とある風紀委員の日常   作:にしんそば

24 / 107
第24話

 

 

 

 

 

 『己の信念に従い正しいと感じた行動をとるべし』

 

 加入に際して教えられた、風紀委員(ジャッジメント)に心得の1つである。数ある心得の中でも、前原将貴はこの言葉を気に入っていた。

 なぜなら、この言葉を都合良く解釈すれば、『信念に従う行動であれば多少は目を瞑る』、ともとれるためである。

 

「………」

 

 黒を基調とした制服を着た前原将貴は、灰色の殺風景な廊下を1人歩いていた。

 複雑に入り組んだ廊下を進み、明菜の部屋へと向かう。その手には、大きめの袋が握られていた。

 

「(えーっと……あっちか)」

 

 8月5日、盛夏祭当日。

 病院は既に退院したため、外出に際して問題は無い。監視カメラが無機質にこちらを見ているが、それも大して気にならない。

 

「(覚えるの大変だったな……)」

 

 そのまま2〜3分歩いていると、ようやく見慣れた壁のに辿り着いた。扉は壁と同化するようにカモフラージュされており、初見では分からないだろう。

 壁にある灰色のカバーを外すと、壁に埋め込まれた電子盤が出てきた。パスワードと指紋照合を同時に行うだけの、学園都市では少し古いものだ。

 

「(うし、始めるか)」

 

 右の人差し指にシールを貼り、深呼吸する。

 結論から言えば、明菜の外出許可は取れなかった。だが、盛夏祭には行くと約束した。

 

 ならばどうするか――そうだ、無許可で連れ出そう。

 

「(フツーにアウトだけどな……)」

 

 居心地悪そうに顔を歪め、俺は心底そう思った。

 そもそも、風紀委員の備品を無断で拝借している時点でグレーだ。指先の指紋シールもそうだし、今も懐に忍ばせている、監視カメラを無力化する電波妨害装置もそうだ。

 先日支部に行った時に持ち出したのだが、バレたら始末書で済むかどうか、というレベルである。

 

「(まぁ後で考えよう。121749121015781……)」

 

 ナースさんと同じく20数桁の数字を打ち込み、解除のボタンを押す。すると音もなく扉が開かれ、壁から白い部屋が現れた。

 パスコードに法則性が無かったため、ナースさんが打つのを盗み見て覚えるのは苦労したものだ。

 

「侵入成功――おはよう、明菜」

「―――」

 

 やってきた達成感と罪悪感を無視し、俺は白い部屋に溶け込む、白皙の少女に声をかけた。

 明菜は部屋の真ん中でうつ伏せで転がっており、小さな手でドミノを並べていた。部屋の何割かを規則正しく埋めるドミノの列は、並の集中力では成し得ないだろう。

 

「明菜。ドミノで遊ぶのもいいが、今日は外に出ないか?」

「―――」

 

 ドミノを並べる手は止まらない。等間隔に並べられたそれは防壁のようで、踏み込むことに躊躇を覚えた。

 しかし、覚悟ひとつでそれが突破できることを、俺は既に知っている。

 

「明菜。外に、出よう」

「―――」

「………」

「――?」

 

 俺は近くに座り、明菜が取ろうとしたドミノを横から摘んだ。すると明菜は、油が流れるような緩慢な動きで、じっとこちらを見つめてきた。

 やはり、その蜂蜜色の瞳は深い。深すぎて、感情の一切を読み取れないほどに。

 しかし俺は、それが綺麗だと思った。

 

「(こんなに純粋な目を見たのは、この街に来てから初めてだ)」

「――?」

「ああ、ごめん。明菜。外に出るから、とりあえずこの服に…………ん?」

 

 持っていた袋から、泡浮に借りた服を取り出そうとして、止まった。ある重大な事実に、今になってようやく気付いたのだ。

 

「(……この服を、明菜はどう着るんだ?誰が着せるんだ?)」

 

 明菜は……無理だ。そもそも『着替え』という概念を理解できていない。

 ナースさんは……無理だ。無許可で連れ出すことがバレては元の子もない。

 泡浮は……無理だ。これ以上明菜に関わらせると、泡浮にまで危険が及ぶかもしれない。

 涼乃は……却下。

 

 と、いうことは。

 

「…………マジで?」

「――?」

「うそでしょ……」

 

 俺は膝から崩れ落ち、頭を抱えた。明菜が不思議そうに眺めているが、それが見えないほどに、俺は絶望していた。

 

「明菜にこの服を着せれるのは、俺以外いない……」

 

 もはや見慣れた姿だが、明菜の普段着は、簡素な下着と薄い病衣だけだ。もちろん天下の常盤台に、そんな寝間着のような格好で行けるはずもない。

 そして諸々の事情により、本人含めお願いできる女性もいない。

 

 よって俺は、善悪も分からない純真無垢な少女の服を剥ぎ取り、別の服を着せねばならないのである。証明終了(Q.E.D.)

 

「(やばい、やばいぞこれは。罪悪感、なんてものじゃない。俺の中の大切な何かが砕け散る)」

「――?」

「(待て待て待て落ち着け俺。いやムリ。死ぬ。帰りたい。帰らんけど)」

「―――」

 

 2分ほど頭を抱えた俺は、やがて特大の溜息をして、諦めたように遠くを見た。

 白い壁と白い天井の境界が、ひどく朧気だった。

 

「―――」

「………」

「―――」

「………」

「――?」

「………」

 

 そのままの体勢で、悩んで、悩んで、悩んで。

 さらに数分悩んでようやく、俺は小さく呟いた。

 

「……憎まれるであろう。しかし、最後まで耐え忍ぶ者は救われる*1

 

 

 

 〜〜〜

 

 

 

「――?」

「………」

 

 十数分後、音の消えた白い部屋には、とんでもない美少女が立っていた。

 

 真っ白なワンピースに、主張しすぎないライトブルーのカーディガン。雲の上を歩けそうな白い靴と、ふわふわしたラフィアのつば広帽子。

 そして、そのすべてを従える純白の髪と、深く澄んだ蜂蜜色の瞳。首に巻かれた黒いチョーカーに違和感はあるものの、誤差の範囲だった。

 

「(じ、次元が違う……)」

 

 あまりに隔絶した存在を前にすると、人は感情よりも冷や汗が先に出るらしい。

 美琴や涼乃も、整った顔立ちはしている。だが、これはそんなレベルじゃない。物語から飛び出してきた、と言われた方がまだ納得できる。

 

「……すげぇ可愛いよ、明菜」

「―――」

「……うん、ごめん。早く準備するから」

 

 数分前の柔肌を忘れるように、俺は持ってきた別の袋を開けた。そこに入っているのは、対監視カメラ用のぬいぐるみである。

 それに明菜が着ていた病衣を着せて寝転がせ、俺は改めて明菜と向き合った。

 

「行こうか」

「―――」

 

 ガタガタと揺れる精神に気合いを入れ直し、迷路を案内するために、俺は明菜の手を取った。

 

 あ、めっちゃ柔らかい。もっちもちだ。

 

「(……ええい落ち着け、ここが最後の分水嶺なんだぞ)」

「―――」

「……明菜」

「―――」

「俺は、お前の味方でいたい。一緒に、戦わせてくれ」

 

 目を閉じて、先日の誓いをもう一度立てる。

 すっと目を開くと、俺は明菜の膝裏と肩に手を伸ばして、ひと息に引っ張った。すると、軸を失った明菜の身体が重力に負けて、抵抗も無く俺の腕の中に収まった。

 要するに、お姫様抱っこである。

 

 別に俺の趣味ではない。明菜の体力と時間を心配しただけだ。ほんとだよ?

 

「―――」

「(――軽い)」

 

 ――こんな小さな身体で、明菜はどれだけの地獄を見てきたのだろう。どれだけの悲劇を刻まれてきたのだろう。

 明菜は逃げることも、泣くこともできないのに。

 

「………」

「――?」

「……ごめん、何でもない」

 

 腕に少しだけ力を込めて、改めて前を向いた。俺は自分の意志で踏み出して、そのまま鎖された部屋を飛び出した。

 

 この部屋に、幸せな世界は無い。

 部屋の外にも、幸せなだけの世界など無い。学園都市の闇に巻き込まれ、1人では抱えきれないほどの悲劇が降り掛かるかもしれない。

 

 ならば、俺がそのすべてを振り払おう。どんな茨の道だろうと、すべてを焼き尽くしてやる。

 この子を救うことは、俺の『正解』だから。

 

「明菜――これから、よろしくね」

「―――」

 

 俺と明菜が出ていくと、やがて音も無く扉が閉まった。

 再び鎖された白い部屋で、綺麗に並べられたドミノが倒れていくのを見届けた者は、誰もいない。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 黒い少年が白い少女を連れ出した、まさに同時刻。

 とある総合病院の一室で、カエル医と入江明菜専属のナースはどこか楽しそうに話をしていた。

 

「彼は本当に困った子だね?」

「その割には先生、嬉しそうじゃないですか?」

「そう見えるかい?」

「ええ。なんだか、息子の成長を見守るお父さんみたいですよ?」

 

 ここは院内の監視カメラを統括するモニタールームだ。

 目の前にはモニターがいくつも並んでいるが、何故か所々に黒くなったものがある。こちらから電源を切った訳ではないため、局地的な電波妨害が発生しているようだ。

 

「前原君も凄いですよね。まさか本当に連れ出しちゃうなんて」

「色々とギリギリな気もするけどね?」

「ていうか普通にアウトですよ」

 

 この病院から明菜ちゃんを連れ出すには、乗り越えなければならない関門がいくつもある。どれもただの学生が突破できるものではないが、それでも彼はその警備網を突破し、明菜ちゃんを外まで連れ出した。

 

「それにしても、こういうのって何かこう、良いですよね。恋愛ドラマみたいで」

「だとしたら、中村君との衝突は避けられないけどね?」

「あ、あの子ってやっぱりそうなんですか。前原君も罪な男ですねぇ」

 

 私は堪えきれずに、くつくつと笑ってしまう。

 彼は本当に大したもの……いや、最早おかしいのではなかろうか。

 

 表に一切出ない言葉と感情。

 人を寄せ付けない、歪に隔絶した雰囲気。

 不安定だが埒外の能力。

 その背後に潜む、学園都市の底知れぬ闇。

 

 そのすべてを相手取ろうなど、それはもう無茶ではなく無謀だ。仮に私が全反射(ハーモニクス)を持っていたとしても、実行したりはしないだろう。

 それをあっさり決意するのは、感性が狂ってるとしか思えない。

 

 しかし、だからこそかもしれない。

 どこか歪んでいるからこそ、今までとは違う種類の人間だからこそ、木山さんは明菜ちゃんを託したのかもしれない。器用なだけでは彼女は救えないのだ。

 

「先生も人が悪いですね」

「?」

「だって先生も、前原君を試してるじゃないですか。こうして警備網も緩めてる訳ですし」

 

 そもそも、前原君が明菜ちゃんに会えている時点でおかしい。

 いくら木山さんから託されたとはいえ、超能力者(レベル5)に匹敵する才能を持つ明菜ちゃんは、学園都市の虎の子のような存在である。

 そんな少女を本気で隠したいのなら、前原君を会わせなどしないし、潜入などもってのほかだ。

 

 不自然な点は他にもある。

 明菜ちゃんの部屋への警備が、指紋認証やパスコード、監視カメラという、()()()()()()()()()()()()()()ほどに緩くなったことだ。

 以前は指先の微振動パターンや虹彩認証、さらに対侵入者用トラップがあったのだが、それが前原君が来た日から、突然停止したのだ。

 偶然にしては出来すぎた話である。

 

「さぁ。何のことかな?」

「ふふっ。そういう事にしておきます」

「なんにせよ、木山君が託したのは彼で、その彼が選んだことなんだ。僕達からは何も言えないね?」

 

 結局、先生もこうなることを期待していたのだ。

 1人の患者を光の世界に戻すために、リスクを承知で闇に飛び込む彼に、託したかったのだ。

 

 彼女の状況を、街の特性を理解したうえで、それでも拳を握れる者に。

 間違ったものを間違っているとはっきり言えて、何度失敗しても諦めない、子供のような強さを持つ者に。

 

「そうですね」

「そうだよ?」

 

 その強さをすっかり忘れてしまった大人達は、持つ者に託すしかないのだ。

 それはもう、呆れたように笑いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*1
マタイによる福音書10章22節

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。