とある風紀委員の日常   作:にしんそば

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第31話

 

 

 

 

 

学園都市を1つの国とするならば、第一学区は首都と言えるだろう。

人が多くはなくとも、司法や行政、その他公的機関や研究所の本拠地を多く置くそこは、他学区には無い独特の雰囲気がある。

 

その一角にある、何の変哲もないビル。

しかしそれは外見だけで、特殊ガラスを数枚隔てた中の設備やセキュリティは、並の刑務所や研究所を軽く凌駕していたりする。

屋上に靡く緑の旗は、そのビルの支配者が年端も行かぬ学生であることの証明でもあった。

 

「(ここが……)」

 

風紀委員(ジャッジメント)本部。

 

3000を超える構成員全てを束ねる、風紀委員における唯一無二の司令塔にして、最高峰。

風紀委員統括総司令部というのが正式名称だが、本部と称される方が多い。

 

「………」

「中村さん?入るわよ?」

「あ、はい!」

 

固法美偉に促され、ビルを見上げる中村涼乃は視線を落とした。

ビルの入口近くには、綺麗な制服に身を包んだ青年が待っていた。彼は私を見つけると、ゆっくりと近寄りこう言った。

 

「お待ちしておりました。風紀委員長専属秘書の久坂(くさか)です」

「177支部、支部代表の固法です」

「中村です」

「お話は伺っております。早速ご案内致しますので、どうぞこちらへ」

 

そんな私を他所に、明らか年上であろう青年は、丁寧な動きと口調で私達を促した。固法先輩は慣れているのか、特に気にしている様子はない。

私もそれに続き、本部ビルの扉をくぐった。

 

「(…………なに、ここ)」

 

銀行か、と思った。

二重扉をくぐった先では、簡易な仕分けがされた窓口がいくつも並べられていたのだ。1人ひとり丁寧に応対するその様は、さながら大手銀行のそれである。

天井は高く広々としており、明るく開放的な雰囲気が滲み出していた。

 

「中村さん?」

「……はーい」

 

固法先輩に呼ばれ、私は思考を止めて秘書さんの後を追い、光沢のある木目調のエレベーターに乗り込んだ。

それに乗り込むのに、秘書さんの虹彩認証が必要だったのだが、それは置いておこう。

 

「………」

「………」

「………」

 

乗り込んだエレベーターは、無音かつ無振動、そして高速だった。目を閉じれば、エレベーターに乗っていることも忘れそうだ。

しかし何故か異様に気まずくて、目的階に着いた私は跳ねるように箱から飛び出した。

 

「……えー」

 

そこに広がった景色に、私の思考回路は再び機能を停止する。

 

廊下の天井は先ほど以上に高く、そして広かった。大きなガラス窓から差し込む陽射しは柔らかく、そして温かい。高く伸びた植物のカーテンはエアコンの風に揺れ、屋外以上に生き生きとしていた。

 

「いつ来てもすごいわね、ここ」

「自慢の廊下ですからね。そう言ってもらえるとありがたいです」

「………」

 

固法先輩と秘書さんが何か話しているが、私の耳を素通りして終わった。こういうのを茫然自失と言うのかもしれない。

しかしそんな事は人知れず、秘書さんは黒檀(コクタン)の扉をノックし始めた。扉を叩く音は軽く、しかし堅そうだ。

 

「久坂です。第七学区、177支部の方々をお連れしました」

『あー、入っていーよー』

「失礼します」

 

秘書の青年はゆっくり扉を開き、瀟洒な動きで私達を促した。 自身は別の仕事があるのか、秘書さんが部屋に入る様子はない。

私は遠慮気味に部屋に入ろうとして、しかしそこでまた止まった。

 

「(すごっ……)」

 

扉の先には、教室2つ分ほどの空間が広がっていた。白と黄土色を基調とする部屋は学校の教室を連想させ、緊張や息苦しさを和らげている。壁に掛けられた大量のディスプレイは圧巻の一言だ。

 

「待ってたよー」

 

そこにいたのは、1人の少女。

 

金糸を編んだようなミディアムヘアは美しく、後ろで結ぶ深紅のリボンによく似合っている。愛嬌と優美が手を取り合うその容姿は、言葉では言い表せない魅力があった。釣り目がちな蒼氷玉(スイスブルー)の瞳も、顔立ちに劣ることなく澄んでいる。

 

その少女は私達を見るなり、跳ねるように椅子から降りた。常盤台中学の制服の、灰色のプリーツスカートを揺らしながら駆け寄り、こう名乗った。

 

「総務役員、松浦(まつうら)(かなで)だよ。よろしく!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学園都市の治安は割と悪い。

科学の栄光を投影するように、スキルアウトと呼ばれる原始的な不良集団がいるからだ。

現に今日でも、路地裏を歩けば遭遇することもたまにある。第一〇学区が最も顕著だが、それはここ、第七学区も例外ではない。

 

「(確かこの辺のはずよね)」

 

しかしそんな事は知らないと言わんばかりに、1人の少女が路地裏を立ち回っていた。

常盤台中学の制服に、肩まで届く短めの茶髪と花飾りのヘアピン。化粧がなくとも整った顔立ちに、お嬢様らしからぬ気の強そうな瞳。

超能力者(レベル5)を冠するその少女は、名を御坂(みさか)美琴(みこと)という。

 

「(何やってんだろ私……)」

 

呆れたように溜息をつきながら、私は薄っぺらい鞄を肩に掛けた。

 

つい先日、この路地裏でクラスメートがスキルアウトに絡まれてしまったらしい。私がここに来た理由は、悪く言えばその報復だ。

もっともその子は、偶然通りかかった1人の少年に助けられたらしいが。

 

助けてくれた少年にお礼でも言えたらなぁ、なんて事を思いながら、奥へ奥へと進む。

すると突然、どこかから汚い声が聞こえてきた。この場所や声色から考えるに、声の主はスキルアウトであろう。

 

音源を頼りに進んでいくと、そこには少々予想外な光景があった。

 

「よぉ」

「前は後輩が随分と世話になったみてぇだなぁ。感謝するぜ」

 

踊り場のように開けた空間で、10人を超えるスキルアウトが立っていたのだ。

直接は見えないが、自身の電磁気レーダーにより、彼らに取り囲まれるのが1人の少年であることが分かる。バットや警棒を持つスキルアウトがいるのに対し、少年は丸腰のようだ。足が竦んでいるのか、ぴくりとも動く気配は無い。

 

「(これは……お礼参りってやつかしら?……ったく、寄って集って何やってんだか)」

 

能力を操作し、いつでも出れるよう準備を整える。幸い少年は壁に追い込まれているため、手前に電撃を集中させれば巻き込むことはないだろう。

 

「お礼に俺らがたっぷり遊んでやるよ。感謝しやがれ」

「文句言うなよ?元はと言えばテメェが悪いんだからな?」

「………」

 

恐怖を覚えたのか、少年が僅かに身構えるのが分かった。それを見て、スキルアウトが下品に笑う。

 

しかし次の瞬間、電磁気レーダーが思わぬ反応を示した。

 

「………ッ!」

 

追い込まれていたはずの少年が、突如としてスキルアウトに襲いかかったのだ。

その動きは流麗な円舞曲のようで、窮鼠の反撃とは明らかに違う。虚をつかれたのか、目の前にいたスキルアウトの鼻頭に、それはそれは見事な一撃が叩き込まれた。

 

「ぶぇっ……」

「なっ……」

「て、テメェッ!!」

 

崩れ落ちた仲間を見て正気を取り戻したのか、スキルアウトが一斉に少年に襲いかかった。

しかし少年は怯まない。

足の親指、鼻頭、顎、鳩尾、そして後頭部と、急所と呼ばれる所を的確に叩き潰し、1人、また1人とスキルアウトを戦闘不能に追い込んでいく。

 

「(……嘘でしょ)」

 

……一体、彼は何者なのだろう。

彼は人を『倒す』のではなく、『壊して』いる。構造的な弱点を破壊することで、強制的に動けなくしているのだ。

しかし、分かっていてもそれを実行するのは至難の業だろう。それを難なく行使するあたり、彼が一般市民でないことは明らかだ。

 

だが、それでも多勢に無勢。

 

「オラァッ!!」

「……っ!」

「死ねカスが!!」

 

誰かが適当に振るった拳が、偶然にも少年の腹を捉えた。少年の顔が僅かに歪み、そのせいで一瞬だけ動きが鈍くなる。

スキルアウトはその隙を逃さず、全方位から畳み掛けるように拳や能力を叩き込んでいく。

少年の顔が苦痛に歪んでいく。

 

「……って呑気にしてる場合じゃないわ、ねッ!!!」

 

ズヴァヂィッ!!という爆音と共に、私の前髪から凄まじい高圧電流が炸裂した。空を滑る雷霆は青白く、路地裏の薄闇を尽く一掃していく。

 

さすがに超電磁砲(レールガン)を撃つ訳にはいかないが、スキルアウト程度ならこれで十分であろう。

 

「えッ――」

「なッ――」

 

直後、轟音が響き渡った。

雷霆が突き刺さったスキルアウトは、声を上げることもなく薙ぎ倒されていった。運良く味方が盾になった者も、吹き飛ばされた味方に巻き込まれ、壁に叩きつけられていく。

意識が刈り取られたのか、はたまた戦意を喪失したのか、受け身をとったり立ち上がったりする者はいない。

 

「ふぅ、こんなものかしら?」

 

適当に呟いて、私は頭を掻きながら少年の元へと向かった。肩に残っていた電撃を抑え、跪くように座る少年――私より年上であろう――に声をかける。

 

少年は状況を飲み込めていないのか、目は見開いたままだった。その頬には湿布が、その手足には包帯が何故か巻かれている。

初めから既にボロボロだったみたいだ。それであの動きをするとは恐れ入る。

 

「大丈夫でしたか?怪我……はしてるみたいですね。痛みませんか?」

「………」

「……とりあえず表に出ましょう。ここじゃ他のスキルアウトが来るかもしれません。立てますか?」

「………」

「……あの?」

 

立たせようと手を伸ばしたが、しかし少年は見向きもしない。私の言葉にも一切の反応を示さないあたり、話を聞いていたかも怪しい。

 

やがてしびれを切らし、私は少年と視線の高さを合わせ、そこで息を呑んだ。

 

「――っ」

 

少年の瞳が、異様なほど綺麗だったのだ。言うならば透明。まるで魂が抜き取られたみたいに。

 

「(なに、この人……)」

「………」

「……あっ、ちょっ!?」

 

潜在的な恐怖を呑まれていると、不意に少年が立ち上がった。伸ばした手が(くう)を切り、力なく垂れる。

急いで振り返ると、少年は路地裏のさらに奥へと消えていくのが見えた。

 

「ちょっと、どこ行く……」

「………」

「……っ」

 

私の足は、まるで地面に縫い付けられたように動かない。追う事も、言及する事も許さないと言う何かが、少年の背中から滲み出ていたからだ。

 

「………」

 

少年が消えるのを見届けた時には、私は既にここに来た理由も忘れていた。未だに纏まらない思考を一掃するように、私はぽつりと呟いた。

 

「……カンジ悪いわね」

 

薄暗い路地裏に、超能力者(レベル5)の呟きが1つ。

しかし何気ないその呟きは、少年の耳には確かに届いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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