とある風紀委員の日常   作:にしんそば

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第105話

 

 

 

 

 

「ん〜……まさか負けちゃうなんて」

 

 学園都市の第一学区、風紀委員(ジャッジメント)統括総司令部――『本部』にほど近いビルの屋上に、呑気な声が響いた。

 声の主は警策看取。紫がかった黒髪のツインテールと、コスプレのようなナース服の少女である。

 その実、暗部組織『メンバー』と統括理事会の仲介者という、正真正銘『裏』の人間であった。

 

「(圧勝できるとは思ってなかったけど、負けるとも思ってなかった。人形を部屋ごと爆破させるなんて、いい具合にイカれてるねっ)」

 

 思わぬ敗戦に、むすっと頬を膨らませる。

 治安維持組織の頂点に立つ者が、自爆覚悟の特攻なんてどうかしてる。あの金髪の小娘は、伊達に『裏』を牽制してきたわけじゃないらしい。

 

「エエット、一応ご報告を」

 

 屋上の縁に座り、ブランコのようにゆらゆらと足を揺らしながら、ケータイである老人を呼び出した。

 数コールほど鳴らすと、しわがれた声で応答があった。

 

『やあ。どうかしたかね』

「我々の別荘から情報を盗み出そうとした人物ですけどー、少なくとも松浦奏ではないみたいですよ?」

 

 今までの情報をまとめ、簡単に報告する。

 私が直接見て集めた情報だが――しかし、老人はこう一蹴した。

 

「入江明菜略取の件も、松浦奏が率先して動いたわけじゃなさそうですし」

『今頃気付いたのかね警策看取君ー?』

「えっ」

 

 サラッと放たれたひと言に、目が白黒した。

 驚きにも呆れにも似た感情が、そのまま声となって老人に投げられている。

 

「アノー……ご存知だったんですか?なら教えてくれても」

『教えたところで、君たちの仕事は変わらないでしょ?』

「それはそうですケド……」

『情報を獲ったのは大方、身代わりを用意した食蜂君だろう。そもそも松浦君が本気になったら、痕跡なんか残らないからねぇ』

 

 素直に飲み込めないが、「それもそうか」と納得もできてしまう自分に噴飯したくなる。

 痕跡を残すかどうかすら自由とは、あの金髪の少女にとって、情報戦なんてのは『おつかい』にすぎないのかもしれない。

 

「では、入江明菜の件は?」

『それも松浦君が遠因だねぇ。彼女は自分の飼い犬にも首輪を着けたくなかったみたいだ』

「ああ、全反射(ハーモニクス)のことですか。最初に動いたのは彼で?」

『彼は良い牙を持っているけど、猟犬としてはまだ未熟だからねぇ。匂いを辿るのは簡単だったよ』

 

 それはそうだろう。松浦奏じゃあるまいし、『表』に住む人間が、『裏』での生き方なんか知る訳が無い。

 ましてや、相手はあの木原一族だ。こと陰謀力において、ただの少年がこの老人を出し抜ける訳がない。

 

『その『責任』は飼い主が取るべきだ。存分に使わせてもらうとするよ』

「では、計画はこのままで続行で?」

『うん、現時点でオールグリーンだ。むしろ順調すぎて怖いくらいだよ』

 

 ゾワリ、と両腕が震える。見ると、肌を焼くほど暑いはずなのに、鳥肌が立っていた。

 それは暗闇を前にしたような、本能的な恐怖だと理解している。

 

『おっと、来客のようだね。そろそろ切るよ』

「あら、援軍はどうしますか?」

『いらないかな。いずれにせよ、警策君は警策君で準備を進めたまえ。いいね?』

 

 分かりました、と答えて通話を切る。そしてすぐに、ふうっと大きな息を吐いた。

 このイカレ老人の『オールグリーン』ほど不安なものもあるまい。目的が同じでなければ、今後は断じて関わりたくはないだろう。

 

「マ、『次』なんて無いからどうでもいいけどねっ」

 

 あえて口にしたのは、自分に言い聞かせるためだろうか。その真意すら理解できないまま、黒い仲介人は自嘲げに笑った。

 

 

 

 

  

 *

 

 

 

 

  

 同時刻、名もないビルの屋上。

 2人の風紀委員が衝突する光景を眼下に、ある老人が笑っていた。

 しわだらけの顔、薄く開かれた目、禿げあがった額、背中をまるめて立つ老人は、名を木原幻生といった。

 

「前原君は相変わらずだねぇ」

 

 眼下で起こる風紀委員の戦い――一方的な蹂躙を眺めて、満足そうに口角を上げる。

 前原君は中村君に手を出すまいと、必死に逃げ回っているが、空間移動系能力者(テレポーター)から逃げ切れないことは、当の本人が1番分かっているだろう。

 

 しかし、その中でも前原君は、間隙を縫っては私を睨みつけている。その目には、『表』には相応しくない殺意が篭っていた。

 

「憎悪。熾火のような憎しみこそ、人の成長を最も強く促進する」

 

 呟いて、すぐに視線を外した。

 戦いの結果に興味は無かった。()()()()()()()()()()()()()()ため、前原君が死なない限り、勝敗はどちらでもよかったのだ。

 

「さて、きちんと対応しないとね」

 

 白衣のポケットで鳴り続ける携帯端末を手に取る。

 見ると、今時にしては素朴な白い端末――中村君の私物――が震えていた。画面には、『奏ちゃん』と表示されている。

 その名前から、連想される人物は1人しかいない。

 

「やあ、松浦君」

『……誰?』

 

 水底のように澄んだ声が、出鼻を挫かれたように、僅かに低くなるのが分かった。

 いま彼女の頭脳は、私が何者で、いかにして今の状況に陥ったかを高速で繋げているのだろう。

 時間にして数秒。やがて彼女は、こう口にした。

 

『もしかして、木原幻生?』

「ご名答。なにか用かな?」

『これはこれは。お話できて光栄ですねー』

 

 一転して、緊張感の無い声に変わる。

 年相応の、言うならば演技か素か分からない声色だが、その裏には鋭い激情が忍んでいるに違いない。

 

『すずのんは無事なんでしょーね?』

「さあ。見に来たらどうかな?」

『そうしたいのは山々ですが、色々と邪魔が入っちゃいまして』

 

 にゃはは、と電話越しに軽やかな笑い声が聞こえる。そこに息苦しさは微塵も無かった。

 松浦君は警策君の襲撃を跳ね除けて、既に本調子に戻っているようだ。大きな力も持たないのに見事なものだと、素直に感心する。

 

「『外装代脳(エクステリア)』は馴染んだし、そろそろ本題に入るとするよ」

『……わざわざ勝利宣言ですか?趣味が悪いですよ』

「もう『外装代脳(エクステリア)』を知ってるのかい、恐れ入るよ。なら、私の目的も知っているのかな?」

 

 問いかけると、「えぇ」と簡素な返事があった。

 そのまま素っ気ないほど事務的な口調で、長年の私の夢を口にする。

 

『貴方の目的は、絶対能力者(レベル6)を造って、その先の天上の意思(システム)を覗き見すること。その手段として、ミサカネットワークを使うのでしょう?』

「ご名答。よく調べているねぇ」

『なら、私がなんの対策もしてないとお思いで?』

妹達(シスターズ)のことかい?」

 

 私から答えを明かしたことに驚いたのか、再び一瞬の沈黙があった。

 ここまで来たら、もう隠す必要もない。彼女がどれだけシュミレートしても、もう覆すことはできないのだ。 

 

「確かに私の計画には、ミサカネットワークが必要だよ。そこで君は、その接続口となる妹達(シスターズ)を徹底して隠すことにした」

『なんのことで――』

「見事なものだよ。どれだけ調べても、ある地点でピタリと痕跡が消えてしまってねぇ。どれだけセキュリティが厳重な施設に預けたんだい?」

 

 松浦君の声は変わらず軽やかだ。少しくらい警戒感を示せば分かりやすいが、流石といったところだろうか。

 もっとも、何を聞かれたところで既に手遅れだが。

 

「詰めが甘いねぇ。君は聡明だが、やはり経験が足りない。この街で長く暮らした私の勝ちだよ」

『へえ?』

「ミサカネットワークへの接続口?心配ないよ。それも前原君が用意してくれたじゃないか」

『……しょーくんが?』

「要は、()()()()()()()()()()()()()()()()であればいいのだろう?」

『………………』

 

 今までで1番長い沈黙。

 やがて、ほんの僅かに息を呑む音が聞こえた。

 ほぼ同時に、バヂィ!!と、落雷のような衝撃が屋上を揺らした。

 

「前原君には感謝しなきゃだねぇ。入江君を連れ出して、『外装代脳(エクステリア)』に導いただけでなく、ネットワークへの接続にも手を貸してくれた――まあ、今回はもう用済みなんだけどね」

 

 衝撃のあった方を見ると、無骨な屋上に、新たな光源が生まれていた。

 青白い火花が、数十数百と生成と消滅を繰り返して、湿った空気を焼く音が響いている。

 

 その中心に、学園都市で最も有名な人物の1人。

 ある意味では、ミサカネットワークの生みの親とも言える少女が、そこにいた。

 

 

 

 

  

 *

 

 

 

 

  

 学園都市の中枢を担う第一学区。人気もまばらな街の上を、雷撃のように走る影があった。

 常盤台中学の体操服を纏う彼女は、学園都市の頂点たる超能力者(レベル5)、その第三位に君臨する御坂美琴である。

 化粧が無くとも整った顔立ちには、冷や汗と焦りが滲んでいた。

 

「(早く、前原さんに合流しないと……!!)」

 

 身体中の水分が、じりじりと干上がっていく感覚があった。

 つい先ほどまで一緒にいた涼乃(スズ)さんが消えて、もう5分は経つ。たった5分でも、空間移動系能力者(テレポーター)なら20kmは跳べるだろう。

 

 追うことは実質不可能ないま、まずは情報の共有だ。しかし敵からの広域ジャミングにより、携帯電話は使い物にならない。

 であれば、まずは前原さんに報告し、そこから松浦さんに話を通すのが効率的だ。

 

「(甘かった。遠回りでも私が行くべきだった……!!)」

 

 ギリッと、私は少し前の選択を悔やみ、奥歯を噛んだ。

 いくら効率的でも、木原幻生の回収をスズさんに任せたのは間違いだった。

 カメラ越しのため、何をしたかは分からない。しかしスズさんは、幻生の『何か』に敗れた。そして今、幻生と共にどこかに消えている。

 

「(スズさんに何かあったら、前原さんが平常でいられるはずがない……!!)」

 

 でも、やはり最初は前原さんだ。

 スズさんに何かあったと知ればどんな行動に出るか、正直分からない。しかし、変に隠して手遅れになるのはもっとまずい。

 あの人は実力者だが、スズさんに関しては脆弱極まりないのだから。

 

「(前原さんまで敗れたら、松浦さんの策も破綻するかもしれない。もしミサカネットワークが陥落したら、どうなるか分かったものじゃない……!!)」

 

 えも言われぬ焦燥感が、肌の下にじんわりと広がる。先ほどまでの余裕なんて、もはやどこにも無い。

 

 それを埋めるかのように、私は速度を上げた。

 目的地は、ジャミング寸前で前原さんが位置情報を送ってくれた、名も無き高層ビルだ。

 

「――見つけた!」

 

 目的のビルを見つけて、その屋上に勢い良く降り立つ。

 そして、その体勢のまま、固まった。

 

「――――は?」

 

 屋上には、2人の風紀委員がいた。

 薄茶色の髪を肩下まで伸ばした少女と、金のメッシュが一筋走った少年。

 その2人が、正面切って戦っていた。

 

「……え?」

 

 私の呟きは、鋭い金属音に掻き消される。少女が振りかぶった特殊警棒を、少年が拳銃の銃身で受け流したのだ。

 一瞬の衝突の後、少女の姿が消失する――と思う間もなく、少年の肩に強烈な殴打と、鈍い衝撃音が炸裂した。

 

「まえ、え?すず、さん……?」

 

 スズさんは表情を一切変えず、燕返しのように特殊警棒を振るった。前原さんは顔だけでそれを避けたが、その顔は苦痛に歪んでいる。

 

「なに、が……?」

 

 眼球以外の感覚が無くなったような気がした。口が小さく開かれたが、言葉を紡ぐことさえできなかった。

 先ほどの焦りなど、既に消えている。そのくらい、この光景が非現実的だった。すぐ目の前のことなのに、理解できる情報が1つも無い。

 

 スズさんが、あんなに冷たい目をすることも。

 前原さんが、スズさんに武器を取ることも。

 

「(喧、嘩……?でも武器使って……それになんか、違う、というか……)」

 

 スズさんの瞳は無機質だが、異様な輝きが宿っているようにも感じる。それに前原さんへの攻撃に対して、欠片ほども感情が動いていないようだ。

 正気でそんなことをするとはとても思えない。まるで誰かに洗脳されたような――

 

「(――洗、脳?)」

 

 ゾワリと、後頭部の髪が逆立つような感覚があった。同時に、蜂蜜色の髪を靡かせる、同級生の姿が脳裏をよぎる。

 だが、仮にそうだとすれば、すべてに説明がつく――そう思いかけた時、しわがれた声が聞こえた。

 

「――やあ、御坂君」

 

 ハッと意識が蘇る。足元の感覚が戻り、少し遅れて荒い呼吸を繰り返した。

 息を整えて、ゆっくりと振り返る。声のした方――反対の屋上扉の屋根には、2人の戦いを観戦するように、1人の老人が立っていた。

 

「木原、幻生……!!」

「わざわざ来てくれて感謝するよ。前原君のおかげかな?」

 

 薄く開かれた目が、じっと私を捉える。そして確信した。この背中をまるめて立つ老人こそ、すべての元凶なのだと。

 やがて木原幻生は、白衣のポケットから小さな筒を取り出した。プレゼンや会議で使う、市販のレーザーポインターのようだ。

 

「スズさんに……前原さんに、何をしたァッ!!」

 

 ズバヂィッ!!と、ひときわ大きな雷撃を地面に叩きつける。怒りが頂点に達し、何かしらで発散したい気持ちが抑えられなかったのだ。

 

「中村君の意識を少しイジらせてもらっただけだよ。面白いものが見れただろう?」

 

 しかし木原幻生は、満足げな笑みを浮かべたまま、けたけたと笑うだけだ。

 なにが面白いのだ、と駆け出しそうになったその瞬間――ピッ、と。木原幻生の手元で、レーザーポインターのボタンが押された。

 

「御坂君が普段張っている電磁バリアも、今の僕なら突破することは容易い」

 

 ガツンッ!!と、額に弾丸を撃ち込まれたような衝撃があった。倒れそうになる体をどうにか支えるも、私の脳裏には、何百人もの人間に視姦されたような、とてつもない不快感が残っていた。

 しかし、そんなのは木原幻生には関係ない。

 

「それに、ミサカネットワークに特製のウイルスを打ち込むこともね」

 

 ギンッ!!と、側頭部を槍で貫かれたような衝撃が続く。今度こそ足が崩れ、体が屋上と激突した。

 少し遅れて、声を上げるどころか、開けた目を閉じることすら困難な痛みが、頭からつま先まで一気に駆け抜けた。

 

「……ッ――!!」

 

 じわり……と。私の頭から、黒い稲妻のような筋が滲み出るのが、視界の隅に写った。

 太さは数ミリから数十センチ、長さは数センチから空の彼方に続くような幾千もの筋が、靄のように第一学区全体に広がりつつあった。

 

「(なに、これ……)」

 

 壊れかけの蛍光灯のように明滅する意識の中で、ようやく小さな疑問が浮かぶ。

 私がこの老人に利用されたのは、この意識でも分かる。

 でも、誰を目的に?私を起爆剤にするのなら、この力は誰に向けて使うものなのだ?

 

「素晴らしいねぇ。でもこの膨大な力も、用途がなければただのショーにすぎない。では、この力の1番面白い使い道は何かなぁ?」

 

 ジロリと、木原幻生の薄い目が大きく開かれた。

 その目――特に左眼は、黒と白が逆転したような、同じ人間とは思えない眼光を放っていた。

 

「科学者とは難儀なものでね。自らの理論が正しい証明を何より求めるが……結果が分からない未知の実験には、特別に期待や興奮を覚える生き物なのだよ」

 

 黒い靄が、空のある一点で収束していく。

 その真下にあるのは、風紀委員『本部』――そのすべてを貫くように、一筋の『黒』が落ちた。

 

「さぁ実験を始めよう」

 

 聞いた中で、最も喜色を帯びた声が響く。ともすれば、新しいオモチャを買ってもらった子供のように、罪もなくニコニコと微笑みながら、科学者は高らかにこう言った。

 

「入江君は天上の意思(レベル6)に辿り着けるかなぁ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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