「終わった、か」
木山春生のその声に、返事は無かった。返ってくるとも思ってないが。
能力で作った防壁を崩すと、その先には、更地に近い景色が広がっていた。
「恨んでもらって構わんよ。分かってもらえないだろうが、手荒な事はしたくなかったんだ」
そこに横たわる少年――前原君に対し、私は開き直るように告げた。背中の出血は深刻だが、意識もろとも吹っ飛んだのか、悶え苦しむ様子はない。
私は無防備に歩み寄り、血だらけの背中に手を当てた。柔らかな肉の感触は忌避感を刺激し、嫌な過去を想起させる。
「(……こんな体1つで、私の攻撃を受け止めていたのか)」
罪悪感に心臓を掴まれがら、
「…………ぅ」
「……冗談だろう?」
足元から聞こえた声に、思わず笑いそうになる。見ると、前原君の右手が、微かに動いていたのだ。まるで、何かを掴もうとするように。
……死なないように調節したとはいえ、
「(巻き上がった砂が爆発の威力を緩和したのか……もしくは無意識に反射を……?)」
「あ……、ぁ?」
「……君はよく戦ったよ」
寒気すら覚える呻き声に、私は静かに語りかけた。讃えるような声の裏側には、明らかな畏怖の念がある。
「この騒ぎはもうじき終わる。全ては元通りになる。君は何も心配しなくていい」
「待……、よ……」
出来るだけ優しい声で諭すが、前原君は私の足首を掴み、抵抗の意を示した。力は弱いが、そこには確かな『強さ』があった。
「あまり無理はするな」
「ぎ……がっぁ……!!っあ゙……!?」
「傷口は塞いだが、痛みが無くなった訳じゃない。変に動くと気が狂ってしまうぞ」
泥だらけの白衣を脱いで、背中を晒す前原君に羽織らせる。まるで、眠る子供に毛布を掛けるように。
「私はもう行くよ。統括理事会が動く前に片をつけねばならない」
「……、ょ……」
「助けはじきに来る。少し休んで――」
「――待て……っつってんだろうがッ!!」
「――っ!!」
ゾワリと、全身が震えた。うなじに切っ先を突きつけられたように、その声で動きが止まる。やがて勝手に、そしてゆっくりと首が動き、視線を後ろに移した。
そこにいたのは、1人の少年。瞳の闘志は萎えるどころか、今まで以上に激しく燃え上がっている。
どれだけ頼りなくとも、どれだけ打ちのめされても。
前原将貴は、何度だって立ち上がる。
*
……?
ここ、どこだ……?
沈んでいるような浮遊感に、手足に枷がついたような不自由感……水中、か?何で……まぁいいか。
………?何か……沈んできた。
あれは……人だ。夥しいほどの、人の群れだ。
……あの黒髪の子は……佐天さんか。
……ああ、すれ違った。佐天さんが、俺より深くに沈んでいく。
………。
あれ、あの薄茶色の髪は……。
あ、すれ違った。
涼乃が、沈んでゆく。深い深い水の底に。
――待て。行くな。
どこにも行かないでくれ。
頼むから。
俺から離れないでくれ。
涼乃がいないと、俺は何もできないんだ。
だから、待て。待て――――
「――待て……っつってんだろうがッ!!」
そう叫んで、前原将貴は目が覚めた。
視界には、黄土色に乾いた土が広がっている。それをきっかけに、揺蕩っていた意識が、スイッチを入れたようにクリアになる。
「……ッ!?」
大きく深呼吸して、俺は震える足で立ち上がる。背中が皮膚が溶けるように痛むが、不思議なことに傷は無い。
「……まだ動けるのか……最近の
「……大人しく捕まれば、いくらでも聞かせてあげますよ」
……今のは本当にやばかった、と思う。
完全に予想外、かつ死角からの攻撃が直撃したんだ。病院で目覚めてもおかしくなかった。背中が無傷の理由が分からないが、いま気にする事ではない。
「……仕方ない。では今度こそ幕引きにしよう」
「……そうしましょうか」
木山の右手に、全長1メートルほどの剣が生み出される。黄金色の奔流が心臓のように脈打ち、余程の高温なのか、刀身からは陽炎が立っていた。
「………」
「………」
刹那の沈黙。
立ち込める陽炎が空気を歪めた、その瞬間。
――木山春生が消失した。
「――――」
思考に空白が生まれる。
その原因は困惑や驚愕――ではなく、
「――ふッ!!」
「なっ――!?」
体を強引に捻り、俺は振り向きざまに右ストレートを放った。拳が当たる瞬間に見えたのは、芯が折れて形を失う炎剣と、驚愕に染まる木山の顔だった。
「ごっ……!?」
硬く握った拳が、木山の鳩尾を正確に捉える。内臓が軋む感覚があり、木山の顔が一気に歪んだ。
だが追撃の手は止めない。俺は宙を泳ぐ木山の腕を左手で引っ張り、釣られて前に出た木山の頭に、思い切り頭突きを叩き込んだ。
「がぁッ!!?」
木山の叫びが続くが、まだ手は止めない。離さなかった左手をもう一度引っ張り、刺すようなボディーブローを顔面に放む。
しかしその一撃は、木山の右手に生まれた炎剣に遮られた。
「うおッ!!」
「ぐあぁッ!!」
一瞬の拮抗の後、炎剣はすぐに内部崩壊を起こし、粉々に砕け散った。解放された業火は暴れ回り、空気を一瞬で焦がしていく。それを吸い込んだのか、喉がひりつくように痛んだ。
「(これで……どーだ?)」
喉に違和感を抱きながら、巻き上がった砂埃を見つめる。しかし不自然な風が吹き、砂のカーテンはすぐに薙ぎ払われていった。
「今、のは……?」
そこには、木山春生が立っていた。
内臓を損傷し、脳を揺さぶられ、炎の奔流に呑み込まれても、まだ倒れない。ボロボロの足で立ち上がり、変わらぬ紅い瞳で俺を見据えている。
「……瞬間的に『
「………」
『
そこで俺は、俺への
あとは勝手に崩れるのを待てばいい。複雑な計算は、ほんの小さなミスで答えを大きく狂わせるのだから。
「だが、何故こんな事が……?」
「そんなに不思議ですかね」
正直に言うと、木山が精神感応を使うのは分かっていた。『相手の考えが分かる』という能力を出し惜しむ理由は無いし、そもそも先ほどの指摘で、精神感応を使う確認できたからである。
「それに、
「まあ、見慣れてるんで」
「見慣れてる?」
「ええ、毎日見てますよ」
そして空間移動は、他に類を見ない、それこそ使わない方が不自然なほど強力な能力だ。
同時に、涼乃と白井の能力でもある。
俺は177支部にいて、空間移動など飽きるほど見てきた。どこに移動するのが良いのか、どの頻度なら可能なのか、くらいは自然と理解できる。
「1個だけ訂正しときます」
「………」
「攻撃手段は、ある」
握った拳を前に突き出す。人類で最も原始的で、最も身近な武器を携えて、俺は宣言した。
その時だった。
『せんせー』
「んなっ……!?」
響いたのは、余りにも場違いな子供の声。
すぐに辺りを見渡すが、子供なんてどこにもいない。幻聴かと思ったが、声は次々と増えていく。まるで、賑やかな教室にいるように。
『せんせー』
『木山せんせー』
木山……木山春生のことか?
ならこれは、精神感応を反射したことで、俺が木山の脳内を逆に読み取っているのか?
だとすればこれは、木山春生の記憶……?
―――
―――――
―――――――
―――――――――
―――――――
―――――
―――
「…………何だ、これ」
木山春生が、とある実験のために『
そこにどこか温もりを感じていたこと。
実験を作為的に失敗に追い込まれ、すべてを見失ってしまったこと。
そのどれもこれもが、木山春生の記憶だった。
「――ッ!?観られた、のか……っ!?」
傷だらけの手で頭を押さえる木山は、とても弱々しく見える。しかし、
「『置き去り』を使って、あんな実験が……?」
「くっ……がぁ!?」
木山が右手に炎を出すが、刀の形に収束する前に霧散する。能力の演算に集中できていないようだ。
……いや、それも当たり前だ。
先ほどの拳や爆発を受けて、並の女性が耐えられるはずがない。演算どころか、立っているのが不思議なくらいだ。
「何で、そんな……」
「……あの実験の正体は、『能力体結晶の投与実験』だったんだ。裏工作はあったがね」
木山は視線を落として、鏡に話しかけるように口を開いた。言葉1つひとつが古傷を抉るようで、思わず目を逸らしたくなる。
「能力体結晶……?」
「……体晶とも言う。意図的に能力を暴走させる薬品だよ。麻薬とでも思えばいい」
麻薬。それは絶対に許されない――許してはならない存在だ。それを意図的に――あろうことか他人に投与するなど、絶対にあってはならない。
「薬物、実験……」
「……そう、薬物実験だ。あの子達を使い捨てのモルモットにしてね」
所長室にあった、手作り感溢れる写真立て。
そこに写っていた生徒達が、実験の被験者であり、被害者なのだろう。あんなに純真な笑顔を浮かべる、何の罪もない子供達が。
「……私が何故、こんな物を作ったと思う?」
倒れまいとする木山が、ポケットから小さな機械を取り出した。それは音楽プレーヤーの形をした都市伝説。この事件のきっかけにして、最大の原因。
「……実験以来、今も眠り続けているあの子達を目覚めさせるためだ」
「……?」
「1万人分の演算力を以てすれば、回復手段を得られるはずなんだ」
……代理演算みたいなものだろうか?木山の目的は能力ではなく、大規模なネットワークそのもの?
そう言えば木山は、
しかし、代理演算ならば――
「……『
「23回」
「?」
「『
そう告げる木山は、初めから俺の言葉など求めていなかった。俺が思いつく程度の事など、とうの昔に試し終えたに決まっている。
「私は……あの子達を救うためなら何だってする。救わねば、『先生』などと呼ばれる資格は無い……!!」
「……それは」
「君に何が分かる!!」
木山を中心に、凄まじい風が放射線状に吹き抜けた。
木山は今、目の前にいる。なのに、その存在は今までで最も強くて、そして遠くに見えた。
「あの演算力があれば、あの子達を助けれるはずだった。もう一度、日の下で走らせることもできた。なのに却下された!!23回すべて!!!」
見開かれた紅い瞳は、その声は。俺の足を地面に縫い付けるには十分だった。
先生の目的は、大切な生徒を救い出すこと。
たとえ、この街すべてを敵に回しても。
「……許されるなんて思っていない。統括理事会が絡んでいる以上、殺されたっておかしくない」
「………」
「でも足掻き続けると決めたんだ!!教師が生徒を諦めるなんて出来ない――――!!!」
ぶるり、と。拳が震えた。
もうダメだと、俺は負けたのだと、そう直感する。俺は拳を握ることに、躊躇いを覚えてしまっている。そんな拳では、もう戦えない。
そんな俺の意思が表れたかのように、空気が揺れ、ガラスにヒビが入るような音が続いた。
「――ぁ、アぁ!?これ、は……!?」
「……ちょっ!?」
「ぎッ!?がッ、ァァァあああッッ!!!」
叫びにならない叫びが続く。少し遅れて、ガラスが砕けた音が広がった
そして。
そして。
そして――――『何か』が生まれた。
「…………は?」
木山の体が崩れ落ちる。まるで、魂が吸い取られたように。しかし、そこに駆け寄ることはできなかった。
頭が真っ白になる。それは困惑でも驚愕でも、ましてや恐怖に支配された訳でもない。
単純に、理解できなかったのだ。
『――――――』
『何か』の全長50cmほど。ねばりとした半透明の液体に包まれ、その場で静かに浮かんでいた。体表からは歪な突起物が伸びて、やがて手足の形に整っていく。
『――――ギ、ィ』
俺の理解に関係なく、『何か』の進化は続く。
口。耳。鼻。そして眼が、体表を刃物で切ったように浮かび上がる。血走った眼球は爬虫類のように蠢き、焦点が定まっていない。
そして『何か』は、まるで生を受けたばかりの胎児のように。
『ぎっ?ギ?キィ゙ァァァアアアァぁぁぁッッッ!!!』
理解の外側で、産声を上げた。