とある風紀委員の日常   作:にしんそば

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第102話

 

 

 

 

 

「あそこに木原……さんが?」

「はい。14時からあの会議場で行われる、国際能力研究者会議という会合に、お忍びで参加するみたいです」

 

 第九学区のビルの屋上に、柔らかな声が響いた。

 茶色の短髪と血色の良い肌、化粧がなくとも整った顔立ちの少女は、名前に超能力者(レベル5)を冠する御坂美琴であった。

 そして隣には、『こういうこと』には縁遠いはずの人物が1人。

 薄茶色の瞳、肩下まで伸びた同じ色の髪、それを留める白い髪留め。黒とグレーを基調とした体操服に身を包んでいるのは、風紀委員(ジャッジメント)の中村涼乃である。

 

「食蜂曰く、一定数の関係者は掌握済みのようです。警備ロボや私設警備(プライベートサービス)が残っているみたいですが」

「……わかった。じゃあ行こっか、美琴ちゃん」

「……いいんですか?こう言うのは何ですが、一度踏み込んだら、引き返すのは難しいですよ」

「だからだよ」

 

 涼乃(スズ)さんの表情が引き締まる。視線の先には、食蜂が指定した会議場がある。その顔は風紀委員然としていて、凛々しいとは思う。

 だが、一方通行(アクセラレータ)に挑んだ前原さんや()()()鹿()と比べたら、どうしても『覚悟の質』が違うと感じてしまう。

 そう思っていると、ふとスズさんが話しかけてきた。

 

「美琴ちゃんはさ、自分の能力を信じてる?」

「……は?それは……一応超能力者(レベル5)なので、当然です」

「だよね。私も信じてはいるよ」

 

 含みのある言い方に眉を顰めると、スズさんは「だからこそ」と続けた。その表情が、ふっと緩む。彼女にしては珍しい、自虐的な微笑みだった。

 

「私は、自分の不甲斐なさが腹立たしい」

「……え?」

「幸運なことに私は、とても便利で、強力な能力がある。サポートなら何でも出来るくらいの、ね」

「………」

「でも私は、何にも出来なかった。4年もペア*1を組んでるのに、何も気付なかった」

 

 スズさんと前原さんの付き合いは長い。積み上げてきた信頼は、並大抵のものではないだろう。事実この4年間、ペアの交代は一度も無いと聞く。

 私で言うならば、同室の黒子が、人知れず暗部と戦っていたようなものだ。片翼とも言える存在の異状に気付けなかった心境は、推し量るには余りあるだろう。

 

「でも、今は違う。気付いた以上、やる。それだけ」

「……しかし、スズさんが戦うことを、前原さんは望んでいないのでは?」

「たぶんね」

 

 少し失礼な指摘を、スズさんは笑って肯定した。

 

「将貴は優しいから、誰かが戦うことなんて望んでない。ペアでも私はサポートで、将貴が前衛だったからね」

 

 「でも」と区切ったスズさんをもう一度見る。その目からは、既に迷いは消えていた。それを見て、私もふっと表情を崩す。

 

「それでも私は、将貴が大切だし、護りたい。それだけは譲れないの」

 

 この人は、『裏』のことなんて知らない。興味すらないと思う。でも、そこに前原さんがいれば、きっと地獄の果てまで追うのだろう。

 

「……分かりました」

 

 そう信じ続けられるなら、それは『強さ』だ。

 ならば私は、この人を守ろう。この人が抱く、あまりに純粋で、あまりに眩しい想いは、学園都市の『裏』には似合わない。

 

 加えてるなら、そんな恥ずかしいことを言えるなら、その本人からの想いにはいい加減気付いてほしい、とも思った。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 会議場への侵入は、怖いくらい順調に進んだ。

 もっとも、あらゆる壁を突破する中村涼乃と、電子機器を無効化・改竄できる美琴ちゃんが揃えば、ある意味当然の帰結である。

 

超電磁砲(レールガン)でも撃ち込んで入ろうと思ってましたが、さすが空間移動(テレポート)ですね。ここまで気付かれてもいないです」

「ここまで順調だと、何かしらの罠を疑っちゃうね」

「やめてくださいよ、縁起でもない」

 

 会議場地下にあった監視カメラの制御室に、美琴ちゃんの笑い声が響く。周りには武装した私設警備(プライベートサービス)がいるが、食蜂さんのおかげで、今は味方だ。

 

「見た限り、会議も問題なく進んでいますね。下手に動かず、ここで探しましょう」

「そうだね。見つけたら私がパパッと迎えに行って、そのまま離脱して将貴たちと合流しよっか」

「え、3人でも空間移動(テレポート)ってできるんですか?」

「重さによるけど、多分いけるよ」

 

 試したことは無いが、最近の能力計測値から考えて、おそらく可能だ。ここ最近、能力もやけに調子がいいので、これからもっと伸びるかもしれない。

 なのにペアではサポート役とは、将貴が強いのか、それとも優しすぎるのか。

 

「あ、休憩かな?みんな席を立ち始めたよ」

「分かりました。木原幻生を追います」

 

 賓客として招かれているせいか、目標のお爺さんは、広い会議場でもすぐに見つかった。

 しわだらけの顔、薄く開かれた目、禿げあがった額、背をまるめて歩く姿は、一見すると普通のお爺さんだ。何を企んでいるのかは、外からでは分からない。

 

「(……美琴ちゃんの顔つきが変わった。いよいよ本番かぁ)」

 

 将貴も美琴ちゃんも、今日初めて会った食蜂さんも、奏ちゃんすらも、このお爺さんに用事があるらしい。それも、明らかに非友好的な。

 私はこの人がどんな人かも、何をしたのかも知らない。だから、本当の意味で敵対はできない。

 でも、やると決めたのなら、やるしかない。それが私の覚悟なのだから。

 

「……ちょうど1人でバルコニーに出ましたね。外の空気を吸いたかったのでしょうか?」

「ほんとだ。周囲に人影も無さそうだし、早速連れてこようか?」

「ん〜……なんか都合が良すぎる気もしますが……お願いしていいですか?」

 

 改めて覚悟を決めていると、いきなりチャンスが現れた。周りには誰もいないし、連れてくるだけなら5秒もかからない。

 ここは行こう――

 

「よし――」

 

 一瞬の浮遊感。同時に、すべてが入れ替わる視界。ヒュンッと空気を切り裂く音が、ほんの少し遅れて聞こえる。

 その音に気付いたのは、目の前にいた、腰の曲がったお爺さんだ。数秒前まで画面の中にいた人が、ゆっくりとこちらを向いて、私の存在に気付いた。

 それとほぼ同時に、私も空間移動で跳ぶために、お爺さんの肩に手を伸ばす――

 

「おや、中村君かね?」

「――え?」

 

 伸ばした手が、空中で止まった。驚くでもない予想外の返答に、数秒だが確実に止まった。

 私はこのお爺さんは知らない。少なくとも、名前を覚えられることをした覚えは無い。

 疑問符が浮かんで口から出る前に、お爺さんが再び口を開いた。

 

「久しぶりだねぇ。去年の8月以来かな?」

「去年の、8月……?」

 

 その時期で、最初に浮かんだ事が1つある。しかし、それは公になっていないはずの事件だ。

 ならば知っているのは高位権力者か、もしくは当事者――

 

「――ぁ、え?」

 

 ゾワッと、冷たい舌で舐められたような気がした。ただその言葉だけで、私の世界は一時停止した。

 

「君の『素養』は実に素晴らしかったねぇ。よく覚えているよ?能力は進化したかい?」

「――あ、ぁ」

「ああ、前原君は元気にしているかな?」

 

 何を言われたのか理解できなかった。何を言っているのか全然分からなかった。

 分かるのに、分からなかった。

 隠密行動であることすら忘れた身体が、強い覚悟を決めていたはずの体が、途端に動かなくなる。

 

「(この、人は……)」

 

 受け入れられない。

 受け入れたくない。

 だってようやく、克服できそうなのに。

 暗闇はもう、怖くないはずなのに。

 

「(そんな、わけ……)」

 

 気付きつつある事実を、頭で何回も、何十回も否定する。その中でふと、ある言葉を思い出した。

 

『この中で1番強力な能力者は誰だい――』

 

『じゃあ起爆剤は彼女にしようか――』

 

『科学の発展に犠牲はつきものだからねぇ――』

 

 あの時、彼を救った日に、彼に救われた日に聞いた台詞。暗闇の中で聞いた台詞。

 それが去年の8月だ。『去年の8月』なのだ。

 

「あ……ぁ、……」

 

 言葉とは裏腹に、私の頭は段々と冴えて来た。元々大能力者(レベル4)としての頭脳はあるため、キーワード1つあれば、あっという間に情報を整理して、事実にたどり着けてしまう。

 

「そ、んな……」

 

 将貴も奏ちゃんも、この人には非友好であるという。あの優しい2人が、明確に嫌悪する相手なのだ。

 それが『八月十日事件』の首謀者だったのなら、筋は十分通ってしまう。

 

「ふむ。僕は長くこの世界にいるが、こんなのは初めてだね。まさか()()()辿()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 当たり前だろう。今は悪意を向けるどころか、私自身で手一杯なのだ。

 美琴ちゃんと離脱した方がいいのは分かってる。しかし、私の身体を支配するのは、手足に大量の虫が群がるような、壮絶な忌避感だけだ。

 

「――っ、はぁっ、はぁっ!!」

 

 呼吸すら忘れていたのか、本能が限界を訴えて、慌てて酸素を取り込む。

 自分を守るように肩を抱くと、全身に鳥肌が立っているのに気付いた。ポケットでケータイが忙しなく震えているが、取る余裕なんて無い。

 

「前原君の干渉は想定の範囲内だか……あいにく、()()()()()()()()()()()()()()

「あ……ぁ……!」 

「まあ、()()()()()()()()()()()

 

 私の覚悟を嘲笑うように、お爺さんが口角を上げる。

 その笑いが、すべてを表していた。

 

「ああ、分かっているとは思うけど」

 

 明確な敵意に晒され、ようやく身体に力が戻ってくる。けど、動くにはあまりにも遅すぎた。

 

「彼は統括理事長(アレイスター君)のお気に入りだから、原型は留めておくようにね」

 

 ピッ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*1
風紀委員2人で組むチーム。風紀委員が校外で活動する最小単位。事態発生時は1人が現場対処、1人が避難誘導等を行うことで、事態に対し柔軟な対応を可能としている。

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