とある風紀委員の日常   作:にしんそば

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第21話

 

 

 

 

 

 7月26日。

 真夏の日差しはギラギラとして、炙るように学園都市を照らしていた。しかし屋内、しかも病院となればそんなのは関係なく、快適に過ごすばかりである。

 この時期になるといつも思うが、エアコンを作った人は、世界で最も偉大な人物ではなかろうか。名前も知らないが、個人的にはノーベル賞を送りたいものである。

 

「……こんなもんか」

 

 病院の休憩スペースの片隅で、パソコンを弄る前原将貴は呟いた。

 

 入江が生み出す『反物質』のことを調べて、1時間が経過した。ゼロから知るのは苦労したが、ある程度は理解できた。

 

「ふー……」

 

 反物質とは、『通常とは反対の電荷を帯びた粒子から構成される物質』だそうだ。

 そもそも電荷とは、物体が持つ電気の性質のことである。原子核がプラス、電子がマイナスの電気を帯びているのは俺も知っている。

 だが、反物質はその反対――即ちマイナスの原子核、プラスの電子で構成されているらしい。

 

 そして物質と反物質がぶつかると、対消滅(ついしょうめつ)という爆発的反応が起こる。そのエネルギー量は、1グラムあたりTNT(トリニトロトルエン)火薬21,000トン。かつての原子爆弾を凌駕する、余りにも莫大な力となるのだ。

 

「………」

 

 カリカリとシャーペンを走らせ、カエル医やネットから得た情報を整理し、繋げていく。

 そうやって自分なりの答えを出して、俺は一息ついた。かなり大雑把だが、入江の能力はこんなものだろう。

 

 能力名は電荷反発(アンチマター)

 触れた物質の電荷を反転させることで、通常の物質を反物質に()()()()()ことができる。

 威力は不明。さすがに街は吹き飛ばせないと思うが、俺の全反射(ハーモニクス)を凌駕できるなら、人くらい消し飛ばせるだろう。

 

「(……しかし、だ)」

 

 だからこそ、おかしいのだ。

 そんなに強力な能力に対して、()()()()()()()()

 

 俺はてっきり、部屋は戦地のような惨状になっていると思っていた。しかし蓋を開けてみれば、そこは衛生的すぎて逆に不衛生的な部屋。

 それがもうおかしい。

 

 規格外の破壊力をその身に宿す者がいて、周りに何も起きない、なんてことがあるだろうか?

 触れれば空気すら否定する者がいて、あの小さな鳥籠がそのまま、なんてことがあるだろうか?

 

 入江が能力を完全に制御してるならいい。

 だが入江は、それを考えることが、思いつくことができるだろうか?思いついたとして、そうしなければならない理由が理解できるだろうか?

 

「(……もしかしたら)」

 

 もしかしたら入江は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「………」

 

 仮にカエル医が事細かに説明したとして、今の入江が理解できるはずがない。そして当然、人は知らないものを行使できない。

 

 ……だが、それが結果的に『安全装置』になっているのも事実だろう。だからこそ、今日まで暴走せずに済んだのだ。

 言うならば、それは『呪い』に近い。

 

「………」

 

 背もたれに寄りかかり、ふと上を見る。白い天井は視線を泳がせ、焦点を1つに定めることが出来なかった。

 

 もちろん、入江が人格を取り戻し、能力を制御するのがベストだ。だが、その道を阻む障害が余りにも多すぎる。

 しかし現状を維持するだけなら、少なくとも今より悪化することはない……が。

 

「……それじゃダメなんだ」

 

 現状維持は、緩やかな衰退に他ならない。いつか皺寄せが来て、気付いた時にはもう手遅れ、なんてのはごめんだ。

 

 (ここ)には悲劇しか残されていない。なら進むしかないのだ。

 進む事は今を失う事であるが、別のものを手に入れる事でもある。それが悲劇か喜劇かは誰にも分からない。

 

 なら俺は、その手助けをしよう。

 露払いでもなんでもいい。自らの『正義』を貫くために、出来る事は何でもしよう。それが風紀委員(ジャッジメント)だ。

 

「……〜〜♪」

 

 立ち上がって、ゆっくりと息を吐いた。あまり上手くない歌を口ずさみながら、広い廊下を1人進んでいく。

 

 病室までは、まだ遠い。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

「お・か・え・り♪」

「お、おぅ……」

 

 病室を無断で抜け出した大馬鹿者(まえばらしょうき)を、中村涼乃は笑顔で出迎えた。

 将貴の顔は引き攣っているようだが、私はそんなに怖い顔してるのかな?

 

「いや、あの。これは……」

「……はぁ。別に聞かないよ。今更ってカンジだし」

「え、俺ってそんなに信頼ない?」

「そーゆー訳じゃないけどさ」

 

 大怪我してるのに勝手に出歩くなど、見舞いに来た者からすれば、気が気じゃない。特に将貴は無理する事が多いし、心配するのも当然だろう。

 

「……?何その本?」

「ん?あー、参考書だよ」

「『消えた反物質の謎』……?」

 

 反物質って確か、反対の電荷を帯びた粒子、だったかな?将貴ってそういうの好きだったっけ?

 

「それはそうと、どうしたんだ?」

「え、いや別に?」

「え、用があって来たんじゃないの?」

「来たかったから来ただけだよ?」

「………」

 

 将貴が顔を逸らし、小声で何か呟いているが、よく聞こえない。頬が少し赤くなっているが、暑いのだろうか。

 

「前原さーん。お昼ですよー」

「ん?はーい」

 

 声のした方を見ると、扉を開けたナースさんが、配膳車からお盆を出して立っていた。時間を見ると、ちょうどお昼ご飯の時間だ。

 私はそれを受け取り、将貴のベッドに運んだ。

 

「あらごめんね。彼女さんかしら?」

「えっ、いや――」

「違います。同僚です」

「そうなの?随分と仲が良さそうだけど」

「付き合いが長いからですね」

 

 おお、どっちも即答だね。もう少し悩んだり慌てたりしてもいいのに……でも、ふーん。そっかー。

 

「………」

「ん?涼ッ……!?」

「あらあら」

 

 お盆に乗った箸で卵焼きを取り、私はそれを将貴の口に無理矢理捩じ込んだ。少し危ないが、何かムカついてる私は気にしない。

 

「っんぐ、……何だよ?」

「べっつにー」

「あのな……まぁいいけどさ」

「むっ……」

 

 その淡白な反応にさらにムカついて、私はご飯を掬って将貴に食べさせた。今度は将貴から口を開いたので、危ないことはない。

 ナースさんが心底楽しそうに笑っていたが、それにはお互い気付いていなかった。

 

「はい、あーん」

「……あーん」

「どう?美味しい?」

「……そーだな」

 

 ……?あんまり美味しくなさそう。返事に一瞬間があるし、すぐに目を逸らすし、あとなんか顔赤いし。

 でも残すのは良くないか、と思って、私はもう一度卵焼きを将貴に差し出す。

 

「はいもう1回。あーん」

「あー……」

「うおっすハラショー!!遊びに来たぜい!!」

 

 バァン!!と、突然勢い良く扉が開かれた。それと同時に、聞いたことのある声が病室に響く。

 ビクリと、私と将貴の動きが止まった。

 

「邪魔するでー……っておお!!あれは太古に絶滅したとされる伝説の『あーん』やないか!!さすがハラショー、くたばりやがれ!!」

「静かにしなさい。ここ病院よ」

 

 扉を開けた土御門君に続いて、青髪ピアス君と吹寄制理(フッキー)が病室に入ってくる。

 三者三様の感想を述べる彼らに、私はようやく、自分がやってることの恥ずかしさを理解した。

 

「あ、あの、これはね!!その……」

「ええで、すずやん。ハラショー。俺らは全部分かっとるから何も言わんでええねん」

「黙れ青ピ。オイ、制理(せいり)

「私に振らないでよ」

 

 中学の同級生が久しぶりに集まり、自然と会話の輪が広がる。フッキーと将貴はクラスメートだったこともあり、挨拶もそこそこに笑い合っている。

 ちょっと将貴、恥ずかしいのは私だけなの?

 

「ではごゆっくり〜。ほら、みんな行くぜい」

「待て元春コラ。なにしに来たんだお前」

「お見舞いに来たの。こいつらも一緒よ。はい、差し入れ」

「お、ありがと」

「俺からはこれだぜい!」

 

 言いながら、フッキーが果物や飲み物が入った袋を差し出した。続いて、土御門君が重そうなダンボール箱をベッドに置く。

 わざわざ持ってきたのコレ?

 

「なにこれ?」

「瀬川の課題ですたい。何か知らんけど、うちに流れて来たんだにゃー」

「あー、なるほど。サンキュー」

「最後にこれや!!ジャジャーン!!」

「静かにしなさい」

 

 青髪ピアス君が取り出したのは、今は見る機会が減ったCDだった。パッケージには、鴇色の髪の可愛いらしい少女が写っている。

 

「なにそれ」

「今話題沸騰のネットアイドル、ARISA(アリサ)ちゃんのCDやで!」

「……知らん、なにそれ」

「甘い、甘いでハラショー。アイドルを醍醐味っちゅーんは青田買いにあるんや。特にこの時世、あっという間に火がついてメジャーになることもあるんや!!ほんま一瞬たりとも気ィ抜けへん世界なんやで!?」

「…………ん?」

 

 CDを受け取った将貴が、パッケージを見て疑問の声を上げた。私も少し気になったので、肩を寄せて覗き込んでみる。

 

「どうかした?」

「っ……あぁ、いや。この子、どっかで……涼乃は見たことないか?」

「…………ある、かも」

「だよな。どこでだっけ……?」

 

 特徴的な髪色と、水色の帽子。それに、よく整ったこの顔……結構最近見たことが……。

 

「……あ、あー!この子あれだよ。終業式の日、スキルアウトに絡まれてた子じゃない?」

「……あ、あー!そうそう、いま思い出したわ」

「へぇー、あの子アイドルだったんだね。そんなに有名なんだ?」

 

 将貴と向き合い、納得するように頷き合った。

 なんというか、世の中狭いものだ。まさかこんな形で、また見ることになろうとは。それにアイドルとは、そりゃ可愛いわけだ。

 

「なになに?もしかしてお2人さん、アリサちゃんの知り合いなんか!?」

「風紀委員の時にね。ちょっと助けただけ」

「はー、さっすがハラショーや。もう手を出してたなんてなー」

「尊敬するぜい。まさかネットアイドルにもフラグを立てるとは」

「仕事に決まってんだろ!!」

 

 やはり彼らは見ていて面白い。遠慮が無いというか、本当に仲が良いのが分かる。

 中学の時は、あの中に上条君も入ってたなぁ、今日はいないみたいだけど。

 

「ったく……まぁ後で聴いとくわ。サンキュー」

「ええよ〜別に。でも、なかなか手に入れるん苦労したんやからな。心して聴いてや〜」

「前原は音楽プレーヤー持ってるの?」

「持ってない。支部のパソコン使うわ」

「固法先輩に怒られるよ。今度一緒に買いに行こ?」

 

 そう提案すると、ピタリと声が止んだ。

 男の子3人は噂話をする主婦のように、チラチラと私を遠巻きに見ている。

 

「こんなあっさりデートの約束を……なぁハラショー。退院した後でええからさ、思いきりぶん殴ってええか?」

「鈍感なだけじゃなくて、羞恥心も欠けてるみたいだにゃー……青ピ、俺も参戦するぜい」

「受けて立つぞこの野郎」

 

 物騒な会話をしながらも、私達5人の談笑はまだ続く。

 

 こういう日常がずっと続いてほしい、と意味もなく思ったのは、久しぶりに見れたこの光景に、仄かなノスタルジーを感じたからだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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