とある風紀委員の日常   作:にしんそば

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第11話

 

 

 

 

 

「終わった、か」

 

 木山春生のその声に、返事は無かった。返ってくるとも思ってないが。

 能力で作った防壁を崩すと、その先には、更地に近い景色が広がっていた。

 

「恨んでもらって構わんよ。分かってもらえないだろうが、手荒な事はしたくなかったんだ」

 

 そこに横たわる少年――前原君に対し、私は開き直るように告げた。背中の出血は深刻だが、意識もろとも吹っ飛んだのか、悶え苦しむ様子はない。

 私は無防備に歩み寄り、血だらけの背中に手を当てた。柔らかな肉の感触は忌避感を刺激し、嫌な過去を想起させる。

 

「(……こんな体1つで、私の攻撃を受け止めていたのか)」

 

 罪悪感に心臓を掴まれがら、肉体再生(オートリバース)でその傷を塞いでいく。やがて完成した綺麗な背中は、まるで先ほどの戦いが無かったようにも見えた。その内に秘めた痛みなど、とてもじゃないが想像できない。

 

「…………ぅ」

「……冗談だろう?」

 

 足元から聞こえた声に、思わず笑いそうになる。見ると、前原君の右手が、微かに動いていたのだ。まるで、何かを掴もうとするように。

 

 ……死なないように調節したとはいえ、量子変速(シンクロトロン)の破壊力は並ではないはず。こんなに早く意識を取り戻せるはずがない。

 

「(巻き上がった砂が爆発の威力を緩和したのか……もしくは無意識に反射を……?)」

「あ……、ぁ?」

「……君はよく戦ったよ」

 

 寒気すら覚える呻き声に、私は静かに語りかけた。讃えるような声の裏側には、明らかな畏怖の念がある。

 

「この騒ぎはもうじき終わる。全ては元通りになる。君は何も心配しなくていい」

「待……、よ……」

 

 出来るだけ優しい声で諭すが、前原君は私の足首を掴み、抵抗の意を示した。力は弱いが、そこには確かな『強さ』があった。

 

「あまり無理はするな」

「ぎ……がっぁ……!!っあ゙……!?」

「傷口は塞いだが、痛みが無くなった訳じゃない。変に動くと気が狂ってしまうぞ」

 

 泥だらけの白衣を脱いで、背中を晒す前原君に羽織らせる。まるで、眠る子供に毛布を掛けるように。

 

「私はもう行くよ。統括理事会が動く前に片をつけねばならない」

「……、ょ……」

「助けはじきに来る。少し休んで――」

「――待て……っつってんだろうがッ!!」

「――っ!!」

 

 ゾワリと、全身が震えた。うなじに切っ先を突きつけられたように、その声で動きが止まる。やがて勝手に、そしてゆっくりと首が動き、視線を後ろに移した。

 そこにいたのは、1人の少年。瞳の闘志は萎えるどころか、今まで以上に激しく燃え上がっている。

 

 どれだけ頼りなくとも、どれだけ打ちのめされても。

 前原将貴は、何度だって立ち上がる。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 ……?

 

 ここ、どこだ……?

 

 沈んでいるような浮遊感に、手足に枷がついたような不自由感……水中、か?何で……まぁいいか。

 

 ………?何か……沈んできた。

 

 あれは……人だ。夥しいほどの、人の群れだ。

 

 ……あの黒髪の子は……佐天さんか。

 

 ……ああ、すれ違った。佐天さんが、俺より深くに沈んでいく。

 

 ………。

 

 あれ、あの薄茶色の髪は……。

 

 あ、すれ違った。

 

 涼乃が、沈んでゆく。深い深い水の底に。

 

 ――待て。行くな。

 

 どこにも行かないでくれ。

 

 頼むから。

 

 俺から離れないでくれ。

 

 涼乃がいないと、俺は何もできないんだ。

 

 だから、待て。待て――――

 

 

 

「――待て……っつってんだろうがッ!!」

 

 そう叫んで、前原将貴は目が覚めた。

 視界には、黄土色に乾いた土が広がっている。それをきっかけに、揺蕩っていた意識が、スイッチを入れたようにクリアになる。

 

「……ッ!?」

 

 大きく深呼吸して、俺は震える足で立ち上がる。背中が皮膚が溶けるように痛むが、不思議なことに傷は無い。

 

「……まだ動けるのか……最近の風紀委員(ジャッジメント)はみんなこうなのか?」

「……大人しく捕まれば、いくらでも聞かせてあげますよ」

 

 ……今のは本当にやばかった、と思う。

 完全に予想外、かつ死角からの攻撃が直撃したんだ。病院で目覚めてもおかしくなかった。背中が無傷の理由が分からないが、いま気にする事ではない。

 

「……仕方ない。では今度こそ幕引きにしよう」

「……そうしましょうか」

 

 木山の右手に、全長1メートルほどの剣が生み出される。黄金色の奔流が心臓のように脈打ち、余程の高温なのか、刀身からは陽炎が立っていた。

 

「………」

「………」

 

 刹那の沈黙。

 立ち込める陽炎が空気を歪めた、その瞬間。

 

 ――木山春生が消失した。

 

「――――」

 

 思考に空白が生まれる。

 その原因は困惑や驚愕――ではなく、()()

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 

「――ふッ!!」

「なっ――!?」

 

 体を強引に捻り、俺は振り向きざまに右ストレートを放った。拳が当たる瞬間に見えたのは、芯が折れて形を失う炎剣と、驚愕に染まる木山の顔だった。

 

「ごっ……!?」

 

 硬く握った拳が、木山の鳩尾を正確に捉える。内臓が軋む感覚があり、木山の顔が一気に歪んだ。

 だが追撃の手は止めない。俺は宙を泳ぐ木山の腕を左手で引っ張り、釣られて前に出た木山の頭に、思い切り頭突きを叩き込んだ。

 

「がぁッ!!?」

 

 木山の叫びが続くが、まだ手は止めない。離さなかった左手をもう一度引っ張り、刺すようなボディーブローを顔面に放む。

 しかしその一撃は、木山の右手に生まれた炎剣に遮られた。

 

「うおッ!!」

「ぐあぁッ!!」

 

 一瞬の拮抗の後、炎剣はすぐに内部崩壊を起こし、粉々に砕け散った。解放された業火は暴れ回り、空気を一瞬で焦がしていく。それを吸い込んだのか、喉がひりつくように痛んだ。

 

「(これで……どーだ?)」

 

 喉に違和感を抱きながら、巻き上がった砂埃を見つめる。しかし不自然な風が吹き、砂のカーテンはすぐに薙ぎ払われていった。

 

「今、のは……?」

 

 そこには、木山春生が立っていた。

 内臓を損傷し、脳を揺さぶられ、炎の奔流に呑み込まれても、まだ倒れない。ボロボロの足で立ち上がり、変わらぬ紅い瞳で俺を見据えている。

 

「……瞬間的に『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)』に干渉し、ネットワークを乱したのか」

「………」

 

 『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)』とは、能力者それぞれが持つ独自の世界――言わば能力の源のことだ。簡単に言えば『信じる力』だが、特徴として『同系統の能力の干渉を受けやすい』というのがある。

 

 そこで俺は、俺への精神感応(テレパス)を反射して、木山の『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)』に強引に干渉したのだ。

 あとは勝手に崩れるのを待てばいい。複雑な計算は、ほんの小さなミスで答えを大きく狂わせるのだから。

 

「だが、何故こんな事が……?」

「そんなに不思議ですかね」

 

 正直に言うと、木山が精神感応を使うのは分かっていた。『相手の考えが分かる』という能力を出し惜しむ理由は無いし、そもそも先ほどの指摘で、精神感応を使う確認できたからである。

 

「それに、空間移動(テレポート)の移動先が……?」

「まあ、見慣れてるんで」

「見慣れてる?」

「ええ、毎日見てますよ」

 

 そして空間移動は、他に類を見ない、それこそ使わない方が不自然なほど強力な能力だ。

 

 同時に、涼乃と白井の能力でもある。

 俺は177支部にいて、空間移動など飽きるほど見てきた。どこに移動するのが良いのか、どの頻度なら可能なのか、くらいは自然と理解できる。

 

「1個だけ訂正しときます」

「………」

「攻撃手段は、ある」

 

 握った拳を前に突き出す。人類で最も原始的で、最も身近な武器を携えて、俺は宣言した。

 

 その時だった。

 

 

 

『せんせー』

 

 

 

「んなっ……!?」

 

 響いたのは、余りにも場違いな子供の声。

 すぐに辺りを見渡すが、子供なんてどこにもいない。幻聴かと思ったが、声は次々と増えていく。まるで、賑やかな教室にいるように。

 

『せんせー』

『木山せんせー』

 

 木山……木山春生のことか?

 ならこれは、精神感応を反射したことで、俺が木山の脳内を逆に読み取っているのか?

 だとすればこれは、木山春生の記憶……?

 

 

 

 ―――

 

 

 

 ―――――

 

 

 

 ―――――――

 

 

 

 ―――――――――

 

 

 

 ―――――――

 

 

 

 ―――――

 

 

 

 ―――

 

 

 

「…………何だ、これ」

 

 木山春生が、とある実験のために『置き去り(チャイルドエラー)』に教鞭をとっていたこと。

 そこにどこか温もりを感じていたこと。

 実験を作為的に失敗に追い込まれ、すべてを見失ってしまったこと。

 

 そのどれもこれもが、木山春生の記憶だった。

 

「――ッ!?観られた、のか……っ!?」

 

 傷だらけの手で頭を押さえる木山は、とても弱々しく見える。しかし、弱竹(なよたけ)のようにどれだけ揺らされても、決して折れない。

 

「『置き去り』を使って、あんな実験が……?」

「くっ……がぁ!?」

 

 木山が右手に炎を出すが、刀の形に収束する前に霧散する。能力の演算に集中できていないようだ。

 

 ……いや、それも当たり前だ。

 先ほどの拳や爆発を受けて、並の女性が耐えられるはずがない。演算どころか、立っているのが不思議なくらいだ。

 

「何で、そんな……」

「……あの実験の正体は、『能力体結晶の投与実験』だったんだ。裏工作はあったがね」

 

 木山は視線を落として、鏡に話しかけるように口を開いた。言葉1つひとつが古傷を抉るようで、思わず目を逸らしたくなる。

 

「能力体結晶……?」

「……体晶とも言う。意図的に能力を暴走させる薬品だよ。麻薬とでも思えばいい」

 

 麻薬。それは絶対に許されない――許してはならない存在だ。それを意図的に――あろうことか他人に投与するなど、絶対にあってはならない。

 

「薬物、実験……」

「……そう、薬物実験だ。あの子達を使い捨てのモルモットにしてね」

 

 所長室にあった、手作り感溢れる写真立て。

 そこに写っていた生徒達が、実験の被験者であり、被害者なのだろう。あんなに純真な笑顔を浮かべる、何の罪もない子供達が。

 

「……私が何故、こんな物を作ったと思う?」

 

 倒れまいとする木山が、ポケットから小さな機械を取り出した。それは音楽プレーヤーの形をした都市伝説。この事件のきっかけにして、最大の原因。

 

 幻想御手(レベルアッパー)

 

「……実験以来、今も眠り続けているあの子達を目覚めさせるためだ」

「……?」

「1万人分の演算力を以てすれば、回復手段を得られるはずなんだ」

 

 ……代理演算みたいなものだろうか?木山の目的は能力ではなく、大規模なネットワークそのもの?

 そう言えば木山は、多才能力者(マルチスキル)を『副産物』と言っていた。つまり本来の目的は、その演算力だったのだろうか?

 

 しかし、代理演算ならば――

 

「……『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』は?」

「23回」

「?」

「『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』の使用を申請して、却下された回数だよ。連中は、初めから私に使わせるつもりなんて無かった」

 

 そう告げる木山は、初めから俺の言葉など求めていなかった。俺が思いつく程度の事など、とうの昔に試し終えたに決まっている。

 

「私は……あの子達を救うためなら何だってする。救わねば、『先生』などと呼ばれる資格は無い……!!」

「……それは」

「君に何が分かる!!」

 

 木山を中心に、凄まじい風が放射線状に吹き抜けた。

 木山は今、目の前にいる。なのに、その存在は今までで最も強くて、そして遠くに見えた。

 

「あの演算力があれば、あの子達を助けれるはずだった。もう一度、日の下で走らせることもできた。なのに却下された!!23回すべて!!!」

 

 見開かれた紅い瞳は、その声は。俺の足を地面に縫い付けるには十分だった。

 先生の目的は、大切な生徒を救い出すこと。

 たとえ、この街すべてを敵に回しても。

 

「……許されるなんて思っていない。統括理事会が絡んでいる以上、殺されたっておかしくない」

「………」

「でも足掻き続けると決めたんだ!!教師が生徒を諦めるなんて出来ない――――!!!」

 

 ぶるり、と。拳が震えた。

 もうダメだと、俺は負けたのだと、そう直感する。俺は拳を握ることに、躊躇いを覚えてしまっている。そんな拳では、もう戦えない。

 そんな俺の意思が表れたかのように、空気が揺れ、ガラスにヒビが入るような音が続いた。

 

「――ぁ、アぁ!?これ、は……!?」

「……ちょっ!?」

「ぎッ!?がッ、ァァァあああッッ!!!」

 

 叫びにならない叫びが続く。少し遅れて、ガラスが砕けた音が広がった

 

 そして。

 そして。

 そして――――『何か』が生まれた。

 

「…………は?」

 

 木山の体が崩れ落ちる。まるで、魂が吸い取られたように。しかし、そこに駆け寄ることはできなかった。

 頭が真っ白になる。それは困惑でも驚愕でも、ましてや恐怖に支配された訳でもない。

 単純に、理解できなかったのだ。

 

『――――――』

 

 『何か』の全長50cmほど。ねばりとした半透明の液体に包まれ、その場で静かに浮かんでいた。体表からは歪な突起物が伸びて、やがて手足の形に整っていく。

 

『――――ギ、ィ』

 

 俺の理解に関係なく、『何か』の進化は続く。

 口。耳。鼻。そして眼が、体表を刃物で切ったように浮かび上がる。血走った眼球は爬虫類のように蠢き、焦点が定まっていない。

 そして『何か』は、まるで生を受けたばかりの胎児のように。

 

『ぎっ?ギ?キィ゙ァァァアアアァぁぁぁッッッ!!!』

 

 理解の外側で、産声を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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