灰色の砂埃が巻き上がり、青く澄んだキャンパスを不規則に汚していく。その様は何故か壮観で、感嘆するに相応しい迫力があった。
「………」
「………」
その中心に立っていながら、しかし前原将貴は見向きもしない。目の前の存在があまりに不気味で、動くことすらできなかった。
「(なんだ、あの余裕……)」
今すぐにでも木山を確保したいが、どうにも警戒感が拭えない。
戦場と化しているのに、何故木山はあんなに落ち着いている。そもそもこの惨状は何だ。その紅い瞳は何なのだ。
「……木山春生。貴女を
「ほう」
絞り出したその声に、木山は感心したように俺を見た。その紅い瞳には、周りの景色など何も映っていない。
「この状況を見てまだそんな事が言えるのか。見上げた精神だな」
「……投降する気は?」
「無いと言ったら?」
「驚きはしません」
木山は右手を顎に当て、わざとらしく考えるポーズをとる。分かりきった問いを敢えて聞いてくるのは、俺の反応を見て楽しんでいるからだろうか。
「………」
「ん?ああ。なに、案ずるな。誰も死んではいない。少し意識を奪っただけだ」
「……何を、したんですか?」
「大したことはしてないさ」
倒れる
「口で言うより見せた方が早い。百聞は一見にしかずと言うしな」
「……?」
そう言って、木山は手を銃の形にして、指先を俺に向けた。
俺の頭の中で、疑問符が量産される。無理に落ち着かせようとしたが、気味の悪い疑念は増える一方だ。
「……無駄な抵抗は止めてください」
「無駄かどうかは、これを見てから決めたまえ」
緩やかだった風が少し強くなり、やがて目を覆うほどに強くなる。錯覚だと思うが、それは木山の指を中心に渦巻いているように見えた。
「
その言葉の直後。
俺の体に、雪崩のような風が直撃した。視界と思考のすべてが歪み、体が重力から解放された。
「――がばぁっ!!」
野球ボールのように地面を転がり、高速道路の壁に激突する。転がった痛みが一気に押し寄せ、全身に熱湯がかけられたように熱くなる。
「あ、あがっ!!ぐぅぅ……!!」
視界と上下感覚が正常に戻るが、立ち上がる余裕は無かった。というより、あまりの痛みと困惑で、思考が上手く纏まらなかった。
「すまない。少し強すぎたかな。大丈夫か?」
「ぐ…………いま、のは?」
「ああ、初めての割には上手くいったよ」
ゆっくり立ち上がると、木山はいつの間にか近くにいた。木山は俺を横目に、感触を確かめるように手を開閉させている。
「そうだな。
「……そんな事、聞いてない」
「?」
「アンタ……能力者だったのか……!?」
木山の言葉を切って、俺は声を荒らげて問いかけた。否定してほしい、という望みをどこかに含んで。
能力開発とは、学校の『
「その答えでは50点だ。正確には『能力者になった』かな」
「……幻想御手か」
「副産物にすぎないがね」
先ほどの攻撃は、恐らく
「(いや……考えるしかない。目の前で見せつけられたんだぞ。認めろ)」
その上で、もっと柔軟な思考になるしかない。
白井は言っていた。『今の木山は、1人で1万人の脳を使役できるかもしれない』と。
「……幻想御手使用者の演算力とパターンを以て、能力を再現した、のか?」
「ふむ。まあ合格だ」
「………」
「ご褒美だ。もう1つ面白いものを見せてやろう」
思考は既に飽和を迎えているが、情報の荒波は止まらない。木山は誇示するように両手を横に広げた。それ自体は別にいい。
だが、その両手から炎と風が生み出されたのなら、それは異常なんて言葉では済まない。
「……え」
「
一字一句同じ言葉で、木山は再度警告する。しかし動けない。ただ、凄まじい風と風切り音が、それが事実であることを雄弁に語っていた。
「
世界最高の科学力を持つ学園都市は、常に数多くの疑問や謎に迫り、解明に導いてきた。しかし、それでも実現不可能と結論付けたものはいくつかある。
その1つが
文字通り、1人で複数の能力を扱える能力者のことだ。理論は完成したものの、脳への負担があまりに甚大で、実現は到底不可能とされていたものだ。
脳の容量など、対策以前の問題だ。人間である以上、どうしようもない壁のはずだ。
しかし木山は、その壁を容易く打ち砕く。
「ぐっ……!」
左手を前に突き出して、飛んできた雷撃の槍を、避雷針のように掻き消す。しかし反射の上限を超えたのか、ナイフで刺されたような痛みが左手に走った。
しかし、それを呻く暇などない。
「クソがァッ!!」
風の鎌を躱し、氷の弾丸を体を捻って強引に避ける。そうして何とかスペースを確保するが、木山の追撃は止まらない。
学生以外の能力者というだけで異常なのに、さらに多重能力者とか、どんなチートだろうか。
「その呼称は適切ではないな」
遮るように木山が告げる。口にも出していない、何となく思っただけの疑問に対して、正確な答えを述べていく。
「私のこれは多重能力者とは理論が違う。言うなら
「
大前提として、能力は1人1つである。
当然、その能力に合った戦い方があり、対抗策が存在する。どれだけの応用性があろうと、基盤となる能力が判明していれば、自ずと手は見えてくるものだ。
だが、木山春生には
「らァッ!!」
大きな瓦礫を掴み、重力を反射させて思いきり投げつける。人の体など強引に砕く一撃に、しかし木山は動かない。窓のブラインドをずらすように、指を動かすだけだ。
それだけで、触れてもいない瓦礫が、紙くずのように吹き飛んだ。
「ちっ」
「どうした。まさかこの程度ではあるまい」
ここで初めて、木山が動いた。何かをするためではなく、単に動かないことに飽きたように。
「……それにしても、君の能力はどうなっているんだろうね」
「……そう言えば、何で俺の能力を?話した覚えはありませんが」
「かつて上司から聞いたのさ。面白い子がいるってね」
頼んでもない木山は独り語りを始めた。口に出すことで、自身で確認してるみたいだ。
「君の能力である
「あ?」
「しかし、君にベクトル操作は出来ない。それは何故かな?」
「答える義務があるとでも?」
「答えなくても構わないさ」
ちっ、と舌打ちする。精神感応があるなら、問いかけを聞いた時点でもう遅かった。聞かれたら嫌でも考えてしまうし、木山はそれを読み解くのだから。
俺は確かに第一位と同じ『反射』がある。
しかし、ベクトル操作はできない。加えて、『反射できる力の上限』も存在する。
答えは明白だ。俺の能力が、第一位の完全下位互換だからである。
「ふむ。『
「……それより、初春はどうしました?」
「花飾りの子か?安心してくれ。何もしていないよ」
「………」
「信用できないかい?なら先ほどの場所にある車を見て来るといい。それぐらいは待つよ」
「……いえ、結構です」
不思議なことに、木山の冷淡な言葉は、俺の頭をゆっくりと冷やしていった。やがてそれは、氷細工を削り落とすように、頭の中で本当の目的を浮き彫りにさせていく。
「……アンタをぶっ飛ばしてから、ゆっくりと確認させてもらいますよ」
「……ようやくやる気になったか。それでこそ実験のやり甲斐がある」
「実験には失敗が付きものですからね」
「成功するまでやるのが科学者というものだよ」
互いに目を細めて、睨み合う。より好戦的に、より好奇的に。皮膚が切れるような沈黙が、そのまましばらく続いた、直後。
タンッと、木山のヒールが地面を叩いた。その瞬間、俺の足元から、間欠泉のように炎の壁が噴き出した。
「――ッ!!?」
「能力だけでなく、運動神経も良いようだな。優秀じゃないか」
強固なアスファルトがバターのように断ち切られ、溶け出した切断面がオレンジ色に光っている。
いくら啖呵を切ろうと、戦力差が埋まる訳ではない。一撃が致命傷になるこの状況で、攻撃パターンが絞り込めないのはキツいハンデだ。
「……出し惜しみして勝てる相手ではない、か」
「……?」
「ならば、こういうのはどうだ?」
木山が白衣のポケットから両手を出した。その手首には、青白く光る腕輪が巻かれている。それは土星の輪のように手首を取り囲み、支えが無くとも自然と収束していく。まるで、それが本来の形であるかのように。
「構えろ、とは言わない」
「は?」
「
その言葉が届くのほぼ同時に、木山自身が一気に肉薄した。とっさに反射を使うが、そこに木山の姿は無い。
「どこに――」
「ここだよ」
真上から響いたその声は、俺に届くことはなかった。それより前に到達した大破壊が、視界も、思考も、全てを埋め尽くした。
*
「(これでどうだ?死んではいないだろうが、戦闘不能ぐらいなら……)」
巨人が踏み抜いたような大穴に、木山春生は舞い降りた。ふわりと白衣を靡かせ、音もなく着地する。
「っっぶはぁっ!!ゴホッ!!ゲホッ!!」
「おっと」
砂を吸い込んだのか、黒い制服の
「(恐ろしいな。今のは一応、とっておきというやつだったんだが)」
「今のは……
「ご名答。良い観察眼を持ってるじゃないか」
私は素直に驚き、小さな拍手送った。まるで、テストで良い点をとった子を褒めるように。
今の一撃は、本当にただの念動力だ。小細工を犠牲にして生み出した、完全なる力技だ。
しかし彼は、真っ正面からそれを受け止めて、なお立ち上がってくる。
「ッぅ……!!」
「……ん?どうした?」
立ち上がった前原君が、急に頭を抱えて、絞り出すような悲鳴を上げる。必死に痛みを我慢しているのか、腕や首筋に血管が浮かんでいた。
だがそれでも、その視線は私を捉えて離さない。
「……もう、止めにしないか?」
「……あ?」
その瞳に、私は思わず本音を口にした。前原君は私を見て、ゆっくりと眉を歪める。言葉遣いも荒いが、それには気付いていないようだ。
「……何、言ってんだよ」
「そのままの意味だよ。これ以上戦うのは止めよう」
「ふざけんな。舐めんのも大概にしろ」
「舐めてなどいないさ。これ以上戦うことに、意味が無いからだよ」
目を閉じて、自身を正当化するように言葉を重ねる。そのことに、何の意味も無いことに気付きながら。
「私は調べ物をしたいだけなんだ。それが終われば、すぐに全員を解放する。約束しよう」
「調べ物……?そんなもんのために、1万の人を……涼乃を巻き込んだっつーのか」
「私にとっては大事な事なんだよ。分かってくれとは言わないが、否定はしないでほしいな」
前髪をかき上げながら、私は力強く告げた。
私の目的を『そんなもの』と呼ばれたことは腹が立ったが、何も知らない前原君を責めてもどうにもならない。
「こんな事をしなきゃ出来ない調べ物なんざ、禄なモンじゃない。そんなんしない方がマシだ」
「私を止めたいなら好きにするといい。だが、君に何が出来る?」
「アンタを止める。それだけだ」
ぴしゃりと、前原君は告げた。今までの戦いなど無かったかのように、その瞳には何の恐怖も宿っていない。
私は、物分りの悪い子に言い聞かせるように告げたつもりだった。これ以上戦っても勝てない、悪いことは言わないから諦めろ、と。
でも、何も届いていない。ここまでの力を見せつけて、何の意味も無かったのだ。
「(何なんだこの子は……何を、どれだけ思えばここまで……?)」
「?」
「……素直に諦めてほしかったが、仕方ない」
地面に触れて、瓦礫に埋もれる大量の金属片を、磁力で強引に掴み取る。すると、地面が爆発したように巻き上げられ、土砂のカーテンが一帯を覆い尽くした。
「ッ!!」
前原君は横に跳ねて、飛来する鋼の飛礫を次々と避ける。避けて、逸らして、跳ね返す。鼓膜を刺すような轟音が連続するが、そこに前原君の悲鳴は混ざらない。
「まだそこまで動けるのか……」
「――らァッ!!」
左腕を空に突き上げ、そこに十分な電圧を込めた雷撃を発生させた。電撃は空気を焦がし、青白く、鋭い光を放つそれは、もはや槍というより杭に近い。
「――!」
そうして放たれた雷撃の杭は、視界に太い残像を描きながら一直線に進み――――そのまま大きく逸れて、先ほどの金属片の山に吸い込まれた。空間を痺れさせるような音の中で、前原君が不敵に笑う。
「アンタだってもう限界なんじゃねーか?さっきのが避雷針になるって、小学生でも分かるぞ」
「……すまない」
挑発するような前原君の問いに、ふと、そんな言葉が漏れた。
問いの答えとしては、あまりにかけ離れたものだと思う。しかし、そう言わずにはいられなかった。
「今のはフェイクなんだ」
その瞬間。
目の前で、眼球が叩かれるような光の爆発が起きた。前原君の声は一瞬で掻き消され、その体が蝋人形のように吹き飛ばされる。
「………」
乾いた音をたてながら、前原君は抵抗も無く落下し、地面に突っ伏した。爆発が収まっても、その体は動かなかった。
ぴくりとも、動かなかった。