とある風紀委員の日常   作:にしんそば

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第29話

 

 

 

 

 

「お疲れさまです」

「あら中村さん、お疲れ様。前原君は?」

「まだ来てないんですか?」

 

 7月16日。

 終業式を終えた中村涼乃は、うだるような暑さの中で、自身が所属する風紀委員(ジャッジメント)第177支部に来ていた。

 出迎えた固法先輩は、冷たそうな牛乳を片手に怪訝な表情を浮かべている。

 

「ええ。昨日も来なかったし、風邪でもひいたのかしら?」

「え、昨日も来なかった……連絡も無かったんですか?」

「そうなのよ。さっき電話したけど、それも出なかったし」

 

 スクールバッグを椅子に置いてケータイを確認するが、『おめでとう』のひと言を最後に、将貴君からの連絡は無い。

 ひとまず通話をしてみるが、無機質なコールが続くだけだ。

 

「……風邪、かな?」

 

 それでも連絡くらいはするだろう、と思いながら、私はお茶を求めて冷蔵庫を開いた。

 その中には、見慣れた炭酸ジュースやチョコレートの他に、見慣れない高級そうな白い箱があった。

 

「……?何ですか、これ?」

「ああそれ?前原君のケーキよ。食べないでね」

「ケーキ?将貴君の誕生日って10月でしたよね?」

「ああ、中村さんにはまだ言ってなかったわね」

 

 そう言った固法先輩は、わざとらしく言葉に間を空けた。人差し指をくるくる回す姿は、とっておきの秘密を話す子供のようだ。

 

「遂に、遂によ」

「?」

「前原君の本部への推薦が通ったのよ!!」

「……え、本部に?」

 

 風紀委員統括総司令部。通称『本部』。

 学園都市に300以上ある支部、数にして3000人の構成員全てを統括する、文字通りの司令塔だ。学園都市の中枢である第一学区に建つことを許され、治安維持をその手に握るエリート集団である。 

 故に本部に配属されることは、即ち風紀委員にとって最高の栄誉とされているのだ。

 

「本当ですか!?大出世じゃないですか!!」

「ええ、本当よ。私としても誇らしいわ」

 

 固法先輩は得意げに、まるで自分の事のように自慢げに言う。それに留まらず腕を組み、今までを懐かしむように口を開いた。

 

「私も推薦した甲斐があったわ。これで4回目だもの」

「そ、そんなに送ってたんですか?」

「ええ。もっと早く通ってもいいのだけど、彼みたいなケースは珍しいからね」

 

 エリート集団であるだけに、そこに配属されるのは容易な事ではない。割合にして上位1%ほどだ。

 

 そして、本部への行き方は2つ。

 1つは本部から直接選抜され、それを了承するか。もう1つは風紀委員学区長(エリアチーフ)の推薦を勝ち取るかだ。

 そして、推薦が通る理由は様々だが、通った者はすべからく『特技』を持っている。

 それは能力開発ではなく、事務処理や情報処理、判断力やリーダーシップなど様々だ。

 

「本当に、良かったですね」

「……ええ。本当にね」

 

 失礼な言い方だが、将貴君にそのような特技は――射撃を除いて――無い。対人格闘術や正義感は高いが、それでも風紀委員で1番、とまでは言えない。

 言ってしまえば、少し優秀な普通の人だ。

 しかし人は、彼のことを『天才』と呼ぶ。

 

 なぜなら彼は、一やれと言われたら十をやり、百やれと言われたら万をこなすような、努力の天才だからだ。

 

 訓練や学習など、彼は全てにおいて、息をするように努力を重ねるのだ。それはもう、何かに取り憑かれてるとでも言うように。

 おまけに彼の友人に話を聞けば、小学校に入った時からそれは変わっていないらしい。

 

「(……なんとなーく、無理してるようにも見えるけどね)」

「どうかしたの?」

「いえ。固法先輩、嬉しそうだなって」

 

 そう言って、私達は小さく笑い合った

 いずれにせよ、将貴君の努力がようやく報われたのだ。同僚としても友人としても、嬉しいに決まってる。

 177支部で唯一の同期がいなくなるのは少し寂しいが、仕方ないだろう。

 

「彼みたいな子が、きっと上に行くんでしょうね。いつか風紀委員長とかになるかもしれないわよ?」

「確かに、将貴君を支持する人とか、学校にたくさんいますからね。似合うかもしれません」

「あの前原君だもの、当然よ。警備員(アンチスキル)の評判も凄いのよ?」

 

 学校でも訓練でも、彼は何でもやった。

 出来ない事があれば、彼は努力によってそのすべてを克服してきたのだ。唯一できないことと言えば、生まれ持った超能力という異能だけ。

 

 どうすれば、何を目標にすれば、あんなに頑張れるのだろうか。彼は一体、何を得れば満足するのだろうか。

 

「でも、今日も来ないのね。何かあったのかしら?」

「また後で電話するんで、先輩からもお願いできますか?」

「分かったわ。とりあえず業務を始めましょうか」

 

 将貴君宛にメッセージを送信してから、私はいつものデスクに向かった。

 将貴君が昨日も今日も休みなら、彼の仕事は少しばかり溜まるだろう。

 

「さーて、始めますか」

 

 固法先輩と気合いを入れ直し、目の前のデスクトップに目を向ける。

 本部に行くのであれば、将貴君は異動の手続きや準備など、色々する事があるだろう。私に出来るのは、少しでも彼の負担を減らすことぐらいだ。

 

 ……もっとも、将貴君と直接話をしないことには、何も始まらないのだけど。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

「………」

 

 夏休みに入って数日が経過し、街は終業式の時のような熱気から冷めつつあった。

 それに反比例するように、太陽は街全体を絶えず煌々と照らしている。公園のベンチで項垂れる前原将貴は、炙られて草臥れた蝋人形のようだった。

 

「暑い……」

 

 服の隙間に風を送りながら、鬱陶しそうに溜息をつく。

 ビルの乱立による視覚的な狭苦しさも、気温以上の暑さに一役買っているのだろう。田舎であれば、少しは感じ方は違うのかもしれない。

 袖に通った緑色の腕章だけが、陽光を浴びて生き生きと輝いていた。

 

「………」

 

 学校と風紀委員に行かなくなってから、今日で何日目だろう。

 ケータイには100以上のメッセージが届いたため、鬱陶しく思った俺は、既に電源を切っていた。

 

「(……何がしたいんだろうな。俺は)」

 

 遠くの何かを見つめるように、すっと目を細める。そんな問いに意味が無いことなど、分かりきっているのに。

 

 ここがどこか、俺は知らない。

 何故いるのかも、ここで何をしたかったのかも、この瞳がどこを向いているのかさえも。

 

 分からない。

 分からないんだ。何も。

 

「………」

 

 何も学ばず、何も成さず、何も積み上げない。

 この数日で俺がやってきたのは、ひたすらに純粋な怠惰。それは未知の刺激であり、俺に新しい感覚を与えてくれた。それは確かだ。

 

 だが、それが何だ?

 白紙をコピーして貼り付けただけの毎日に、一体何の価値があるのか。止める理由は特に無いが、続ける理由などもっと無い。

 

「………………」

 

 光を避けるように路地裏へ足を向ける。

 そこに広がる灰色の世界は狭くて、暗くて、薄汚れていた。上には切り取ったような四角い空があり、どうにも窮屈だ。

 

 しかし、それすら遮るような不快な臭いが、俺の鼻腔を軽くついた。嫌悪感のみを狙い撃ちするその臭いは、煙草の副流煙だとすぐに分かった。

 

「あ?」

「何だお前」

 

 視線を僅かに上げると、そこには煙草を吹かす3人の青年がいた。

 今いる場所に、理解の及ばない攻撃的なファッションセンス、手に持っている物から、明らかだ。

 

 学園都市の不良集団、スキルアウトである。

 

「ん?んだよ。風紀委員かよ」

「おーおー、こんなクソ暑い日にご苦労なこった。んで、何?」

 

 俺の袖に通る腕章を見て、青年達は、目に見えるほど不機嫌そうになった。

 何もしてない者を捕まえることは無いのだが、彼らは風紀委員を敵対の象徴と捉えているらしい。口調も態度も、先ほどより明らかに高圧的だ。

 

「……ふふっ」

 

 でも俺は、恐怖も焦燥も抱かなかった。

 こぼれるのは、ひどく歪で自嘲げな笑みだけ。

 

 じめじめした日陰に身を隠し、一個体では歯牙にもかからない。故に群れて、その結果忌避される矮小な存在。

 人間と言えど、やってることは虫と同じだ。

 

「オイ。テメェいま笑いやがったな。バカにしてんのか」

 

 スキルアウトの1人が立ち上がり、手から見えない何かを生み出した。髪や埃が不規則に揺れているため、空力使い(エアロハンド)の低位能力者であろう。

 

 そんな存在でさえ、能力は持っているのだ。

 そんな存在にさえ、俺は劣っているのだ。

 

 ああ、俺より劣る人間などいるのだろうか。

 

「(……なんで)」

 

 ぽたりと、黒く粘ついた何かが、腹の底に垂れた。

 ぽたり、ぽたり、と何かが黒く塗り潰されていくのがわかる。

 

 スキルアウトはそれに気付かず、苛立ちを隠さずに突っかかってきた。1人は俺の胸倉を掴み、残り2人は嘲笑を向けてくる。

 

「何か言えよ」

「………」

「聞いてんのかテメェ!!」

「……!」

 

 余裕の表れと思われたのか、胸倉を掴んだスキルアウトが、俺を突き飛ばした。壁に背中を強打し、肺の中の空気が音もなく吐き出される。

 痛いが、声を出そうとは思えない。立ち上がることだってしない。

 

「ははっ、こいつビビって声も出さねぇぞ」

「何だ、ただの雑魚かよ。風紀委員なのに弱っちぃな」

「ちょうど良いわ。ちょっとストレス発散に付き合ってもらおうか」

 

 ゆらりと、眼球が持ち上がるように顔を上げる。

 そこには、スキルアウト3人が思い思いの武器を手に持っていた。

 ある者は拳を、ある者は棒を、そしてある者は能力を。

 

 俺はこれから、この者達に痛め付けられるのだろうか。

 俺が一体、何をしたと言うのだ。

 

「恨むなら風紀委員なんかやってる自分を恨むんだ、な!!」

「ぐっ……!」

 

 強引に掴み上げられた直後、顔面に鈍い衝撃が走った。遅れてきた痛みに、口元から変な声が漏れる。

 しかし倒れることは許されず、今度は横にいた者が右手を突き出してきた。能力を使ったのか、受けた左腕の制服がぱっくりと裂けた。少し遅れて、溶けた金属を垂らされるような痛みが走る。

 視界の隅で、緑色の腕章が落ちるのが見えた。

 

「………」

 

 理由無き暴力に巻き込まれながら、しかし俺は別の事を思っていた。

 

 俺はどこで間違えたのだろうか。

 

 得体の知れない能力に魅せられた事か。

 風紀委員になった事か。

 才能が無かったのを認めなかった事か。

 そのくせに諦めなかった事か。

 

 俺は別に、超能力者(レベル5)になりたいだなんて高望みはしていない。

 ただ、『能力』という物が欲しかっただけだ。

 

 指先から火を出すこと、コップの水を揺らすこと、森の木の葉を揺らすこと、静電気を起こすこと。

 本当に、何でも良かった。

 それだけで俺は満足できた。

 

 努力したのだから、それ相応の才能を寄越せとは言わない。だがせめて、みんなと同じにしてほしかった。

 

 『測定不能』という無能力者(レベル0)以下の烙印を、使わないでほしかった。

 

 ああ。

 

 何故この世には『能力』があるのだろう。

 

 それさえ無ければ、俺はこうはならなかったのに!!

 

「………………あ、れ?」

 

 俺は今、『能力』を否定したのか?

 なら俺は、今まで何の為に?

 俺は間違えた?なら努力する意味は?

 俺は、何をするのが正解だったんだ?

 そもそも『正解』って何だ?

 

「マジで抵抗しねぇ!なんなんだコイツ!!」

「雑魚すぎて起き方も知らねぇってか!?よくそんなんで風紀委員になれたな!!」

「教えてやるよ!!こうやって……!?」

 

 五月蝿い。

 いま考えてるんだ。

 

「どうしたんだよ」

「いや、何かコイツが急に腕を……」

「んだよ、動けんのかよ」

 

 俺が今まで信じていたものは、間違ったものだったのか。ならば、俺が歩んできた人生とは、間違ったものだったのか。

 俺の全ては間違っていて、無駄で、無意味なものだったのか。

 

 そうか。

 

 なら俺は、何のために生きてるのか。

 

「………」

 

 ぽたり、ぽたり。

 空っぽの自分の中に、粘ついた液体が溜まっていく。

 

 このままでは溺れてしまう。

 そうなる前に、どこかに排出しなければならない。

 

 どこに?誰に?

 

「痛っ、離せよ!」

「こいつ、まだ力が……!?」

「ひっ……!?」

 

 ………………………ああ、そうか。

 

 

 

 こいつらか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




異動に関する細部事項


 居住地の変更等により異動を要する場合は、異動日の14日前までに統括総司令部に申告すること。正当な理由の無い、若しくは手続きを踏まない異動は原則として認めない。尚、特例異動はその限りではない。
 個人の意思を尊重しない推薦、勧誘及び引き抜きは懲戒処分の対象とする。
 統括総司令部への異動は、推薦者の中から後項に則った者を公正かつ公平に判断し決定する。

・治安維持に貢献し、全委員の模範となる者
・自らの責務を全うし、献身的に努力する者
・己の正義に準じ、正道をとって行動する者
・自らの行動を律し、修学に専念する者
・高い協調性を備え、他人を尊重する者


 
※風紀委員総則より抜粋
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