特力研には死体処分場がある。
文字通り、実験で命を落としたモルモットを処分するための施設だ。そのモルモットが何か、は知らない方が良いだろう。
そんな所に好き好んで行きたくない、と思うのはスキルアウトも同じなのか、そこへ入る男達の足取りは重かった。
「クソ、めんどくせぇトコに逃げ込みやがって」
「まぁいい。さっさと見つけて戻るぞ」
それでも行かねばならないのは、そこにいる侵入者の排除を命じられたからだ。
ここは迷って来るような所じゃない。それはつまり、自分達に対し敵対意識のある者が侵入した、という事だ。
もう依頼は大詰めだ。ここにきて台無しにされてはたまったものじゃない。これはそのために必要な行動なのだ。
「んで何。結局そいつって殺せばいいの?」
「ああ。少なくとも
「発砲は?」
「許可されてる。遠慮なく殺っていいぞ」
しかし、彼らはそこまで真剣に考えてなかった。一言で言えば慢心していたのだ。
まぁ無理もないだろう。年下1人に対し、こちらは20人……しかも全員が武器を持っているんだ。戦力差で言えば負ける方が難しい。
相手も拳銃を持っているらしいが、相手は所詮中学生だ。銃なんて禄に扱えるはずがない。
「……っ」
入ると、処分場内は思ったよりも静かで、蒸し暑かった。その息苦しさは思わず眉を顰めるほどだ。
この時間は施設が稼働していないのか、冷房どころか電気すら点いていない。懐中電灯を点けても敵に見つかるだけなので、ぽつりぽつりと光る回転灯を頼りに進むしかないだろう。
「……暗視スコープが1つあっただろ。それ着けるから貸せよ」
「ふざけんな。自分だけ安全に行こうってか?そんな奴に渡してられるかよ」
「それ思いっきりブーメランだからな。いいから寄越せ」
「バカか、そんな事で喧嘩してる場合じゃねぇだろ。早くしろ」
しばらく進み暗くなってきた所で、1つしかない暗視スコープの取り合いが起こる。明瞭な視界は、この暗闇では大きな安心となるみたいだ。
しかし、それをダラダラと奪い合うという事が、既に致命的な間違いだった。
ばきぃん!と破裂音が響く。
「――ッ!!」
とっさに銃を構える間も、2発3発と破裂音が続く。それに比例し、辺りが一気に暗くなっていくのが分かった。
視界に映るのが、遠くに見えるオレンジの回転灯1つのみとなる。
「(な、何だ!?どっから撃ってきやがったッ!?)」
「(嘘だろ、回転灯だけ撃ち抜いたってのか!?どんだけ撃つの上手ぇんだよ!?)」
「(ま、待て!落ち着け!!)」
引き金を引きたくなる衝動に駆られるが、すんでの所で思い留まった。闇雲に撃っても誤射するだけだと、パニックになりかける仲間を鼓舞しようとする。
その細い意志を、敵は刈り取る。
ゴンッ!!と鈍い音が真横で響いた。
「ごぇ……」
「ッッ!!?」
仲間がいると分かっていても、とっさに銃を向けてしまう。どさり、と重い振動があったのはその直後だ。
敵がいる。すぐ近くに、すぐ隣に、いる。
隣にいた味方は倒れたはず、だから真横に撃てば当たらないはずだ――と行動を正当化しようとした所で、さらなる攻撃がやってきた。
ばきぃん!と最後の回転灯が撃ち抜かれたのだ。
「(ま、ずい。明かりを奪われた……!?)」
「(あ、暗視スコープだ!!誰でもいいから早く着けろ!!)」
「(は!?お前が持ってんじゃねぇのかよ!?じゃあ誰が……まさか、奪われ――)」
ぶわりと嫌な汗が吹き出すが、拭う暇なんて無い。引き金に指が掛かっているにも関わらず、指先が震える。
辺りは完全なる闇。窓は無く、施設自体稼働していないため電気も無い。非常用の回転灯も全て撃ち抜かれ、生命線であった暗視スコープも敵の手に渡った。
携帯端末で辺りを照らしても、背を向けて逃げ出しても、狙い撃ちされる未来しか描けない。
「(……ま、待て。1回落ち着け。落ち着いて冷静に――)」
がちん、と金属音が遠くに聞こえた。
今度は引き金を躊躇なく引いた。敵か味方なんて、一切確認せずに。
近くで、銃声が鳴った。
今度は別方向で。するとまた近くで。
敵と味方の区別は、もう無くなっていた。
「……さっきからうるせぇな。どんだけ手こずってんだアイツら」
「ほっとけ。嬲ってるだけかもしれんだろ」
「これで負けてたら笑いモンだがな」
死体処分場には、大まかに分ければ2つの出入口がある。スキルアウトはそれを聞き、2組計20人の迎撃班で出入口を塞いでいたのである。
逐一連絡を取り合うほど組織力が高くない彼らは、もう1組が既に壊滅している事を知らない。
「とりあえず行くぞ。確認もしときたいしな」
「へーへー。それよかクソ暑いなここ」
「熱が篭ってんだろ。さっさと合流して出るぞ」
入ってしばらく経つが、処分場内は息苦しさを覚えるほど蒸し暑かった。死体処分場という施設特有の雰囲気もあるのかもしれない。
なんにせよ早く出たい、というのがスキルアウトの総意だった。
「暗視スコープの方はどーだ?」
「機能してる。これなら暗闇でもバッチリ見えるぞ」
「ならいい。見つけたらさっさと言えよ」
「分かってるっつの。うるせぇな」
VRゴーグルのような形をした暗視スコープは、各組1つ支給された物だ。頼れる光源が回転灯しかないこの状況では、自分達の生命線とも言える物だろう。
「銃の方は大丈夫なんだろーな?」
「当たり前だろ。いつでも撃てるぜ」
「なら構えとけよ。いつ出てくるか分かんねーんだぞ」
そう言うスキルアウトの手元にあるのは、拳銃より一回り大きなショットガンだ。多少狙いがズレても、広範囲に弾が発射されるので確実に敵を潰せる、と思い持ってきた物である。
それを見て、準備が良い、と素直に感心していた――――その時。
何かが砕ける音が、刺すように耳を劈いた。
「――な。が、がああああァァッッ!!?」
「ッ!?」
暗視スコープを着けていた仲間が、目を抑えて蹲った。そして気付く。
何故、目を抑えていられる?
そこにあった暗視スコープはどうした?
「がぁぁ、うぐぁ!目が、目がぁっ!!」
「目!?何だ、どうした!!?」
「痛っつ、ぐ、がぁぁぁッッ!!」
ばきぃん!と破裂音が連続する。
辺りが一気に暗闇に包まれ、唯一の光源である回転灯が潰されたのだ、という事を間接的に理解できた。
周りもそれを理解したのか、各々が悲鳴のような声を上げる。
「あ、暗視スコープ!アレがあるはずだろ!早くしろよ!!」
「み、見えねぇ、見えねぇんだよ……!!」
「な、何があったんだよ……?」
「ば、馬鹿野郎!!明かりなんて点けんじゃねぇ!!」
静止の声も聞かず、1人がケータイを取り出し、辺りをライトで照らした。そして絶句した。
そこには、
「(――ま、さか……上から暗視スコープだけを撃ち抜いたってのか!?なんつーデタラメな射撃精度だよ!!クソバケモンが!!)」
暗視スコープの破壊は、つまりこの空間における生命線が切れた事を意味する。
あれだけ弄んでいた手元のショットガンが、安全ピンが外れた手榴弾のように思えてきた。
「(……ダメ、だ、落ち着け!!見えないのは相手だって同じのはずだ!!だからまだ不利になった訳じゃ――)」
ガゴンッ!!という轟音が施設を揺らす。
何とか落ち着かせようと、必死になって楽観的になった思考が綺麗さっぱり消し飛んだ。
それは人為的な音じゃない。錆びた歯車を動かしたような、強烈な不快感を煽る機械音だ。
「(あ、あれはただの機械音!!施設が稼働しているだけだ!!だから――)」
――施設が稼働、している…………?
待て。ここって確か……。
「(死体、処分――――ッ!?)」
最悪のイメージが頭を過ぎり、がちがちと体が震え出した。呼応して、引き金に掛けられた力がじわじわと抜けていく。
何も無いはずの暗闇から、凄まじい圧迫感が襲いかかってくる。息苦しさは頂点に達し、いくら呼吸しても満足できない。
カキン、と小さな音が鳴る。
後ろに、誰かが立っている。
「――――あ、は。はは……」
なのにスキルアウトは振り返らない。その手にあるショットガンを構えない。
ただ呆然と、乾いた笑みを浮かべるだけだった。
*
「(……さて、そろそろ行くか)」
施設2階の小さな部屋にいる前原将貴は、壁にあるモニターを見ながら小さく息を吐いた。
ここは中央制御室……運転から防犯、電気や温度、果ては気体の濃度まで管理する、言わば施設の頭脳だ。
だからこそ防犯対策もしてある訳だが、作業員は俺を
「(勝負はこっからだな)」
強奪した暗視スコープを着けて、ゆっくりと外へ躍り出る。その瞬間、妙な圧迫感と息苦しさを感じた。いや、実際に息苦しいのだ。
中央制御室では気体濃度を管理している。
俺はそれを利用し、二酸化炭素の濃度を上げる事で、スキルアウトから冷静な判断力を奪ったのだ。
その上でパニックにさせ、恐怖で支配させれば、相手は勝手に潰れてくれる。
暗転はもちろん、機械音だってそうだ。『死体処分場が動いている』という事実があれば、人はどうしても最悪の可能性を考えてしまうだろう。『処分すべき物が出たのだ』と。
想像という怪物は、自分が思う以上に強い力を持っているのだ。
「(……暗視スコープには少し焦ったが、結果的に潰せたから良しとしよう。むしろ僥倖だ)」
数で勝る敵を相手取るには、常に『攻撃する側』に立つのが大原則だ。受け身になっても物量差で圧倒されるだけだし、選択肢は広く持っておきたいからである。
『人影は全て敵』という状況で、敵の位置が容易に補足できるのは重要なアドバンテージであろう。
「(……だが問題は、研究所の方にどれだけ残っているか――)」
ガギンッ!!と鋭い金属音が近くから響く。
どうやらスキルアウトの弾丸が、跳弾によって近くに着弾したらしい。その事実に、思わず冷や汗が出ているのが分かる。
勘違いしてはいけない。
ここまで順調に来れたが、決して事態が好転した訳じゃない。武器の質や数、人質の有無など、状況は変わらず圧倒的不利なのだ。
まぁ、
「(……目的を履き違えるな。俺はスキルアウトを殲滅したい訳じゃない。中村を助けたいんだ)」
無人の出入口を開き、息苦しい死体処分場から脱出する。研究所は処分場と隣接しているらしく、一気に走れば見つかる心配も無さそうだ。
処分場内には銃声やら悲鳴やらが飛び交っているが、もうどうでもいい。どうせ数時間後には全て終わっているのだから、それまで楽しく遊んでろ、とでも言っておこう。
「(鍵は……良かった、閉まってない。スキルアウトはこっから処分場に来たのか)」
扉に張り付き、音も立てずに研究所に侵入する。研究所も稼働時間外なのか、処分場ほどではないが薄暗い。これは僥倖だ。
スキルアウトがいる部屋には、監視という意味で人質達も一緒にいるはずだ。部屋の電気も点けていると思うので、この中だったら一段と探しやすくなるだろう。
……それが向こうの作戦だとしても、だ。まず見つけない事には何も始まらない。
「(……闇雲に走っても体力を空費するだけだ。効率的にいかないと……なら、誰かに吐かせるのが1番手っ取り早いか)」
……しかし、そもそも人が見つからない。
もしや俺の迎撃に多数を割き、人数が足りていないのか……いや、楽観的思考は危険だ。どこかで待ち伏せてると考えた方が良い。
だが、研究所であるためか、廊下における遮蔽物が異常なほど少ない。柱どころか荷物の1つも置いてやしない。
……待っていても何も始まらない、か。
とりあえず誰か――。
ばしゅ。
「――――、え」
がくん、と急に視界がブレた。
そちらを見ると、俺の左腕が、薄闇でも分かるほど黒く染まっている。
……ああ、撃たれたの、か――
「――う、ぐ、ぐぉ、あ゙ぁ………ッッ!!!」
血液が沸騰したような痛みが、一瞬で全身を駆け巡った。俺はとっさに反対の腕に噛み付き、向かい角に身を隠す。
何とか冷静でいられるようになった頃には、口内は既に自分の血で溢れていた。
「(2048、4096、8192……1……ぐ、ぁ……ばぁ……ッ!!)」
迂闊だった。
ここは研究所――つまり敷地内で最も重要な施設だ。当然処分場より警備はしっかりしてるし、防犯システムだって機能しているはず。つまり、監視カメラはずっと俺を追跡していたはずだ。
なのに何故、今まで攻撃が来なかったのか。
単純に馬鹿だったから?違う、確実に俺を殺すため、その機会を伺っていたからだ。
「(しかもノータイムで撃ってきやがった。殺す気満々じゃねぇかアイツら)」
それだけじゃない。こういった緊張状態での発砲は、攻撃解禁の狼煙でもある。つまり、今後は容赦無い攻撃がずっと続くという訳だ。
このままでは、物量差に圧殺されるのは時間の問題だろう。
「(……上等だ)」
痛む左腕を無視し、廊下に向けて引き金を引く。拳銃ではない。先ほど処分場内で奪ったショットガンだ。
当然散弾が散らばるが、周りは分厚い金属の壁や床だ。様々な角度で跳弾し、近付いていたスキルアウト達に命中する。
同時に、俺もショットガンを捨てて勢い良く飛び出した。
「痛ぇ、痛ぇよ………ぉぶッ!!?」
「がばぁ!!ぐ、げぶッ――」
「や、止め――」
あちこち押さえて蹲る3人の頭に、順番に蹴りを入れて意識を刈り取っていく。ただし情報提供者として、最後の1人には腹に叩き込んだ。
必死に咳き込む顔面に膝を入れ、仰向けになった所で馬乗りになり、拳銃を突き付ける。
「人質達はどこにいる。答えろ」
「がぶ、ごはッ……て、てめぇ何だよ……人質の中に彼女でも――」
拳銃のグリップを口に叩き込み、強制的に言葉を切らせる。それを退ると、歯が何本か折れているのが分かった。
「――お。ぉう、ごぉァああああッッ!!?」
「早く話せよ。歯が無いと辛いぞ?」
「で、テメェ……こんな事して、ただで済むと思うなよ……ッ!!」
「………」
「許さねぇ……次会ったら絶対ぶっ殺してやるッ!!」
「……あのさ、次があると思ってんの?」
えっ、とスキルアウトは目を見開く。不思議だ、何故そんな顔をするのだろう。
これは喧嘩ではなく『殺し合い』だ。当然殺される事だってある。まさかとは思うが、今になって殺しを躊躇するとでも?
「額か喉か……穴開けられるならどっちが良い?」
「え……ま、待て。冗談、だよな……?」
「そうだな。で、どっち?」
「……ち、違う。待て、待ってくれ!俺は言われたから動いただけだ!!関係無ぇんだよ!!」
「知るか」
ぱんっ、と乾いた音が響く。驚くほどあっさりと、躊躇なんて一切せずに。
その弾は相手の額を捉え、頭を中心に深紅の華を咲かせる――
――――はずだった。
「…………な、に?」
放った弾丸は頭のすぐ横に逸れ、床にめり込んでいた。死を覚悟したせいか、スキルアウトは気絶……いいや、失神している。
何故だ?
この距離で、ましてや俺が外すはずがない。無論避けれるはずもない。なら何故――
「……うっ――ッ!!?」
突然吐き気が込み上げてきて、鼻の奥がつんと痛んだ。しかし吐くべき物も無かったため、出てきたのは嗚咽と空気ぐらいだ。
さらに遅れて、見えない手で頭を握り潰されるような圧迫感が襲ってくる。
なんだ、これは……?
さっきのダメージか?スキルアウトの攻撃か?
……いや違う。これは、これが――
「(――これが、『人を殺す』という事か……ッ!!)」
全身から、先ほどとは別格に嫌な汗が噴き出してくる。いや、自分が自分に拒絶反応を起こしかけている。
俺は、人を、殺――?殺、人を――?
「う、げぁ、がぁぁぁあああああッッ!!」
俺は自らの意思を持って他人を殺そうとした。
弾は外れたから殺してはいない、なんて事は関係ない。殺そうとした事実に変わりはないのだ。
人として絶対超えてはならないラインを、俺は超えてしまったのだ。
中村を救う、だと?
殺人鬼がどの面下げて会いに行けと言うのだ。こんな血に濡れた手を伸ばして、誰がその手を掴むと言うのだ。
「うが、ぎゃあ、うがァァァああああああああああッッ!!!」
呼吸がおかしくなり、思わず喉を掻き毟ってしまう。バリバリと皮膚が裂け、先ほどとは別の血が口から出てくる。
スキルアウトが近くにいるかもしれない、なんて事は頭から抜け落ちていた。
俺は、中村を救う資格なんて、無い。
……なら何もしないのが正解、なのか?
……違う。そんなはずはない。
中村は俺を救ってくれた。だから俺は中村を助けたい。確かに俺は相応しくないかもしれない。
だが、だからと言って何もしない事が『正解』であるはずが無い!!
「(……そうだな)」
バタバタと響く足音を耳に、静かに呼吸を整える。息を殺し、ゆっくりとその引き金に指を掛ける。
覚悟はもう、固まった。