とある風紀委員の日常   作:にしんそば

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第10話

 

 

 

 

 

 灰色の砂埃が巻き上がり、青く澄んだキャンパスを不規則に汚していく。その様は何故か壮観で、感嘆するに相応しい迫力があった。

 

「………」

「………」

 

 その中心に立っていながら、しかし前原将貴は見向きもしない。目の前の存在があまりに不気味で、動くことすらできなかった。

 

「(なんだ、あの余裕……)」

 

 今すぐにでも木山を確保したいが、どうにも警戒感が拭えない。

 戦場と化しているのに、何故木山はあんなに落ち着いている。そもそもこの惨状は何だ。その紅い瞳は何なのだ。

 

「……木山春生。貴女を幻想御手(レベルアッパー)事件の容疑者として拘束します」

「ほう」

 

 絞り出したその声に、木山は感心したように俺を見た。その紅い瞳には、周りの景色など何も映っていない。

 

「この状況を見てまだそんな事が言えるのか。見上げた精神だな」

「……投降する気は?」

「無いと言ったら?」

「驚きはしません」

 

 木山は右手を顎に当て、わざとらしく考えるポーズをとる。分かりきった問いを敢えて聞いてくるのは、俺の反応を見て楽しんでいるからだろうか。

 

「………」

「ん?ああ。なに、案ずるな。誰も死んではいない。少し意識を奪っただけだ」

「……何を、したんですか?」

「大したことはしてないさ」

 

 倒れる警備員(アンチスキル)を見る限り、それなりの重装備であることが伺える。木山の腰に拳銃が1丁見えるが、あんなオモチャでは、この惨状は作れない。

 

「口で言うより見せた方が早い。百聞は一見にしかずと言うしな」

「……?」

 

 そう言って、木山は手を銃の形にして、指先を俺に向けた。

 俺の頭の中で、疑問符が量産される。無理に落ち着かせようとしたが、気味の悪い疑念は増える一方だ。

 

「……無駄な抵抗は止めてください」

「無駄かどうかは、これを見てから決めたまえ」

 

 緩やかだった風が少し強くなり、やがて目を覆うほどに強くなる。錯覚だと思うが、それは木山の指を中心に渦巻いているように見えた。

 

()()()

 

 その言葉の直後。

 俺の体に、雪崩のような風が直撃した。視界と思考のすべてが歪み、体が重力から解放された。

 

「――がばぁっ!!」

 

 野球ボールのように地面を転がり、高速道路の壁に激突する。転がった痛みが一気に押し寄せ、全身に熱湯がかけられたように熱くなる。

 

「あ、あがっ!!ぐぅぅ……!!」

 

 視界と上下感覚が正常に戻るが、立ち上がる余裕は無かった。というより、あまりの痛みと困惑で、思考が上手く纏まらなかった。

 

「すまない。少し強すぎたかな。大丈夫か?」

「ぐ…………いま、のは?」

「ああ、初めての割には上手くいったよ」

 

 ゆっくり立ち上がると、木山はいつの間にか近くにいた。木山は俺を横目に、感触を確かめるように手を開閉させている。

 

「そうだな。空気銃(エアロブラスト)とでも呼ぼうか。風の渦を生み出して強引に圧縮、そこに意図的に穴を開けることで――」

「……そんな事、聞いてない」

「?」

「アンタ……能力者だったのか……!?」

 

 木山の言葉を切って、俺は声を荒らげて問いかけた。否定してほしい、という望みをどこかに含んで。

 

 能力開発とは、学校の『時間割(カリキュラム)』――言わば教育の一貫なのだ。当然、受けるのは生徒しかいない。つまり学園都市では、学生以外の能力者は存在しないはずなのだ。

 

「その答えでは50点だ。正確には『能力者になった』かな」

「……幻想御手か」

「副産物にすぎないがね」

 

 先ほどの攻撃は、恐らく空力使い(エアロハンド)だろうが、下手すると大能力者(レベル4)クラスの破壊力だった。木山個人が、そこまでの力を持った……とは考えにくい。

 

「(いや……考えるしかない。目の前で見せつけられたんだぞ。認めろ)」

 

 その上で、もっと柔軟な思考になるしかない。

 白井は言っていた。『今の木山は、1人で1万人の脳を使役できるかもしれない』と。

 

「……幻想御手使用者の演算力とパターンを以て、能力を再現した、のか?」

「ふむ。まあ合格だ」

「………」

「ご褒美だ。もう1つ面白いものを見せてやろう」

 

 思考は既に飽和を迎えているが、情報の荒波は止まらない。木山は誇示するように両手を横に広げた。それ自体は別にいい。

 だが、その両手から炎と風が生み出されたのなら、それは異常なんて言葉では済まない。

 

「……え」

()()()

 

 一字一句同じ言葉で、木山は再度警告する。しかし動けない。ただ、凄まじい風と風切り音が、それが事実であることを雄弁に語っていた。

 

多重能力者(デュアルスキル)、だと……!?」

 

 世界最高の科学力を持つ学園都市は、常に数多くの疑問や謎に迫り、解明に導いてきた。しかし、それでも実現不可能と結論付けたものはいくつかある。

 その1つが多重能力者(デュアルスキル)だ。

 文字通り、1人で複数の能力を扱える能力者のことだ。理論は完成したものの、脳への負担があまりに甚大で、実現は到底不可能とされていたものだ。

 脳の容量など、対策以前の問題だ。人間である以上、どうしようもない壁のはずだ。

 

 しかし木山は、その壁を容易く打ち砕く。

 

「ぐっ……!」

 

 左手を前に突き出して、飛んできた雷撃の槍を、避雷針のように掻き消す。しかし反射の上限を超えたのか、ナイフで刺されたような痛みが左手に走った。

 しかし、それを呻く暇などない。

 

「クソがァッ!!」

 

 風の鎌を躱し、氷の弾丸を体を捻って強引に避ける。そうして何とかスペースを確保するが、木山の追撃は止まらない。

 学生以外の能力者というだけで異常なのに、さらに多重能力者とか、どんなチートだろうか。

 

「その呼称は適切ではないな」

 

 遮るように木山が告げる。口にも出していない、何となく思っただけの疑問に対して、正確な答えを述べていく。

 

「私のこれは多重能力者とは理論が違う。言うなら多才能力者(マルチスキル)だ」

精神感応(テレパス)か……!!」

 

 大前提として、能力は1人1つである。

 当然、その能力に合った戦い方があり、対抗策が存在する。どれだけの応用性があろうと、基盤となる能力が判明していれば、自ずと手は見えてくるものだ。

 だが、木山春生には大前提(それ)が無い。

 

「らァッ!!」

 

 大きな瓦礫を掴み、重力を反射させて思いきり投げつける。人の体など強引に砕く一撃に、しかし木山は動かない。窓のブラインドをずらすように、指を動かすだけだ。

 それだけで、触れてもいない瓦礫が、紙くずのように吹き飛んだ。

 

「ちっ」

「どうした。まさかこの程度ではあるまい」

 

 ここで初めて、木山が動いた。何かをするためではなく、単に動かないことに飽きたように。

 

「……それにしても、君の能力はどうなっているんだろうね」

「……そう言えば、何で俺の能力を?話した覚えはありませんが」

「かつて上司から聞いたのさ。面白い子がいるってね」

 

 頼んでもない木山は独り語りを始めた。口に出すことで、自身で確認してるみたいだ。

 

「君の能力である全反射(ハーモニクス)は、第一位と同じ『反射』を生み出す能力だ」

「あ?」

「しかし、君にベクトル操作は出来ない。それは何故かな?」

「答える義務があるとでも?」

「答えなくても構わないさ」

 

 ちっ、と舌打ちする。精神感応があるなら、問いかけを聞いた時点でもう遅かった。聞かれたら嫌でも考えてしまうし、木山はそれを読み解くのだから。

 

 俺は確かに第一位と同じ『反射』がある。

 しかし、ベクトル操作はできない。加えて、『反射できる力の上限』も存在する。

 答えは明白だ。俺の能力が、第一位の完全下位互換だからである。

 

「ふむ。『劣化版(リザーブ)』というやつか。その割にはどこか……」

「……それより、初春はどうしました?」

「花飾りの子か?安心してくれ。何もしていないよ」

「………」

「信用できないかい?なら先ほどの場所にある車を見て来るといい。それぐらいは待つよ」

「……いえ、結構です」

 

 不思議なことに、木山の冷淡な言葉は、俺の頭をゆっくりと冷やしていった。やがてそれは、氷細工を削り落とすように、頭の中で本当の目的を浮き彫りにさせていく。

 

「……アンタをぶっ飛ばしてから、ゆっくりと確認させてもらいますよ」

「……ようやくやる気になったか。それでこそ実験のやり甲斐がある」

「実験には失敗が付きものですからね」

「成功するまでやるのが科学者というものだよ」

 

 互いに目を細めて、睨み合う。より好戦的に、より好奇的に。皮膚が切れるような沈黙が、そのまましばらく続いた、直後。

 

 タンッと、木山のヒールが地面を叩いた。その瞬間、俺の足元から、間欠泉のように炎の壁が噴き出した。

 

「――ッ!!?」

「能力だけでなく、運動神経も良いようだな。優秀じゃないか」

 

 強固なアスファルトがバターのように断ち切られ、溶け出した切断面がオレンジ色に光っている。

 いくら啖呵を切ろうと、戦力差が埋まる訳ではない。一撃が致命傷になるこの状況で、攻撃パターンが絞り込めないのはキツいハンデだ。

 

「……出し惜しみして勝てる相手ではない、か」

「……?」

「ならば、こういうのはどうだ?」

 

 木山が白衣のポケットから両手を出した。その手首には、青白く光る腕輪が巻かれている。それは土星の輪のように手首を取り囲み、支えが無くとも自然と収束していく。まるで、それが本来の形であるかのように。

 

「構えろ、とは言わない」

「は?」

()()()()

 

 その言葉が届くのほぼ同時に、木山自身が一気に肉薄した。とっさに反射を使うが、そこに木山の姿は無い。

 

「どこに――」

「ここだよ」

 

 真上から響いたその声は、俺に届くことはなかった。それより前に到達した大破壊が、視界も、思考も、全てを埋め尽くした。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

「(これでどうだ?死んではいないだろうが、戦闘不能ぐらいなら……)」

 

 巨人が踏み抜いたような大穴に、木山春生は舞い降りた。ふわりと白衣を靡かせ、音もなく着地する。

 透視能力(クレアボヤンス)で辺りを見ると、土の下にそれらしき姿が確認できる。

 

「っっぶはぁっ!!ゴホッ!!ゲホッ!!」

「おっと」

 

 砂を吸い込んだのか、黒い制服の風紀委員(ジャッジメント)――前原君は、弾かれたように這い上がった。全身に傷を負っているが、どれも致命傷には至っていない。

 

「(恐ろしいな。今のは一応、とっておきというやつだったんだが)」

「今のは……念動力(サイコキネシス)……?」

「ご名答。良い観察眼を持ってるじゃないか」

 

 私は素直に驚き、小さな拍手送った。まるで、テストで良い点をとった子を褒めるように。

 

 今の一撃は、本当にただの念動力だ。小細工を犠牲にして生み出した、完全なる力技だ。

 しかし彼は、真っ正面からそれを受け止めて、なお立ち上がってくる。

 

「ッぅ……!!」

「……ん?どうした?」

 

 立ち上がった前原君が、急に頭を抱えて、絞り出すような悲鳴を上げる。必死に痛みを我慢しているのか、腕や首筋に血管が浮かんでいた。

 だがそれでも、その視線は私を捉えて離さない。

 

「……もう、止めにしないか?」

「……あ?」

 

 その瞳に、私は思わず本音を口にした。前原君は私を見て、ゆっくりと眉を歪める。言葉遣いも荒いが、それには気付いていないようだ。

 

「……何、言ってんだよ」

「そのままの意味だよ。これ以上戦うのは止めよう」

「ふざけんな。舐めんのも大概にしろ」

「舐めてなどいないさ。これ以上戦うことに、意味が無いからだよ」

 

 目を閉じて、自身を正当化するように言葉を重ねる。そのことに、何の意味も無いことに気付きながら。

 

「私は調べ物をしたいだけなんだ。それが終われば、すぐに全員を解放する。約束しよう」

「調べ物……?そんなもんのために、1万の人を……涼乃を巻き込んだっつーのか」

「私にとっては大事な事なんだよ。分かってくれとは言わないが、否定はしないでほしいな」

 

 前髪をかき上げながら、私は力強く告げた。

 私の目的を『そんなもの』と呼ばれたことは腹が立ったが、何も知らない前原君を責めてもどうにもならない。

 

「こんな事をしなきゃ出来ない調べ物なんざ、禄なモンじゃない。そんなんしない方がマシだ」

「私を止めたいなら好きにするといい。だが、君に何が出来る?」

「アンタを止める。それだけだ」

 

 ぴしゃりと、前原君は告げた。今までの戦いなど無かったかのように、その瞳には何の恐怖も宿っていない。

 

 私は、物分りの悪い子に言い聞かせるように告げたつもりだった。これ以上戦っても勝てない、悪いことは言わないから諦めろ、と。

 でも、何も届いていない。ここまでの力を見せつけて、何の意味も無かったのだ。

 

「(何なんだこの子は……何を、どれだけ思えばここまで……?)」

「?」

「……素直に諦めてほしかったが、仕方ない」

 

 地面に触れて、瓦礫に埋もれる大量の金属片を、磁力で強引に掴み取る。すると、地面が爆発したように巻き上げられ、土砂のカーテンが一帯を覆い尽くした。

 

「ッ!!」

 

 前原君は横に跳ねて、飛来する鋼の飛礫を次々と避ける。避けて、逸らして、跳ね返す。鼓膜を刺すような轟音が連続するが、そこに前原君の悲鳴は混ざらない。

 

「まだそこまで動けるのか……」

「――らァッ!!」

 

 左腕を空に突き上げ、そこに十分な電圧を込めた雷撃を発生させた。電撃は空気を焦がし、青白く、鋭い光を放つそれは、もはや槍というより杭に近い。

 

「――!」

 

 そうして放たれた雷撃の杭は、視界に太い残像を描きながら一直線に進み――――そのまま大きく逸れて、先ほどの金属片の山に吸い込まれた。空間を痺れさせるような音の中で、前原君が不敵に笑う。

 

「アンタだってもう限界なんじゃねーか?さっきのが避雷針になるって、小学生でも分かるぞ」

「……すまない」

 

 挑発するような前原君の問いに、ふと、そんな言葉が漏れた。

 問いの答えとしては、あまりにかけ離れたものだと思う。しかし、そう言わずにはいられなかった。

 

「今のはフェイクなんだ」

 

 その瞬間。

 目の前で、眼球が叩かれるような光の爆発が起きた。前原君の声は一瞬で掻き消され、その体が蝋人形のように吹き飛ばされる。

 

「………」

 

 乾いた音をたてながら、前原君は抵抗も無く落下し、地面に突っ伏した。爆発が収まっても、その体は動かなかった。

 ぴくりとも、動かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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