科学の最先端を誇る学園都市といっても、全てがキラキラな夢の街では無い。どこにでもある学生寮のエレベーターなどに、最新の技術など使われている訳がなかった。
「はあ……」
ガタゴトと揺れるエレベーターで、前原将貴は溜息をこぼした。その理由ら、今後の予定についてだ。
学校が終わり、明日から夏休みとはいえ、治安維持組織である
「……〜〜♪」
嫌な思考を止めようとして、ふと脳裏に浮かんだ曲を口ずさむ。旋律は歪で、自分でも分かるくらい下手くそだ。自嘲げに笑っていると、目的の階に着いたのか、電子音と共に扉が開かれる。
1歩踏み出すと、じゃりっという音がした。
「…………は?」
目に飛び込んだのは、一面の焼き野原だった。
焦げついた壁、飴細工のように溶けた手すり、そして水浸しの床。とどめに、至る所に貼られた、変な模様がついたコピー用紙。
「………」
脳が認識を拒否したのか、俺は何も言わずに廊下を進んだ。自室に近付くほど被害が大きい気がするが、きっと気のせいだろう。
「ただいまー」
自らに言い聞かせ、自室の玄関前に立つ。
歪んだドアノブ、溶け落ちた窓ガラス、上半分が消失した扉に、そこから覗く黒焦げの玄関。深呼吸した俺の目に飛び込んだのは、そんな光景だった。
「……な、何じゃこりゃぁぁぁあああッッ!!!」
街に響いた魂の叫びに、炭化した部屋の残骸が、ガサリと返事をした。怒りに任せて扉を蹴り破り、土足で部屋に上がる。床が汚れるが、そもそも黒焦げなので問題ない。
「何なんだ、何なんだよこれは!!」
部屋は奇蹟的に無事だった、なんて願いは儚く散り、部屋は惨憺たる有様だった。玄関はもちろん、キッチンや写真、着替えまでもが黒々と焼け落ちている。トドメのスプリンクラーにより、我が家は一発K.O.だ。
「ふ、ふふうふふふ……」
思わず変態じみた声を上げる。傍から見たら狂ったように見えるが、夏休み初日というせいか、驚くほど人の気配が無い。
「落ち着け前原将貴。まずは被害を……1番ひどいのはウチかよチクショーめ!!」
被害者がいない事を確認して、落ち着いて犯人を──その断罪方法を考える。
事故かもしれないが、犯人は見つけ次第ぶん殴ってやろう。能力全開のアッパーカットを顎に叩き込んでやる。そこに情なんて存在しない。
「おぉう!?何だこりゃあ!?」
「?」
まだ見ぬ犯人に殺意を燃やしていると、廊下から聞き慣れた奇声が聞こえた。そっちを見ると、予想通りの顔がある。
金髪アロハに青いサングラス、首にぶら下げた金の鎖と、落ちぶれたボクサーのような格好のお隣さんだ。俺の幼馴染にして、義妹を愛する変態男である。
「元春、無事だったか」
「ハラショー!これはどーゆーことだにゃー!」
「俺が聞きたいわボケ!!」
「ぐはぁっ!!」
勢いに任せて襲いかかる元春を受け流し、廊下の壁に放り投げる。元春はやたら綺麗に受身をとって、すぐ立ち上がった。身体能力は無駄に高スペックな男である。
「まあ俺の部屋は無事みたいだし、良しとするかにゃー」
「はぁ!?ソレおかしいだろ!!何でお前の部屋は無事なんだよ!?」
「日頃の行いってやつだぜい!!」
「少なくともお前より良い行いしてると思うけどね!!」
元春のもう片方の隣人──
「どうするんだコレ。今はまだ大丈夫だけど、朝になったら大騒ぎになるぞ」
「考えても仕方ないぜぃ。処理は大人に任せるとして、今は寝床確保が先だにゃー」
「そりゃそうだが」
こればかりは元春の言う通りだ。
自分たちが勝手に動いても、事態が悪化するだけだ。風紀委員とはいえ、学校外の処理は大人の仕事である。俺が考えるべきは、まずは今夜の寝床についてだ。
と言っても、どうしよう。
焼け跡の上で寝るつもりは無い。しかしホテルは遠いし、気軽に泊まれるほど安くない。夏休み初日の今日では、カラオケも満席だろう。
となると、友達に頼むのが妥当だ。寄宿が頼めそうなほど仲が良い人──真っ先に浮かんだのは、やはりあの子だ。
「……涼乃に頼むか」
「なにぃっ!?おまっ、貴様っ、夏休み初日から女と一夜を共にする気かキサマ!!このクソ裏切り野郎が!!!」
「真っ先に思いついただけだっての!!だいいち、お前だってメイドを連れ込んでるだろうが!!」
「舞夏を異性として見ているだと!!?そんな事は神でも許されないぞハラショー!!」
血走った眼で掴みかかってきた元春を宥めるが、悲しいことに日本語は通じなかった。ならば、物理的に制圧する他あるまい。
「上等だ元春!!俺もイライラしてたところだ。喧嘩なら喜んで買ってやんよ!!」
「言ったなハラショー!!裏切られた非リアの気持ちを思い知れーッ!!」
〜〜〜
「痛っ……元春のヤツ、何であんなに強いんだよ」
『将貴が苦戦したの?土御門君、なかなかすごいじゃん』
「こっちは訓練を受けた風紀委員だぞ。これじゃ師匠に怒られる」
『黄泉川先生は優しいから平気だって』
「どうだか」
30分後。
元春を迎撃し、辛うじて撃沈させた俺は、第七学区南部にある女子寮にいた。目的はもちろん寄宿である。
あの後、涼乃にSOSを送ったところ、寄宿をあっさりOKしてくれたのだ。今もこうして電話もしている訳だが、些か疎外感がある。女子寮という空間に男がいれば当然だが。
「エントランスに着いた。部屋番はいくつだ?」
『あ、なら迎えに行くよ。
「そうか?」
「ばあっ」
「うおっ!?」
突如後ろから聞こえた声に、心臓が飛び跳ねるのが分かった。涼乃の能力は知っていたが、やはりいきなり現れるのは心臓に悪い。
あらゆる壁を飛び越え、空間を一瞬で移動する
「えへへ、びっくりした?」
「そりゃまあ……」
適当に振り返って、止まる。
肩にかかった薄茶色の髪に、それを留める白い髪留め。そして水色を基調とした、可愛らしいパジャマ。
俺も初めて見る、涼乃のルームウェアだ。
「………」
「あ、パジャマでごめんね」
「…………いや、可愛いと思う」
思わず目を逸らし、ぼそりと呟く。涼乃には聞こえなかったのか、『?』マークが顔に浮かんでいた。
深呼吸して、差し出された涼乃の手を握る。その瞬間、広いエントランスホールが、狭い玄関に変わった。涼乃の部屋まで、一気に
「はい。靴はそこに置いてね」
「わかった。本当にごめんな」
「いいよ別に。将貴にはお世話になってるからね」
無邪気に笑う涼乃を見て、内心で呆れてしまう。
なぜ涼乃は、こうも無警戒なのだろう。仮にも男である俺を、そんな簡単に部屋に招き入れるなんて、俺を男として見ていないのだろうか。
「………」
「どしたの?早く上がりなよ」
「ああ、お邪魔します」
涼乃に急かされ、大人しく部屋に上がる。
予想通りと言おうか、涼乃の部屋は片付いていて綺麗だった。白を基調とした部屋に、清潔感のあるシンプルな家具。写真や小物は部屋と調和して、柔らかな雰囲気が出ていた。
部屋にその人の性格が出るのなら、涼乃は純朴な人なのだろう。あと何か良い匂いする。
「家が無くなっちゃったんだよね。よく分かんないけど、大丈夫?」
「ああ。幸い怪我人はいなかったよ」
「そういう事じゃないけど……お疲れさま」
ソファーに座ると、立っていた涼乃に頭を撫でられた。子供扱いされたことと、恥ずかしさがぶつかり、むず痒い気持ちになる。
「なにか飲む?お茶出そうか?」
「……頼む」
「うん。少し待っててね」
パタパタとキッチンに向かう涼乃を見送り、ようやくひと息つく。
涼乃の近くにいれるのは、とても嬉しい。しかし、今のような無自覚な行動は心臓に悪すぎる。俺は手が触れただけで恥ずかしいのに、涼乃はまったくのお構い無しだ。
「お風呂は入った?良かったらもう1回お湯貯めるけど」
「いや、シャワーは浴びれたからいい。水道とガスは無事だったからな」
「そっか」
ぽすっ、と涼乃が隣に座った。肩や腕が触れて、涼乃の少し高い体温が感じられる。お茶を飲んだ涼乃の唇は、なぜか妙に艶っぽかった。
頭を振って、邪な感情を振り払う。彼女は善意で泊めてくれたのに、俺が悪意を持ってどうする。
「涼乃。その……近い」
「ん?なにが?」
「……別に」
涼乃は気付いてないのか、何でもないように笑うが、俺の胸は高鳴って仕方ない。お金を多少払っても、ホテルに泊まるべきだったと後悔した。
「(……涼乃は何も思わないのか。いつにも増して距離感が狂ってやがる)」
地獄で仏とは言うが、女神が現れたらそれはそれで困る。眩しすぎて身を焦がしそうだ。
「……俺、どこなら寝ていい?」
「私のベッド使う?ほら、このソファーあるし」
「やだよ。家主を差し置いてそんな事できるか」
「んー……一緒に寝る?」
「…………いや、なに言ってんすか」
ベッドに一緒に寝る姿を想像してしまい、思わず目を逸らした。触れた頬が、やたらと熱い。
指の隙間から涼乃を見ると、自身の発言に今更恥ずかしくなったのか、赤くなりながら目を泳がせる涼乃がいた。
「……な、なんでもない。忘れて、うん」
「……うん」
「………」
「………」
涼乃のことは、とても大切なパートナーだと思っている。これ以上ないほど大切な存在だと自負している。
しかし、恋人ではない。
恋愛関係にない男女が添い寝など、どれだけ甘く解釈しても駄目だ。いや、同じ家で寝ること自体どうかと思うけど。
「……なら、ソファー使わせてもらう。それでいいか」
「……うん。タオルケット持ってくるね」
逃げるように部屋へ引っ込んだ涼乃を見送り、俺はもう一度溜息をついた。
涼乃は恋人ではない。恋人になる気も、少なくとも今は、無い。
でも、涼乃の隣に自分以外の男がいる姿は、想像すらしたくない。その笑顔が自分だけに向いて欲しいと、思っているのも事実だ。
「(……理性よ、仕事をしろ。俺のような存在が、涼乃に触れていいと思ってるのか)」
この感情と向き合う時は、いつか来る。
しかし、それは今ではない。確証も無く動けるような軽いものではないし、なにより、自分が納得できないまま動くのは嫌だ。
「……今日は疲れたから、もう寝るよ」
「うん。はいこれ」
元に戻った涼乃からタオルケットを受け取り、そのままソファーに横になる。タオルケットはシトラスの匂いして、自然と口元が緩んでしまった。涼乃の匂いだ。
……自分で思って気持ち悪いな、今の。
「おやすみ、将貴」
「おやすみ、涼乃」
涼乃が退出したのを見届けて、ようやくひと息ついた。電気を消して、やたらと濃密だった今日を振り返る。
まだ夏休みすら始まってないのに、もうひと夏分のイベントをこなした気がする。こんな調子では、夏が終わる頃には過労になるのではなかろうか。
「(……もういい。本当に疲れたから寝よう)」
目を閉じると、タオルケットのシトラスの匂いが鮮明になり、俺の意識を強制的に呼び戻した。家とは違う家具の配置や小物に、涼乃の家で寝ているのだ、と改めて認識する。
……どうやら今日は眠れそうにない。