて薄暗い路地裏。

 そこを駆け抜けるのは前原(まえばら)将貴(しょうき)。普通の髪に、黒を基調としたブレザーの制服を着る学生だった。

 対して俺が追うのは、攻撃的な髪色とファッションに身を包んだ、俗に言う不良である。

 

「くそ、着いてくんじゃねぇよ!!」

 

 不良が曲がり角に消える。それを追って角を曲がると、木刀を振りかぶった男が、敵意剥き出しで俺を出迎えた。とっさに柄を掴み、空いた手で男の鳩尾に拳を叩き込む。

 ドゴッ!!と鈍い音が響き、男が膝から崩れ落ちた。

 

「テメェ!!」

 

 さらにその後ろから、激情に駆られた男が鉄パイプが振り下ろす。仲間もろとも殴るような一撃に、とっさに手を広げる。

 振り下ろされた鉄パイプを、受け流すならともかく、手で受け止めるのは、常識的に考えて難しい。

 

 ()()()()()()()。 

 

「──え」

 

 ガギンッ!!と。氷塊がぶつかるような音がした。

 鉄パイプが痛烈に弾かれて、路地裏の奥へ飛んでいく。何が起きたのか分からず、呆然とする男の顎を、俺は裏拳で撫で切った。男は白目を剥き、その場に崩れ落ちる。

 

「確保」

 

 男が動かないのを見届けて、俺は次に向かった。入り組んだ路地裏を走っていくと、そこには俺と同じ黒い制服の少女、その後ろ姿が見えた。

 

「涼乃、もう終わったか?」

「あ、将貴」

 

 俺の声に反応し、呼ばれた少女──中村(なかむら)涼乃(すずの)が破顔した。肩にかかる薄茶色の髪に、白い髪留めが似合う女の子だ。

 

 ただし、その足元には、涼乃よりひと回り大きな男たちが何人も転がっていた。

 

「そっちも終わった?」

「ああ、涼乃が無事でよかった」

「通報にあった、路地裏に連れ込まれたっていう女性は無事?」

「入口に待たせてるよ」

 

 華奢な女の子が大男を制圧するという、およそ考えられない結果に、しかし何も思わない。

 涼乃に──この街において、腕力による力関係なんて、大した意味をなさないのだ。

 

 『学園都市』

 

 東京の西部を切り拓いて築かれた、外部を壁で囲んだ円形の街である。この街では、外部より数十年は進んだ科学技術が運用されており、科学の総本山と呼ばれていた。

 さらに人工的な『能力開発』にも成功しており、人口230万のうち、8割を占める学生が、日々『頭の開発』に取り組んでいるという、『異能の街』でもあった。

 

「これだけの人数を圧倒するとは、流石だな。涼乃」

「どうってことないよ。むしろ格闘術だけで倒せる将貴の方がすごいからね」

「いや、今回は少し危なかった。『能力』があって助かったよ」

 

 学園都市の真骨頂、超能力。ここに住む学生は、みな1人ひとつ能力を持ち、それを使いながら生活を送っていた。科学に反するチカラを科学で証明するなど、なんとも皮肉なことだ。

 

 そして、俺の能力名は『全反射(ハーモニクス)』。

 触れたものをすべて跳ね返すという、シンプルだが説明のできない『異能の力』である。

 

「相変わらず便利な力だね」

「涼乃には負けるよ。今回もそれで制圧したんだろ?」

「まあね」

 

 能力者の街と言っても、所詮学生は学生。その能力に酔い、弱者に振るう原始的な不良──武装無能力者集団(スキルアウト)は消えない。

 

 だからこそ、俺達のような治安維持組織──風紀委員(ジャッジメント)がいるのだ。

 

「風紀委員です。お怪我はありませんか」

「え……は、はい。大丈夫です」

 

 路地裏の入口に向かい、不良の被害に遭っていた少女と対面する。

 毛先を結んだ鴇色の髪に、鳩のブローチが光る水色の帽子。眼鏡をしても隠しきれない端麗な顔に、思わず息を呑んだ。

 

「今後は気を付けてくださいね。最新のセキュリティと言っても、ああいった輩は消えませんので」

「わ、分かりました。ありがとうございます」

「では、また」

 

 応援に来た警備員(アンチスキル)と合流し、スキルアウトを引渡す。それが済めば俺達は用済みなので、さっさと退散するほかない。

 

「はあ。最近こういうの多いな」

「ちょっと休んでく?いつもの公園でさ」

「お、いいね。かき氷でも食おうか」

「やった」

 

 嬉しそうにはにかむ涼乃に、俺は思わず目を逸らした。不意打ちでこういう表情はずるい、と思わなくもない。俺は逃げるように足早になり、さっさと目的の公園へと向かった。

 

 その公園は、街中にありながら比較的広く、同学区に住む人々の憩いの場となっていた。空は青く澄んで、木々は生き生きと映えている。ちゅんちゅんと、遠くで小鳥の囀りが聴こえた。

 

「きぃぃぃいいいっっ!!」

 

 そしてそれを掻き消す、変態女の金切り声も。

 地面に頭を叩きつける不審者に、俺は冷ややかな視線を向ける。隣を見ると、いつも笑顔の涼乃でさえ、なんとも言えない苦笑いを浮かべていた。

 

「……アレ、黒子ちゃんなの?」

「……多分」

 

 なにより悲しいのが、その不審者が知り合いであったことだ。見慣れた制服に茶色のツインテール、鈴のような声からしても、残念なことに間違いない。

 後輩の白井(しらい)黒子(くろこ)だ。

 

「あ、前原さんに中村さん。こんにちは」

「え?えーと……こ、こんにちは?」

 

 立ち尽くしていると、近くのベンチに座っていた少女から声をかけられた。これもまた知っている顔であり、学園都市なら誰もが知る有名人だった。

 

 御坂(みさか)美琴(みこと)

 ここ、学園都市でも最高位である超能力者(レベル5)、その第三位に君臨するトンデモ少女だ。常盤台(ときわだい)中学という超お嬢様のエースにして、白井(あのバカ)に熱烈な愛を向けられる悲しき少女でもある。

 

「久しぶりだな、御坂」

「久しぶり。それと……」

「あ、さ、佐天(さてん)涙子(るいこ)っていいます!御坂さんと白井さんの友達やらしていただいてます!」

 

 隣に座っていた黒髪の少女が、勢いよく挨拶する。その勢いで手元のかき氷がこぼれたが、それには気付いてないらしい。

 

「中村涼乃です。よろしくね」

「前原将貴です。よろし──」

「どうして、どうしてわたくしはっ!!」

 

 俺の自己紹介が掻き消され、微妙な空気になる。触れては負けだと無視してきたが、そろそろ白井(あのバカ)を止めねばなるまい。

 

「白井。ここで何してんだ」

「……?なんだ、前原さんですか。何の用ですの?」

「不審者がいたら声かけるだろ普通」

「わたくしの事を言ってますの?」

「それ以外に聞こえるか?」

「は?」

「よくその顔できるねキミ」

 

 ぎろり、と白井が睨んでくるが、どう見ても俺が正しいと思う。話しかけてやっただけありがたいと思え。

 

「白井さんを相手に……」

「あの2人はいつもあんな感じだよ」

「逆に仲良いですよね」

 

 外野の言葉に吐き気がしたのか、ケッと白井が吐き捨てた。仮にもお嬢様学校の生徒がこんなのでいいのか。

 

「つーかお前、頼んでた報告書は出来てんだろうな。締切は昨日のはずだが」

「……お姉様とのデートが忙しくて」

「ちょっと黒子、アンタが勝手に着いてきただけでしょうが。私を巻き込まないでよ」

 

 御坂がそう文句を言うと、白井は劇画っぽい表情のまま固まった。デートを否定されたのが余程ショックだったらしい。

 

「……今日中に提出しとけよ。期末報告書もあるんだから」

「ちっ、分かってますわよ。グチグチうるさいですわね」

「仮にも先輩だよ俺?」

 

 ぐぎぎぎ、と白井の頭を鷲掴みにすると、白井が俺の腹を何度もなぐってきた。後輩に能力を使うわけもなく、普通に痛い。しかし生意気な奴だが、逆にいつも通りで安心する。

 

「なんか白井さん、前原さん相手だとだいぶ砕けてますね。兄妹みたい」

「佐天さん、そのような戯言は二度と口にしないでくださいまし。気色悪いのですの」

「そーだぞ。こんな変態ツインテール不審者と一緒にしないでくれ」

「は?」

「ああん?」

 

 その様子を見て、佐天さんがけらけらと笑う。涼乃はかき氷を両手に、呆れた様子で仲裁に入った。

 

「はい、将貴。りんご味でよかったよね」

「ああ涼乃、ありがとう。いくらだった?」

「いいよ別に。奢ってあげる」

 

 涼乃からりんごのかき氷を貰い、並んでベンチに座る。チラリと隣を見ると、想像以上に冷たかったのか、目を瞑ってぶるりと震える涼乃がいて、思わず笑ってしまった。

 

 この横顔をずっと見ていたいと思う。

 

 今日のような日々が続けば良いと思う。

 

 こんなとりとめもない日常が、どうしようもなく(とうと)くて、心地好いのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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