とある風紀委員の日常   作:にしんそば

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第30話

 

 

 

 

 

「ぁ、がッ……」

「ゔ、げ……」

 

 獣のような呻き声が、微かな闇の中で聞こえた。

 ジ、ジ、ジジジッ……と、鈍い音をたてて照明が点滅する。そのたびに、呻き声の中心にいた少年の姿が揺れた。

 

「………」

「や、やめて……くれぇ……!!」

「ごメんなさ……すみまセんでした……!!」

 

 地に伏している2人のスキルアウトが、前原将貴のズボンを縋るように掴んだ。その指は骨格上おかしな方向を向いており、顔面は埃と血で汚れている。

 

「がァ!やめ゙ッ……」

「うるさい。汚い声出すな」

「わがりマじだ!!だがらゆルじで……!」

 

 ぱきり、と。

 乾いた音が、踏み付けた足の裏から鳴った。少し遅れて、それを掻き消す絶叫が路地裏に響いた。足をどけると、そこには粘土のように歪んだ手が落ちていた。

 

「………」

 

 特に興味も湧かなかった俺は、そのまま路地裏を出た。その先に広がる空は暗くて、ひどく無機質に映っている。

 スキルアウトの2人など、既に頭から抜けていた。

 

「(……なんか、疲れたな)」

 

 夜も遅く、人通りも少ない道路を歩きながら、倦怠感に似た感情に身を委ねる。

 

 最近、スキルアウトに喧嘩を売られることが増えた。

 まだ返り討ちにできているため平気だが、その数は日に日に増えている気がする。

 俺はただ、静かになれる、1人になれる場所を求めているだけなのに。その結果辿り着いのが、あのような路地裏だっただけなのに。

 

「(何でこんな事してんだろーな)」

 

 自分から喧嘩を売ったことはない。

 向こうが突っかかって来るから、仕方なく反撃しているだけだ。反撃の度合いは気分だが、それを非難される謂れは無い。

 

 それに、対人格闘術を長く習ってきた俺にとって、迎撃するのは難しくなかった。

 人を『抑える』技術に少し手を加えれば、人は簡単に『壊れる』。それをすれば、能力者でさえ(レベル0)に頭を垂れる。

 俺があれだけ憧れた存在は、所詮その程度のものだったのだ。

 

「(俺はなりたかったのは……いや、もういい。どうでも)」

 

 寂れた夜の街に、音の無い溜息が1つ。

 視線は遠くに散らばり、どこを見ているのか自分でも分からない。

 分かるのは、自分の中にあった何かが、少しずつ薄れていくことぐらいだ。

 

「………………」

 

 一度立ち止まり、今度は別の路地裏へ足を向けた。

 1人になるために、より深く、より暗く、より冷たい場所へと、手を引かれるように歩を進める。それを気に留める者はいない。

 

 その背中が薄闇に消えていったことも、誰も知らない。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

「それでは、ミーティングを始めます」

 

 7月29日。風紀委員第177支部。

 学校指定のセーラー服に緑色の腕章が通った少女、中村涼乃はそう切り出した。それを聞く177支部のメンバーは、1人を除いて珍しく全員が揃っている。

 これは週に一度行われるミーティングだ。今後の大まかな方針や対策を決めたりするが、とりわけ重要なものでもない。

 ちなみに進行が私なのは、私が1番年下だからだ。

 

「まずは最近、各学区に出没する『スキルアウト狩り』についてです。確認できた被害者の数は、昨日のを含め11人になりました」

「確か、犯人は単独犯なんだよな?」

「はい。それは間違いないかと」

 

 現場の地図や写真をホワイトボードに貼りながら、手に持ったメモの内容をすらすらと読み上げる。

 その声は感情に乏しく、心ここに在らずと言った様子だ。

 

「被害者はスキルアウトだけですが、外傷は様々です。気絶させられただけの者もいれば、骨を数箇所折られた者もいます。法則性は今のところ不明です」

「それで、犯人は反撃も許さず、複数人を相手に一方的に制圧した、と。なかなかの腕前ね。能力者かしら?」

「恐らくそうでしょう。しかし、犯人は武器を使った、という声もあります」

「そうだとしても大したモンだ」

 

 体格の良い先輩の言葉に、固法先輩も首肯した。

 一連の事件の中で、犯人は時に1対3でも勝利を収めている。それも武器を持ったスキルアウトを相手に、だ。

 もしかしなくても、犯人は高位能力者であろう。

 

「それと、被害者から『風紀委員(ジャッジメント)にやられた』との証言もあります」

「よくあることだ。気にするほどじゃない」

「はい。一応の報告です」

 

 スキルアウトが事件の被害者となった時、『風紀委員が悪い』と証言するのはよくある話だ。

 普段彼らは取り締まられる側なので、取り締まる側の私達を悪く言うのは自然な流れだ。私には到底理解できないが、事実としてそうなのだ。

 

「場所がスキルアウトの根城……つまり監視カメラは既に破壊されているため、現場の映像等はまだありません。今後は監視衛星の映像を解析、警備員(アンチスキル)との協力体制を強めたいと思います」

「分かったわ。ありがとう」

 

 固法先輩は対策を考えることもなく、押し退けるのように話を切った。いつもの意見交換すら行っていないが、しかし誰も何も言わない。

 当たり前だ。今の私達にとって、そんな話は前座にすぎない。

 

「……それでは次。条例に基づき、本日この時間より将貴君を……前原将貴を『行方不明者』と断定し、正式に捜索を開始します」

 

 ぴしりと、支部の空気が引き締まるのを肌に感じた。

 周りを見ると、先ほどとは明らかに違う表情を全員がしている。ともすれば、怖いと思うほどに。

 

「この2週間、一度でも将貴君に連絡がとれた人はいますか?」

「………」

「………」

「………」

「………」

「……ありがとうございます」

 

 将貴君がいなくなってから、今日で2週間。

 この瞬間、学園都市の条例により、将貴君は『家出人』から『行方不明者』となり、通常業務の中で捜索することが可能となる。

 

 無論、今まで捜索をしてこなかった訳じゃない。

 メンバー全員が先生や友人に協力を煽いだが、結果は全滅。効果的な捜索も出来なかったため、こうして無為な時間が経過してしまったのだ。

 

「今後の捜索についてですが……ここからは固法先輩、お願いできますか?」

「分かったわ。ありがとね」

 

 立ち上がる固法先輩の目付きは鋭いが、しかし臆したりはしない。

 私は入れ替わるように立ち位置を譲り、空いた椅子に腰掛けた。

 

「とりあえず、貴方達は警備員と本部に協力要請を送って。前原君の事は本部も知ってるでしょうし、動いてくれるかもしれないわ」

「うむ。了解した」

「分かった」

「碧美は監視カメラの映像解析をお願い。2週間はキツいから、失踪直後の数日分、場所は柵川中学近辺のみ。後で私も参加するから」

「分かったわ」

 

 固法先輩がテキパキと仕事を割り振り、支部のメンバーが短く、必要最低限で返事をする。

 普段は温和な揶揄い役の柳迫(ヤナギ)先輩も、今日ばかりは口を真一文字に結んでいる。

 

「中村さんは……そうね。前原君の部屋に行ってくれる?正式な捜索なら寮長の人も納得するはずよ。全責任は私がとるから」

「将貴君が部屋にいたらどうしますか?」

「引っぱたいて引き摺り出しなさい」

「分かりました」

 

 その後、固法先輩は改めて注意を促した。

 十中八九、今回の件には何かしらの事件が関わっていると。

 そしてそれらを終えると、今度は反対にゆっくりと、静かに言葉を紡ぎ始めた。

 

「……ようやく前原君の努力が報われたの」

「………」

「彼の積み上げてきたものを、こんな所で潰す訳にはいかないの」

 

 下の方を向きながら一呼吸置き、仕切り直すように顔を上げた。その瞳に明確な信念を宿して、静かにこう告げた。

 

「――何があっても見つけ出しなさい」

 

 

 

 〜〜〜

 

 

 

 というのが今朝の出来事だ。

 その1時間後、私は第七学区にある学生寮に到着していた。もちろん将貴君の下宿先である。

 寮長さんに将貴君の旨を話すと、寮長の立会の下なら勝手に家宅捜索をしていいと許可がとれた。

 というのも、そもそもこの寮には女生徒の立ち入りに関する規則は無いらしく、警備員の許可も不要らしい。

 安全対策がガバガバだが、今回ばかりは助かる。

 

「それではご自由にどうぞ」

「ありがとうございます」

 

 寮長とはいえ、他人の家をご自由にどうぞ、とはどうなのだろう。

 なんて考えを脇にどけて、私はドアを開けた。

 検証用の写真を何枚か撮り、私はゆっくりと部屋に上がる。

 

「(……玄関は割と綺麗だね)」

 

 適当な感想と共に、私は事務的にシャッターを切る。

 初めて訪れた将貴君の部屋は、私の部屋と同じか、それ以上に綺麗だった。

 だが、掃除が行き届いてるというより、物が少ないから相対的に綺麗に見える、そんな印象だ。

 

「(キッチンは乾いてるし、冷蔵庫は……りんごネクター?ジュースかな?)」

 

 調味料とお茶、それとりんごの缶ジュースらしいものが入っている。が、特に違和感は無い。

 

「(キッチンは異常なし。ベランダには大きめのゴミ箱……窓含めは施錠済。荒らされた形跡もない……なら次は私室)」

 

 将貴君の私室に入ると、まず懐かしい匂いがした。

 特に強いという訳ではないが、私が慣れ親しんだ匂いだ。むろん、将貴君の。

 

「(……部屋も荒らされた形跡無し。ベッドは……あれ?)」

 

 ふと寂しさが湧き上がりかけて、すぐに修正する。

 そうして部屋を見渡していると、ふとベッドに置かれた箱が気になった。

 

「(これは……救急箱?使った跡はある)」

 

 机の横にあるゴミ箱を覗くと、そこにはコットンや絆創膏、湿布のシートがあった。

 怪我でもしたのかな、と適当に見当をつけながら、私はもう一度部屋を見た。

 

 並んでいるのは参考書やノート、メモばかりで、娯楽品の類が本当に少ない。学生としては素晴らしいのだろうが、子供としては不自然なほどに。

 

「(……いま考えることじゃない)」

 

 頭を切り替えて、次は浴室に向かった。

 そうして扉を開けた瞬間、気付いた。

 

「……へぇ」

 

 浴室は濡れてはいない……が、この違和感は見逃さない。

 私の肩の高さの壁にある、ぽつぽつとした黒い点々。それと、天井と比べてほんの僅かだが、筋のような赤い線。

 これは血だ。きっと流し忘れたのだろう。それに、完全に変色してかつ乾燥しきっている。

 

 つまり、『壁に飛ぶほどの出血』が、『少なくとも半日以上前』に発生したことになる。

 

「………」

 

 私は早足でベランダに行き、そこにあった大きめのゴミ箱の蓋を開けて、そして見つけた。

 怪我をした当時着ていたであろう、血まみれの制服。

 

「(……下手に触らない方がいいね。固法先輩に報告しなきゃ)」

 

 ケータイで簡素な報告だけして、息を整える。

 制服をぱっと見ただけでこの出血量なら、並の怪我ではなかったのだろう。しかし交通事故であれば記録に残るはず――ならば、喧嘩をはじめとした外的要因が濃厚だ。

 

「(……少なくとも数日前までは確実に生きていたし、生きる意思もあった。それが分かっただけでも十分)」

 

 乱れそうになる呼吸を意識して整える。

 風紀委員であるため、血を見た程度では動じない……が、見たいものでもない。それも身近――それも1番近くにいた人となれば、どう楽観的に捉えても、気が気でないのだ。

 

「……将貴君」

 

 あなたがどこにいるのか。

 あなたが誰といるのか。

 何を見て、何を思い、何と戦っているのか。

 私には何も分からないけれど。

 

 だけど、どうか無事でいて。

 そしたら、私が迎えに行くから。

 この世界のどこにいても、迎えに行くから。

 

 だからお願い。

 私の日常(せかい)を、守ってよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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