第18話
前原将貴がどんな人かと聞かれたら、かけがえのない人だと私は答える。
共に過ごした時間は大切で、いまやかけがえのないものになっている。私のトラウマは将貴しか知らないし、一緒にいないと不安になる時だってある。
少なくとも中村涼乃は、そう思えるくらい、前原将貴の隣に心地良さを感じていた。
ならば、この状況は何なのだろう。
「………」
「………」
沈黙。
私の部屋に広がるそれは、少なくとも心地良さは与えてくれない。対面に座る将貴も同じようで、居心地悪そうに視線を泳がせていた。
「………」
「………」
見えない霧が立ち込める中、私の分だけ用意したオムライスを口に運ぶ。久しぶりに自分で作ったせいか、好物なのにあまり美味しくない。
「あの……さ、涼乃。今日のことなんだが……」
その言葉を無視して、私は夕食もそこそこに立ち上がる。シンクに食器を置いて、そのまま部屋を出ようとして――その先に立っていた将貴に止められた。
「……話を聞いてくれないか。これじゃ言いたいことも言えない」
「………」
「……とりあえず座ろう」
私の沈黙を肯定と受け取ったのか、将貴はソファーを指差し、座るよう促した。
今は1人でいたいが……まあいいか。
「………」
「………」
少し間を空けて隣に座っても、やはり水底のような沈黙が続く。いつもなら少し速くなる鼓動も、今は鳴りを潜めている。
それを誤魔化そうとして、私は半日ほど前の出来事を思い返した。
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8月5日。
夏も本番に入り、学園都市には強い日差しが降り注いでいる。街道の緑は眩しく照らされ、生き生きと輝いていた。
「わぁ〜」
「おお〜」
「すごい……」
第七学区のとある建物に、中村涼乃は魅入っていた。隣では飾利ちゃんと涙子ちゃんの後輩コンビが、同じように感嘆の声を上げている。
「これ、ホントに学生寮?すごすぎない?」
「さっすが常盤台!入る前から違いを見せつけてくれる!!」
常盤台中学女子寮。
石造りの建物は、近代的な街並みを捩じ伏せる威厳を誇っていた。白亜の壁は日本感が薄く、もはや観光地にすら思えてくるほど荘厳だった。
「見てくださいこの柱!神殿みたいです!」
「エンタシスって言ってね、中世ヨーロッパの造りだよ」
ここは普段なら入れない、ある意味秘境のような場所だが、今日だけは別だ。
常盤台の外部寮で、年に1度行われる寮祭だ。と言っても、ここは天下の常盤台。他校のそれとは次元が違う。
そんなステキイベントに美琴ちゃんから招待されため、今日だけは私達のような庶民もここに入れるのだ。
「ここで待つのも何だし、そろそろ入らない?」
「そうですね。初春ー?行くよー?」
子供のように喜ぶ飾利ちゃんを呼び、荘厳な玄関から中に入る。すると両サイドにいたメイドさん達が、流れるように挨拶をした。
「おかえりなさいませ。お嬢様」
この挨拶も予想はしていたが、いざ見てみると壮観だ。これが常盤台クオリティ、見事である。メイドさんの方が遥かにお嬢様っぽい気がするが、これでいいのだろうか。
「あ、いたいた。美琴ちゃーん」
「あ、中村さん。佐天さんに初春さんも。いらっしゃーい」
私が声をかけた先には、メイド服と制服を着た2人の少女がいた。私達を招待してくれた、黒子ちゃんと美琴ちゃんだ。さすがと言おうか、辺りの子と比べても、彼女は一際輝いているように見える。
「白井さん、ご招待ありがとうございます!!」
「いえ、それほどでも」
「さっきからホント凄いです!!この先はきっと、私達の想像を遥かに超えたものが待ち受けているに違いありません!!」
飾利ちゃんが本当にキラキラしてる。夢見る少女と言うか、夢が叶った少女と言おうか。
対称的に涙子ちゃんは、困ったように苦笑いだ。私も似たような表情をしているのが分かる。
「では、早速ご案内を――」
「ちょっと待てー。白井ー、ビュッフェの手伝いはどーするつもりだー?」
「舞夏ちゃん?」
横から声をかけてきたのは、中学のクラスメート――土御門君の妹さん、
正統派メイドの格好は自然体そのもので、純粋な笑みを浮かべる姿はとても可愛らしい。
「おー、すずのかー。久しぶりだぞー」
「久しぶりー」
「今日は前原はいないのかー?一緒じゃないとは珍しーなー」
「うん。なんか用事があるみたい」
いたずらっぽく笑う舞夏ちゃんに、私もそう答える。
すると、後ろから何やらヒソヒソと聞こえてきた。
「一緒じゃないと珍しいって、そんなことありますか普通……?」
「しかもそれに疑問を抱かない
「スズさんはホラ、度し難い鈍感だから……」
周りの喧騒であまり聞こえなかったが、私が呼ばれた気がする。そう思って近付くと、3人はパッと離れて舞夏ちゃんの隣に立った。
「えーっと、とりあえず紹介するわね。
「繚乱って……あのメイドスペシャリストを育成するってトコですか!?」
「土御門舞夏であるー」
舞夏ちゃんは片足を軽く曲げ、スカートの端を摘み上げて挨拶した。ヨーロッパでは『献身』を表す伝統的な
「困ったことがあれば何なりと申すが良い」
「うん。何かあったらよろしくね」
「うむ。さー白井、来るのだ」
そう言うと、舞夏ちゃんは穏やかな口調のまま、黒子ちゃんの襟首を引っぱってどこかへ消えた。
見かけに寄らず力持ちというか、強引というか。
「……さてと、どこから回りましょうか。行ってみたいトコとか――」
「はい!!はい、はいはいっ!!あります!!行きたいトコ、あります!!!」
美琴ちゃんの台詞を、飾利ちゃんが遮る――掻き消すように叫んだ。バラバラバラバラーッ!!と、黄色いパンフレットが物凄い速さで開かれ、チェックを入れた場所を指さしながら、美琴ちゃんに迫っている。
「え、えーと……どこかしら?」
「ここと、ここと、あとここも!!それから、ここからここまで!!」
要は全部回りたいらしい。
色々と限界突破してるというか、人格が別の次元にぶっ飛んでるというか……とにかく凄い。今なら黒子ちゃんにも負けないかもしれない。
「飾利ちゃん?時間はたくさんあるしゆっくりでも……」
「中村先輩。私、今日だけはいつもの初春飾利じゃありませんよ。もう宣言しておきます」
リミッター解除ですからっ!!と宣言する飾利ちゃんの背後には、煌々と燃え盛る炎が見えた、気がした。
涙子ちゃんも苦笑いのままだし、私も今日はあまり干渉しない方が良さそうだ。
「……まあ順番に回って行きましょうか」
美琴ちゃんが同じく困ったように笑う。
なんだかんだ楽しいことになりそうだ、と根拠も無く思った。
〜〜〜
私達は、それはもう楽しんだ。せっかく招待されたステキイベント、楽しまなきゃ損だ。
「すごいですねこれ。よく出来てるなぁ〜」
「シュガークラフトって初めて見たよ。可愛いね」
砂糖でできた細工を見て、これって食べれるのかなー、なんてことを思ってみたり。
「うーん……久しぶりだからか、腕が落ちてるなぁ」
「十分上手くない?あ、美琴ちゃんのゲコ太も可愛いね」
「いえいえ、中村さんも上手ですよ」
「ありがとね」
ステッチの体験教室で、後輩の女子力の高さに胸を打たれたり。
「生け花ってこう、イコールお嬢様ってゆーイメージありますよね!!」
「そうだね〜」
「飾利ちゃんの髪飾りも良い勝負じゃない?」
「何のことですか?」
生け花の展示を見て、飾利ちゃんの髪飾りってどうなってるんだろう、と改めて疑問に思ったり。
「……これ、美術部の作品?」
「いえ、美術の選択科目ですよ。私は違いますけどね」
「にしては上手すぎるような……」
絵画作品のクオリティの高さに、1周回ってむしろ引いたり。
「へぇ、こんな事もするんだね」
「隣の和歌は……生徒が作ったんですか?」
「ええ、古典の課題ですね」
「これが課題……」
書道や和歌、詩歌の展示に、精神が別の次元に置いてけぼりにされたり。
「佐天さん?苦しかったら足崩していいわよ?」
「いえ!大丈夫です!」
茶室でお茶を楽しみ、何でこんな時までメイド服着てるんだろう、なんて事を思ったり。
「くー……」
「すー……」
寮の中に何故か存在する図書館で休んだりした。
そうやってひと通り回り、展示や出し物のクオリティの高さに感嘆していた時のこと。
「常盤台中学の寮祭……おみごとですわ。わたくし、感服致しました」
飾利ちゃんがついに壊れた。
彼女は窓枠に腕を置き、外を眺めながら、妙な口調で語っている。なんと言うか、童話のお姫様を夢見る女の子みたいに。
「展示1つをとってみても、私達の学校では決して出来ないことばかり。そう思わなくて?涙子さん?涼乃さん?」
飾利ちゃんが変に穏やかな目で振り返った、その時。
バサァッ……と。彼女のスカートが、周囲の目も気にせず豪快に捲られた。それはもう、芸術的と言えるほどに。
「……きゃぁぁあああ!!こ、こんな所でなんて事するんですか佐天さん!!」
「おかえりー初春。いやー、どこか遠くに行っちゃってたみたいだからさー」
「おかえりじゃありません!!私どこにも行ってません!!」
犯人の涙子ちゃんは謝る様子もなく、安心したように話している。さっきの変な雰囲気が粉々に破壊されたようで、飾利ちゃんも元の世界に戻ってこれたみたいだ。
「すごかったねー、色々と」
「あはは……まあ初春さんも戻ってきたことですし、お昼にしませんか?少し注目されてしまいましたし」
「そうだね。そうしよっか」
〜〜〜
「んん〜美味しかったなぁ!」
「すごかったね!ケーキとかすごい可愛いくて食べるの勿体無かったよ!」
「しかもタダですよ!タダ!!」
舞夏ちゃんが言ってた通り、昼食はビュッフェ形式だった。しかも、どれも店に出せるような美味しいものばかりで、優しく打たれた舌鼓は、今でも余韻を感じさせるほどだ。
しかし、半歩後ろを歩く少女は違うらしい。
「………」
「……美琴ちゃん?どうかしたの?」
「いえ、別に……」
どうも歯切れが悪い。なにか隠そうとしてない?変なものでも見たの?
「あとあと、各机にメイドさんも……ッ!?」
「いたねー!それもみんな可愛……ッ!?」
すると今度は、楽しそうに会話していた後輩2人が、私――その背後を見て、驚愕の表情を浮かべた。
え、今度はなに?
「な、中村さん?今度は表の方に行きません?オークションとかやってるんで!」
「あ、あー良いですね!行きましょう!」
「別にいいけど……さっきからどうしたの?」
あまりに白々しいその態度に、少しむすっとしてしまう。私に見せちゃいけないものでもあるのだろうか。そう言われると、余計見たくなるけど。
「あっ、ちょっと待ってください!!何もありませんから!!」
「んー。ちょっと行ってくるね」
「ダメですって!!中村さーん!!」
踵を返し、私は背後の廊下に足を向けた。後ろから静止の声が聞こえるが、それを無視して歩を進める。
「(……と言っても、それが何なのかも知らないや。ちょっと悪い事しちゃったかも)」
小走りで進むこと数分、私は改めて寮内を見て回ったが、特に気になるものは無かった。
ここで最後にしようと思い、私は最初に入った玄関口にやって来る。予想通り、そこにも何もなく、私は戻ろうと振り返る。
すると、そこには1人の少年がいた。
「あっ」
前原将貴が、そこにいた。
「――……」
信じられないほど綺麗な、長く純白の髪を持つ、白皙の美少女を背負って。
「………………へぇー」