とある風紀委員の日常   作:にしんそば

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第13話

 

 

 

 

 

 あまりに現実味が無い場面に遭遇すると、不思議と人は笑うらしい。それは珍しいものを見た満足感か、はたまた現実逃避か、前原将貴には判断がつかなかった。

 

『dsdrg屈snlntgaaaaaaa――――ッッ!!!』

「……ははっ」

 

 重金属を押し潰したような轟音と共に、数百もの触手が収束していく。

 そうして出来上がったのは、あらゆる物を押し潰し、練り混ぜ、強引に形を整えたような、荒々しくも猛々しい翼だった。左右合わせて10メートルを超す双翼は、空を駆け巡るための物ではないだろう。

 

「……なんだ、あれ」

 

 体表も、半透明から、灰色がかかった薄汚い紫に変わっている。『何か』の頭上にあるオレンジ色のリングも、徐々に光量が増しているのが分かる。

 

「………」

 

 背部の翼。

 頭上の輪。

 人間に非ず、圧倒的。

 

 それはまるで――――『天使』だ。

 

「(冗談キツイな……)」

 

 目の前の存在が異常すぎて、対抗の意志すら揺らぎそうになる。

 あんなバケモノに考え無しに飛び込んでは、命が幾つあっても足りやしない。もう少し観察したいが……『天使』にはそんなの関係ない。

 

『hzkna悪yrsnidust』

「マジか……!!」

 

 重い爆音と共に、『天使』がその片翼を振り下ろした。図体のため速度は遅いが、その破壊力は凄まじいの一言に尽きる。衝撃波だけで体幹を揺さぶられてしまった。

 それを何とか躱した先では、既にもう片方の翼が下ろされていた。大質量の塊がゆっくりと迫る光景には、もはや雄大さすらある。

 

「――くッ!!」

 

 左足で思い切り地面を踏み、弾かれたように真横へ飛ぶ。ズキリ、と倍の負荷がかかった足首が痛むが、人肉ミンチにされるよりはマシだ。

 直後、破壊の鉄槌が下ろされた。

 

「――ッ!!」

 

 衝撃音よりも早く、猪に突進されたような衝撃が背中を叩いた。翼が当たったのではない。翼に潰され、逃げ道を失った空気が、凄まじい速度で俺の体に当たったのだ。

 

「げふっ!!がぶっ!!」

 

 想定外の衝撃に、反射は機能しなかった。俺は野球ボールのように地面を転がるが、なんとか立ち上がれた。

 中ほどから翼を失った『天使』は、特に気にした様子もなく、翼を空に遊ばせている。自身の破壊は覚悟の上なのか、それとも単に頭が悪いだけなのか。答えはすぐに分かった。

 

『ntstk欲gdsmiッッ!!』

「なるほどねぇ……」

 

 理解不能な叫びを耳に、思わず泣きそうな声がこぼれる。散乱した残骸や瓦礫がひとりでに集まり、再び『天使』の翼を形成していたのだ。

 翼を犠牲にした理由は至極単純。いくら壊れても再生できるからだ。

 

「(死なない特攻とかただのイジメだろ……)」

 

 更なる能力が付加される訳でも、速力や防御が増す訳でもない。ただただ巨大な力の塊だ。

 それ故に、単純だからこそ、対抗手段が無い。

 

『sn恐tknihzyrdッッ』

「ああもう!!」

 

 考える暇も無く、2度目の攻撃が襲いかかる。今度は翼を振り下ろすと同時に、氷の杭と水鉄砲が広範囲に降り注がれた。逃げ場を無くしたうえで、確実に俺を仕留めるためだろう。

 

「(……全ての反射を右手に――)」

 

 俺はその場で立ち止まり、短く息を吐いた。右手を岩のように硬く握り、翼の攻撃に合わせて、矢を放つように突き上げる。

 直後、地面が破裂したような爆音が響いた。歪な翼が地面を均すが、それに抗う影が1つ。

 

「ぉぉぉぉおおおおッッ!!」

 

 突き上げた右手を構え直し、俺は下ろされた翼を駆け上った。一刻も早く、『天使』の首を刈り取るために。

 しかし人間風情が近付くことを、『天使』は許さなかった。

 

『ntms遭idsrッッ!!』

「なんっ――」

 

 見えない壁が飛んで来たのかと思った。そしてそれを認識する頃には、俺の足は宙を浮いていた。

 声を上げる時間も無く、指を動かす余裕も無く、ミサイルのような速度で高速道路の柱に激突する。太く頑丈なコンクリートに、一際大きなヒビが入った。能力が無ければ、俺の体はバラバラになっていたに違いない。

 

「ご、ぶ……っ!!?」

 

 それでも、最初の念動力(サイコキネシス)は防げず、内臓に凄まじい衝撃が走った。喉の奥から何かが迫り上がり、咳をすると、地面が真っ赤な血で彩られていた。

 

「がげぼっ!!がばっげはっ!!?」

 

 喉に何かがつっかえたように、俺は体をくの字に曲げ、熱い液体を吐き出し続けた。口から血が出るということは、内臓のどこかが傷付いたのだ。

 

『rfzbndsn妬aitdk』

「やって、くれんじゃん……!!」

 

 鈍い痛みに耐えながら、転びそうになる足で何とか立ち上がる。

 翼のせいで見落としていたが、『天使』には多才能力者(マルチスキル)もある。それも恐らく、木山先生より強力なものを。

 

「……っ!?警備員(アンチスキル)!?」

 

 動静に神経を尖らせていると、ふと高速道路の彼方から、甲高い独特のサイレンが聞こえた。サイレンが不規則に連続してるため、何台もの車両が来たのだろう。

 しかし正直な事を言えば、警備員には来てほしくない。『天使』は、普段相手をしている暴走能力者とは次元が違う。言い方は悪いが、怪我人が増えるだけだ。

 

『iydkwi嫌drktsktッッ!!』

 

 『天使』にもサイレンが聞こえたのか、リングの上に青白い物体が生まれた。それは直径3メートルほどの球体になり、そして爆散する。

 放射状に吹き飛んだ正体不明の何かは、柱を砕き、辺りを次々と破壊していった。

 

「きゃぁっ!?」

「………………え?」

 

 ――思考が、止まった。

 上方から聞こえた声は、聞き慣れたものだった。そちらを見ると、そこには穴が空いた非常階段がある。どうやら青白い物体の1つが直撃したらしい。

 

「初、春……?」

 

 ……何故、こんな所にいる?

 いや違う、何が起きた?

 …………初春が、撃たれたのか?

 

「…………クソがァッ!!」

 

 『天使』の事など忘れた俺は、重力を跳ね返して、一直線にそこに飛んだ。周りの風切り音より、歯軋りの音が俺の脳に響く。

 

「初春!!大丈夫か!!?」

「ぁ……あぁ……」

 

 その声の主――初春飾利は、非常階段の踊り場に倒れていた。体中に擦り怪我があるが、意識はあるようだ。

 しかし、明らかに様子がおかしい。俺の声にも気付いていないのか、初春は自身の掌を見つめたまま、茫然と声を震わせていた。

 

「ぁ……ぁあぁあああっ!!!」

「初春?」

 

 視線の高さを合わせるが、やはり声は届かない。変わらず掌を見つめたまま、初春は悲痛な叫びを上げていた。

 

「初春。初春ッ!!」

「あ、あぁ……?せん、ぱい……?」

 

 初春の両頬に手を当てて、強引に視線を俺に合わせる。ぐらぐらと揺れる初春の瞳は、焦点が定まっておらず、その輪郭は涙に滲んでいた。

 

「前、ばら……せんぱい……?」

「そうだ。前原だ」

「……ぅ、うぁぁぁああああっっ!!!」

 

 俺の存在を認識すると、今度は大粒の涙が溢れ出した。頬を包む両手が涙に濡れ、腕を伝わり、俺へと流れてくる。

 

「初春。落ち着いて、何があったか、ゆっくりと話してくれ。出来るか?」

「わ、っわ……わだ、し……」

「……?」

 

 ゆっくりと、初春が閉じていた掌を開いた。そこにあるのは、直径数センチほどの黒い欠片だ。精密な構造をしており、USBメモリと同じ補助記憶装置の一種なのが分かる。それが壊れて、バラバラになっているのだ。

 

「これは?」

「……ぐすっ……ぇ、……」

「……これには、何が入っていたんだ?」

「………」

 

 泣き止まない初春をゆっくり抱き締め、優しく頭を撫でる。何の抵抗も無く腕の中に収まった少女は、迷子の子供のように涙を流し、その体を震わせていた。

 

「………の…………す」

「うん?」

「……ぇ……っぇ、れ、幻想御手(レベルアッパー)の……治療プログラム、です……」

「………」

 

 ……何だ、それ。

 それはつまり、幻想御手の症状を治す――つまり『天使』のネットワークを解体するソフト、ということか?そんな物が……いや、それ以前に。

 

「……初春はどこで、これを手に入れたんだ?」

「……ひぐっ……車の、中、で……、ぇぐ、木山先せぇに、渡されたんです……『君に預ける』って……」

「……そっか」

 

 その治療プログラムが、いま破壊された。それはつまり、幻想御手の使用者を目覚めさせる方法が無くなった、ということだ。

 バックアップの有無は分からないし、仮にあったとしても、今から取りに行くのは遅すぎる。

 

「それ、なのに……わたし、は……ぁ、ぁああああッッ!!!」

 

 涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、初春は縋るように俺の制服を掴んだ。どうやら、この小さな少女には、この仕事は些か荷が重すぎたらしい。

 しかし、それでも伝わるものは伝わった。

 

「大丈夫だ初春」

「ぁ、あ……せん、ぱい……?」

「お前はよくやった。偉いぞ」

 

 抱き締めた体勢のままで、耳元で優しく囁いた。それは初春とは対称的に、落ち着いた声だったと思う。

 それが功を奏したのか、初春の嗚咽はいつの間にか聞こえなくなっていた。

 

「……でも、私のせいで――」

「それより初春、お前怪我してんじゃねーか。早く病院行けよ。佐天さんも待ってんぞ」

「え?あ、あの……先輩……?」

 

 強引すぎるのも、文脈がめちゃくちゃなのも分かってる。しかし、今は一刻も早く、初春をここから遠ざけたい。そうしないと、初春が本当に壊れてしまう。

 俺は効率的に運ぶべく、初春をお姫様抱っこした。

 

「うぇぁ!?あ、え、前原先輩!?」

「なに?」

「何じゃなくて!!えっと、その!!」

 

 別に悦に浸る趣味は無い。単にこうしないと、初春は動かないと判断しただけだ。若干の抵抗を見せる初春を無視し、階段を上がると、そこにはやはり警備員の増援がいた。

 

「黄泉川さん」

「ん?」

 

 俺達を見て、あれこれ騒ぐ警備員を無視し、俺は1人の女性に声をかけた。防護ヘルメットを被っていなかったため、見つけるのは容易かった。

 

「……前原?何でここに……もしかして、交戦中の風紀委員(ジャッジメント)ってお前のことだったのか?」

「はい。それより、この子を病院へ連れてってくれませんか?」

「……なに?」

 

 その言葉を聞いた黄泉川さんは、難しい顔をすると、今度はまっすぐ俺を睨んだ。それに応えるように、俺も黄泉川さんをまっすぐ見て、ひりつくような視線を交錯させる。

 

「……前原はどうするんだ?」

「俺にはまだ、仕事が残ってます」

「……分かった。この子は任せるじゃんよ」

「ありがとうございます」

 

 何かを感じたのか、黄泉川さんはしばらく逡巡した後、特に言及すること無く、聞き入れてくれた。ありがたい、と思ったのも束の間。

 

「ただし」

「?」

「絶対に、無理だけはするなよ」

 

 打って変わって、母親のような優しい声だった。しかしそこには、言い逃れや嘘は許さない、という強い思いも感じられる。

 警備員ではなく、俺の師として。

 

「分かってます」

「ならいい。あと今度の訓練、いつもの倍じゃん」

「えっ」

 

 え、ちょっと待って。無理すんなというのは無理だけど、ペナルティ厳しすぎません?

 しかしそんな抗議の視線は、黄泉川さんのアイスピックのような視線に呑まれて、ぱっと消えた。

 

「よし。行くぞ花頭(はなあたま)

「花頭!?って、ちょっと待ってください!!前原さんは!?」

 

 初春がなお抵抗の意を示すが、黄泉川さんには敵わない。まあ当然だ。腕っぷしで言えば、警備員でも最高クラスの黄泉川さんに、非力な初春が敵うはずがない。

 

「初春」

「え?」

「後は先輩に任しとけ」

 

 白井に伝えた言葉と、一字一句同じことを伝える。動きを止めた初春は、そのまま黄泉川さんに連れられ、パトカーで高速道路の向こうに消えていった。

 

「……ふー」

 

 車が見えなくなったのを確認して、静かに目を閉じる。警備員の声を完全に遮断し、思考の荒波を消していく。

 そして涙に濡れた拳を、ただ強く、堅く握る。

 

「………………」

 

 あの『天使』は、何をした?

 1万もの人を眠らせ、あろうことか中村涼乃を傷付けた。

 

 ――――そして、俺の後輩を泣かせた。

 

「上等だクソ野郎」

 

 ――ぶっ潰す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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