とある風紀委員の日常   作:にしんそば

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第37話

 

 

 

 

「(おかしい……)」

 

前原将貴がそう思ったのは、倉庫に到着して少し経ってからだった。

正面から挑むのは悪手と判断し、手前のビルから屋根伝いに進むことで侵入する。そこまでは良かった。しかし進むにつれて、言いようのない違和感が浮かび上がってきたのだ。

 

どうでもいいが、ビルの赤レンガは外装塗装であり、本当はただの鉄筋コンクリートのようだ。景観を良くしようと努めた結果なのだろうが、廃墟になると余計に寂れるだけである。

 

「(警備があまりにも手薄すぎる……わざとやってんのかってレベルだぞこれ)」

 

屋上に見張りも着けず、こうして俺を侵入させてる時点でおかしい。それすら出来ない烏合の衆という事かもしれないが、その割には誘拐の手口が鮮やかすぎる。

 

しかし、ここが本拠地ではない、という事でもないらしい。申し訳程度だが、見回りらしきスキルアウトも何人か見ている。

視線の先にいる男も、恐らくその1人だろう。

 

「――った。あ……3……だろ。……――か?……、後で送るわ」

 

男は腰に手を当てながら、ケータイ越しの誰かに話しかけている。建物の薄暗さも相まってか、俺には気付いていないようだ。

 

……『送る』?どこに?何を?どうやって?

口調からして、話し相手は同じスキルアウトだろう。その仲間に、『送る』。金⋯⋯?いや、仲間同士なら手渡しで良いし、そんな会話は不要なはず。だとしたら、今この場にあるもの……増援や武器…………いや、そう――

 

「あ?」

「――え?」

 

ふと先ほどのスキルアウトと、曲がり角で鉢合わせた。思考に耽すぎていたのか、俺は男が戻ってくるのに気付けなかったらしい。

男も人がいるとは思ってなかったのか、視線を固定したまま目を丸くしていた。

 

「………」

「………」

「……てめ、誰――ッ!!」

「ふッ――」

 

俺は右手を構え、掬い上げるように一気に突き上げた。その途中にあった男の顎と、俺の掌底が見事に重なる。

バガンッ!!と脳が揺れる音が聞こえた。

 

「あっ――、が、ばぁっ……!?」

 

舌を噛んだのか、男が血を吐きながら吹っ飛んだ。意識ごと刈り取ってしまったのか、受身は無かった。ナイフを眼前に突き付けても、相手はぴくりとも動かない。これでは情報を聞くのは難しそうだ。

 

「(……まぁいい。何となくだが分かった)」

 

もう一度思考に入りながら、ナイフをベルトの間に仕舞う。そこにはナイフとは別に奪った拳銃があった。

 

先ほど言っていた『送る』のは、恐らく被害者の空間移動系能力者(テレポーター)達だ。

そしてそれは、恐らくスキルアウトの意思ではなく、誰かからの依頼だ。でないと、返り討ちに遭う危険性が高い空間移動系能力者(テレポーター)を狙うはずがない。

 

「(なら、ここはただの経由地点ってことか。目的地は別にあるんだな)」

 

そんな依頼主がここ、『ストレンジ』という掃き溜めにいるはずがない。そこへ空間移動系能力者(テレポーター)を『送る』のが、スキルアウトに与えられた任務なのだ。

しかし1人ずつでは効率が悪い。だからある程度集めてから纏めて『送る』という事だろう。

 

「(なら、早くその先を特定しないと……また誰かに吐かせるか……いや、もっと確実な手があるはず)」

 

倒れた男を隠し、そそくさと今後を思案する。今はスキルアウトの相手をする時間すら惜しい。新たな目的地へも、可能ならバイクや車を使いたいものだが……車?

 

「(…………そうか、カーナビ!あれの走行履歴を見れば!)」

 

この学園都市において、カーナビが無い車なんてまず存在しないだろう。それに、人質を連れ出すのに車以外の手段を使うとも思えない。確実に目的地まで行くため、カーナビだって使うはずだ。

 

となると、いち早く駐車場まで行こうか。見張りがいる中で進むのは今までより格段に危険だが、そんな事はどうでもいい。

 

 

 

 

 

「(思ったより簡単に来れたな。こちらとしては嬉しい限りだが)」

 

柱の陰に身を隠し、適当にそんな事を思う。本当に誘拐事件が起きているのか疑問になるほどのザル警備だ。このグループ、どうやら組織力は無さそうである。

 

「(……って嘘だろ、鍵もかかってない。警備員(アンチスキル)から迅速に逃走するため……って違う。確認だ確認)」

 

無施錠のワンボックスカーに入り、カーナビを操作する。学園都市のカーナビはエンストを起こしても動かせるよう、独立した電源を持っているのが特徴だ。

 

「(1番最近のは……これか。ええと、第一〇学区の……随分広い敷地だな、学校……じゃない。研究所か?)」

 

表示には『特力研』と表示されている。そこからさらに操作を続ける……が、少し無防備になりすぎたらしい。

自分の背後に、何者かが立っているのが気配で分かった。振り返ろうとするが、その前に背中に違和感が走る。ガキリ、と無機質な音が近くで聞こえた。

 

「誰だお前」

「………」

「見たところ中学生くらいか……まぁいい。両手上げて車から降りろ」

「(これはやばい……)」

 

背中に走る硬い感触に、動きが止まる。

背後を取られ、背中に銃を突きつけられ、こちらは現状丸腰。こうなるともう何も出来ない、圧倒的不利だ。

 

「そんじゃ、まず名前と目的を言え」

「………」

「言わねぇと心臓ぶち抜くぞ。さっさとしろ」

「……ありがとうございます」

 

は?という声を聞くと同時に。

拳銃を無視して、俺は勢い良く振り返った。

 

「なっ……」

「――ッ!!」

 

直後、乾いた銃声が鳴る。

さらに遅れて、左腕と耳に未知の衝撃が走った。急に回転した事で、銃の狙いが少しズレたらしい。

だがそれを無視して、勢いを乗せた裏拳を顔面に放つ。相手は対応しきれず、避けられる事なく顎を捉えた。

 

「げ、ぁ――!?」

「うぐ、ぅあぁッ!!」

 

振り抜いた拳をもう一度握り締め、バランスを崩した相手のこみかみに渾身のストレートを放つ。

ゴンッ!!という壮絶な衝撃があった。

 

「ごぁ……」

 

そう漏らし、男は背中から倒れ込んだ。顎とこめかみのコンボが効き、白目を向いてしまっている。

それを見て一安心しようとした……が、遅れて押し寄せてきた凄まじい痛みが、津波のように俺を呑み込んだ。

 

「ぐ、ぎッ、ぁ…………がっ、がぁァ、ぅッッ………!!」

 

手が痛い。腕が痛い。耳が痛い。頭が痛い。

むしろ痛すぎて、どこが痛いのか分からない。大声を上げない代わりに、俺はその場で膝を着き、蹲ってしまう。

 

「(大丈夫、だ……!耳はまだ聞こえる。右手もまだ、動く……左腕は軽く抉れただけ。止血すればまだ……全然、いける……ッ!!)」

 

気持ちの悪い汗を拭い、ゆっくりと立ち上がる。蹲ったままでは中村は救えない。

左腕の傷は浅くはないが、貫通した訳ではないので、出血はまだ軽い。紐で縛って血を止めれば、あとは我慢だ。

 

発砲があった以上、長居しても不利になる一方だ。『特力研』とやらにいる仲間に連絡が届き、余計に武装されても困る。今はとにかく離脱が先だ。

 

「ふぅぅぅ――……」

 

何度か深呼吸を繰り返し、強引に気持ちを落ち着かせる。痛みをも塗り潰し、書き換える。俺の痛みなんて、血なんて関係ない。そんな事より優先すべき事がある、と。

 

そう思うと、恐怖や絶望を消す事が出来て、俺は不思議と気が楽になった。余計な事を考えなくなった分、むしろ心地良いと思うほどだ。

 

「……さて、行くか」

 

確かめるように左腕を回し、俺は適当にそう呟いた。まるで、先ほどの痛みなど忘れてしまったかのように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

特例能力者多重調整技術研究所。

『特力研』と称されるそれは、第一〇学区西部に位置する研究機関だ。主に多重能力者(デュアルスキ)の研究・開発を行っており、そのためなら生きたまま脳を切り開く事も辞さないというふざけた場所である。中には死体処分場なんてモノまであり、使用用途は想像の通りだ。

 

そんな殺人施設に連れ込まれたのは、数時間前までは普通に街を歩いていた少年少女達だ。

 

「少し難航しとるみたいだねぇ」

 

目の前に転がる学生を一瞥し、『科学者』はそう言った。側に控える助手は、通信機器を片手に事務的に返事をする。

 

「少々お待ちを。今新たに3人がこちらに向かっているそうです」

「これで7人……まだ足りないねぇ」

「今回の被検体は学園都市に58人しかいない空間移動系能力者(テレポーター)です。多少手間取るのはご容赦ください」

「ふむ、早く試したいのにね。遠足前の子供はこんな気分なのかい」

 

空間移動(テレポート)によるAIM拡散力場干渉実験』

『科学者』が提唱したのは、空間移動同士を強引に干渉し暴走させる事で、AIM拡散力場の変化を探るというものだ。数ある能力から空間移動が選ばれたのは、干渉という現象が最も観測しやすく、プロトタイプとして最適と判断されたからである。

 

そう、この実験はプロトタイプなのだ。そのために稀少な空間移動系能力者(テレポーター)を使い潰すあたり、この施設の異常性が垣間見える。

 

「この中で1番強力な能力者は誰だい?」

身体検査(システムスキャン)の結果だけで言えば、この薄茶髪の娘です」

風紀委員(ジャッジメント)のこの娘かな?」

「はい。大能力者(レベル4)になったのは最近ですが、潜在性は確かだそうです」

「そうかい。じゃあ起爆剤は彼女にしようか」

 

どうでもよさそうに『科学者』は言った。相手を同じ人間とも思わない、一方的な死刑宣告である。

しかし、それに異議を唱える健全な精神など、この研究所には存在しない。そんなものがある者は、そもそもこんな所まで堕ちないからだ。

 

「被検体が揃い次第実験を開始するとしよう。準備は出来ているね?」

「はい。明朝には開始できるかと思います」

「よろしい。空間移動系能力者(テレポーター)を失うのは惜しいけど、これも学園都市のためだ」

 

『科学者』はしわがれた声で呟き、施設の奥に消えた。その動きは貧弱で、骨と皮ばかりの体は痛ましさすら覚えた。

しかし、その頭脳からどれだけの惨事が生まれてきたのかは、想像しない方が良いだろう。それが当たり前になるぐらい深い闇に、ずっと生を成してきたのだ。

 

「科学の発展に犠牲はつきものだからねぇ」

 

木原(きはら)幻生(げんせい)という『科学者』は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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