とある風紀委員の日常   作:にしんそば

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第36話

 

 

 

 

 

「――――?」

 

意識が回復しても、目が覚めたとは思えなかった。目を開けようとしても、視界は真っ黒なままだったからだ。

 

「(……ん?)」

 

自分を覆う状況の異常さに、中村涼乃は恐怖よりまず呆然とした。何とか思考を巡らそうとするも、何から考えればいいのかも分からない。

 

「(私、何が……?)」

 

手を動かそうとして、失敗した。

足を動かそうとして、失敗した。

体を起こそうとして、やはり失敗した。

目も見えないし、声も出せない。

 

……私、誘拐でもされたの?

 

「(外せ……ない。結構キツいね……)」

 

一度思考を遮断し、ひとまず拘束を解こうとするが、ガッチリ縛られていて上手く動けない。

 

こういう時、風紀委員(ジャッジメント)の訓練を受けていて良かったと思う。おかげで思ったより動揺せずに済みそうだ。

しかし、それを嘲笑うかのように、私の耳に変な音が響いてきた。

 

「――――ッッっ!!!??」

 

得体の知れない音が、鼓膜どころか脳まで揺らしたかと思った。百足が脳内を駆け回るような痛みに、頭がどうにかなりそうだった。

 

「(ッッ――なん、でぇ……っ!!?)」

「おー、効いてる効いてる」

「ははっ、何回見てもすげぇな」

 

立ち上がる事も、這う事も、耳を塞ぐ事も出来ない。目を開く事も、声を上げる事すらも。

吐き気を催すほどの痛みは、無抵抗な私をただ蹂躙していくだけだった。

 

キャパシティダウン。

 

中村涼乃は知る由もないが、これは特殊なノイズを発生させ、演算を阻害することで、能力者の力を強制的に抑え込む機器である。

これの前では、能力など無力どころか足枷にしかならないのだ。

 

「(イ゛、ぁ……ッッ!!?)」

 

――なに、これ……!

――痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い………!!!

 

「(が。か、ぁあ゛あ゛あ゛ぁぁアアアあああぁァッッ!!!)」

「うろちょろすんな。鬱陶しい」

 

 

 

ぱしゅ

 

 

 

「(かッ――……っ?)」

 

不意に、背中に鋭い痛みが走った。直後、あれだけ私を蝕んでいた痛みが、剥がれ落ちるように体から引いていく。

いや違う、私の意識が消えかけているんだ。

 

「(―――ぅ―き、くん……)」

 

やがて全身の力が霧散して、意識を完全に失ってしまう。その中に、同僚だった1人の少年を浮かべながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

がちんっ!!と、硬い物同時がぶつかったような音が路地裏に鳴った。倒れていたスキルアウトの口内に、前原将貴が携帯端末を捩じ込んだ音だ。

 

「がぼっ……!?」

「お前らのアジトはどこだ。言え」

「ぁ、おぁ――!?」

「……ああ、喋れないか。すまん」

 

ケータイを口から抜き取り、そのまま角を鼻っ柱に振り下ろす。すると短い悲鳴の後に、その鼻から赤々とした液体が出てきた。

 

「ぶふぇ、ぅげほッ!!」

「お前らのアジトはどこだ。言え」

「ま、まで……!!話を……」

「しつこいぞ」

 

ケータイを握り直し、もう一度鼻に振り下ろす。鈍い音が響き、今度は両方の穴から鼻血が吹き出してきた。

 

「お前らのアジトはどこだ。言え」

「ごぼっ、おぇ……わ、わかった、わかったから……!!」

「どこだ」

「第、じゅー……はち学区、に入ったとこの廃ビル……だよ!」

「………」

 

嘘だな。

学区を言う途中で変な間があったし、声も変に大きくなっている。それに、廃ビルなんて無駄な建物は学園都市にはまず存在しない。あるとしたら第一〇学区くらいだ。

 

そう思った俺はケータイを放って、そのままスキルアウトの首に手を伸ばし、絞めた。ギシギシと、骨が軋む音が手にも伝わってくる。

 

「嘘はいけないな」

「ぇあ゙……う……そじゃ、ぁあ゙……!!」

「そうか。ならもう一度聞くが」

 

 

 

「お前らのアジトはどこだ。言え」

 

 

 

「(『ストレンジ』……第一〇学区のエリアGか)」

 

必要な情報を聞き出した俺は、それを反芻しながら第一〇学区に向けて走っていた。

先ほどのスキルアウトは絞め落としたし、他の2人は気絶させたままだ。被害者の少女も置いてきてしまったが、直に通報を受けた警備員(アンチスキル)が駆け付けるはずだ。後の事は任せるとしよう。

 

「(ここからのルートは……少し遠いが、仕方ない)」

 

足腰に力を込めて、走るスピードをさらに早める。そのまま10分ほど走っているうちに、やがて道を行く人も少なくなり、目的の『ストレンジ』に着く頃には人影は完全に無くなっていた。

 

「(……ふぅ。さて、問題はここからだ)」

 

『ストレンジ』

眼前に広がるのは、学園都市最悪と呼ばれる第一〇学区の中でも、特出して治安が悪いエリアだ。街は寂れるどころか廃墟に近く、店や監視カメラ等は全くと言っていいほど機能していない。何ならスキルアウトでも行きたがらない人間がいるほどだ。

 

「(限られてるとはいえ、ここを1人で探すのは骨が折れる。誰かから聞き出すのが懸命か……つっても誰に?)」

 

話を聞くにしても、そもそも人がいない。

まぁ場所と時間を考えればそれも当然だろう。寮も店も無いここに、真夜中に来る理由なんて思いつかない。

 

……ん?なら仮に人がいたとすれば、そいつにはここにいる理由があるのか?

今のタイミングでここにいる理由……そんなの1つしかないな。

 

「(よし、とりあえず人を探して、そいつに聞くとしよう)」

 

そうやってエリアを進んだ俺は、意外にも早く人を見つけることが出来た。1人で歩く男は……いや、周りを気にしながら歩いているあたり、あれは徘徊に近いだろう。

 

「(武器らしい武器は見えない……が、隠してるのかもな。注意はしとこう)」

 

薄く警戒しながら、俺は音を立てずに男に近付く。そうして男の背後をとれた所で、すかさず右の掌を思いっきり振るった。

 

バヂィ!!と鋭い音が鳴る。

 

弧を描いた掌が男の右耳を直撃し、バランスを司る三半規管を揺らしたのだ。

 

「ぁ、あ――ッ?」

「ふッ!!」

「ぅ、おぉ――!?」

 

振り返ろうとする男の後頭部に掌底を合わせ、瞬間的に強く押すことで、男の脳を更に揺らす。バランス感覚を完全に殺されたのか、男の足が力を失う。

もちろん俺はそれを逃さず、一気にマウントポジションを取った。

 

「どうも」

「――ぁ、あ?てめぇ……?」

「聞きたい事は1つだけです。お前らのリーダーの居場所を言え」

 

右手で頭を押さえつけながら、低い声で問いかける。喋り方が安定していないが、まぁいい。

男の方は処理が追いついていないのか、目を回しながら腕を泳がせていた。

 

「余計な事すんな。腕を失いたくはないだろう?」

「なん、だよ……てめぇ……」

「いいから言え。お前らのリーダーはどこにいる」

 

手に力を込めて、顔に指を食い込ませる。未だに理解が追いついてないのか、男は力無く口を開いたままだ。

埒が明かないと思い、俺は男の顔を掴み直し、2、3度地面に叩きつけた。

 

「ぶぁ、あがっ!!や、やめ……」

「なら言え。それだけでいい」

「わ、かったよ!言う!からぁ……!?」

 

4度目を終えた所で止めて、俺は手を止めた。嘘を見抜けるよう、改めて開こうとする口や目を注意深く観察する。

しかしそんな俺を迎えたのは、嘲笑だった。

 

 

 

ざしゅ

 

 

 

「……な……ぁ?」

 

シーツが裂けたような音と共に、腰の力が抜け落ちる。数瞬後、バーナーで炙られたような痛みが全身を駆け抜けた。

とっさにそちらを見ると、そこには男が握る銀色のナイフと、腰に走る裂け目があった。

 

「あ゙……ぐぅ――ッ!!」

 

不幸中の幸いか、刃は腰を掠っただけのようだ。バランス感覚が殺されたことで、手元が僅かに狂ったのかもしれない。

しかし、腰の力を抜いてしまったため、下の男がマウントから抜け出してしまった。

 

「(やって、くれんじゃん……!!)」

「ハッ、ざまぁみろカスが!!」

「――ッ!」

 

そう言いながら、男はナイフを突きつけてくる。脅しているつもりなのだろうが、それは致命的な間違いだ。

俺は男の手を取り、脇の下に挟むように腕を巻き込んだ。そのまま重心を前に倒し、そこにあった腕をてこの原理でへし折った。

 

「――ぐっ、ぎゃぁぁぁああああッッ!!」

「う、るせぇ!静かにしろ!!」

 

男が落としたナイフを素早く拾い、その切っ先を倒れた相手の眼球の前に突きつけた。それにより、痛みで悶えていた男の動きが止まる。

相手を止めるポイントは、相手が見える位置に明確な『死』を持っていく事だ。

 

「ひっ……や、やめ……」

「3度目だ。もう聞かないぞ」

「ま、まってくれ。話しちゃ、ダメなん……」

「そうか」

 

 

 

「素直に言えば今すぐは死なないけど、どうする?」

 

 

 

「(大通りから1つ外れた道の奥にある、赤レンガの倉庫か……痛ッ……)」

 

情報を整理しながら、俺はハンカチで腰の傷口を強く抑えた。少し痛いが、5分も抑えていれば血は止まるだろう。

近くでは先ほどの男が気を失って伸びているが、まぁどうでもいい。

 

「(止血が終わったらさっさと行くか……いや、その前にコイツの持ち物を調べよう。何か分かるかもしれんしな)」

 

リーダーや人数、目的など、今はどんな些細な事でもいいから情報が欲しい。そう思って持ち物を漁っていると、男の腰にふと硬い感触があった。

手に持つと、それは鈍く輝く拳銃だった。

 

「(この重さ……エアガンじゃない、本物だ。何でただのスキルアウトがこんな物を……)」

 

……いや、それより重要なのは、この程度の奴でも銃を持っている、という事だ。

なら当然、中村達を直接見張っている奴らも、これと同等以上の武器を持っているだろう。いや、空間移動系能力者(テレポーター)である中村を抑えれているあたり、もっと未知の兵器があるに違いない。

 

対して俺にあるのは、奪った銃とナイフだけ。

考えるのも馬鹿馬鹿しい戦力差だ。

 

「………」

 

視線を動かし、月光に照らされた拳銃を見る。次いで、腰に走る赤黒い切り傷を。

自分の眼前に突きつけられた、この状況を。

 

「……何してんだろーな、俺」

 

……何故こんな事になっているのだろう。

警備員に自首して、それで終わりじゃないのか。何で俺は支部ではなく、こんな所にいるんだ。

 

……疑問に思う必要は無い。行動したのは自分の意思だ。後はそれを見つけるだけでいい。

 

「………」

 

……これはきっと、俺がやらねばならない事なのだろう。数多くのスキルアウトを屠り、自らを殺した俺に対する、罰なのだろう。

当然だ。俺は犯罪者であり、悪なのだから。

 

……だが、それが中村を傷付けていい理由になるはずがない。俺の罰は俺だけが受ける、そんなの当たり前の事だ。

 

「(……そうか)」

 

俺はきっと、納得できないんだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

だって、おかしいじゃないか。

俺が今ここにいるのは、中村涼乃がいたからだ。

なら何故、ここに中村涼乃がいない。

何故、助けられた俺がのうのうと生きている。

何故、自ら捨てた命を享受している。

 

前原将貴と中村涼乃。

どちらの方に価値があるかなど、そんなの問うまでもないだろうに。

 

「(……そうだな)」

 

中村と違って、俺の代わりなんてどこにでもいるんだ。なら生きるべきは中村に決まってる。

それに俺は、一度『死んだ』身だ。救われた者に対し、その命を使い潰すのは道理じゃないか。

 

絶望的な戦力差でも、味方が誰一人いなくても関係ない。俺はずっと1人で見えない敵に挑んできたじゃないか。

だから今回も1人、それだけの事だ。

 

「簡単な事だ」

 

ようやく口から出た声は、やけに晴れ晴れとしていた。俺はその事を気にも留めず、目的の倉庫へと走り出した。その足取りも、死を覚悟したものとは思えないほど軽やかなものだった。

まるで、何かが抜け落ちてしまったみたいに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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