「ん?」
「うん?」
「無事だったんですね」
「まぁ、な……そう言う君は大丈夫か?」
「なんとかなりました」
「いや、その血は……」
「なんにせよ、ちょうどよかった」
溜息をついた木山先生は、返事をしながら柱に寄りかかった。復活といっても、足は完全に折れているが、意識は回復したようだ。
「質問があります。素直に答えてください」
「……私が何か言ったところで、君はそれを信用するのかい?」
「何も分からないよりはマシかと」
「……分かった。可能な限り答えよう」
「では、アレは何ですか?」
全高15メートルを超えた『天使』を指差し、そう問い掛ける。しかし木山先生は見ようともせず、自嘲げに笑うだけだ。
「すごいだろう。学会で発表すれば表彰ものだぞ」
「はっ倒しますよ」
「冗談が通じない子だな……あれはAIM拡散力場の塊だよ。幻想御手の使用者による、微弱な能力が集まり、形となったもの……『
AIM拡散力場の塊――つまり、能力者が無意識に出している、極めて微弱な力の集合体。塵が積もって山になったようなものだろうか。
「成長する原理は?」
「恐らく、周囲のAIM拡散力場を取り込んで成長しているのだろう。何故かは分からないがね」
「なら、原子力実験炉を狙う理由は?」
「……ネットワークの核であった私がいなくなったことで、意識の『総体』とも言えるものが暴走しているのかもしれないな」
「………」
「だが、能力がまだ使える以上、私の代わりとなる『核』があるはずだ」
すべてが推測の域を出ず、また行動の原理も分からない。『うっかり暴走しちゃった☆』で学園都市が崩壊するなど、それはもう悲劇じゃなくて喜劇だろう。
「対抗策は無いんですか?」
「髪飾りの子に渡した治療プログラムがある。それを使えば、アレを形成するネットワークを解体できるはずだ」
「……残念ですが、そのプログラムはアレの攻撃によって破損し、修復不可能となっていました」
「……そうか。バックアップを取っておけば良かったな」
自嘲げに笑いながら、木山先生は肩を竦めた。
やはりバックアップは取っていなかったのだろう。単純に必要なかったのかもしれないが、今となっては致命的だ。
「分かりました。ありがとうございます」
「……今のが役に立ったのか?」
「一応、やる事は決まりました」
木山先生の話が確かなら、アレを止めるには、それを形成するネットワーク――その中心となる『核』を破壊すればいい。そしてその『核』は恐らく、先ほど見た肌色の三角柱だ。
つまり、あの三角柱さえ破壊できれば、涼乃は救われる。
『yrsnin憎kisnznktaaaaaaaッッッ―――――!!!!』
それを守るのは、翼を広げると全長が30メートルに達しようとする存在。
『猛獣』なんて器に収まらない、正真正銘のバケモノ――『
「…………邪魔なんだよ。お前」
だからって、躊躇すると思ったか?
俺の命と、涼乃の命。どちらが大切か、なんて言うまでもない。そして、それを守るための覚悟なら、去年の時点で決めてるのだから。
「(……まずは様子見だ)」
相手の力量も測らず突っ込むのはただの自殺だ。それは無謀であって勇敢ではない。
その事がまだ分かってるあたり、変に頭に血が上ってる訳ではなさそうだ、と安心する。
「第2射急げ!!」
「来るぞ!!避けろォ!!」
警備員の怒声を掻き消すように、全長10メートル大の翼が地面を引き裂いた。晴天が続き、硬く乾いた地面に、深い傷跡を残していく。
「(警備員は、能力を使うまでもないってか……なら俺は、少しは脅威だと見なされてんのかね)」
『天使』に認められるなど、感極まって泣きそうである。もっとも、アレを『天使』とするならば、童話や神話はただの怪獣映画になるけれども。
「第2射いくぞ!!ってぇぇ!!!」
俺が柱の陰に隠れると、警備員が持つ超小型ミサイルが一斉に火を吹いた。その衝撃は凄まじく、遠くにいる俺の内臓を、小刻みに揺らすほどだ。
要塞すら蜂の巣にする、圧倒的な破壊の嵐。
しかし、そんなものは『天使』には通じない。
『sntkni怖lrsdkni!!』
与えたダメージを単純に考えれば、警備員の方が多いだろうが、『天使』の再生能力はそれを上回る。
しかし、まったく無意味だった訳じゃない。
「(……僅かだが、胴体の再生速度にはムラがある。やっぱ『核』はアレの中……もっと言えばド真ん中にある、ってことか?)」
相変わらず、『天使』は原子力実験炉へ向かおうとしている。警備員がそれを食い止めているが、現状では足止めになっていない。
なんとなく推測はできたし、そろそろ俺も出た方が良いだろう。
「(右手に全ての反射を……いや、リスクを考えるとまだ全身に纏わせた方が……)」
感触を確かめるように右手を握って、開いた。
俺の
「(……違うな。アレはもう、避ける避けないの問題じゃない)」
だが当然、反射領域の限定はリスクが高い。警備員のような装備ならともかく、生身であの攻撃を食らえば、冗談抜きで死ぬ。
だが、悠長な事を言ってられないのも事実。
こうしている今も、『天使』は少しずつ、確実に成長している。そして、原子力実験炉が攻撃されれば、文字通りゲームセットだ。
撤退も遅滞もダメなら、あとは戦うしかない。
『dunmrni痛sngigigggggggaaaaaaaッッッ――――!!!』
「――ッ!?」
轟ッ!!と。柱の陰から出ようとした俺の体を、空気の洪水が押し戻した。
衝撃の壁は細かく連続し、柱越しにびりびりと体を叩く。柱自体が揺れているのは、爆風と同時に能力を飛ばしたからだろうか。
それが直撃したのか、何フル装備の警備員が、野球ボールのごとく吹っ飛んできた。しかし、俺にはどうすることもできない。
「……ッ!」
竜巻のような風が収まり、柱の陰から出ると、そこは阿鼻叫喚の巷と化していた。
20人以上いた警備員は全滅。それも全員が気絶した訳ではなく、耳を覆いたくなる呻き声が、至る所から聞こえてくる。最新兵器は瓦礫の山に混ざり、特別車両も横転して、機動性を失っている。
「(バケモンが……)」
叫び1つでそれを作った怪物は、その様子に目もくれず、膿のような紅い眼球で俺を見下ろした。俺に照準を合わせたのだ。
倒れた警備員を介抱したいが、それを許す『天使』ではない。
「――ッ!!」
後退しようとした瞬間、黒い一閃が地面を両断した。俺はとっさに裏拳で反射し、軌道を斜めに逸らす。
「(砂鉄を集めて太刀を作ったのか。器用な奴め)」
黒い粒を払い、踏み込んで真上に飛ぶ。重力を反射して上空まで上がり、そこで反射を切った。
後は落ちるだけでいい。位置エネルギーを利用し、なおかつ空気抵抗を無視した人間ミサイルの完成である。
「ラァッッ!!」
『snmnh弱knizkm!!』
ぞぶり、と。刃物が人肉を突き破るような音がした。
俺の体が1本の釘のように、俺の下半身が深く『天使』に突き刺さる。 人間単体が出せる、恐らく最大の攻撃は――やはり、『天使』には届かない。
『ndwtstcbk敵lknmniii!!』
「――っ!!」
慌てて離脱を図るが、既に俺の四方八方が、青白い何かに埋め尽くされていた。それが何かは分からない……が、危機的状況なのは、本能で分かった。
「あああああぁぁぁぁぁッッ!!!」
凄まじい衝撃波が、一瞬だけ空気を叩く。『切り札』を使ってその場をやり過ごし、俺は転げ落ちるように『天使』から離れた。
「(クソッ、足止めが限界かよ!!)」
『天使』の意識を逸らすという、最低限の事は出来ている。しかしそれだけだ。
全長30メートルの怪物と持久戦など、蟷螂の斧もいいとこだ。故に短期決戦しか道は無いが、火力が圧倒的に足りない。
警備員が全滅した今、増援は期待できない。一応、木山先生もいるが、ネットワークを失った今の彼女では、何の戦力にもならない。
「………」
先ほどの『切り札』もあるが、津波のような攻撃と防御を併せ持つ『天使』相手に、効果は薄いだろう。
なんかもう八方塞がりというか、匙を天高く放り投げたい気分だ。
「(……最悪、『天使』は撃破しなくてもいい。『核』の破壊……ネットワークだけを解体できれば……ん?)」
俺の目的は、中村涼乃の救出。
そのためには、幻想御手ネットワークの解体が必須。
では、そのネットワークとは?
………
……………
…………………
………………………
「――あっ」
あった。
たった1つの逆転手――不条理な賭けに近いが、一縷の望みは、確かに残っていた。
嬲り殺しにされたくなければ、涼乃を助けたいのなら、そこに賭けるしかない。
「(なら、さっさと探さねぇと……)」
危険を承知で『天使』に背を向け、辺りを見渡す。すると、目的の人物はすぐに見つかった。視界いっぱいの瓦礫は、そこに残る異物を浮き彫りにさせたのだ。
「先生!!」
「……何だ?どうした?」
先ほど同じ場所、同じ体勢でいた女性――木山先生に、俺は怒鳴るように声をかけた。木山先生は首だけ動かし、ちらりとこちらを見た。
「木山先生。貴女は今、アレを持ってますね」
「……アレ、とは?」
「出してください」
それは事件の始まりにして、『天使』を形作るネットワークへの、唯一のアクセス手段。
能力を底上げするという、学園都市の根底を覆す都市伝説――
「……いや、今は持ってないよ」
「隠しても無駄です。さっき見せてくれたでしょう」
「……ッ!!」
俺は木山先生に目線を合わせ、まっすぐに告げた。木山先生の目が見開かれるが、すぐに細くなる。
「……何をする気だ?」
「俺が使います」
「ダメだ」
先生は珍しく感情を露わにして、明確な拒否の言葉を口にする。だが、こちらも『はいそうですか』で頷くはずもない。
「素直に答えろと言ったはずです。四の五の言わず出してください」
「ダメだ。今の状況では危険すぎる」
「……開発者がなに言ってんですか?」
本当に、いまさら何を言っているんだ。
そもそも先生が幻想御手を流布しなければ、今回の事件は起きなかった。涼乃が倒れる事も、『天使』が降臨する事もなかった。
なのに、今になって危険だからダメだと?
笑わせるな。
「アレは今までのそれとは訳が違う。周囲に漂うAIM拡散力場を吸収する程だ。使った瞬間、意識を奪われてもおかしくないんだぞ」
「他に手が無いんです。博打だろうが何だろうが、やるしかないんです」
「それが危険すぎるんだ!!君は気付いてないだろうが、君の体はとっくに限界を迎えているんだぞ!!」
先生に指を差されて、ふと自分の体に目をやる。そこで、ようやく気付いた。
手、腹、肩。
俺の体の至るところが、葡萄を潰したように変色していた。中には鮮やかな赤もあり、遅れて来るであろう痛みを考えると、今から目眩がしそうだ。
――でも。
「だから何なんだよ!!んな事言ってる場合じゃねぇんだよ!!」
「分からない子だな!!」
「アンタこそ分かってんのか!?このままじゃ、あの子達だって救われない!!」
その言葉に、木山先生の口がついに止まる。
俺自身、もう何を言っているのか分からない。
「このままアレが止まらなければ……貴女が死ねば、あの子達は二度と助かりません。それで良いんですか?」
「……良い訳が無いだろう」
「だったら、託してください。俺に、あの子達の未来を」
ふと我に返り、自身の台詞に少し恥ずかしくなる。しかし木山先生には効果覿面だったのか、独り言のような呟きが聞こえた。
「……死ぬかもしれないぞ」
「でも、みんなを救えるかもしれません」
「……君はあれだな。きっと頭が悪いんだな」
諦めたというより呆れたような顔で、木山先生は手を差し出した。
そこに握られた、1つの機械。1つの想い。
それを、この手で確かに受け取った。
「ありがとうございます」
「君はどうせ、私が拒んだら無理にでも奪い取る気だろう。それなら、素直に渡した良いと思っただけさ」
どこか弛緩した空気の中、俺は音楽プレーヤーから伸びたイヤホンを耳にかける。 慣れた動作のはずなのに、気持ちはよく分からないままだ。
「………」
これは正真正銘、最後の手段。
誰よりも強くなりたいとか、
だから、今だけでいい――涼乃1人を護れる力を。
「…………よし」
そう自身に言い聞かせ、俺は再生ボタンを押した。
越えてはならない一線を、越えた。