「あーーー!!見つけましたの!!」
うだるような暑さに、蝋細工のように背を曲げている通行人を、前原将貴はぼうっと眺めていた。するとその耳、聞き慣れた声が響いてくる。
振り返ると、右腕に緑色の腕章を通した後輩、白井黒子がいた。
「中村さん!!こんなところでなに油を売ってますの!!」
「黒子ちゃん!?」
「前原さんが休みで、ただでさえ人手が足りませんのに!!サボッてる場合じゃありませんの!!」
「ご、ごめんって」
白井は能力を使ったのか、いつの間にか涼乃の前に仁王立ちし、勢いのままに問い詰めていた。激怒する白井に、さすがの涼乃も気圧されている。
白井は正義感が強く、お嬢様とは思えないほど肝が据わっている。イエスマンが多い現代社会で、こんな人材は貴重であろう。ドが付く変態だけど。
「早く支部に戻ってくださいまし!!固法先輩もカンカンですのよ!!」
「わ、分かった!!分かったから!!」
そう思ううちに決着が着いたようだ。
白井が捲し立てただけだが、無断でサボッたのなら、どう考えても涼乃が悪い。そのため助け舟は出さなかった。
「……じゃ、私は支部行ってくるね。あとコレ、私の家の鍵」
「ん、分かった。頑張れ」
「うん」
「はぁ。中村さんには困ったものですわね」
「そうだな。昨日のお前みてぇだ」
「うっ……そ、それよりご自宅の方は大丈夫でしたの?火事に遭われたとか」
「全然大丈夫じゃねぇよ。一晩で全部失った」
「昨晩はどこにお泊まりに?」
「……友達の家だよ」
さすがに涼乃の家とは言わない。
言いふらす意味は無いし、ここで余計な口論をするつもりもない。年下から侮蔑の視線を向けられて喜ぶ趣味など、もっと無い。
「仕事の方はどーなんだ?」
「……1つ、問題が発生しましたの」
「問題?」
「えぇ、
「そりゃもちろん」
アルミといえば、アルミ缶や車両、硬貨など、生活にと馴染み深い金属である。そのため、あらゆる場所が爆破現場になる、ということが脅威とされていたのだ。
「犯人って昨日捕まったんじゃねーの?」
「ええ。お姉様によって、容疑者の身柄は確保されました。ですが」
「ですが?」
「今朝方、突然意識不明に陥りましたの」
「……なに?」
俺は思わず眉を顰め、再確認するように問いかける。分からないからこそ、白井は『問題』と表現したのだろうが、やはり聞かずにはいられない。
「……何かあったのか?」
「分かりません。先ほどわたくしも拝見しましたが、体のどこにも異常は見られず、ただ眠るように意識だけを失っておりましたの」
「……聞いたことない症状だな」
医者ではないから詳しい事は分からないが、変だということは分かる。失神にしても、一時的な症状にすぎない。
「それともう1つ、おかしな点がありますわ」
「何だ?」
「容疑者の能力ですが、『
「は?」
学園都市が能力者の街といっても、230万人全員が漫画のような超人ではない。『開発』を受けているのは小学生以上の学生だけだし、その6割──数にして110万人は
「あの被害規模はどう考えても
「存じております。ですが、最新の
「……犯人は本当にそいつなのか?」
「そこは間違いありません。
なおさら分からなくなってきた。
ようやく犯人を捕まえたと思ったら、意識不明になられたうえ、レベルも一致しない。学園都市最高の総合データベースである『
「実は……」
「まだあるのか」
「被害状況や目撃者の証言と、犯人のレベルが食い違うというケース。今回が初めてではありませんの」
「………」
「先日、前原さんと中村さんが捕まえたスキルアウトをお覚えですか?」
恐らく昨日、鴇色の髪の女の子に言い寄っていた2人のことだろう。1人は磁力系、もう1人は発火系で、どちらも
「『
「……
「だとすれば、この短期間にレベルを跳ね上げたってことか。そんな方法が……」
「それについてですが、昨日佐天さんに興味深いことを聞きましたの」
「昨日の黒髪の子か?」
「えぇ。使うだけで簡単に能力の強さを引き上げる道具。それが――」
〜〜〜
「『
白井と公園で別れ、1人で帰路に着きながらその言葉を反芻する。
詳しく聞いたところ、それは都市伝説の産物のようだ。
「(噂が出回るタイミングは同じだが、都市伝説……眉唾だな)」
学園都市はその技術力と秘匿性の高さから、日々様々な都市伝説を生み出している。
例えば、国際法で禁止されている人間の体細胞クローンが軍用に量産されている、とか。
例えば、超能力を生み出すDNAコンピューターが秘密裏に開発されている、とか。
例えば、
どれも荒唐無稽な話だが、火の無い所に煙は立たない、という言葉もある。加えて、世界最高の科学力を誇る学園都市なら、あるいは、というのもあるだろう。
しかしもちろん、何の根拠も無い噂話にすぎない。
「……ん?」
手詰まりになった溜息と共に、絡まった思考を遮断する。そしてビルの脇を通ろうとしたところで、微かに声が聞こえた。
それは話し声ではなく、耳を刺すような男の絶叫だった。姿が見えないのに声が響くということは、かなりの声量で叫んでいるのだろう。
「ったく、何やってんだか……」
気を重くしながら、薄暗い路地裏に足を向ける。
そのまま嘲るような声を頼りに進むと、その先には予想通りの光景が広がっていた。
「散々馬鹿にしてくれたからなあ。その分キッチリお返ししてやるよ」
「ぎゃははははは!!」
奇抜な髪型の男が、蹲る少年を心底愉しそうに甚振っていた。周りには、そのお仲間らしき男が2人。片や少年を嘲笑し、片やその少年の物らしき財布を持ちニヤニヤしている。
なるほど。状況は大体理解できた。
「何してるんですか?」
「あぁ?」
「た、助けてぇ!!」
軽く声を掛けると、男たちの注目が一気に集まった。少年は藁にも縋るような目で、3人組は虫でも見るような目で、俺を見つめている。
職業柄、こういった反応にも慣れている。
「もう一度聞きます。何してるんですか?」
「はぁ?んだテメェ」
「何見てんだコラ」
再度問いかけると、男達はいかにもな様子で詰め寄ってきた。ここまで典型的な反応をされると、かえって笑いそうになる。どうでもいい疑問だが、どうして不良は、脅す時に顔を近づけるのだろうか。
「風紀委員です。暴行傷害の現行犯で拘そ──」
俺はそう宣言して、いつも通り腕章を見せつけようとして、それが無いことに気付いた。
そう言えば、今日はオフだからと、腕章は涼乃の家に置いてきたんだった。アレが無いと、風紀委員という証明が手間になり、逮捕権を行使しにくい、という弊害が出てくるのである。
「ハッ、風紀委員だぁ?」
「ナメてんじゃねーぞクソが」
しかし当然、相手にそんなことは関係ない。むしろ待ってましたと言わんばかりに、口角を釣り上げて迫ってきた。
どうも最近、風紀委員と言うと、やたらと喧嘩を吹っ掛けられる気がする。以前は大人しく退散してくれたのに、その自信はどこから来ているのやら。
「俺らマジ運が良いなぁ、ちょうどよかったぜ。風紀委員にはたぁーくさん恨みがあるからなぁ」
「悪りーがちょーっと『幻想御手』の実験台に付き合ってもらうぜ?」
「……ん?」
聞き流していた話の中に、気になる単語が混じる。数分前に聞いたばかりの言葉で、聞き逃すはずもなかった。
「『幻想御手』ですか?」
「何だぁ?知らねぇのかぁ!?」
「オイオイ、風紀委員サマはこんなことも知らねぇのかよ!!」
「いいぜぇ、見してやるよ!!テメェの体になぁ!!」
下品に笑う男たちの1人が、まるで水戸黄門の印籠のように、小さな機械を突きつけてきた。
音楽プレーヤーだ。
別に紋所も威厳もない、どこにでも売っている普通の機械だ。側面からイヤホンが伸びたそれは、学生には見慣れた物だろう。
もしや、アレが噂の『幻想御手』なのだろうか?
「余所見してんじゃねーぞ!!」
「死ねオラァ!!」
〜〜〜
「で、これが幻想御手なんですか?」
「は、はい!!マジです!!」
あれから2分後。
逃げるように腰を抜かした男に、俺は落ちていた音楽プレーヤーを見せてそう問いかけた。今回は格闘術のみで、能力を使った訳ではないため、そんなに怖がられても困るのだが。
「これを聴けばレベルが上がるんですか?」
「は、はい。俺らは上がりました!!」
「お兄さん、レベルはいくつです?」
「
この男が使っていたのは
これはもう確定でいい。
「どうやって手に入れたんですか?」
「し、知りません!!勝手に流れてきただけです!!」
「そうですか。とりあえず没収しますね」
「お、俺はこれで!!」
「あ、ちょっ待──足速ぇな」
視線を離したその隙に、その男は倒れる仲間を置いて、脱兎の如く逃げだした。消えた道の先を覗いても、そこに男の姿は無い。身代わりを置いて素早く逃げ出すあたり、兎というかトカゲみたいだ。
「あ、あの、ありがとうございます!!本当に助かりました!!」
「あ、はい。今度から気を付けてくださいね」
「はい!!」
少年が路地裏を抜けたのを見届けて、俺は呼吸を整えた。手足を軽く動かし、異常がないか確認する。
運良く相手に
「……ふぅ」
確かに、能力を使えば、1分もかけずに殲滅できただろう。しかし、それでは意味が無い。スキルアウトになる理由は様々だが、多くは能力レベルが上がらないことへの憂さ晴らしだ。
どれだけ努力してもレベルが上がらない。しかし他の連中はあっさりとレベルを上げる。ムカつくから、ぶっ飛ばそう。
このような考えの連中を能力で圧倒すれば、能力者に対する憎悪がより深まるだけだ。そこから先は負の連鎖しかない。
そのため俺は、可能な限り格闘術のみで戦闘を終わらせることを心がけている。
「帰るか……」
路地裏の入口に置いてきた買い物袋を拾い上げ、俺はのんびりと表に出た。
スキルアウト2人は倒れたままだが、所詮は喧嘩だし、放ってもどうにかなるだろう。後始末が面倒、という理由が大きいが、誰も見てないし大丈夫だろう。
「……~~♪」
適当に歌を口ずさむが、あまり上手くない。そう言えば、この歌は、一体どこで聴いた歌なのだろうか。思い出そうとして、何も思い出せなかったため、俺はすぐに思考を止めた。
どこか歪んだ旋律だけが、雲に吸い込まれるように天高く、遠くへと昇っていくだけだった。