とある風紀委員の日常   作:にしんそば

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第22話

 

 

 

 

 

 人間はなぜ恐怖を抱くのだろう。答えは様々だろうが、俺はこう思う。

 自分が知らないからである。

 

「(無理にこだわる必要は無い。ここを退いたところで、俺を責める奴なんて誰もいないんだ)」

 

 人が幽霊や闇に恐怖するのも、超能力者(レベル5)を畏怖するのも同じ。

 自分と違うから、分からないから、計り知れないから。人は恐怖というフィルターを作り、自らを守ろうとするのだ。

 

「(……虎穴に入らずんば虎子を得ず、か)」

 

 海を漂流する中で、古の戦闘民族が暮らす孤島を発見したような気分だ。リスクを背負って踏み出すか、万が一を考えて背を向けるか、どちらが良いかなど分からない。

 

「(いや、行くしかねぇ。どうせ後悔するなら、やって後悔した方が良い……なんてのは、出来る奴の台詞だ。一般にそれを求めるのは難しい……のか?)」

 

 否定できる理由を探そうとして、それをしている自分に嫌気が差す。みっともない、それでも風紀委員(ジャッジメント)か。

 

「(……違う。出来ないなら断行するまでだ。俺は今までそうしてきたじゃないか)」

 

 勇気とは、何かを恐れない心ではない。

 恐れてなお踏み出せる、その1歩のことだ。

 

「……行くか」

 

 そうして俺は、勇ましい1歩を踏み出した。魔王の城にも言える、眼前の要塞に。

 

 正確には、女性向けの高級化粧品店に。

 

「(あ、やだもう帰りたい)」

 

 7月27日。

 白い包帯と湿布が目立つ前原将貴は、化粧品店のドアをくぐった瞬間、そのことを後悔していた。静かに鳴るベルを耳に、数秒前の自分を全力で呪いたくなる。

 ダイヤモンドのように固めた覚悟が、出しすぎたシャー芯のように根本からへし折れた音がする。

 

「(場違い感えぐい……)」

 

 ここは第七学区。『学舎(まなびや)(その)』に隣接する街である。

 統一感のある白い外壁は地中海の街並みに似て、乾いた石畳によく似合っている。しかし、俺が知る街とは違いすぎて、俺という存在の異物感がすごい。

 

「………」

 

 そんな異世界を構成する1つがここ、高級化粧品店である。スキンケア用品を取り扱う店で、ネットでは見事に最高評価を獲得している人気店だ。

 しかし客が押しかけないあたり、この店の敷居がいかに高いか伺える。

 

「いらっしゃいませ」

「あ、どうも……」

 

 私服の女性が、珍しい客であろう男――つまり俺を柔らかく出迎えた。店の制服は指定されていないようで、店員と客の隔たりが感じられない、親しみやすい店のようだ。

 

「(もー帰りたい)」

 

 へし折れた意志をどうにか繋ぎ止め、ぎこちない足取りで店内を徘徊する。

 感じているのは俺だけかもしれないが、場違い感がすごい。厳粛な美術館でデスメタを歌ってるような気分だ。

 

「………」

 

 まだ入って1分も経ってないが、ここが素晴らしい店というのは理解できた。

 

 香水や化粧品の匂いが混ざると、普通は不協和音に似た悪臭に生まれ変わる。デパートの化粧品コーナーが良い例だろう。だが、ここはそうではないらしい。

 50を超える化粧品に囲まれていながら、自らを主張し合うことなく上手く調和し合い、1つの新たな香りを作っているようだった。窓から覗く日差しの柔らかさも、照明や装飾品といった調度品を凌駕する気品が感じられる。

 

「(うあぁー俺が何したってゆーんだよぉ)」

 

 しかし、そんな所だからこそ、俺にはキツい。海水魚に純水が合わないように、俺の中の何かがものすごい拒否反応を示している。

 幻想天使(AIMリボーン)にも立ち向かえた不屈の精神が、非常時の火災報知器のような警告音を鳴らしている。

 

「(えぇい落ち着け。えーっと、1番人気のやつは……何だっけ。確か……『キュベレー』?だったか?)」

 

 1人ブツブツ呟く俺は、傍から見ればただの変人だ。店員さんも困ったようにこちらを見ているが、当然その事には気付かない。

 

「(どこにあんのかなー……探すのはめんどいし、聞くか……え、聞くの?……えー、何で店員相手にこんなにプレッシャー感じてんだよ俺、らしくもない)」

「あの〜」

「(だからと言って物色すんのも気が引けるし、誰かと来れば良かったな……涼乃……無理だ。明菜のことは迂闊には話せん)」

「あの?」

「(まぁ欲しいのは本心だし、やる事にデメリットは無いはず。可能性が少しでもあるなら、俺の恥なんざ安いもんだ。腹括れ前原将貴)」

「あの!」

「ん?」

 

 近くで聞こえたその声に、店員さんに声をかけられたのかと俺は思った。だが、違った。そこには紺色の髪の女の子が1人、見覚えのある制服で立っていたのだ。

 灰色のプリーツスカートと、半袖のブラウスにサマーセーター。つまり、常盤台中学の制服で。

 

「……俺?」

「え?は、はい」

 

 周りを見るが、近くに常盤台の生徒はいない。その紺髪ロングの女の子はどういう訳か、本当に俺に声をかけたらしかった。

 もしや、不審者には積極的に挨拶をする、的なアレだろうか。

 

「えっと……」

「あ、あの……何かお困りでしょうか?」

「あー……まぁ、はい。ちょっと買いたいシャンプーの場所が分かんなくて」

「お名前は分かりますか?」

「キュベレーってやつです」

 

 常盤台ということは、即ち年下なのだが、自然と変な敬語が出てしまう。

 もっとも、ある意味極限の状況だから気にもしないが。

 

「でしたらあちらですわ。案内致しますので、どうぞこちらへ」

「え、あ、はい。あざっす」

 

 極めて自然な様子で、女の子は俺を店の奥へと促した。名前だけで場所まで分かるあたり、この子はこの店の常連なのかもしれない。

 

「こちらでございます」

「これ?」

「ええ。これがキュベレーですわ」

 

 女の子が両手で差し出したのは、オレンジ色のペットボトルのような容器だった。

 ちなみに、『洗うたび髪が輝く』みたいな謳い文句は一切無い。初めから高級に見せる気など無いようだ。

 

「おお、ありがとうございます。助かります」

「いえ、こちらこそ」

「それじゃ、買ってきますね」

 

 俺は近くにあったオレンジのボトルを取り、颯爽とレジに向かおうとする……が、それはその女の子に阻まれることになる。

 

「あ、そちらは3番ですわ。わたくしが持っているものではありませんよ?」

「……3番?」

「ええ。キュベレーには1から5まで数字がございますの」

 

 ……なんじゃそら。

 何で同じ商品が5つもあるんだ。いや、微妙に効果が違うんだろうけど、紛らわしいにも程があるだろう。

 

 ……と思ったが、その考えがおかしいのだろう。それが気にならない人は、そもそもこんな店には来ない。

 

「えーっと……すみません、何番が良いんですか?」

「そうですわね。個人差はありますが、わたくしは5番をお勧めしますわ。バランス良く髪を守ってくれますのよ」

「バランス……」

「わたくしも5番を使っておりますので、良ければ直接触ってみますか?」

「は?」

 

 ……うん?この子は今、なんて言った?髪を触って確かたらどうか、と言ったか?

 春の陽射しのような笑顔だが、なに訳の分からない事を言っている?

 

「……………マジで?」

「ええ、分かりやすいかと」

 

 そりゃそうだ、という言葉を喉元で呑み込む。

 百聞は一見にしかずというか、聞くより触った方が分かりやすい、というのは分かる。

 でも、見ず知らずの男に、女の命たる髪を触らせますかね普通?

 

「……いいの?」

「えぇ。お力添えできるのであれば、よろこんで差し出しますわ」

「……じゃ、失礼します」

 

 ……言いたい事は色々あるが、本人が良いなら良いのだろう。従って損はあるまい。知り合いに見られたら大ダメージを被るが。

 そう思い込ませ、俺は女の子の頬に触れるように、正面から手を伸ばした。

 

「……えっ――」

 

 触れた瞬間、未知の感覚が指先をなぞった。

 さらさらという表現すら生温いその髪は、逆に髪に撫でられるような柔らかさがある。鼻腔を撫でるフローラルな香りに、俺は春の草原のような幻を見せられた。

 

「(すっげぇ……)」

 

 涼乃の髪も柔らかくて綺麗だが、これは別格と言わざるを得ない。同じものが俺の頭から生えているとは、とてもじゃないが思えない。

 

「………」

「――んっ」

「――ッ!!?」

 

 急に聞こえた艶っぽい声に、炎に手を突っ込んだように俺は手を引っ込めた。

 

 な、なんだ今の。何なの、わざとなの?やめてね、セクハラじゃないからね。言い逃れできないからね!!

 

「あら、もうよろしいんですか?」

「あ、あぁ。もう大丈夫です。うん。じゃあ5番にします。ええ、ありがとうございます」

「は、はい」

 

 俺は早口で捲し立て、逃げるようにレジに向かった。

 やっぱこの世界怖い………そう言えばコレ、いくらだっけ?

 

「――高かったな……」

「こういったお店は初めてなんですか?」

 

 十数分後、華やかなショーウィンドウが並ぶ道に設置されたベンチに、俺と女の子は2人並んで腰掛けていた。

 外気温度は高いはずだが、不思議と不快なほどの暑さではない。

 

「本当にありがとうございます」

「いや、逆にそれでいいんですか?遠慮しなくても……」

「いえ、こういった事はわたくし、初めてで……」

「……さよけ」

 

 はにかむ女の子の手には、俺が奢ったジュースが握られている。諭吉(万札)との別れに涙を呑む俺とは対照的に、女の子は嬉しそうだ。

 

「申し遅れました。わたくし、常盤台中学1年、泡浮(あわつき)万彬(まあや)と申します」

「……えっ?」

「?」

「……いえ、何でもないです」

 

 気品や落ち着き、纏う雰囲気など、この子は色んな意味で、並の大人を超越している。

 にも関わらず、ほんの数ヶ月前までランドセルを背負っていたのだと言う。絶句するのも仕方ないだろう。

 口が裂けても言わないが、白井と比べれば色々と発育も良さそうだし。

 

「……ごめん、ちょっとびっくりしました。俺は瀬川高校1年、前原将貴です。よろしくお願いします」

「よろしくお願いします。前原様」

「…………おぉう」

「それに、前原様の方が年上ですのね。なら、敬語は不要でしてよ?」

「はい……」

 

 ……いかん、何だこれは。脳天に鉛玉ぶち込まれたかと思ったわ。

 というか、先ほどからどうも調子がおかしい。やはり俺は海水魚のようだ。純水に触れて死にそうである。

 

「あー……なぁ泡浮さん、白井黒子って知ってます……知ってる?」

「えぇもちろん。大切なクラスメートですもの。前原様もご存知で?」

「あぁ、風紀委員の後輩だからね」

「まあ。前原様は風紀委員をしてらっしゃるのですか?」

 

 しかし意外なことに、そこからの会話は割と弾んだ。

 学校の事、能力の事、風紀委員の事、友人の事、白井や御坂の事。互いに知らない事も多いせいか、泡浮がジュースを飲み終えた後も、俺達は時間を忘れて話し込んでいた。

 

「今日お買いになったヘアケアセットはご自宅用ですか?」

「いや、知り合いにあげるんだよ。そいつ、髪整えると絶対キレーになるからな」

 

 俺がリスクを犯してまでここに来た理由はただ1つ。

 入江明菜にプレゼントするためだ。

 

 昨日制理を見て思ったのだが、髪が綺麗な女性は自信家が多い、気がする。

 無論、その程度で入江が変わるとは思えないが、それでも、何もやらないよりはずっと良いだろう。

 

「前原様はその方をとても大切に想ってらっしゃるのですね」

「大切、か……ま、そうかもね。でもちょっと引きこもり気味でな」

「引きこもり、ですか?」

「ああ、何とかして外に出したいんだけど、特に行く先も無くてさ」

 

 入江は断じて引きこもりではないが、何も知らない泡浮に真実を言う訳にはいくまい。

 とか思っていると、泡浮は突然胸の前で両手を叩いて、こう言った。

 

「でしたら、今度開催される常盤台の寮祭はいかかでしょう?」

「寮祭?」

「ええ、『盛夏祭(せいかさい)』という催しですわ。1年前に拝見しましたが、とても素敵な祭典でございましたよ?」

「へぇ……」

 

 顎に手を沿えながら、俺は泡浮の提案を頭の中で反芻する……が、答えはすぐに出せた。

 

「おもしろそうだな、それ。行ってみたいね」

「本当ですか!?」

 

 常盤台の寮祭とくれば、そのクオリティは目を見張るものに違いない。安全性や治安も考慮されてるだろうし、行き先としてはベストだろう。

 行けるか否かはさておいて。

 

「そうですわ。前原様は携帯電話をお持ちですか?」

「ケータイ?持って……ねぇわ、ごめん。何かあったか?」

「いえ、詳しい日時などをご連絡できたらと思いまして」

 

 残念そうにする泡浮を見て、謎の罪悪感が襲いかかってくる。

 いや、俺は悪くないんすよ。文句なら俺のケータイを粉々に砕いた『天使』様に言ってほしい、というか。

 

「困りましたわね。連絡手段が無いと不便ですし……」

「その寮祭って、入るのにチケットとか必要なのか?」

「ええ。寮生の招待が必要ですの」

「なるほど。うーん、どーするか……」

「……あ!でしたら、わたくしが前原様の病室まで伺うのはどうでしょうか?」

「……は?」

 

 思考を巡らしていると、泡浮がまた変な事を言ってきた。その表情は良い事を思いついた子供のようだが、ちょっと何言っているか分からない。

 

「いや、それ泡浮が大変だろ。そこまですることないよ」

「でも、前原様はお怪我をなさってますし、そうするのが確実かと思われますが……ご迷惑でしょうか?」

「そうじゃないけど……」

 

 ……何でこの子は出会ったばかりの俺に、こんなに優しくできるんですかね?聖人君子か何か?常盤台ってこんな子がごろごろしてるんですか?なにそれ怖い。

 

「……いいのか?」

「ええ。ここ最近は部活動がお休みで、わたくしも暇を持て余していますので」

「そうか……なら、お願いしてもいいか?」

「はい!」

 

 その後、病院に戻りヘアケアセットを明菜に渡し、病室に戻った俺は、ベッドで横になりながら、ふと思った。

 

 色々流されたが、なにかとんでもないことを決めたしまったのではないか、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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