とある風紀委員の日常   作:にしんそば

16 / 107
第16話

 

 

 

 

 

 数十メートルもあった『天使』は、余りにもあっさりと姿を消した。空気に溶けるように輪郭が滲み、やがて完全に見えなくなる。まるで、初めからそんなものはいなかったのだ、と言うように。

 

「……やれやれ、実験は失敗か」

 

 その様子を、木山春生は静かに眺めていた。その呟きは、どこか晴れ晴れとしている。

 

「勇敢なのか、よほどのバカなのか……何にせよ、おもしろい子だな」

 

 横になり、糸が切れたように眠る少年に、そう投げかける。他人の言う事をまるで聞かず、バカみたいに自分にまっすぐな、それこそ子供のような少年に。

 

「……ふむ」

 

 ここまで大きな事件を起こした以上、私はしばらく動けないだろう。その間の事をどうしようと思っていたが――――

 

「……彼なら」

 

 この先に待つ、超能力者(レベル5)でも抗えないような、限りなく絶望に近い運命。

 常識を打ち破って見せた彼なら、それを乗り越えれるのだろうか。

 

 彼なら――――

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 ――……ん?

 

 ……なんだ、ここ?

 

「……!……!!」

 

 ……?誰か、いるのか?

 

 ……気のせいか?

 

「……ん!……原さん!!」

 

 ……気のせいじゃ、ない。

 

 ……うるさい。誰だ……?

 

「前原さん!!」

「……あ?」

「前原さん!?良かった、気が付いたんですね!?」

 

 重たい瞼を上げると、前原将貴の目の前には、御坂美琴の顔があった。整った顔立ちは、俺と目が合うと安堵に変わる。表情豊かな少女だ。

 

「すぐに救急車が来ますから!!だから、しっかりしてください!!」

「……もーちょい音量落として」

「あ、すみません……」

 

 そう告げると、御坂は俺を起き上がらせ、幹線道路の壁を背に座らせた。手足は未だに重く、まだ万全に動けそうにない。

 

「……なあ御坂。俺、どんくらい倒れてた?」

「5分くらいです。でも心配したんですからね!!」

 

 よく見ると、御坂の制服や手が不自然に赤黒くなっていた。頬についた血すら拭わず、本当に俺を心配していたのが伺える。

 

「『天使』は?」

「少し前に消えましたよ」

「……そっか。良かった」

 

 その声に、俺は安堵の息を漏らした。頭の痛みも視界の闇も、今はもう無い。能力も、元に戻っているだろう。

 それは即ち、幻想御手(レベルアッパー)のネットワークが崩壊したことを意味する。涼乃も佐天さんも、『天使』の呪縛から解放されたのだ。

 

「……ありがとな」

「なに言ってるんです。アレを倒せたのは、他でもない前原さんのおかげじゃないですか」

「それでも、御坂がいなきゃ勝てなかった。感謝の1つぐらいするさ」

「……じゃ、そういうことにしておきます」

 

 そう言うと、御坂は恥ずかしそうに頬を掻いた。

 俺がしたのは、あくまで足止めと囮。トドメを差したのは御坂であり、誇るのもまた、俺ではない。

 

「……君は本当に無茶をしたな」

 

 すると御坂の背後から、別の声が聞こえた。

 その声の主――木山先生は、瓦礫のパイプを松葉杖にして、こちらに近付いている。その姿は痛々しいが、表情はどこか清々しかった。

 

「木山春生……アンタのせいで……」

「落ち着け御坂。この人はもう何も出来ない。警戒しなくていい」

「でも」

「頼む。今は抑えてくれ」

 

 御坂は噛み付くように木山先生を睨むが、やがてその警戒を解除した。

 友達を巻き込んだ事件の張本人を前に、怒りを覚えるのは当然だ。しかし、殴ってもどうにもならないのも、また事実だ。

 

「……アレのことはこの際いいわ。何でこんな事をしたのか、説明してくれるわよね?」

「そう睨むな。綺麗な顔が台無しだぞ」

「話を逸らさないでくれる?」

 

 パチンッと。御坂の前髪から一筋の電撃が散った。すぐ近くの俺が感電しなかったのは、超能力者(レベル5)の精密な能力コントロールのためだろうか。

 

「今は前原君と話がしたい。悪いが、君は席を外してもらえるかな?」

「はあ?外すわけないでしょ。前原さんに何するつもり?」

「御坂。先生は何もできないから、大丈夫だ」

 

 再び御坂を止めるが、今度は止めきれず、御坂は怒りを顕にした。至近距離から吠えるような怒声が響く。

 

「なんで前原さんは木山の肩を持つんですか!?中村さんが倒れたのだって、この女のせいなんですよ!?」

「知ってるよ。そのうえで大丈夫だと、俺は言ってるんだ」

「………」

「頼む、今は聞き入れてくれ」

 

 御坂は拳を強く握るが、ゆっくりと立ち上がり、少し遠くに離れてくれた。警戒心はそのままだが、それでも席を外してくれたことに感謝だ。

 

「彼女が超電磁砲(レールガン)の御坂美琴か」

「知ってたんですね」

「ああ、超能力者(レベル5)にもなると有名だからね」

 

 近くの柱に背を預け、木山先生は興味深そうな視線を御坂に向けた。超能力者(レベル5)を前に、科学者の血が騒いでいるのだろうか。

 当の御坂は、肩から火花を散らしたまま、俺達の動きを鋭く注視していた。

 

「話って、やっぱりあの子達の?」

「そうだな……いや、これは君へのお願いに近い」

 

 そうして木山は、ぽつりぽつりと話し始めた。

 普段なら望みもしない。望むまでもない。そんな小さな小さな『願い事』を。

 

「もう君にしか託せないんだ。だから、頼む……!!」

 

 俺は、それを黙って聞いていた。聞くしかなかった。

 その『願い事』の叶え方なんて、分からない。

 それでも、「分かりました」と口は動いた。その言葉に根拠なんて無いと、分かっていたのに。

 

「そうか……!!ありがとう……っ!!」

「……何で俺なんですか?」

 

 俺の純粋な疑問に、木山先生は目を丸くすると、顔を綻ばせた。それは自嘲げだが、どこか嬉しそうだ。

 

「君ならできる。そう思ったからだ」

「……いや、答えになってませんよ」

「自分でもそう思うよ」

 

 言いながらも、木山先生の表情は笑顔のままだ。

 さっきまで本気で戦っていたのに、俺に何を見出したのか。甚だ疑問だが、言われても理解できない気がする。

 

「……なら、先生は?」

「うん?」

「先生は、これからどうするんですか?」

「決まってるだろう」

 

 警備員(アンチスキル)のサイレンを耳に、俺は分かりきった質問をした。その理由は、自分でもよく分からない。

 

「私はしばらく刑務所の中だが、諦めるつもりは無い。もう一度最初からやり直すさ」

「……ええ」

「刑務所の中だろうと世界の果てだろうと、私の頭脳はここにあるのだから」

 

 夏の日差しに照らされたその笑顔は、今までの先生の中で1番自然で、眩しかった。絶望、諦観、後悔――そのどれでもない、希望に満ちた笑顔だった。

 

「……なら、早く戻ってきてくださいね。俺1人じゃキツいんで」

「ああ、そうさせてもらおう。それまで任せたよ」

「分かりま――――ぅ?」

 

 ――ぐるんっ、と。

 世界のすべてが、歪んだ。電灯のスイッチを切り換えたように、視界が極彩色で埋め尽くされる。少し遅れて、体の芯から梢まで、全身の力が抜け落ちた。

 

 どうやら、無茶をした皺寄せが一気に押し寄せたようだ。意識が暗い霧に包まれて、やがて煙のように消えていく。

 

「――――っ」

 

 その中に、1人の少女を浮かべながら。

 

 

 

 〜〜〜

 

 

 

 目を開けると、知らない天井だった。枕元の淡い電灯が、部屋全体をぼんやりと照らしている。

 

「(何だ、ここ……?)」

 

 起き上がろうとしたが、失敗する。頭から指先に至るまで、全身がやたらと重い。地上で宇宙服を着たような気分だ。

 

「……?」

 

 何とか首だけ起こして、部屋を見渡した。すると、驚くほど近くに、1人の少女がいた。

 

 中村涼乃。

 薄手の病衣を纏ったその少女が、ベッドに倒れ込むように、俺の傍で眠っていた。

 

「………」

 

 薄茶色の髪を撫でようとして、失敗する。そして、俺の右手が、涼乃にしっかりと握られてるのに気付いた。

 握られた手は血色は悪く、感覚も無いに等しい。でも、温かい、ということだけは分かった。

 

「……よかった」

 

 涼乃が無事で、本当に良かった。

 

 その呟きは、もはや反射に近かった。

 事件の解決より、学園都市崩壊の危機より、こちらの方がよほど大事だ。少なくとも俺は、そう確信している。

 

「………」

 

 事件の核心である『天使』の撃破。

 開発者である木山春生の身柄確保。

 そして、使用者の意識回復。

 

 この事件は本当に終わったのだ、と。今になって実感が湧いてきた。僅か数日の出来事だったが、その濃度が余りにも濃すぎる。

 

「………ん」

「ん?」

「ん…………ん?」

 

 感慨に耽っていると、涼乃がゆっくりと目を覚ました。涼乃は無防備に目を擦り、俺を捉えると、その目を丸くした。

 

「……しょう、き?」

「おはよう、涼――」

「――ッ!!」

 

 涼乃が飛びつくように両手を広げて、思い切り抱きついてきた。首の後ろに腕を回され、華奢な体を押し付けられる。

 アカン。やわこい。

 

「将貴……ッ!!」

「お、おう……」

「ごめん、ごめんね……ッ!!」

 

 静まり返った病室で、嗚咽が混じった声が小さく響いた。薄い布越しに、仄かな体温が伝わってくる。

 俺は一瞬躊躇ったが、重い右手を動かして、涼乃の背に手を回した。

 

「……もう、起きても大丈夫なのか?」

「……うん。ちょっと頭が痛いけど、大丈夫だよ」

「なら良かった」

 

 邪な感情も消え失せ、安堵だけが言葉となって出ていく。しかし涼乃は違うのか、ゆっくりと抱擁を解くと、睨むように俺を見つめてきた。

 

「……何が良いの」

「ん?」

「……美琴ちゃんから聞いたよ。見たこともない怪物と戦ったらしいね。それこそ、こんな傷だらけになるまで」

 

 涼乃が俺の頬に触れて、ぽつりと呟いた。湿布越しに伝わる温もりが、俺の頬を熱くする。

 今が夜で良かった。おかげで、緊張しているのがバレないで済む。

 

「な、なんだよ。良いじゃねーか、別に」

「良くないよ」

「事件は終わって、みんな助かったんだ。それで――」

「将貴が傷付いちゃ意味無いじゃん!!」

 

 その叫びは、暗い壁に反響し、俺の耳を反芻した。思考が一瞬止まるが、すぐに再起動する。

 

 ……ああ、なんだ。()()()()()()

 

「……涼乃に意味は無くても、俺にはあるよ」

「……なにそれ」

 

 中村涼乃を救うことができた。

 俺にとってはそれだけで十分だ。それ以上の意味なんて知らないし、求めてない。学園都市を救うことにはなったが、そんなのは結果論だ。俺にとっては些細な事である。

 

「俺は、涼乃が無事ならそれでいい」

「……意味分かんない」

「……そっか」

 

 ……いま、すごい恥ずかしい事を言った気がする。本音なのは間違いないが……早く忘れたい。でも忘れてほしくはない……何だこのジレンマ。

 

「……私は」

「ん?」

「私は、将貴が無事じゃないとヤだよ?」

「…………ちょっと待って」

 

 ……今の台詞は効いた。

 思いっきり抱き締めたい。押し倒したい。今なら誰も見てないぞ――――よし落ち着け。クールになれ前原将貴。

 多分、涼乃にそんな気は無い。だって涼乃だもの。元春に『度し難い鈍感』と言わしめた涼乃だもの。ここで変に動いて涼乃に嫌われたら死ねるぞ。

 落ち着け前原将貴。クールダウンだ。むしろシャットダウンしろ。

 

「そ、それはそれは痛み入ります」

「痛み?」

「何でもないです」

 

 俺の何を読み取ったのか、涼乃はもう一度、俺を抱き締めてきた。心地良い温かさと匂いに包まれ、思わず俺も抱き締めそうになる。

 

「………」

「……?」

「……くー」

 

 1分か10分か。しばらくそうしていると、耳元に甘い吐息が聞こえてきた。余程疲れていたのか、軽く揺すっても涼乃は起きない。

 でも、寝顔に浮かぶ表情が、ひどく安心していたのはひと目で分かった。

 

「(……本当に、よかった)」

 

 体を支える力が抜けて、俺はベッドに倒れた。引っ付いていた涼乃も倒れて、涼乃に押し倒されるような体勢になる。

 しかし、抗うだけの力も無いので――あっても抗わないが――俺もこのまま目を閉じるとしよう。

 

「……すー」

「……ぐー」

 

 窓の外では無数の星が溶け合い、黒のキャンパスを不均一に、そして美しく彩っている。そこに浮かんだ2つの星座は、いつもそうであるかのように、静かに寄り添っていた。

 

 

 

 〜〜〜

 

 

 

「君は、ここが病院というのを理解しているかい?」

「すいません」

 

 そして翌朝。俺の1日は、恰幅の良いカエル医の説教で幕を開けた。

 成り行きとはいえ、病院で涼乃――つまり女の子と添い寝したのだから、当然の帰結である。むしろ添い寝の代償がこれなら、安いどころか釣りで豪邸が買える。

 

「とりあえず、君の状態だけ報告しておくよ?肝臓や胃、肺といった内臓に数ヶ所の損傷があるね?どれも傷は浅いけど、これは単に運が良かっただけだよ?」

 

 さらに、可動限界を超える動きを何度もしたせいか、筋肉も傷んでいたらしい。もう少しで命の危機もあったそうだが、実感はあまり湧かない。

 

「それと、幻想御手の患者は、皆強い頭痛があるようだけど、君はどうだい?」

「頭痛ですか?別になんとも」

「ふむ、そうかい」

 

 ……そう言えば涼乃も、昨晩は『ちょっと頭が痛い』と言っていた。幻想御手に別の副作用があったのか……『天使』が脳を酷使しすぎたのだろうか?いや、なら俺が何ともないのはおかしい……のか?

 

「なんにしても、これから1週間は、能力の使用と、激しい運動を控えるんだよ?これ以上は命に関わるからね?」

 

 そう言い残すと、カエル医は俺の質問を聞かず、静かに退室した。その後、入れ替わるように別の少女達が入ってくる。

 

「まったく、あまり心配かけないでほしいですわね」

「あれあれあれぇ?能力まで使って、真っ先に病室に飛び込もうとしたのは、どこの誰でしたっけぇ?」

「白井さんもしかして……って嘘ですよぉぉぉおお!!」

「う〜い〜はぁ〜るぅ〜?」

「素直じゃないわねぇ」

「みんな、病室では静かにね」

 

 賑やかに話す後輩に、それを優しく見守る先輩、そして涼乃。

 おかげで非常識なほど騒がしくなった病室だが、俺はその方が心地良い。今まで何度も見てきたその光景に、頬が緩んでしまう。

 

「どうしたの?」

「別に。みんな元気そうでなによりだ」

 

 それこそが、俺が守りたかった日常に他ならないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。