とある風紀委員の日常   作:にしんそば

26 / 107
第3章:八月十日事件編
第26話


 

 

 

 

 

「それじゃ、今日はこれくらいにしましょうか」

 

 黒髪眼鏡の風紀委員(ジャッジメント)――固法美偉は、手を叩きながらそう告げた。それを聞いた177支部の面々は、適当に返事をしながら帰宅の準備を始める。

 既に荷物をまとめていた少年と少女は、みんなよりひと足早く席を立った。

 

「それじゃ、先に失礼します」

「お疲れっしたー」

「ええ、お疲れ様」

 

 2人は話し合うことなく、それが当然であるかのように、並んで帰路についた。

 その流れるような光景に、遊びに来ていた御坂さんと佐天さんが苦笑いを浮かべる。

 

「……いやー、流石ですねぇ。なんかもう、何も言えません」

「わたくしはもう慣れましたけどね」

「慣れたからって何も思わない訳じゃありませんけどね」

 

 初春さんの言葉に、みながうんうんと頷く。

 過度な接触が無いとはいえ(最近はそれも怪しいが)、あれでまだ、2人は付き合ってすらいない。

 あんな光景をずっと見せられて、 私は何度砂糖を吐きそうになっただろう。糖尿病の新しい治療法にならないだろうか。

 

「でも、やっぱりお似合いですね」

「いいなー、私もああいう相手が欲しい……」

「あはは……今度馴れ初めでも聞いてみます?参考になるかもしれませんよ?」

「面白そう!明日聞こうかなー」

 

 そういった話題には興味があるのか、白井さんと初春さんも食いついてきた。

 しかし盛り上がっているところ悪いが、それを叶えさせる訳にはいかない。

 

「あー、明日は2人とも来ないわよ?」

「え?そうなんですか?」

「ええ。それと、そういう話もあまり聞かないようにね。彼らも良く思わないでしょうし」

「うーん……そうですか」

 

 彼女達は渋々納得してくれたが、それでも好奇心には逆らえないのか、話題が変わることはなかった。

 やはり中高生にとって、2人の在り方というのは興味をそそるものらしい。私だって興味が無くはないくらいに。

 

「それにしても、あの2人ってホントにいつ付き合うんですかねぇ」

 

 ふと、初春さん、がそう言った。

 すると、それを聞いた佐天さんの顔がみるみる変わり、食いかかるように初春さんに詰め寄った。その勢いに。御坂さん含めた全員が若干たじろいだ。

 

「……え、え!?ちょっと待って初春。前原さん達ってまだ付き合ってないの!?」

「あ、あれ?言ってませんでした?」

「言ってないよ!!っていうか嘘でしょ!?仲良いってレベルじゃないよ!?」

 

 佐天さんには珍しい、本気の驚き方だった。

 しかし無理もない。少なくとも支部にいる間、彼らは常に一緒だ。そこに割り込んだ人はいないし、割り込める余地は無いと思ってる。

 それに、2人が話している時の表情は、事情を知らない人でもひと目で分かるほど幸せそうだ。

 

 しかし前原君は、決してその先の関係になろうとしない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、だ。

 

「(……ま、中村さんは素で気付いてないみたいだけどね)」

 

 適当に思考を終わらせ、部屋にある液晶時計を見た。

 そこには現在の時刻と共に、『8/9』と表示されていた。

 8月9日――つまり、明日は8月10日。

 

「……ほら!早く出ないと部屋閉めるわよ!」

「あ、待って固法先輩!まだ聞きたい事が!」

「帰って話すか明日聞くかにしましょう?とりあえず出なきゃ」

「えー!じゃあ初春、明日!明日また詳しく聞かせてね!」

 

 この話は、彼らが言い出さない限り、決して話すべきではない――話してはならない事だ。御坂さん達を信頼していない訳じゃないが、それとこれとは話が違う。

 

 この件については緘口令が敷かれているし、当事者の在り方にも関わることだ。

 

 ましてや、後輩を見殺しにしてしまった私に、口を出す権利なんてどこにも無いのだから。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

「それじゃ、お風呂入ってくるね」

 

 学園都市のほぼ中央に位置する、広大な第七学区。

 その片隅の女子寮に、中村涼乃は戻ってきた。隣には、本来いるべきでない少年がいる。

 

「ああ。溺れんなよ」

「うん。もし溺れたら助けてね」

「当たり前だ」

 

 思ったより力強い言葉に、私は笑ってしまった。

 将貴が外している緑の腕章には、一筋の縫い目が走っている。る幻想御手(レベルアッパー)事件で『天使』に切り裂かれた物を、私が修繕したものだ。

 

「……ふふっ」

 

 私は白い髪留めを外して、数秒間だけ見つめてバスタオルの上に置いた。

 次に黒を基調としたブレザーをするりと脱ぐ。続いてリボンとボタンを外して、シャツや下着を脱いで浴室に入った。

 

 ……家族以外の異性がいる状況で、一糸まとわぬ姿になるなんて、さすがに羞恥心が欠落してると言わざるを得ないだろう。

 まあ将貴以外には絶対しないって分かるけど。

 

「ふー……」

 

 蛇口を捻ってシャワーを浴びると、自然と長い息が漏れた。熱いお湯は私の体にまとわりついて、溜息と共に排水口へと吸い込まれていく。

 

「んー……」

 

 いつも通りヘアケアをして、身体を洗ってから湯船に浸かった。疲れが溶けていくような解放感と、僅かな倦怠感に身を委ねた。

 

 ゆっくりと目を閉じて、開ける。

 白い湯気で覆われた天井は朧気で、ひどく不明瞭だった。

 

「(ちょっと怖いなぁ……)」

 

 湯船に浸かっているのに、全身に鳥肌がたってきた。

 何故だか分からないが、例のトラウマが刺激されているようだ。

 

「……もう出よ」

 

 普段とは異なる衝動に駆られ、すぐに湯船を出て身体を拭いた。スキンケアもそこそこに、私は水色のパジャマに袖を通すなり、将貴がいるリビングに勢いよく飛び込んだ。

 

「将貴」

「ん、早いな。どーした?」

「いや、あの……何でもないの」

「………」

 

 将貴は何も言わず、ゆっくりとソファーから立ち上がり、洗面所へ向かった。

 将貴を見て安心できたのか、鳥肌は既に収まっていた。少し経って戻ってきた将貴の手には、ドライヤーとタオル、白い髪留めと櫛が握られている。

 

「涼乃、ここ座って」

「……な、なんで?」

「……そんなに警戒すんなよ。髪を乾かそうと思っただけだ」

「え、髪?」

 

 薄茶色の髪に手を当ててみると、確かに髪は濡れている。拭くのを急ぐあまり、髪まで手が回らなかったようだ。

 でも、それで将貴に髪を乾かしてもらえるなら、嬉しい誤算だったかもしれない。

 

「じゃ、じゃあお願いします……」

「あいよ」

 

 私が椅子に座ると、将貴のそのすぐ後ろに立った。

 直後に、タオルの柔らかい感触があった。将貴はそのままドライヤーを当てて、効率よく水気を吸い取っていく。

 根元から丁寧に乾かすのも含め、その手つきは随分と手慣れていた。

 

「……〜〜♪」

 

 将貴がよく口ずさむ歌が、すぐ後ろから聞こえてきた。どこか歪んでいて、しかし優しいその旋律に、思わず笑みがこぼれてしまう。

 

「どーっすか、お客さん?」

「すっごい幸せー……」

「……お、おう。そうか」

 

 気を抜きすぎたのか、みっともない声が出てしまった気がするが、今は何も思わない。

 良くも悪くも、今日の私は少しおかしいみたいだ。それに、将貴に心を許すなんて、今に始まった事じゃない。

 

「はい、これでおしまい」

「ふぁ、ありがとー」

「おう」

 

 髪に触れてみると、今までと少し違う触り心地がした。

 下手すると、将貴は私より髪を乾かすのが上手いかもしれない。料理も上手だし、家庭力は並の女子より高いのではなかろうか。

 

 …………なんか悔しいね、それ。

 

「……将貴、今日は私がご飯作るよ」

「え?何だ突然」

「さっきのお礼みたいなものだよ。将貴に頼りっぱなしじゃ悪いし」

「んー……なら頼むよ」

「うん、任せて!」

 

 

 

 〜〜〜

 

 

 

 夕飯を終え、歯磨きまで済ませた私は、やることがなくなった私は、用も無いのに将貴のもとに向かっていた。

 時刻は既に11時前だが、疲れはあまり無い。将貴はイヤホンで音楽を聴いていたが、私の声にすぐに気付いてくれた。

 

「ん、どうした?」

「んー。いや、別に」

「……そうか」

 

 イヤホンを片付けた将貴は、ソファーに寄りかかって大きな欠伸をした。幻想御手事件の英雄とは思えない無防備な姿だ。

 それだけ信頼してくれて、嬉しくないわけがない。

 

「……♪」

「?」

 

 私は白い髪留めを外し、ソファーで将貴の隣に座って、そのまま寄りかかった。深夜テンションもあるのか、私は少し大胆になっているのだろうか。

 

 ……いや、違う。

 これはただ、臆病になっているだけだ。

 

「……あのさ」

「ん?」

「今日、一緒に寝ていい?」

 

 この言葉も、甘えではなく、怯え。

 その真意はきっと家族でも分からない、私だけのSOS。

 しかし将貴は何も言わず、微笑みながら受け入れてくれた。

 

「……涼乃がいいなら、いくらでも」

「……ごめん」

「いいって」

 

 将貴と添い寝という、とんでもない約束を取り付けた私だが、緊張はしない。今の私は、羞恥より恐怖の方が強いからだろう。

 

「……それじゃ、来て」

「お邪魔します、と」

「んっ……」

 

 ギシリと、私のベッドが軋んだ。シングルベッドは2人で寝るには少し狭くて、互いが横になるには密着する他にない。

 将貴の体温が、鼓動が、その心強さが、麻酔に侵されるように全身から入ってくる。

 

「……電気、消すね」

「……ああ」

 

 リモコンを操作し、部屋の電気を豆電にする。

 その瞬間、小さな虫が全身を這い回るような、凄まじい忌避感が駆け巡った。

 

「――ッ!!」

「大丈夫だ」

「……うん」

 

 そんな私を、将貴は優しく抱き締めてくれた。

 頭を撫でる手は私を労るようで、慈しむようで、普段とは少し違う気がした。

 

「………」

「………」

 

 落ち着いてから顔を上げると、至近距離で目が合った。あと少し顔を出せば、唇が触れてしまいそうだ。

 しかし私の鼓動は変わらない。

 将貴の鼓動も、また同じ。

 

「…………ねえ、将貴」

「なんだ?」

「私って、弱いよね」

 

 自嘲げに笑って、私はついそんな事を言った。

 他人の否定の上に自分を示すなど、そこに何の意味があるのだろう。分からないし、分かりたくもない。

 

「……そうかもな」

「もう、そこは嘘でも強いって言ってよね」

「俺の嘘なんざすぐ見抜くだろ、涼乃は」

「……そりゃ、ね」

 

 将貴がもう一度、私の髪を撫でた。淡い光の中、小さな笑い声が2つ。

 暗い感情はいつの間にか消え失せて、私の中は、別の何かに満たされていた。

 その感情の名前は、まだ分からない。

 

「(あったかい……)」

 

 抱き寄せる力を強めると、将貴もそれに応えてくれた。

 互いの存在を確かめ合うように、互いの『弱さ』を認め合うように。

 そんな心地よい微睡みに攫われて、私の意識は別の世界に沈んでいった。

 

「ぐー……」

「すー……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 めいいっぱい長い夢を見た。

 

 それはこの上なく忌々しくて、私に消えない傷跡を残した暗澹の過去。

 それは絶対に忘れられなくて、私の人生を決定づけた栄光の過去。

 

 それは心の1番奥底。

 私の最も大切な所に眠っていた、1つの記憶。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。