とある風紀委員の日常   作:にしんそば

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第103話

 

 

 

 

 

「妨害力さえ発揮しなければ、ここで見ててもいーのよ?」

 

 第一学区の名もないビルを前に、蜂蜜色の長髪を靡かせた少女、食蜂操祈は告げた。「やなこった」と返したのは、金のメッシュと緑の腕章が輝く、風紀委員(ジャッジメント)の少年だった。

 

「ここまで連れて来られて、大人しく待てると思うか?」

「それもそうねぇ。あなたは忠犬ってよりは猟犬だものね☆」

「まだ言うか貴様」

 

 睨みつける彼の視線を受け流し、静かなビルをじっと見つめる。見た限り、襲撃されたような形跡は無い。

 ともかく、中に入って、直接確認するしかない。

 

「とりあえず入るわよ。ここ、私専用のトラップ力がたぁくさんあるからぁ、あんまり離れないでねぇ」

「トラップごときに、俺がやられるとでも?」

「そういう慢心力が隙を生むんだゾ☆」

 

 図星をつかれたのか、悔しそうに押し黙る年上の少年を引き連れて、ビルへと入っていく。

 

 ビルの内部は、窓どころか壁紙すらも貼られておらず、ひどく無機質な様相だった。点々とした灯りは足元をかろうじて照らすばかりで、非常口を示す緑色だけが、唯一の彩りとなっている。

 色々見て回るが、やはり襲撃された形跡は無い。しかし進むにつれて、それが強烈な違和感となる。

 

「……静かすぎるな」

「ここで働いてるはずの職員すらいない……退避したのかしら。なら、ここの襲撃も時間力の問題ねぇ」

 

 松浦さんの読みが正しかったことを確信し、思わず親指を噛んでしまう。

 どうしてこの場所が分かったのか。関係者には何重にもプロテクトをかけたし、来るときだって万全の準備をしていたはずなのに――――単純に陰謀力で上回られた、ということだろうか。

 

「ここが戦場になる可能性もある……そうなったら野蛮力の発揮は頼むわね☆」

「……まあ、分かった。俺が戦えるなら、その方がいい」

 

 表情1つ変えず、少年は同意した。むしろ、戦いを引き受けることに安堵すらしているように見える。

 

 これは危ない兆候だ、と思った。

 先ほどの会話からも分かるように、この少年は、自分の力を過信している。なぜなら、()()()()()()()()()()()()

 そうなると、たった一度の敗北が致命的になる。

 

「相手は正真正銘の『暗部』よぉ。用心なさいっ」 

「危険なのは承知の上だ。だが、涼乃や泡浮が、俺の知らないところで、俺が知らない戦いに遭うよりよほどマシだろ?」

「自分がすべてを管理したい、ってことぉ?傲慢力が過ぎるわねぇ」

「それでいいよ。俺は学園都市の『闇』に、涼乃たちを関わらせたくないだけだ。なんと言われても、俺の正直な気持ちはそこにあるんだよ」

 

 なるほど。ツンツン頭の少年はもとより、この少年も大概のようだ。違う点と言えば、好意を向ける対象が明確であることだろうか。

 

「それより、ここは何なんだ。研究機関にしても何もなさすぎると思うけど」

「ひと言で言うなら『エクステリア』の保管庫かしらねぇ」

「『エクステリア』?」

「さっき見せたでしょぉ?」

 

 先ほど()()()()()()のを思い出したのか、少年が「あっ」と息を呑んだ。

 

「『エクステリア』は私の能力を増幅・拡張するブースター……とでも言ったところかしらぁ……表向きはね」

「表向き?」

「『エクステリア』計画の本来の目的は、私の能力を誰でも使えるようにすることだったんだゾ☆」

「へぇー…………は?」

 

 絶句する少年を横目に、最後の部屋に足を踏み入れる。

 困惑しながら付いてくる少年に、私は独り言のように続けた。

 

「『エクステリア』に登録された人間は、能力者だろうと一般人だろうと、『心理掌握(メンタルアウト)』の行使力を得る――そういうオモチャなのよぉアレ」

「………」

「ここ『才人工房(クローンドリー)』は元々、天才や偉人を人工的に生み出すことを目指した研究機関だったんだけどぉー。私の天才力に目が眩んで、偉人を作るより偉人を洗脳した方が早いって短落した研究者たちが開発したのが『エクステリア』――ま、潰したうえに乗っ取っちゃったけど♡」

 

 バァン!!と室内灯が一気に点灯し、広すぎる空間が露わになった。目が眩んだ少年が声を上げるが、それも無視して私は続ける。

 

「『心理掌握』は人格高潔な私だからこそ制御できる力。俗物が手にしたら無闇に振り回して危険だものねぇ」

 

 そう言って、空間の中央へと歩いていく。

 部屋の中央には、巨大なガラスの壁があった。というより、直径数十メートルの試験管を囲うように空間を作った、と言ったほうが正しいかもしれない。

 

 その巨大すぎる試験管の中には、さらに別の、直径10メートルほどの巨大な試験管が2本立っていた。その中は、炎のような極彩色の液体に満ちている。

 

「……都市伝説で聞いたことがある。『能力を発生させるDNAコンピュータ』だったか?」

「ああいう噂ってどこから出てくるのかしらねぇ。そもそも正確には『機械』じゃないしぃ」

 

 都市伝説は意外と嘘ばかりではない。火のない所に煙は立たないのだ。

 『使うだけで能力強度(レベル)が上がる機械』も、『超能力者(レベル5)の軍用の体細胞クローン』も、『あるゆる能力を無効化する能力者』も、存在するのだから。

 

「誰にも知られたくないのに、初対面の男の子に見られるなんてねぇ」

 

 『エクステリア』は、機械でもなければ、生物でもない。では、一体何か?

 答えは、目の前に存在する。

 

「私の大脳皮質の一部を切り取って培養・肥大化させた巨大脳――それが『外装代脳(エクステリア)』よ」

 

 試験管に浮かんでいたのは『脳みそ』。

 大きさは10メートル近くあり、脳梁は無く、左右に分離して浮かんでいる。小脳にあたる部分は機械で補填されているものの、間違いなく『食蜂操祈の脳みそ』であった。

 

 それを見た少年はぎょっと目を開き、視線を私に移した。驚いたというより、本能的な忌避に近いだろう。

 

「どう?驚いた?乙女の秘密力を暴くってこーゆーことだゾ☆」

 

 絶句する少年を余所に、今後の方針を考える。

 『外装代脳(エクステリア)』に目立った外傷は無いが、持ち出せる物でもない。しかし、短時間の占領でも意味がない――いや、私がここにいることに意味がある。

 私がいない間に占領されることこそ、最悪。なればこそ、それを防げただけでも良しとしよう。

 

「……木原幻生はこの『脳』を使って、なにをする気なんだ?」

「さぁーねぇ。でもコレを使うには、数日かけて『登録』する必要があるのよねぇ……」

「仮に襲撃しても、そこまで悠長に居座るとも思えない、か」

 

 そのとおり。

 暗部はその性質上、日陰で息を潜めて生きている。そのため、襲撃した施設に数日も留まり、悠長に『登録』するなんてありえないのだ。

 

「……木原幻生の本来の狙いは、ミサカネットワークだったよな。『外装代脳(エクステリア)』を使ったら、ミサカネットワークに何ができると思う?」

「少なくとも、私が妹達(シスターズ)にかけた多重プロテクトは突破できるわぁ。そして、ミサカネットワーク内で方向性くらいは決めれるんじゃなぁい?」

「方向性?」

「そ。ミサカネットワークは、言い換えれば1万人の能力者の集合体……それがまとまって1つの行動を取れば、それだけで脅威力でしょぉ?」

 

 極端な話、世界に散らばる妹達(シスターズ)を通し、各地でテロを起こすことだってできるかもしれない。

 それを防ぐためのプロテクトであり、それを突破するには『外装代脳(エクステリア)』が必要だ。

 やはり、私の防衛力に、致命的な綻びは見出だせない。

 

「だが、その妹達(シスターズ)は――」

「――松浦さんに託したから、見つからない。幻生はどうやっても、ミサカネットワークへのアクセス力は皆無なのよ☆」

 

 やはり先手を打てたのが大きいだろう。想定より上手く事が運んでいる。部外者の参戦は想定外だが、松浦さんがいたなら嬉しい誤算だ――と思った、その瞬間。

 ゴポッ……と、『外装代脳(エクステリア)』が浮かぶ液体に、小さな泡が浮かんだ。

 

「――――ぇ」

 

 脳を殴られたような感覚。

 ガクリと膝が折れて、視界が歪んだ。しかし痛みはすぐに収まり、視界も戻った。まるで、予防接種の注射針のように。

 

「まさ、か」

 

 ついたままの膝が、ぎゅっと固まったように動けない。

 脳の奥に届いた痛みに、思い当たる節があった。それ以上に、()()()()()()()()()()()()が分からなくて、締め付けられるような圧迫を感じた。

 そんな中、唐突に電子音が響く。

 

「……?」

 

 単調な電子音の正体は、どうやら少年のケータイの着信らしかった。少年はこちらを心配そうに見ていたが、やがてその体勢のまま話し始める。

 

「どうした美琴――――……涼乃が?」

 

 少年の声が急に大きくなり、纏う雰囲気が一変した。

 どうやら、幻生確保に向かっていた2人に、良くないことが起こったらしい。

 いや、遂に始まった、と言うべきか。

 

「あ!?ごめん、なんて――クソ、急にノイズが――!?」

「っ、妨害電波……!?」

「とりあえず位置だけでも……!!」

 

 少年が叫んで、舌打ちが聞こえた。

 妨害電波の放射――いよいよ一刻の猶予も無い。だが、これは……。

 

「――行きなさい!!早く!!」

「っ、食蜂、すまん!!」

 

 だんっ!!と地面を蹴る音が聞こえ、次第に小さくなっていく。その間、私は「なんで、どうして」と自己批判でいっぱいだった。

 

 少なくとも今、確信してることは1つ。

 『外装代脳(エクステリア)』が奪われて、盤面を一気にひっくり返された、という事実のみ。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 同じく第一学区に位置する、風紀委員統括総司令部――通称『本部』。

 治安維持の象徴とも言えるビルには相応しくない、ガラスが砕ける音が炸裂した。

 

「ドアから入ってよ、ね!!」

 

 そう叫んで、松浦奏は横に飛んだ。金糸を編んだような髪と、それを後ろで飾る深紅のリボンが大きく揺れる。

 その直後、私が今さっきまでいた場所に、鈍色の槍が突き刺さった。その槍は生き物のように蠢いてまとまり、ひとりでに人の形を作っていく。

 

「(さっきのと同じ――)」

 

 私は床を転がって、自分の執務机の足を入れるスペースに飛び込んだ。

 直後、機関銃で撃たれたような轟音が机越しに響く。しかし、机に風穴は空かない。

 

「(威力は想定内――あとは数)」

 

 それは逃げながら見極めればいいか、と納得し、腕時計型の通信端末を操作する。こういう時、小さな身体で良かったと思う。

 

「――警戒態勢『第一種』。場所、副委員長執務室」

 

 短く告げて、私はさっと通信を切った。

 ぺちっと、机の内側を軽く叩く。

 直後、すとんっと床に穴が空き、私はそのまま1mほど真下に落下した。万が一のために用意しておいた、私専用の避難経路だ。

 

「(警策看取……やっぱ生きてたかー)」

 

 私は、この襲撃者を知っている。というか、記憶している。

 学園都市では稀に、高レベル能力者や優秀な学生が、収監された少年院から姿を消す。街が取引を持ちかけ、秘密裏に出所させている――とかなんとか。

 いずれにせよ、学園都市に良い影響を与えるとは考えにくい。

 

 ならば、1人残らず調べ上げれば、イザという時の対策も立てやすい。

 

「(14ヶ月前にテロ未遂を起こして、少年院に収監。そして2ヶ月前に心不全で死亡、直後に焼却処分……怪しさ満点だもんねー。そりゃ覚えるってー)」

 

 能力は大能力者(レベル4)の『液化人影(リキッドシャドウ)』。

 比重が20以上の液体を操る能力で、数百キロ離れていても自在に操れる遠隔操作性と、高い戦闘力・精密性を誇る。

 

「(――ただし、人形は自分と同じ容積、形状じゃないと、操作性はグッと落ちる……マ、期待半分だねー)」

 

 這うように避難経路を進みながら、一瞬見えた映像を情報として処理する。

 色合いや威力を見た限り、人形の元は液体金属だろう。というか、比重が20以上の液体自体、ここ学園都市でも数えるほどしかない。

 

「(見えた限りだと、人形は6体――予備を用意してないわけがないし、10体と考えよっか。ならギリギリ足りないかなー?)」

 

 避難経路から這い出てると、執務室前の廊下に出た。ガラス張りの廊下からは、学園都市の心臓部、第一学区の街並みが見える。

 静かに目を閉じて、私の能力――視覚連鎖(カットイン)を一瞬だけ使用する。

 

「みーつけた」

 

 姿の見えない敵を見つけ、口角を上げる。私の蒼氷玉(スイスブルー)の瞳は、いつもより細くなっていることだろう。

 

 経験として、ある程度の実力を持つ狩人は、野兎(えもの)を仕留めるのを自分の目で見たがる。機械を信用してないのか、悦に浸りたいのかは知らないが、いずれにせよ好都合だ。

 向こうとしても、野兎が抵抗もなく死んだら面白くないだろうし――

 

「私は柔らかい椅子が好きだけどー」

 

 ――なにより、向こうから来てくれるなら、鈍く短い野兎の牙すらも、その喉元に届きえるのだから。

 

「前に向かってひたすら走るのも、嫌いじゃないんだよねぇー!!」

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 暗い施設に明かりを求めて、前原将貴が駆け抜ける。

 先ほどの電話であった、美琴の焦った声。『涼乃の様子がおかしい』という、聞き逃しがたい文言。

 嫌な予感が、嫌な汗が止まらない。

 

「(やっぱり、涼乃を連れてきたのは間違いだった……!!)」

 

 一緒に戦いたい、というのは涼乃の願いだ。

 ゆえに何よりも優先して聞き入れた――が、甘かったと言わざるを得ない。思考停止と言ってもいい。

 

 涼乃は平和を愛する子だ。

 そして、誰かが戦いで傷付いていたら、自分が代わりに戦うような風紀委員だ。

 だが『暗部』にあるのは、『戦い』ではなく『殺し合い』、もしくは虐殺だ。そこに風紀委員なんて肩書きに価値は無い。

 

 少なくとも、風紀委員と名乗っても一方通行(アクセラレータ)は止まらなかったし、魔術師は退かなかったのだ。

 

「(涼乃に嘘をついてでも、近付かせるべきじゃなかった……!!)」

 

 ギリッ、と奥歯が軋む。目の前にあった外への扉を蹴破り、苛つくほどに青い空を睨みつける。

 涼乃には正直でありたい、『涼乃の正解』を優先したい気持ちが、最悪な形で働いてしまった。

 涼乃が笑っていることこそ、俺の『正解』なのに――

 

「――『俺の正解』……って、なんだ?」

 

 ゾワリとした。思わず足が止まり、俯くように下を向いてしまう。

 

 涼乃の正解と、俺の正解――優先すべきは涼乃に決まってる。

 だが、俺はいま、嘘をついてまで『涼乃の正解』を否定しようとしたのか……?涼乃を()()()ここまで来たのに、何をいまさら……?

 

「久しぶりだねぇ、前原君。元気そうで何よりだ」

 

 ふと後ろから、しわがれた声が聞こえた。

 その老人は、俺が通ってきた通路の屋根に立っていたらしかった。どうやってそこに登ったのかは、考えられなかった。

 

「会えたのは喜ばしいが、今は実験中でね。少し行かねばならないんだよ」

 

 その声に、俺はゆっくりと振り返る。

 そこには、食蜂が見せてくれた写真と同じ、背中の丸まった爺さんがいた。

 それと、その陰にもう1人。

 

「その間、彼の相手は頼めるかい?」

「――――」

 

 黒を基調とした制服と、緑色の腕章。

 薄茶色の髪は肩まで伸びたセミロングで、素朴な白い髪留めで飾られている。

 

 そんな、俺が最も見慣れた少女が。

 俺が最も安心する薄茶色の瞳が、静かに俺を見下ろしてた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







●警戒態勢『第一種』
 天災、テロ等の対象危機により状況が緊迫し、統括総司令部の運用に甚大な影響が発生する、もしくはその可能性が逼迫していると認められる場合。
 対処員に指定された者は、殺傷を除く戦闘力の全能発揮に努め、非対処員は緊急運用に即応できる態勢を維持する。
 発令権者は風紀委員長もしくは副委員長。

※風紀委員総則より抜粋。


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