第1話
人間は神になれるだろうか。
そんな問いかけに、人は何と答えるだろう。
なれると願うか、無理だと笑うか。それとも、自分がそれに成り代わろうとするだろうか。
仮に神になったとして、何をするのか。そこまでして、何を願うと言うのだろうか。
分からない。分からないから、憧れる。
だから人は、その憧れをこう名付けた。
『
*
どこにでもある、狭くて薄暗い路地裏。
そこを駆け抜けるのは
対して俺が追うのは、攻撃的な髪色とファッションに身を包んだ、俗に言う不良である。
「くそ、着いてくんじゃねぇよ!!」
不良が曲がり角に消える。それを追って角を曲がると、木刀を振りかぶった男が、敵意剥き出しで俺を出迎えた。とっさに柄を掴み、空いた手で男の鳩尾に拳を叩き込む。
ドゴッ!!と鈍い音が響き、男が膝から崩れ落ちた。
「テメェ!!」
さらにその後ろから、激情に駆られた男が鉄パイプが振り下ろす。仲間もろとも殴るような一撃に、とっさに手を広げる。
振り下ろされた鉄パイプを、受け流すならともかく、手で受け止めるのは、常識的に考えて難しい。
「──え」
ガギンッ!!と。氷塊がぶつかるような音がした。
鉄パイプが痛烈に弾かれて、路地裏の奥へ飛んでいく。何が起きたのか分からず、呆然とする男の顎を、俺は裏拳で撫で切った。男は白目を剥き、その場に崩れ落ちる。
「確保」
男が動かないのを見届けて、俺は次に向かった。入り組んだ路地裏を走っていくと、そこには俺と同じ黒い制服の少女、その後ろ姿が見えた。
「涼乃、もう終わったか?」
「あ、将貴」
俺の声に反応し、呼ばれた少女──
ただし、その足元には、涼乃よりひと回り大きな男たちが何人も転がっていた。
「そっちも終わった?」
「ああ、涼乃が無事でよかった」
「通報にあった、路地裏に連れ込まれたっていう女性は無事?」
「入口に待たせてるよ」
華奢な女の子が大男を制圧するという、およそ考えられない結果に、しかし何も思わない。
涼乃に──この街において、腕力による力関係なんて、大した意味をなさないのだ。
『学園都市』
東京の西部を切り拓いて築かれた、外部を壁で囲んだ円形の街である。この街では、外部より数十年は進んだ科学技術が運用されており、科学の総本山と呼ばれていた。
さらに人工的な『能力開発』にも成功しており、人口230万のうち、8割を占める学生が、日々『頭の開発』に取り組んでいるという、『異能の街』でもあった。
「これだけの人数を圧倒するとは、流石だな。涼乃」
「どうってことないよ。むしろ格闘術だけで倒せる将貴の方がすごいからね」
「いや、今回は少し危なかった。『能力』があって助かったよ」
学園都市の真骨頂、超能力。ここに住む学生は、みな1人ひとつ能力を持ち、それを使いながら生活を送っていた。科学に反するチカラを科学で証明するなど、なんとも皮肉なことだ。
そして、俺の能力名は『
触れたものをすべて跳ね返すという、シンプルだが説明のできない『異能の力』である。
「相変わらず便利な力だね」
「涼乃には負けるよ。今回もそれで制圧したんだろ?」
「まあね」
能力者の街と言っても、所詮学生は学生。その能力に酔い、弱者に振るう原始的な不良──
だからこそ、俺達のような治安維持組織──
「風紀委員です。お怪我はありませんか」
「え……は、はい。大丈夫です」
路地裏の入口に向かい、不良の被害に遭っていた少女と対面する。
毛先を結んだ鴇色の髪に、鳩のブローチが光る水色の帽子。眼鏡をしても隠しきれない端麗な顔に、思わず息を呑んだ。
「今後は気を付けてくださいね。最新のセキュリティと言っても、ああいった輩は消えませんので」
「わ、分かりました。ありがとうございます」
「では、また」
応援に来た
「はあ。最近こういうの多いな」
「ちょっと休んでく?いつもの公園でさ」
「お、いいね。かき氷でも食おうか」
「やった」
嬉しそうにはにかむ涼乃に、俺は思わず目を逸らした。不意打ちでこういう表情はずるい、と思わなくもない。俺は逃げるように足早になり、さっさと目的の公園へと向かった。
その公園は、街中にありながら比較的広く、同学区に住む人々の憩いの場となっていた。空は青く澄んで、木々は生き生きと映えている。ちゅんちゅんと、遠くで小鳥の囀りが聴こえた。
「きぃぃぃいいいっっ!!」
そしてそれを掻き消す、変態女の金切り声も。
地面に頭を叩きつける不審者に、俺は冷ややかな視線を向ける。隣を見ると、いつも笑顔の涼乃でさえ、なんとも言えない苦笑いを浮かべていた。
「……アレ、黒子ちゃんなの?」
「……多分」
なにより悲しいのが、その不審者が知り合いであったことだ。見慣れた制服に茶色のツインテール、鈴のような声からしても、残念なことに間違いない。
後輩の
「あ、前原さんに中村さん。こんにちは」
「え?えーと……こ、こんにちは?」
立ち尽くしていると、近くのベンチに座っていた少女から声をかけられた。これもまた知っている顔であり、学園都市なら誰もが知る有名人だった。
ここ、学園都市でも最高位である
「久しぶりだな、御坂」
「久しぶり。それと……」
「あ、さ、
隣に座っていた黒髪の少女が、勢いよく挨拶する。その勢いで手元のかき氷がこぼれたが、それには気付いてないらしい。
「中村涼乃です。よろしくね」
「前原将貴です。よろし──」
「どうして、どうしてわたくしはっ!!」
俺の自己紹介が掻き消され、微妙な空気になる。触れては負けだと無視してきたが、そろそろ
「白井。ここで何してんだ」
「……?なんだ、前原さんですか。何の用ですの?」
「不審者がいたら声かけるだろ普通」
「わたくしの事を言ってますの?」
「それ以外に聞こえるか?」
「は?」
「よくその顔できるねキミ」
ぎろり、と白井が睨んでくるが、どう見ても俺が正しいと思う。話しかけてやっただけありがたいと思え。
「白井さんを相手に……」
「あの2人はいつもあんな感じだよ」
「逆に仲良いですよね」
外野の言葉に吐き気がしたのか、ケッと白井が吐き捨てた。仮にもお嬢様学校の生徒がこんなのでいいのか。
「つーかお前、頼んでた報告書は出来てんだろうな。締切は昨日のはずだが」
「……お姉様とのデートが忙しくて」
「ちょっと黒子、アンタが勝手に着いてきただけでしょうが。私を巻き込まないでよ」
御坂がそう文句を言うと、白井は劇画っぽい表情のまま固まった。デートを否定されたのが余程ショックだったらしい。
「……今日中に提出しとけよ。期末報告書もあるんだから」
「ちっ、分かってますわよ。グチグチうるさいですわね」
「仮にも先輩だよ俺?」
ぐぎぎぎ、と白井の頭を鷲掴みにすると、白井が俺の腹を何度もなぐってきた。後輩に能力を使うわけもなく、普通に痛い。しかし生意気な奴だが、逆にいつも通りで安心する。
「なんか白井さん、前原さん相手だとだいぶ砕けてますね。兄妹みたい」
「佐天さん、そのような戯言は二度と口にしないでくださいまし。気色悪いのですの」
「そーだぞ。こんな変態ツインテール不審者と一緒にしないでくれ」
「は?」
「ああん?」
その様子を見て、佐天さんがけらけらと笑う。涼乃はかき氷を両手に、呆れた様子で仲裁に入った。
「はい、将貴。りんご味でよかったよね」
「ああ涼乃、ありがとう。いくらだった?」
「いいよ別に。奢ってあげる」
涼乃からりんごのかき氷を貰い、並んでベンチに座る。チラリと隣を見ると、想像以上に冷たかったのか、目を瞑ってぶるりと震える涼乃がいて、思わず笑ってしまった。
この横顔をずっと見ていたいと思う。
今日のような日々が続けば良いと思う。
こんなとりとめもない日常が、どうしようもなく