とある風紀委員の日常   作:にしんそば

2 / 107
第2話

 

 

 

 

 

 科学の最先端を誇る学園都市といっても、全てがキラキラな夢の街では無い。どこにでもある学生寮のエレベーターなどに、最新の技術など使われている訳がなかった。

 

「はあ……」

 

 ガタゴトと揺れるエレベーターで、前原将貴は溜息をこぼした。その理由ら、今後の予定についてだ。

 学校が終わり、明日から夏休みとはいえ、治安維持組織である風紀委員(ジャッジメント)に休みは無い。遊びに出る学生が増える分、学期中より忙しくなることだってザラだ。

 

「……〜〜♪」

 

 嫌な思考を止めようとして、ふと脳裏に浮かんだ曲を口ずさむ。旋律は歪で、自分でも分かるくらい下手くそだ。自嘲げに笑っていると、目的の階に着いたのか、電子音と共に扉が開かれる。

 

 1歩踏み出すと、じゃりっという音がした。

 

「…………は?」

 

 目に飛び込んだのは、一面の焼き野原だった。

 焦げついた壁、飴細工のように溶けた手すり、そして水浸しの床。とどめに、至る所に貼られた、変な模様がついたコピー用紙。

 

「………」

 

 脳が認識を拒否したのか、俺は何も言わずに廊下を進んだ。自室に近付くほど被害が大きい気がするが、きっと気のせいだろう。

 

「ただいまー」

 

 自らに言い聞かせ、自室の玄関前に立つ。

 歪んだドアノブ、溶け落ちた窓ガラス、上半分が消失した扉に、そこから覗く黒焦げの玄関。深呼吸した俺の目に飛び込んだのは、そんな光景だった。

 

「……な、何じゃこりゃぁぁぁあああッッ!!!」

 

 街に響いた魂の叫びに、炭化した部屋の残骸が、ガサリと返事をした。怒りに任せて扉を蹴り破り、土足で部屋に上がる。床が汚れるが、そもそも黒焦げなので問題ない。

 

「何なんだ、何なんだよこれは!!」

 

 部屋は奇蹟的に無事だった、なんて願いは儚く散り、部屋は惨憺たる有様だった。玄関はもちろん、キッチンや写真、着替えまでもが黒々と焼け落ちている。トドメのスプリンクラーにより、我が家は一発K.O.だ。

 

「ふ、ふふうふふふ……」

 

 思わず変態じみた声を上げる。傍から見たら狂ったように見えるが、夏休み初日というせいか、驚くほど人の気配が無い。

 

「落ち着け前原将貴。まずは被害を……1番ひどいのはウチかよチクショーめ!!」

 

 被害者がいない事を確認して、落ち着いて犯人を──その断罪方法を考える。

 事故かもしれないが、犯人は見つけ次第ぶん殴ってやろう。能力全開のアッパーカットを顎に叩き込んでやる。そこに情なんて存在しない。

 

「おぉう!?何だこりゃあ!?」

「?」

 

 まだ見ぬ犯人に殺意を燃やしていると、廊下から聞き慣れた奇声が聞こえた。そっちを見ると、予想通りの顔がある。

 

 土御門(つちみかど)元春(もとはる)

 金髪アロハに青いサングラス、首にぶら下げた金の鎖と、落ちぶれたボクサーのような格好のお隣さんだ。俺の幼馴染にして、義妹を愛する変態男である。

 

「元春、無事だったか」

「ハラショー!これはどーゆーことだにゃー!」

「俺が聞きたいわボケ!!」

「ぐはぁっ!!」

 

 勢いに任せて襲いかかる元春を受け流し、廊下の壁に放り投げる。元春はやたら綺麗に受身をとって、すぐ立ち上がった。身体能力は無駄に高スペックな男である。

 

「まあ俺の部屋は無事みたいだし、良しとするかにゃー」

「はぁ!?ソレおかしいだろ!!何でお前の部屋は無事なんだよ!?」

「日頃の行いってやつだぜい!!」

「少なくともお前より良い行いしてると思うけどね!!」

 

 元春のもう片方の隣人──上条(かみじょう)当麻(とうま)の部屋も、俺と同様にひどい事になっている。なのに、その中間に位置する元春の部屋はなぜ無事なのだ。納得がいかない。

 

「どうするんだコレ。今はまだ大丈夫だけど、朝になったら大騒ぎになるぞ」

「考えても仕方ないぜぃ。処理は大人に任せるとして、今は寝床確保が先だにゃー」

「そりゃそうだが」

 

 こればかりは元春の言う通りだ。

 自分たちが勝手に動いても、事態が悪化するだけだ。風紀委員とはいえ、学校外の処理は大人の仕事である。俺が考えるべきは、まずは今夜の寝床についてだ。

 

 と言っても、どうしよう。

 焼け跡の上で寝るつもりは無い。しかしホテルは遠いし、気軽に泊まれるほど安くない。夏休み初日の今日では、カラオケも満席だろう。

 となると、友達に頼むのが妥当だ。寄宿が頼めそうなほど仲が良い人──真っ先に浮かんだのは、やはりあの子だ。

 

「……涼乃に頼むか」

「なにぃっ!?おまっ、貴様っ、夏休み初日から女と一夜を共にする気かキサマ!!このクソ裏切り野郎が!!!」

「真っ先に思いついただけだっての!!だいいち、お前だってメイドを連れ込んでるだろうが!!」

「舞夏を異性として見ているだと!!?そんな事は神でも許されないぞハラショー!!」

 

 血走った眼で掴みかかってきた元春を宥めるが、悲しいことに日本語は通じなかった。ならば、物理的に制圧する他あるまい。

 

「上等だ元春!!俺もイライラしてたところだ。喧嘩なら喜んで買ってやんよ!!」

「言ったなハラショー!!裏切られた非リアの気持ちを思い知れーッ!!」

 

 

 

 

 

〜〜〜

 

 

 

 

 

「痛っ……元春のヤツ、何であんなに強いんだよ」

『将貴が苦戦したの?土御門君、なかなかすごいじゃん』

「こっちは訓練を受けた風紀委員だぞ。これじゃ師匠に怒られる」

『黄泉川先生は優しいから平気だって』

「どうだか」

 

 30分後。

 元春を迎撃し、辛うじて撃沈させた俺は、第七学区南部にある女子寮にいた。目的はもちろん寄宿である。

 あの後、涼乃にSOSを送ったところ、寄宿をあっさりOKしてくれたのだ。今もこうして電話もしている訳だが、些か疎外感がある。女子寮という空間に男がいれば当然だが。

 

「エントランスに着いた。部屋番はいくつだ?」

『あ、なら迎えに行くよ。()()()方が早いからね』

「そうか?」

「ばあっ」

「うおっ!?」

 

 突如後ろから聞こえた声に、心臓が飛び跳ねるのが分かった。涼乃の能力は知っていたが、やはりいきなり現れるのは心臓に悪い。

 

 空間移動(テレポート)

 

 あらゆる壁を飛び越え、空間を一瞬で移動する大能力者(レベル4)。学園都市の数ある能力でも、最上位に位置する強大な能力だ。

 

「えへへ、びっくりした?」

「そりゃまあ……」

 

 適当に振り返って、止まる。

 肩にかかった薄茶色の髪に、それを留める白い髪留め。そして水色を基調とした、可愛らしいパジャマ。

 俺も初めて見る、涼乃のルームウェアだ。

 

「………」

「あ、パジャマでごめんね」

「…………いや、可愛いと思う」

 

 思わず目を逸らし、ぼそりと呟く。涼乃には聞こえなかったのか、『?』マークが顔に浮かんでいた。

 深呼吸して、差し出された涼乃の手を握る。その瞬間、広いエントランスホールが、狭い玄関に変わった。涼乃の部屋まで、一気に空間移動(テレポート)で跳んだのだ。

 

「はい。靴はそこに置いてね」

「わかった。本当にごめんな」

「いいよ別に。将貴にはお世話になってるからね」

 

 無邪気に笑う涼乃を見て、内心で呆れてしまう。

 なぜ涼乃は、こうも無警戒なのだろう。仮にも男である俺を、そんな簡単に部屋に招き入れるなんて、俺を男として見ていないのだろうか。

 

「………」

「どしたの?早く上がりなよ」

「ああ、お邪魔します」

 

 涼乃に急かされ、大人しく部屋に上がる。

 予想通りと言おうか、涼乃の部屋は片付いていて綺麗だった。白を基調とした部屋に、清潔感のあるシンプルな家具。写真や小物は部屋と調和して、柔らかな雰囲気が出ていた。

 部屋にその人の性格が出るのなら、涼乃は純朴な人なのだろう。あと何か良い匂いする。

 

「家が無くなっちゃったんだよね。よく分かんないけど、大丈夫?」

「ああ。幸い怪我人はいなかったよ」

「そういう事じゃないけど……お疲れさま」

 

 ソファーに座ると、立っていた涼乃に頭を撫でられた。子供扱いされたことと、恥ずかしさがぶつかり、むず痒い気持ちになる。

 

「なにか飲む?お茶出そうか?」

「……頼む」

「うん。少し待っててね」

 

 パタパタとキッチンに向かう涼乃を見送り、ようやくひと息つく。

 涼乃の近くにいれるのは、とても嬉しい。しかし、今のような無自覚な行動は心臓に悪すぎる。俺は手が触れただけで恥ずかしいのに、涼乃はまったくのお構い無しだ。

 

「お風呂は入った?良かったらもう1回お湯貯めるけど」

「いや、シャワーは浴びれたからいい。水道とガスは無事だったからな」

「そっか」

 

 ぽすっ、と涼乃が隣に座った。肩や腕が触れて、涼乃の少し高い体温が感じられる。お茶を飲んだ涼乃の唇は、なぜか妙に艶っぽかった。

 

 頭を振って、邪な感情を振り払う。彼女は善意で泊めてくれたのに、俺が悪意を持ってどうする。

 

「涼乃。その……近い」

「ん?なにが?」

「……別に」

 

 涼乃は気付いてないのか、何でもないように笑うが、俺の胸は高鳴って仕方ない。お金を多少払っても、ホテルに泊まるべきだったと後悔した。

 

「(……涼乃は何も思わないのか。いつにも増して距離感が狂ってやがる)」

 

 地獄で仏とは言うが、女神が現れたらそれはそれで困る。眩しすぎて身を焦がしそうだ。

 

「……俺、どこなら寝ていい?」

「私のベッド使う?ほら、このソファーあるし」

「やだよ。家主を差し置いてそんな事できるか」

「んー……一緒に寝る?」

「…………いや、なに言ってんすか」

 

 ベッドに一緒に寝る姿を想像してしまい、思わず目を逸らした。触れた頬が、やたらと熱い。

 指の隙間から涼乃を見ると、自身の発言に今更恥ずかしくなったのか、赤くなりながら目を泳がせる涼乃がいた。

 

「……な、なんでもない。忘れて、うん」

「……うん」

「………」

「………」

 

 涼乃のことは、とても大切なパートナーだと思っている。これ以上ないほど大切な存在だと自負している。

 しかし、恋人ではない。

 恋愛関係にない男女が添い寝など、どれだけ甘く解釈しても駄目だ。いや、同じ家で寝ること自体どうかと思うけど。

 

「……なら、ソファー使わせてもらう。それでいいか」

「……うん。タオルケット持ってくるね」

 

 逃げるように部屋へ引っ込んだ涼乃を見送り、俺はもう一度溜息をついた。

 

 涼乃は恋人ではない。恋人になる気も、少なくとも今は、無い。

 でも、涼乃の隣に自分以外の男がいる姿は、想像すらしたくない。その笑顔が自分だけに向いて欲しいと、思っているのも事実だ。

 

「(……理性よ、仕事をしろ。俺のような存在が、涼乃に触れていいと思ってるのか)」

 

 この感情と向き合う時は、いつか来る。

 しかし、それは今ではない。確証も無く動けるような軽いものではないし、なにより、自分が納得できないまま動くのは嫌だ。

 

「……今日は疲れたから、もう寝るよ」

「うん。はいこれ」

 

 元に戻った涼乃からタオルケットを受け取り、そのままソファーに横になる。タオルケットはシトラスの匂いして、自然と口元が緩んでしまった。涼乃の匂いだ。

 

 ……自分で思って気持ち悪いな、今の。

 

「おやすみ、将貴」

「おやすみ、涼乃」

 

 涼乃が退出したのを見届けて、ようやくひと息ついた。電気を消して、やたらと濃密だった今日を振り返る。

 

 まだ夏休みすら始まってないのに、もうひと夏分のイベントをこなした気がする。こんな調子では、夏が終わる頃には過労になるのではなかろうか。

 

「(……もういい。本当に疲れたから寝よう)」

 

 目を閉じると、タオルケットのシトラスの匂いが鮮明になり、俺の意識を強制的に呼び戻した。家とは違う家具の配置や小物に、涼乃の家で寝ているのだ、と改めて認識する。

 

 ……どうやら今日は眠れそうにない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。