とある風紀委員の日常   作:にしんそば

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第100話

 

 

 

 

 

 風紀委員(ジャッジメント)はもともと、学園都市の治安維持を目的として、統括理事会隷下に創られた組織だった。

 ゆえにトップの風紀委員長(No.1)は、必然的に統括理事会の直属となる。あらゆる権利を与えられ、あらゆる支配を強いられる義務を負うのだ。

 言うならば、傀儡国の君主。公に動ける手駒は、統括理事会にとっては貴重だった。もっとも、暗部に堕ちる者も少しはいたが。

 

 松浦奏は、そこに一石を投じた。

 

「特別なことは望まない」

 

 14歳。身長は141cm。能力は強能力者(レベル3)だが、殺傷力は皆無。

 そんな非力な少女が、静かに吠えた。

 

「暗部のことなんて知らない」

 

 その少女は彗星のごとく現れた。

 風紀委員加入から僅か半年で本部に異動し、もう半年で中枢の役員に選抜。2年も経つ頃には副委員長(No.2)にまで上り詰める、風紀委員の幼きエースだった。

 

「私たちは人。あなたたちも人。人は平等。それを目指さない組織は、人の手による転覆の運命を免れないだろう」

 

 前提として、彼女は暗部ではない。しかし『表』と言うには、暗部に近過ぎるのも確かだった。

 どこにも属さず、姿も見せないくせに、強烈な存在感だけは滲ませる――まさしくジョーカーだ。そんな統括理事会を嘲笑うかのように、彼女は堂々とこう宣言した。

 

「ゆえに、私たちは何人も支配しない。ゆえに、私たちは何人の支配も受けない」

 

 松浦奏は、学園都市すべての情報を掌握している――むろん誇張だろうが――と言われる。真偽はともかく、統括理事会すら、彼女に強く動けないのは事実だった。

 

「私たちは、暗部のいかなる部分にも干渉したことはなかったし、今後もそのつもりは無い」

 

 彼女がとった策はシンプルだ。

 各々が抱える、外部に出ては困る情報……『古傷』を探し出して、暗に提示したのだ――()()()()()()()()()()()()()()()

 

「私は悪意を憎まないが、悪意を選ぶ者を憎む。そして自由意思に任せたとき、自発的に悪意を選ぶ者は誰もいないと信じている」

 

 攻撃するならば、好きにするといい。こちらにはその用意がある。

 古傷を開示すれば、自然と同士討ちが始まる。同じメンバーでも、仲間意識とは縁遠い統括理事会の特徴を、彼女は理解していた。

 

 幸いなのは、彼女からの接触が無いことだろう。そんな毒には、こちらから近づくこともない。君子危うきに近寄らず、のとおりである。

 

「私たちの度重なる嘆願に対して、地を這う者は度重なる権利侵害で応えてきた。自由と秩序を掲げる風紀委員は、それを良しとする者を歓迎できない」

 

 ――というのは、言うは易しの典型であろう。暗部でもそう簡単に掴めない古傷を、片手間で、しかもメンバー全員にやってのける手腕は、異常のひと言に尽きる。

 

 そもそも、古傷に触れた時点で、普通ならば消されているはず。ならばなぜ彼女は無事なのか。

 答えはシンプルで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()である。

 

「学園都市における至上の審判者たる学生に対し、副委員長の使命のもとに、あえて宣誓しよう――」

 

 松浦奏は風紀委員。立場上、学園都市の『表』で起こる事件や事故は手に取るように分かる。すると、『不自然に処理された事故』に気付く。

 それらを繋げて俯瞰すると、うっすらと『裏』の輪郭が見えてくるのだ。並べたパズルのピースが、足りない形を浮き彫りにするように。それはゴミ捨て場で飛行機を組み上げるような荒業だが、事実として彼女にはそれができた。

 

「――風紀委員は、自由にして独立した組織であり、またそうあるべきものである」

  

 そして彼女は、『表』と『裏』の境界を正確に見抜いていた。あと1歩で暗部なら、その1歩前で立ち止まる理性があった。

 底の無い暗部を見下ろして、その穴に網を張る余裕すらあった。その網に引っかかった者こそ、彼女の飼い犬――前原将貴である。

 

「学生への寄与と統括理事会への忠誠は、同義ではない。組織に対しては、自由なる1つの組織として、当然に行いうる権利のもとで動く」

 

 風紀委員も、見方を変えれば3000人の実力者を抱える巨大組織である。しかも非殺傷とはいえ武器の携帯も、公での実力行使すらも認められている。

 それを手放すことは、統括理事会にとって受け入れ難かった。そしてその決定を、彼女は断じて受け入れなかった。

 

「ゆえに、風紀委員に干渉しようとする企ては、それがいかなる些事であれ、私たちにとって危険なものとみなす」

 

 風紀委員長を通して彼女を処理しようとしたが、それも無駄だった。彼女に希望を見出した愚かな君主は、支配から逃れるべく、彼女の足元に跪くことを選んだのだ。

 直接彼女を始末しようにも、『背後のひと突き』を警戒して動けない。ここでは『相互確証(Mutual Assured)破壊(Destruction)』に近い、破滅的な抑止が成り立っていた。

 

「私たちが維持する組織、正当な原則に基づいて行使する私たちの権利に対し、これを抑圧すること、支配することを目的とする介入は――」

 

 ここまでやって、なお分からないのが目的だ。

 彼女は、何もしない。文字通り、見ているだけ。

 危険と分かっていて、暗部を睨むことを止めない。風紀委員という『王国』に君臨しながら、動かない。

 やろうと思えば何でもできるのに、何もしない彼女は、人によってはさぞかし不気味で、癪に障ることだろう。

 

「――どのようなものであっても、私たちに対する非友好的な意向の表明としか見ることはできない」

 

 そこまで言って、松浦奏が破顔する。

 悪意の欠片も知らない、花が咲くような笑顔を浮かべて、最後にこう付け加えた。

 

「まあ、耳ある者である皆様方には、そんな心配はいりませんけどねっ♪」

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 第一学区。風紀委員統括総司令部――通称『本部』。その屋上に、1人の男が立っていた。

 本名は馬場(ばば)芳郎(よしお)。暗部組織『メンバー』の一角であり、正真正銘『裏』の人間だった。

 

「ええ。ええ。手筈通りに進めます」

 

 周囲には、犬の形をしたロボットが何体も並んでいる。さらに胸元には、相手を完全に無力化する蚊のロボットが潜んでおり、準備は万全だった。

 

「『松浦奏の確保もしくは排除』……たったこれだけの命令に、随分と時間がかかったねぇ」

 

 通話を切った馬場が、けひっと笑う。

 松浦奏の排除命令――その知らせは暗部にとって、まさしく福音のごとく響き渡った。

 

 ようやくあの女を始末できるのか。

 ようやくあの女が一歩踏み外したのか、と。

 

「いくら『表』にいても、結局は自分の牙に殺されるわけだ。そこらの凡夫と変わらないじゃないか」

 

 暗部である『ハカセ』との衝突。

 そして、8人目の超能力者(レベル5)候補と目されている、『電荷反発(アンチマター)』入江明菜の不正な監禁。

 

 どちらも暗部堕ちには程遠い、しかも『飼い犬』が起こした事だが――なにが気に入らなかったのか、上はその『飼い主』に責任を求めた。

 

「まあ、運が無かったと嘆くべきだろうね」

 

 既に本部のハッキングは終了している。確かに強固だったが、()()()()()()()()()()()()のおかげで、大概のことは分かる。松浦奏の力も、本部の戦力も、そして本部ビルのセキュリティも、僕にかかれば丸裸だ。

 

「やはり戦いとは、綿密な情報収集とそれを有効活用できる判断力で決まるね」

 

 松浦奏を始末したとなれば、暗部としての地位は確立したも同然だ。万が一部下にできれば、暗部どころか統括理事会すら、僕を一目置くに違いない。

 なにより、あの生意気な金髪が跪く姿を想像しただけで、笑いが止まらない。

 

「……早速、始めるか」

 

 ポケットからボールペンのような筒を取り出して、ノックを押す。すると筒の先端が開いて、中から数匹の蚊が飛び立った。

 常盤台の能力者をも一瞬で混濁させたナノデバイスを搭載した、蚊型の超小型ロボット――通称T:MQ(タイプ:モスキート)である。

 

「閉鎖を一部解除。区画F−7の通風口を開放」

 

 閉じられた通風口が勝手に開いていく。ビルの主の部屋へと続く、勝利への道筋だ。

 そこに滑り込ませるように、犬型のロボット――通称T:GD(タイプ:グレートデーン)が長い舌を伸ばす。ある程度のところで、その先から無色無臭の気体が勢い良く放出された。

 大気に触れれば即座に拡散し、僅かでも吸えば即座に意識を奪うという、『表』には出回らない学園都市製の催涙ガス――『ソムヌス』である。

 

「これで眠らせれば、後はどうにでもなる。王が消えれば、王国なんて勝手に滅びるさ」

 

 T:MQ(タイプ:モスキート)と同型に搭載した極小カメラを通じて、室内の様子をタブレットで確認する。

 

 松浦奏は――いた。

 職員室のような部屋の奥にある机に、静かに突っ伏している。小さな体躯、金糸を編んだような金髪には、真紅のリボンが飾られている。その瞳は閉じられ、幼さがありつつも美しい顔立ちは、まるで人形のようだった。

 

「(……気に食わないな。脳天気な顔をしやがって)」

 

 画面の向こうの松浦奏は、こちらの気も知らずに、穏やかに目を瞑っている。自分が排除されることを理解していないのだろう。

 

「松浦奏さえ無力化すれば、本部の半分は落ちたも同然。あとは運び出すだけだ」

 

 けひひっ、と笑いが漏れる。何らかの抵抗を予想したのに、まさかここまでうまくいくとは。

 僕は手元の端末を操作し、閉ざされた扉や通風口を次々と開けていく。まるでこのビルそのものが新たな王を出迎えるようで、妙な昂ぶりを覚えた。

 

「さて、最期くらいは僕が手を下してやるか」

 

 カチャリと、何重にもロックされている天井のドアが口を開けた。僕は頬を緩めながら、犬型ロボットを従者のように侍らせ、ゆっくりと開かれたドアへ向かう。

 そうして、まさに本部に入ろうとした直前――バガンッ!!と床が抜けて、視界が暗転した。

 

「――あ?」

 

 疑問に思う間もなく、背中全体に衝撃が走る。あまりの痛みに叫ぼうとしたが、その視界の先で、音もなく落ちた穴が閉じられた。

 瞬間、視界がゼロになる。自分の手も見えない中、ザザザとノイズだけが遠くに聞こえる。

 

『あー、聞こえるー?』

 

 脳天気な声だ。声変わりすらしていないような、悪意の欠片も知らない声。

 しかしそれは、背中の痛みを忘れさせるには十分すぎる恐ろしさがあった。

 

「ま、松浦奏!?バカな、確かに眠らせて……いつ気付いた!?」

『どーだったかなー』

「ふざけるな!!!」

 

 とぼけるような声と共に、狭い空間に機械音が響く。視界がゼロだからこそ、色んな音がハッキリと聞こえる。

 

「わ、分かっているのか!?『ハカセ』に続いて僕にまで手を出して、ただで済むと思ってるのか!?もう命令は出てるんだ、すぐに別の奴が来るぞ!!!」

『あ、そーなの?大変だねー』

「ぼ、僕なら口利きができる!!まだ引き返せるぞ!!どうだ、悪い話じゃないだろう!?」

『そーだねー』

 

 変わらぬ声の裏で、タンッというクリック音が、やけに鮮明に聞こえた。

 言いようの無い恐怖を察知し、どうするかを必死に考えようとする――その瞬間、意識が急激に遠くなる。

 

『とりあえず、お返しするねー』

 

 相手を、間違えた。

 自分の催涙ガスを利用されたことすら思い当たらず、遠くなる意識でそう思った。

 強いとか弱いとか、そういう話じゃない。そんな常識が通じる相手じゃなかった。

 気が付いたら、負けていた。

 

「く、そ……」

 

 馬場芳郎は正真正銘の暗部である。

 ゆえに、あまりに強い光に照らされても、どこで焼かれて消えようとも、誰も気にしない。

 

 

 

 

  

 *

 

 

 

 

 

「こちらが侵入したロボットです。蚊型ドローンは、そちらの2つですべてのようです。館内閉鎖を再度実施します」

「ありがとー。あとは任せてー」

 

 ガシャンと、松浦奏の目の前に犬のようなガラクタが置かれる。完全に壊れており、ピクリとも動こうとしない。

 私の手元の試験管のような筒には、小さな蚊型のロボットがあった。そのお腹には、人の行動力を一瞬で奪うナノデバイスが仕込んである。

 

「(これでも妹達(シスターズ)もオッケー。ま、常盤台(ウチ)の子に手を出したのはアウトだけど)」

 

 カエル顔の医者への連絡は済んでいる。泡浮万彬(まーちゃん)も命に別状はないので、あの2人はひと区切りついたと言えるだろう。

 次なる問題はこちら側だ。

 

「(さっきの子は()()()に置いてきたし、もう私の管轄外。警備員(アンチスキル)猟犬部隊(ハウンドドッグ)、どっちが先に見つけるかなー?)」

 

 私用の椅子に座り、その上で胡座をかく。退屈そうに足を揺らしては、時折くるくると椅子を回した。机の前で止めると、そこには壊れた携帯端末がある。

 しょーくんが撃破した『ハカセ』のものだ。当然、暗部の物であり、重要な情報源となりうる。少なくとも、『表』の者が持っていていい物ではない。

 

「ま、いーけどさ」

 

 既に壊れているし、碌な情報も獲れないだろうが、『暗部を知ろうとした』と解釈はできる。

 シロではないグレー。グレーとはすなわちクロだ。さっきの子は『もう命令は出ている』と言ってたし、暗部への道は既に拓かれているらしい。

 

「堕ちたら堕ちたでやり方はあるしー」

 

 遅かれ早かれ暗部とはぶつかる予定だったし、変なタイミングで難癖つけられても困るので、むしろ良いタイミングだ。明菜ちゃんの件と同時に、色々とカタをつけるとしよう。

 

「大人しく堕ちてあげるほど、私はお利口さんじゃないからねー」

 

 にゃはは、と笑う。

 その瞬間、部屋の隅にあるディスプレイの端っこで、赤色の光が点滅した。地上付近のダクトより、招かねざるお客さんがいらしたようだ。

 

「とりあえず、紅茶でも淹れよっと」

 

 すぐに目を逸らして、部屋に置かれたキャビネットを漁る。上段にある茶葉を取ろうと跳ねると、後頭部で飾った真紅のリボンもぴょこぴょこと揺れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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