とある風紀委員の日常   作:にしんそば

3 / 107
第1章:幻想御手編
第3話


 

 

 

 

 

 

「……ん」

 

 目を覚ますと、そこは知らない天井だった。窓からは夏らしい強い日差しが射し込み、空を見なくとも、今日は良い天気だと分かる。 

 

「……ん?」

 

 起き上がろうとして、前原将貴は違和感に気付いた。

 

 なんか、狭い。あと生温かい。

 もちろん、ソファーベッドが狭いのは分かるし、夏だから暑いのも当然だが、そうじゃない。 

 

「……?」

 

 目を擦ろうとして、何かに当たった。柔らかくて温かくて、なんか良い匂いのする『何か』。

 俺は嫌な予感がして、自身を覆うタオルケットをそっと捲ってみる。

 

 そこには、寝息をたてる中村涼乃がいた。

 

「………………」

 

 深呼吸して、改めて見てみる。

 

 やっぱり、寝息をたてる中村涼乃がいた。肩にかかる薄茶色の髪に、女の子らしい長いまつ毛。健康的に薄く照っている唇に、そこから漏れる甘い吐息。そして、女性らしさの象徴とも言える、2つの膨らんだミカン。その感触が、夢じゃないと脳をビンタしてくる。

 

「(……3.141592653589)」

「んっ……」

「ん゙ん゙っ」

 

 何とか落ち着こうとして、涼乃の寝言がそれを邪魔する。豊満なミカンの感触に、身体中の血管が浮かび上がる。

 

「……あの、えっと、涼乃?」

「すー……」

「その……あっちょっ、起きて?頼むから起きて!」

「うるさい……」

「そぉいっ!!」

「あうっ」

 

 下半身の特定箇所に血が集中していることに気付いた俺は、下半身を強引に捻り、ソファーから転げ落ちるようにして脱出した。全身に鈍い衝撃が走るが、涼乃に失望されるよりは何百倍もマシである。

 

「んー……どしたの……?」

「……なんでもない。おはよう、涼乃」

「……おはよ、将貴」

 

 何とか平静になろうとして、生返事をする。

 朝イチで俺を見ても何も驚かないあたり、涼乃がソファーに潜り込んだのは確信犯のようだ。俺としては全然良いが、男としての生理現象は仕方ない。

 

「どしたの?なにかあった?」

「別に」

「でも……」

「別に」

 

 ふぁ〜、と。涼乃は欠伸をしながら、猫のように伸びをした。まだ思考が覚め切ってないのか、涼乃は特に言及もなく起き上がる。

 チラリと、パジャマの隙間から、涼乃の白いお腹が見えた。そのせいで、血の集中がよけいにひどくなる。狙ってんのか。

 

「……じゃ、朝ごはん作るね」

「何か手伝おうか?」

「だいじょーぶ……もう少し寝てていいから……」 

 

 涼乃が目元を擦り、いつもの白い髪留めを片手に、心底眠そうに洗面所へ向かった。

 

「(あれで素なんだよなぁ……)」

 

 床に落ちたタオルケットを畳みながら、朝から大きな溜息をついた。

 昨晩からそうだが、涼乃は無防備にも程がある。信頼してくれるのは本当に嬉しいが、朝から同じベッドは普通にヤバい。

 

「これからどうなるんだ、俺……」

 

 もう一度溜息をつき、俺は適当にストレッチを始めた。血流を全身に回復させると共に、自制心を取り戻していく。

 

 ……逆にそうでもしないと、涼乃のことを後ろから抱き締めそうになる。俺の理性がこんなにも弱いことに、ガッカリせずにはいられない。

 

 

 

 

 

〜〜〜

 

 

 

 

 

「できたよー」

「あーい」 

 

 ストレッチを切り上げ、足早にリビングに向かう。そこでは、狐色に焦げついたトーストとスクランブルエッグ、アイスミルクにヨーグルトと、定番の朝食メニューが俺を出迎えた。

 

「いただきます」

「はいどーぞ」

「……で、何でソファーにいたの?」

「んー?」

 

 トーストを千切りながら、改めて当然の疑問を口にする。しかし涼乃は考えるそぶりすらせず、ジャムを塗る手を止めようともしない。

 

「ちょっと喉が乾いて、お茶を飲みに行ってね」

「うん」

「ソファーの方を見たらベッドがあったから」

「うん」

「そのまま寝ちゃったのかな」

「なんでだよ」 

 

 ベッドとソファーを間違えるなんて、そんなはずあるか。過労寸前のサラリーマンみたいに、普段からソファーを寝床にしていた訳でもあるまいし。

 

「その、ごめんね?部屋が薄暗くて、ちょっと怖くてさ。つい、ね?」

「……そう、か」

「それより、今日はどうするの?仕事は?」

「いや、今日は休む。確認したい事あるしな」

 

 昨晩、家の惨状を固法先輩に報告したところ、『明日からは休みなさい』とその場で暇を出された。

 まあ、あの様子を見たうえで仕事を優先させる輩は、そうはいないだろう。もしいたら、そいつはブラックの化身である。 

 

「んー……じゃ、私も休もうかな」

「え、何で?」

「私も見ときたいし、ちょっと用もあるからね」

「……まぁ、俺はいいけど」 

 

 口調から察するに、涼乃も俺の寮を見に来るつもりなのだろう。俺は構わないが、後でなに言われるか分からんぞ。特に白井(あのバカ)に。

 

「なら、これ食ったら一緒に行こうか」

「うん。あ、そのスプーン取って」

「これ?」

「そうそれ」

 

 考えるのも程々に、俺は涼乃との至福の朝食を過ごした。その朝はいつもより時間がかかったが、それには気付かなかった。

 

 

 

 

 

〜〜〜

 

 

 

 

 

「エライことになってんな」

「実際見るとすごいね。戦争でも起きたみたい」

 

 朝日が昇った第七学区。学校の制服に着替えた俺と涼乃は、俺の家だった学生寮に来ていた。

 寮の見た目は安っぽくて、涼乃の住む寮と比べたら格段に見劣りする。セキュリティも遥かに甘く、その気になれば誰でも侵入できるだろう。

 

 しかし、それ以上に悲惨なのが7階──つまり俺や元春、当麻たちが住むフロアだ。

 その階は外からでも分かるほど焼けており、ブルーシートで覆ってもなお黒かった。近くの非常階段にも被害が及び、ぐにゃりと変形している。

 

「……ていうかこれ、本当にただの火事?」

「超高温の熱源が生まれた、ってカンジだな。そうでもないと、学園都市の建物がああはならない」

「そうだね。爆発したって訳じゃなさそう」

 

 瞬間的な爆発なら、放射線状に衝撃が広がるはずだ。少なくとも、手摺や床が溶けるようなことはない。

 そもそも、たかが火事で、学園都市の建物はあそこまで燃え上がらない。 

 

「犯人は能力者かな。それもかなり高位の」

「だろうな。理由は何だろう」

「上条君の右手を試したかった、とか?」

「その結果がアレなら殺人未遂だよ」

 

 当麻の右手──『幻想殺し(イマジンブレイカー)』。

 あらゆる異能を無効化し、神の奇蹟(システム)さえ打ち消すという特異の右手。高位能力者であればあるほど、この右手を試したい気持ちになるのだろう。 

 

「大丈夫だとは思うが、一応当麻にも聞いとくわ」

「土御門君は……将貴を襲うくらいなら大丈夫だろうね。舞夏ちゃんも」

「だろうね」

 

 元春とは昨日、取っ組み合いの喧嘩の末に撃沈したため、大丈夫だろう。普段はにゃーにゃー喚いてるぶん、その強さには驚いたが。 

 

 実戦的な構えだったし、元春は格闘技でもやってたのだろうか。どうせ大した理由ではなさそうだが。

 

 それより、この状況をどうするかを考えよう。

 というのも、現場検証をする警備員(アンチスキル)と、そのために退出を強いられた住民たちが、バチバチと火花を散らしていたからだ。

 

「……ねえ将貴、どうする?今にも暴動が起きそうだけど……加勢する?」

「……いや、この人数を相手取るのは厳しい。さっさと帰ろう」

「うん」

 

 ぼそり、と。呪詛のような声が遠くから聞こえる。それが導火線に火をつけたのか、どす黒い雰囲気が、ここにいる男子全員に一気に伝播した。

 

 無理もない。待ちに待った夏休み、今日からたくさん遊ぼうと意気込んだ矢先の火事。そして退去命令だ。怒る気持ちも分かる。

 

 ……だが、涼乃を怖がらせるのはいただけない。1人残らず叩き潰してやろうか。

 

「涼乃、行こう」

「あっ」

 

 会話を切り上げて、その場で踵を返した。涼乃で手を取り、駆け足でその場を離れる。

 その僅か数秒後。誰かの怒声を皮切りに、住民の怒りが頂点に達した。それは核の連鎖反応のように留まることを知らず、あっという間に暴動へと発展する。

 

「ね、ねえ将貴!?ホントに大丈夫なの!?」

風紀委員(ジャッジメント)の活動は校内だけだから!!」

「校外活動が1番多いのは将貴だよ!?」

 

 すたたたたー!!と走り、颯爽と街を駆け抜ける。そうして数分後、安息の地を求めた結果辿り着いたのは、第七学区内にあるいつもの公園だった。

 男どもの怒声を聞いた後では、小鳥の囀りが大変ありがたい唄に聞こえる。日常は平和を埋めた上に成り立つのであり、だからこそ、それは見えないのだ。なに言ってんだ俺。 

 

「やっぱりここはいいねー、落ち着くよ」

「そうだなー……クソ暑いけど」

「そういう事言わないの」

 

 ここぞとばかりに、夏の日差しが身を焦がした。加えて、俺たちがいま着ている制服は、灰色のシャツに黒いネクタイ、黒いズボンという格好だ。学校の誇りとかなんとか言ってるが、暑いに決まってる。

 

「ん、メッセージきた。寮長から?」

「へえ。今回の事についてかな?」

「どれどれ」 

 

 胸元から、口紅ような円筒──超小型円筒式携帯電話

*1──を取り出す。側面のスリットを引っ張ると、薄く透明な液晶が、巻物のように滑り出てきた。

 

「まだそれ使ってるんだ。見た目はSFっぽいけど、使いづらくないの?」

「俺はこういう未来っぽいやつが好きなの。透明なチューブの中を走る電車とかもいいな」

「ふーん。それで、なんて?」

「ちょい待ち。えーっと……」

 

  

 

『上条、土御門、前原。部屋は1週間で直す。各員それまで生き延びるように。』

 

 

 

「………」

「………」 

 

 パキッという音がした。無意識に力が入ったのか、手元のケータイが悲鳴を上げている。

 涼乃が何か言おうと手を泳がせるが、俺は別に、怒ってなどいない。優しく微笑んでメールを閉じ、群青に澄んだ大空をその瞳に映して、謳うように呟いた。

 

「主の恵みが、すべての者と共にあるように*2

「いきなり何言ってんの!?帰ってきて!!」

 

 

 

 

 

〜〜〜

 

 

 

 

 

「この年で路頭に迷うとはね……」

「……まあ、修理費はタダみたいだし、その点は良かったじゃん」

「そりゃそーだが……」

 

 清々しいほど雑な対応に、1周回って穏やかな気持ちになった。もしかすると、この気持ちが『悟り』というものかもしれない。またの名を現実逃避と言う。

 

「今日はどこに泊まろうかな……」

「ウチに泊まる?」

「え?」

「ウチならいつでも空いてるよ?」

 

 ……こいつは何を言っているんだ?

 いくら仲が良いとはいえ、兄妹でも恋人でもない異性と同棲など、色々と飛躍しすぎだ。段階を踏めば良い訳でもないが。

 昨晩だって、緊急事態だったからこそ、最も信頼する存在である涼乃に助けを求めただけだ。それ以上の気持ちなんて無い……はず。

 

「私は将貴ならいいけどね」

「そーゆー問題じゃなくてね」

「どーゆー問題?」

「……倫理的な問題?」

 

 不思議そうに首を傾げる涼乃に、嬉しいような悲しいような、そんな微妙な気持ちになる。

 俺はこんなに悶々としてるのに、何で涼乃はここまで平然としてるのか。俺が間違ってるのか、俺が男ってこと忘れてるのか……そもそも男として見てないのか。

 

「緊急時だし、そんな事言ってられないでしょ?ホテルに連泊っていうのも厳しいと思うし」

「街の給付金もあるし、少しは大丈夫だが」

「で、でもそんなの無駄でしょ。ね、ウチならいくらでもいていいから、ね?」

 

 涼乃は、俺のことをペットか何かだと思ってるのだろうか?

 まぁそれはそれとして、涼乃の家に連泊するのが楽、というのは事実だ。ホテルは支部から遠いし高い。友人の家を転々とするのも、なんか惨めだ。

 

「……それでも、俺は風紀委員だぞ。もしバレたらどうなるか」

「どうもならないと思うけどなぁ」

「……そうだね」

 

 ……うん。多分、どうもならない。

 友人を家に泊める理由として、火事で家を失ったから、というのは十分過ぎる。せいぜい噂になるくらいだろうが、人の噂も七十五日という諺も──2ヶ月半って結構長いね。

 

「だがな、ダメなものは──」

「嫌なの……?」

「嫌じゃない」

 

 気弱そうな涼乃の声に、思わず反射で返事をしてしまった。その返事に破顔した涼乃をずるいと思う反面、可愛いとも思ってしまう。

 

「(……涼乃が良いなら、それでいいか)」

「うん?」

「……何でもない。少し世話になるよ」

「そっかそっか!」

 

 他人に振り回されるのは好きではないが、涼乃なら、むしろ嬉しいと思ってしまう。

 涼乃の行動1つひとつに一喜一憂し、気が付いたら目で追ってるような自分は、傍から見たらひどく滑稽に映るだろう。

 

「(こうなるともう病気だな)」

 

 それでも、別にいい。涼乃の隣にいて、その姿を見れるなら、どんな罰だって受け入れると決めた。

 それこそが、俺の『正解』だと確信している。

 

「(あの頃から、少しは近付けたのかね)」

「どうしたの?」

「いや、別に」

 

 こちらに振り返る涼乃の笑顔が、とても眩しい。眩しすぎて、目がくらむほどに。

 涼乃の強さは、その笑顔を絶やさないこと。何時でも、どこでも、誰にでも見せることだ。

 

 彼女の優しさ、素直さ、そして強さ。

 彼女のような人になりたい。そう、思わずにはいられない。ほんの一部でも模倣できたら、これほど嬉しいことはないだろう。

 

 今はまだ、光に魅せられた小さな存在だ。でもいつか、彼女の隣に立てるような人になる。

 

 なんでもない日の、なんでもない場所。

 そんな誓いを、俺は改めて自分に刻んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*1
白井黒子の携帯電話と同じ型。旧約 8巻参照。

*2
新約聖書 『ヨハネの黙示録』最終章より引用。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。