とある風紀委員の日常   作:にしんそば

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第14話

 

 

 

 

 

「ん?」

「うん?」

 

 警備員(アンチスキル)の制止を振り切り、高速道路から飛び降りた前原将貴は、そこで1人の女性と再会した。

 幻想御手(レベルアッパー)事件の首謀者、木山春生である。別れたのは数分前だが、不思議と久しぶりに見た気分だ。

 

「無事だったんですね」

「まぁ、な……そう言う君は大丈夫か?」

「なんとかなりました」

「いや、その血は……」

「なんにせよ、ちょうどよかった」

 

 溜息をついた木山先生は、返事をしながら柱に寄りかかった。復活といっても、足は完全に折れているが、意識は回復したようだ。

 

「質問があります。素直に答えてください」

「……私が何か言ったところで、君はそれを信用するのかい?」

「何も分からないよりはマシかと」

「……分かった。可能な限り答えよう」

「では、アレは何ですか?」

 

 全高15メートルを超えた『天使』を指差し、そう問い掛ける。しかし木山先生は見ようともせず、自嘲げに笑うだけだ。

 

「すごいだろう。学会で発表すれば表彰ものだぞ」

「はっ倒しますよ」

「冗談が通じない子だな……あれはAIM拡散力場の塊だよ。幻想御手の使用者による、微弱な能力が集まり、形となったもの……『幻想猛獣(AIMバースト)』とでも呼ぼうか」

 

 AIM拡散力場の塊――つまり、能力者が無意識に出している、極めて微弱な力の集合体。塵が積もって山になったようなものだろうか。

 

「成長する原理は?」

「恐らく、周囲のAIM拡散力場を取り込んで成長しているのだろう。何故かは分からないがね」

「なら、原子力実験炉を狙う理由は?」

「……ネットワークの核であった私がいなくなったことで、意識の『総体』とも言えるものが暴走しているのかもしれないな」

「………」

「だが、能力がまだ使える以上、私の代わりとなる『核』があるはずだ」

 

 すべてが推測の域を出ず、また行動の原理も分からない。『うっかり暴走しちゃった☆』で学園都市が崩壊するなど、それはもう悲劇じゃなくて喜劇だろう。

 

「対抗策は無いんですか?」

「髪飾りの子に渡した治療プログラムがある。それを使えば、アレを形成するネットワークを解体できるはずだ」

「……残念ですが、そのプログラムはアレの攻撃によって破損し、修復不可能となっていました」

「……そうか。バックアップを取っておけば良かったな」

 

 自嘲げに笑いながら、木山先生は肩を竦めた。

 やはりバックアップは取っていなかったのだろう。単純に必要なかったのかもしれないが、今となっては致命的だ。

 

「分かりました。ありがとうございます」

「……今のが役に立ったのか?」

「一応、やる事は決まりました」

 

 木山先生の話が確かなら、アレを止めるには、それを形成するネットワーク――その中心となる『核』を破壊すればいい。そしてその『核』は恐らく、先ほど見た肌色の三角柱だ。

 つまり、あの三角柱さえ破壊できれば、涼乃は救われる。

 

『yrsnin憎kisnznktaaaaaaaッッッ―――――!!!!』

 

 それを守るのは、翼を広げると全長が30メートルに達しようとする存在。

 『猛獣』なんて器に収まらない、正真正銘のバケモノ――『幻想天使(AIMリボーン)』。

 

「…………邪魔なんだよ。お前」

 

 だからって、躊躇すると思ったか?

 俺の命と、涼乃の命。どちらが大切か、なんて言うまでもない。そして、それを守るための覚悟なら、去年の時点で決めてるのだから。

 

「(……まずは様子見だ)」

 

 相手の力量も測らず突っ込むのはただの自殺だ。それは無謀であって勇敢ではない。

 その事がまだ分かってるあたり、変に頭に血が上ってる訳ではなさそうだ、と安心する。

 

「第2射急げ!!」

「来るぞ!!避けろォ!!」

 

 警備員の怒声を掻き消すように、全長10メートル大の翼が地面を引き裂いた。晴天が続き、硬く乾いた地面に、深い傷跡を残していく。

 

「(警備員は、能力を使うまでもないってか……なら俺は、少しは脅威だと見なされてんのかね)」

 

 『天使』に認められるなど、感極まって泣きそうである。もっとも、アレを『天使』とするならば、童話や神話はただの怪獣映画になるけれども。

 

「第2射いくぞ!!ってぇぇ!!!」

 

 俺が柱の陰に隠れると、警備員が持つ超小型ミサイルが一斉に火を吹いた。その衝撃は凄まじく、遠くにいる俺の内臓を、小刻みに揺らすほどだ。

 

 要塞すら蜂の巣にする、圧倒的な破壊の嵐。

 しかし、そんなものは『天使』には通じない。

 

『sntkni怖lrsdkni!!』

 

 与えたダメージを単純に考えれば、警備員の方が多いだろうが、『天使』の再生能力はそれを上回る。

 しかし、まったく無意味だった訳じゃない。

 

「(……僅かだが、胴体の再生速度にはムラがある。やっぱ『核』はアレの中……もっと言えばド真ん中にある、ってことか?)」

 

 相変わらず、『天使』は原子力実験炉へ向かおうとしている。警備員がそれを食い止めているが、現状では足止めになっていない。

 なんとなく推測はできたし、そろそろ俺も出た方が良いだろう。

 

「(右手に全ての反射を……いや、リスクを考えるとまだ全身に纏わせた方が……)」

 

 感触を確かめるように右手を握って、開いた。

 俺の全反射(ハーモニクス)には、ある特性がある。『反射する領域を限定するとより強力になる』、というものだ。先ほどの攻撃も、右手のみに反射を限定させ、上限を強引に底上げしたからこそ耐えれたのだ。

 

「(……違うな。アレはもう、避ける避けないの問題じゃない)」

 

 だが当然、反射領域の限定はリスクが高い。警備員のような装備ならともかく、生身であの攻撃を食らえば、冗談抜きで死ぬ。

 だが、悠長な事を言ってられないのも事実。

 こうしている今も、『天使』は少しずつ、確実に成長している。そして、原子力実験炉が攻撃されれば、文字通りゲームセットだ。

 撤退も遅滞もダメなら、あとは戦うしかない。

 

『dunmrni痛sngigigggggggaaaaaaaッッッ――――!!!』

「――ッ!?」

 

 轟ッ!!と。柱の陰から出ようとした俺の体を、空気の洪水が押し戻した。

 衝撃の壁は細かく連続し、柱越しにびりびりと体を叩く。柱自体が揺れているのは、爆風と同時に能力を飛ばしたからだろうか。

 それが直撃したのか、何フル装備の警備員が、野球ボールのごとく吹っ飛んできた。しかし、俺にはどうすることもできない。

 

「……ッ!」

 

 竜巻のような風が収まり、柱の陰から出ると、そこは阿鼻叫喚の巷と化していた。

 20人以上いた警備員は全滅。それも全員が気絶した訳ではなく、耳を覆いたくなる呻き声が、至る所から聞こえてくる。最新兵器は瓦礫の山に混ざり、特別車両も横転して、機動性を失っている。

 

「(バケモンが……)」

 

 叫び1つでそれを作った怪物は、その様子に目もくれず、膿のような紅い眼球で俺を見下ろした。俺に照準を合わせたのだ。

 倒れた警備員を介抱したいが、それを許す『天使』ではない。

 

「――ッ!!」

 

 後退しようとした瞬間、黒い一閃が地面を両断した。俺はとっさに裏拳で反射し、軌道を斜めに逸らす。

 

「(砂鉄を集めて太刀を作ったのか。器用な奴め)」

 

 黒い粒を払い、踏み込んで真上に飛ぶ。重力を反射して上空まで上がり、そこで反射を切った。

 後は落ちるだけでいい。位置エネルギーを利用し、なおかつ空気抵抗を無視した人間ミサイルの完成である。

 

「ラァッッ!!」

『snmnh弱knizkm!!』

 

 ぞぶり、と。刃物が人肉を突き破るような音がした。

 俺の体が1本の釘のように、俺の下半身が深く『天使』に突き刺さる。 人間単体が出せる、恐らく最大の攻撃は――やはり、『天使』には届かない。

 

『ndwtstcbk敵lknmniii!!』

「――っ!!」

 

 慌てて離脱を図るが、既に俺の四方八方が、青白い何かに埋め尽くされていた。それが何かは分からない……が、危機的状況なのは、本能で分かった。

 

「あああああぁぁぁぁぁッッ!!!」

 

 凄まじい衝撃波が、一瞬だけ空気を叩く。『切り札』を使ってその場をやり過ごし、俺は転げ落ちるように『天使』から離れた。

 

「(クソッ、足止めが限界かよ!!)」

 

 『天使』の意識を逸らすという、最低限の事は出来ている。しかしそれだけだ。

 全長30メートルの怪物と持久戦など、蟷螂の斧もいいとこだ。故に短期決戦しか道は無いが、火力が圧倒的に足りない。

 警備員が全滅した今、増援は期待できない。一応、木山先生もいるが、ネットワークを失った今の彼女では、何の戦力にもならない。

 

「………」

 

 先ほどの『切り札』もあるが、津波のような攻撃と防御を併せ持つ『天使』相手に、効果は薄いだろう。

 なんかもう八方塞がりというか、匙を天高く放り投げたい気分だ。

 

「(……最悪、『天使』は撃破しなくてもいい。『核』の破壊……ネットワークだけを解体できれば……ん?)」

 

 俺の目的は、中村涼乃の救出。

 そのためには、幻想御手ネットワークの解体が必須。

 

 では、そのネットワークとは?

 

 

 

 ………

 

 

 

 ……………

 

 

 

 …………………

 

 

 

 ………………………

 

 

 

「――あっ」

 

 あった。

 たった1つの逆転手――不条理な賭けに近いが、一縷の望みは、確かに残っていた。

 嬲り殺しにされたくなければ、涼乃を助けたいのなら、そこに賭けるしかない。

 

「(なら、さっさと探さねぇと……)」

 

 危険を承知で『天使』に背を向け、辺りを見渡す。すると、目的の人物はすぐに見つかった。視界いっぱいの瓦礫は、そこに残る異物を浮き彫りにさせたのだ。

 

「先生!!」

「……何だ?どうした?」

 

 先ほど同じ場所、同じ体勢でいた女性――木山先生に、俺は怒鳴るように声をかけた。木山先生は首だけ動かし、ちらりとこちらを見た。

 

「木山先生。貴女は今、アレを持ってますね」

「……アレ、とは?」

「出してください」

 

 それは事件の始まりにして、『天使』を形作るネットワークへの、唯一のアクセス手段。

 能力を底上げするという、学園都市の根底を覆す都市伝説――幻想御手(レベルアッパー)

 

「……いや、今は持ってないよ」

「隠しても無駄です。さっき見せてくれたでしょう」

「……ッ!!」

 

 俺は木山先生に目線を合わせ、まっすぐに告げた。木山先生の目が見開かれるが、すぐに細くなる。

 

「……何をする気だ?」

「俺が使います」

「ダメだ」

 

 先生は珍しく感情を露わにして、明確な拒否の言葉を口にする。だが、こちらも『はいそうですか』で頷くはずもない。

 

「素直に答えろと言ったはずです。四の五の言わず出してください」

「ダメだ。今の状況では危険すぎる」

「……開発者がなに言ってんですか?」

 

 本当に、いまさら何を言っているんだ。

 そもそも先生が幻想御手を流布しなければ、今回の事件は起きなかった。涼乃が倒れる事も、『天使』が降臨する事もなかった。

 なのに、今になって危険だからダメだと?

 笑わせるな。

 

「アレは今までのそれとは訳が違う。周囲に漂うAIM拡散力場を吸収する程だ。使った瞬間、意識を奪われてもおかしくないんだぞ」

「他に手が無いんです。博打だろうが何だろうが、やるしかないんです」

「それが危険すぎるんだ!!君は気付いてないだろうが、君の体はとっくに限界を迎えているんだぞ!!」

 

 先生に指を差されて、ふと自分の体に目をやる。そこで、ようやく気付いた。

 

 手、腹、肩。

 俺の体の至るところが、葡萄を潰したように変色していた。中には鮮やかな赤もあり、遅れて来るであろう痛みを考えると、今から目眩がしそうだ。

 

 ――でも。

 

「だから何なんだよ!!んな事言ってる場合じゃねぇんだよ!!」

「分からない子だな!!」

「アンタこそ分かってんのか!?このままじゃ、あの子達だって救われない!!」

 

 その言葉に、木山先生の口がついに止まる。

 俺自身、もう何を言っているのか分からない。

 

「このままアレが止まらなければ……貴女が死ねば、あの子達は二度と助かりません。それで良いんですか?」

「……良い訳が無いだろう」

「だったら、託してください。俺に、あの子達の未来を」

 

 ふと我に返り、自身の台詞に少し恥ずかしくなる。しかし木山先生には効果覿面だったのか、独り言のような呟きが聞こえた。

 

「……死ぬかもしれないぞ」

「でも、みんなを救えるかもしれません」

「……君はあれだな。きっと頭が悪いんだな」

 

 諦めたというより呆れたような顔で、木山先生は手を差し出した。

 そこに握られた、1つの機械。1つの想い。

 それを、この手で確かに受け取った。

 

「ありがとうございます」

「君はどうせ、私が拒んだら無理にでも奪い取る気だろう。それなら、素直に渡した良いと思っただけさ」

 

 どこか弛緩した空気の中、俺は音楽プレーヤーから伸びたイヤホンを耳にかける。 慣れた動作のはずなのに、気持ちはよく分からないままだ。

 

「………」

 

 これは正真正銘、最後の手段。

 誰よりも強くなりたいとか、超能力者(レベル5)になりたいとか、そんなんじゃない。何なら、明日から能力が使えなくなっても構わない。

 

 だから、今だけでいい――涼乃1人を護れる力を。

 

「…………よし」

 

 そう自身に言い聞かせ、俺は再生ボタンを押した。

 越えてはならない一線を、越えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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