とある風紀委員の日常   作:にしんそば

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第19話

 

 

 

 

 

 中村涼乃がどんな人かと聞かれたら、かけがえのない人だと俺は答える。

 もらった恩は大きすぎて、一生かけても返せる気がしないほどだ。俺の最優先は涼乃に固定されているし、そのためなら何を犠牲にしても納得する自信がある。

 少なくとも前原将貴は、そう思えるくらい、中村涼乃の隣に心地良さを感じていた。

 

 ならば、この状況は何なのだろう。

 

「………」

「………」

 

 沈黙。

 俺の背にのしかかるそれは、少なくとも心地良さは与えてくれない。隣に座る涼乃も同じなのか、目線を下げたまま合わそうともしない。

 

「……無理に話さなくていいよ。気にしてないし」

「……俺は気にするよ。勘違いされちゃ困るんだ」

「勘違いもなにも無いでしょ」

 

 涼乃は興味無さそうに目線を上げ、淹れてきたコーヒーを口に運んだ。しかし苦かったのか、ほんの少ししか飲めていない。

 

「(どこまで話せばいい……ていうか隠しようがない。詰んだ)」

 

 1番知られたくない事を、1番知られたくない人に知られてしまった。

 そんな思考が沈黙を生み、それに苛立った涼乃が口を開いた。

 

「……寝ていい?」

「待って。分かった、話すから聞いてくれ」

 

 立ち上がろうとする涼乃の手を、俺は縋るように掴んだ。そんな女々しい行動に、どう誤魔化そうか迷っていた思考も遠くに消える。

 

「……少し、長くなるけど……それでもいいか?」

「……うん」

 

 ……下手でもいい。すべて正直に話そう。嘘をついても涼乃は見抜くし、そもそも涼乃に隠しごとなんてしたくない……なんで浮気裁判みたいになってんだ。

 俺達はまだ、そんな関係じゃないのに。

 

 

 

 ―――

 

 

 

 ―――――

 

 

 

 ―――――――

 

 

 

 ―――――――――

 

 

 

 7月25日。

 学園都市の空は、幻想御手(レベルアッパー)事件など忘れたかのように晴れ渡っていた。第七学区のとある総合病院も、強い日差しを浴びてきらきらと輝いて見える。

 

「……ふう」

 

 その一室にいる前原将貴は、白いベッドの上で雑誌を読んでいた。その表紙には『宇宙エレベーター【エンデュミオン】完成間近!!』と大きく書かれている。

 

「エンデュミオンねえ……」

 

 窓の外にそびえ立つ、裾野より青い塔を眺める。雲を軽々と突き刺すそれは、塔というより巨大な矢に近い。

 アレの建造が開始して、およそ1年。たったの1年。

 それを成し遂げた学園都市のデタラメな技術に、驚きより恐怖を感じる。

 

「……そろそろ行くか」

 

 デスクに雑誌を放り投げ、俺は上体を起こす。雑誌は低い放物線を描き、デスクギリギリで止まった。

 痛みを我慢して起き上がり、点滴棒を片手に廊下へ出る。少し進むと、ソファーにテーブル、自販機だけが置かれた簡単な談話スペースがあった。以前、白井と訪れた場所だ。

 

「君はまだ安静のはずだけどね?」

「退屈なもので」

 

 自販機の前にいたカエル医が、俺を見て呆れたように呟いた。こうも早く会うのは予想外だが、病み上がりの俺には嬉しい誤算である。

 

「それで何だい?まさか散歩に来た訳じゃないだろう?」

「『あの子』に会わせてください」

 

 ピピピッと、自販機から小さな電子音が鳴る。カエル医は出来上がったコーヒーを片手に、廊下を進み始めた。

 

「ついて来なさい」

「……何も聞かないんですね」

「聞いた方がいいかい?」

「いえ、助かります」

 

 内心は割と驚いているが、体調が万全ではないため、反応がどうも素っ気なくなる。そんな俺を気遣ってか、カエル医の歩くペースは少し遅い。

 

「木山君から話は聞いているかい?」

「……まあ、一応」

 

 従者のようにカエル医の後を歩きながら、右手をちらりと見る。そこに刻まれた爪痕には、1人の女性が残した、小さな『願い事』が宿っていた。

 

 

 

 ―――

 

 

 

 ―――――

 

 

 

 ―――――――

 

 

 

 ―――――――――

 

 

 

 幻想天使(AIMリボーン)が消滅し、御坂に席を外すように言った後のこと。

 気持ちが落ち着いたのか、木山先生がゆっくりと口を開いた。

 

「君は私の過去を見たのだろう?なら、あの『実験』も知ってるんだな?」

「……ええ、まあ」

「……あの実験には続きがあったんだ」

 

 その言葉に、先ほどの記憶がフラッシュバックする。思わず目を逸らしたくなるような、そんな忌々しい実験の記憶だ。

 

「……続き、とは?」

「言葉通りだ。あの実験は2回行われたのだよ」

「2回?」

 

 あんな非人道的な実験が、2回も行われたと言うのか。そのために、何の罪も無い子供達が、無意味に傷付けられたと言うのか。

 

「その被験者も置き去り(チャイルドエラー)の1人……私の教え子だった」

「……?」

「私の生徒は11人いたんだ。最初に10人が倒れ、2回目に残った1人が連れて行かれた」

 

 そう言う木山先生の声は、小刻みに震えていた。そこにどんな感情が宿っているのか、とてもじゃないが推し量れない。

 

「能力体結晶――『体晶』の完成を確認するには、より強力な能力者を生み出す以外に無い。そのために、あの子は使われたんだ」

「……なら、何で2回に分ける必要があったんですか」

「簡単だ。1回目でより詳細なデータを取り、2回目に繋ぐためだよ」

 

 ……なにそれ?

 1回目がデータ回収ならば、最初の10人は本当にただの捨て石ではないか。1つの薬物の効果を、より効率的に、確実にするためだけの?

 

「……ッ!!」

 

 ふざけんな。どうして人の命が、自由が、尊厳が、そんな簡単に弄ばれる。

 そんなの、まるで――

 

「まるでモルモットじゃねぇか……っ!!」

「……そうさ。モルモットも能力者も、彼らの前では、等しく実験材料にすぎないのだよ」

 

 ぎりっ、と奥歯が軋む音がした。どす黒い感情が全身を這い回り、強烈な吐き気に襲われる。右手に爪が食い込むが、痛みは何も感じない。どういう訳か、そこには悔しさすらあった。

 

「話を戻そう。結果から言うと、2回目の実験は成功した」

「成功、ですか」

「その子は無能力者(レベル0)から大能力者(レベル4)に跳ね上がった。1回目で得たデータを元に、改良したのが功を奏したのだろう」

「………」

「なにか勘違いしているようだが、1回目の子供達も全員生きているぞ。意識は無いがね」

 

 よかった、なんて思わない。前提が悪魔じみた実験なのだから、口が裂けても良いなんて言えない。つらつらと話す木山先生も、頬に一縷の涙が流れている。

 

「……だが代わりに、あの子は人格を失った」

「人格……?」

「体晶は、能力を強制的に底上げする薬品だ。そして、人間の脳は、その急激な変化に耐えうるほど強くない。ましてや無能力者(レベル0)から大能力者(レベル4)だ。耐えられるはずがない」

「………」

「だからこそ、彼女は自分を殺した」

 

 自分を殺す――その言葉に、嫌な記憶を思い出す。俺は首を振って、改めて木山先生を見た。

 

「その子は今、どこに?」

冥土返し(ヘブンキャンセラー)という先生に預かってもらっているよ。あそこなら安全だからな」

「………」

「……だが、あの子には『帰る場所』が必要だ。しかし私に、その役目は果たせない」

「……まさか」

「そうだ。お願いというのは他でも無い。君に、あの子の『帰る場所』になってほしい」

 

 ……意味が分からない。

 そんなの、すべてを託すと言ってるようなものじゃないか。ただの風紀委員(ジャッジメント)に頼むことではない。

 

「もう君にしか託せないんだ。だから、頼む……!!」

「……分かりました」

 

 それでも俺の口は、無意識にそう返していた。不思議なことに、言葉を撤回する気も起きない。

 

「そうか……!!ありがとう……っ!!」

「……何で俺なんですか?」

「君ならできる。そう思ったからだ」

「……いや、答えになってませんよ」

「自分でもそう思うよ」

 

 その子は、今まで散々な目に遭ってきた。

 スタートが親に捨てられてからだった。それでも懸命に生きてきたのに、ある日突然、実験動物として利用され、すべてを失った。そして用が済んだら、一方的に捨てられた。

 

「………………」

 

 ……やりたい事はそれだけか?

 なら、その後のことは、俺が好きにして問題ないよな?風紀委員(ジャッジメント)としても、前原将貴としても。

 

「(……実験動物だろうが、俺らは生きてる。そこに何の違いもない)」

 

 深呼吸をして、ゆっくりと目を閉じる。静かに、しかし強く拳を握る。

 ()()()と同じくらい強く、自らを示すための決意を、ここで固める。

 

 

 

 ―――――――

 

 

 

 ―――――

 

 

 

 ―――

 

 

 

 

 

「……っ」

 

 思考を今に戻すと、俺は見知らぬ場所に立っていた。本当の意味で何も無い、殺風景な廊下だ。細かく区切られたその壁は、病院より研究施設に近いものを感じる。

 

「あの子の能力は知っているかい?」

「……確か、大能力者(レベル4)の『電荷反発(アンチマター)』でしたっけ?」

「ある意味、君より稀少な能力だよ?」

 

 驚いて、俺は顔を上げた。しかしカエル医の足の速さは変わらない。

 

 俺の全反射(ハーモニクス)より稀少な能力など、そう滅多にない。これは慢心ではなく、単純な事実だ。

 俺と同系統の能力――純粋な『反射』を起こせる能力者は、俺以外には超能力者(レベル5)の第一位、一方通行(アクセラレータ)だけだ。

 それ以上に貴重とは、つまり学園都市で――世界で唯一、しかも誰も真似できない能力、ということになる。

 

「全反射より稀少……?」

「うん。応用性はともかく、単純な攻撃力なら君の反射を凌駕するかもね?」

 

 そして全反射は、超能力者(レベル5)を含めても、かなり強力な防御力を誇る。それを凌駕するならば、少なくとも幻想天使(AIMリボーン)と同等かそれ以上、ということになる。

 

「なら、廊下の造りがやたら頑丈そうなのも……」

「それは違うね?」

「……?」

「こんなのは、彼女の前では紙くず同然だね?造りを頑丈にしたのは、どこかに穴が空いても建物が崩れないようにするためだよ?」

 

 コンコンッと壁を叩きながら、カエル医は確認するように続けた。俺も壁を叩いてみるが、造りが頑丈だ、ということしか分からない。

 

 ……これで、耐えるのではなく、穴が空くのが前提?この要塞みたいな建物すら、紙くず同然?どんな攻撃をすればそうなる?

 

「そんなに驚くことないさ?その気になれば、彼女はダイヤモンドの壁だろうと簡単に破るからね?」

「……そんな子が、なんで大能力者(レベル4)止まりなんですか」

「あまりに不安定だからだよ?」

「……?」

「能力体結晶――体晶によって底上げされた能力は、まだ幼い彼女には強力すぎたんだね?」

 

 無能力者(レベル0)超能力者(レベル5)では、根本的な頭の造りが違う。能力が強いほど、複雑な演算を要求されるからだ。

 つまりどれだけ強力な能力に目覚めても、それを処理できる頭脳が無ければ意味が無い。ソフトはあっても、それを操作するハードの型が違えば使えないように。

 

 ならば、型を無視して、強引に使えば、どうなる?

 

「ただでさえ幼く、未熟な心が完全に崩壊したんだ。どうなるかは明白だね?」

「……精神があまりにも不安定で、能力の制御が出来ない、ということですか」

 

 カエル医は何も言わず、両開きの扉の前に立ち止まった。そして静かに、ゆっくりと問いかける。まるで、余命宣告をする医者のように。

 

「彼女はこの部屋にいるけど、本当に入るかい?」

「……入ります」

「彼女の気まぐれで、その命を落とすとしても?」

 

 冗談ではないのだろう。俺は今、怪我の影響で能力がうまく使えない。つまり、今はただの無能力者(レベル0)なのだ。そんな身で超電磁砲(レールガン)クラスの攻撃を受けるなど、想像もしたくない。

 しかし答えは決まっている。

 

「入ります」

「覚悟の上だね?」

「はい」

 

 ここまで深く関わっておいて、入らない、なんて選択肢が存在するはずがない。傷付いた少女が目の前にいるなら、それを救うのが風紀委員だ。傷付くのを恐れていては、風紀委員は務まらない。

 

「なら僕からは何も言えないね?健闘を祈っているよ?」

「ありがとうございます」

「まぁ、僕の城で死人なんか出させないけどね?」

「なら安心ですね」

 

 俺の答えを聞いたカエル医は、どこか呆れたように告げた。幻想御手を渡す木山先生に似た、何かを託すような顔で。

 それを合図とするように、堅く閉ざされた扉が、音も無く開いた。俺は深呼吸をして、ゆっくり部屋に入ろうとする。

 

「――――ッ」

 

 その瞬間、時が止まった。

 扉が背後で閉まる音が、遠く離れたことのように聞こえる。小さい部屋のはずなのに、吹き抜けた風は異様なほど冷たい。冷や汗が頬を撫でても、目の前の存在が、それを拭うことを許さなかった。

 

「―――」

 

 そこにいたのは、1人の少女。

 純白の髪を床に垂らし、静かに座るその姿は、1枚の絵画を思わせた。しかし、纏う空気は岩窟の水晶のようで、触れるものすべてを傷付けてしまいそうだ。

 

「(この子が……)」

 

 入江(いりえ)明菜(あきな)

 これが、この透明な少女と初めての邂逅を果たした時であり――――そして、俺の日常が大きく歪んだ瞬間であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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