とある風紀委員の日常   作:にしんそば

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第4話

 

 

 

 

 

「あーーー!!見つけましたの!!」

 

 うだるような暑さに、蝋細工のように背を曲げている通行人を、前原将貴はぼうっと眺めていた。するとその耳、聞き慣れた声が響いてくる。

 振り返ると、右腕に緑色の腕章を通した後輩、白井黒子がいた。

 

「中村さん!!こんなところでなに油を売ってますの!!」

「黒子ちゃん!?」

「前原さんが休みで、ただでさえ人手が足りませんのに!!サボッてる場合じゃありませんの!!」

「ご、ごめんって」

 

 白井は能力を使ったのか、いつの間にか涼乃の前に仁王立ちし、勢いのままに問い詰めていた。激怒する白井に、さすがの涼乃も気圧されている。

 

 白井は正義感が強く、お嬢様とは思えないほど肝が据わっている。イエスマンが多い現代社会で、こんな人材は貴重であろう。ドが付く変態だけど。

 

「早く支部に戻ってくださいまし!!固法先輩もカンカンですのよ!!」

「わ、分かった!!分かったから!!」

 

 そう思ううちに決着が着いたようだ。

 白井が捲し立てただけだが、無断でサボッたのなら、どう考えても涼乃が悪い。そのため助け舟は出さなかった。

 

「……じゃ、私は支部行ってくるね。あとコレ、私の家の鍵」

「ん、分かった。頑張れ」

「うん」

 

 空間移動(テレポート)で跳んだのか、返事が届く頃には、既に涼乃は視界から消えていた。涼乃が退散したため、公園は必然的に俺と白井の2人だけになる。 

 

「はぁ。中村さんには困ったものですわね」

「そうだな。昨日のお前みてぇだ」

「うっ……そ、それよりご自宅の方は大丈夫でしたの?火事に遭われたとか」

「全然大丈夫じゃねぇよ。一晩で全部失った」

「昨晩はどこにお泊まりに?」

「……友達の家だよ」

 

 さすがに涼乃の家とは言わない。

 言いふらす意味は無いし、ここで余計な口論をするつもりもない。年下から侮蔑の視線を向けられて喜ぶ趣味など、もっと無い。

 

「仕事の方はどーなんだ?」

「……1つ、問題が発生しましたの」

「問題?」

「えぇ、虚空爆破(グラビトン)事件はご存知で?」

「そりゃもちろん」

 

 虚空爆破(グラビトン)事件。

 量子変速(シンクロトロン)という、簡単に言えば『アルミを爆弾に変える』能力によって引き起こされた、連続爆破事件だ。

 

 アルミといえば、アルミ缶や車両、硬貨など、生活にと馴染み深い金属である。そのため、あらゆる場所が爆破現場になる、ということが脅威とされていたのだ。

 

「犯人って昨日捕まったんじゃねーの?」

「ええ。お姉様によって、容疑者の身柄は確保されました。ですが」

「ですが?」

「今朝方、突然意識不明に陥りましたの」

「……なに?」

 

 俺は思わず眉を顰め、再確認するように問いかける。分からないからこそ、白井は『問題』と表現したのだろうが、やはり聞かずにはいられない。 

 

「……何かあったのか?」

「分かりません。先ほどわたくしも拝見しましたが、体のどこにも異常は見られず、ただ眠るように意識だけを失っておりましたの」

「……聞いたことない症状だな」

 

 医者ではないから詳しい事は分からないが、変だということは分かる。失神にしても、一時的な症状にすぎない。 

 

「それともう1つ、おかしな点がありますわ」

「何だ?」

「容疑者の能力ですが、『書庫(バンク)』には異能力者(レベル2)とありましたの」

「は?」

 

 学園都市が能力者の街といっても、230万人全員が漫画のような超人ではない。『開発』を受けているのは小学生以上の学生だけだし、その6割──数にして110万人は無能力者(レベル0)だ。

 異能力者(レベル2)なら多少の力はあるが、せいぜい花火が爆発した程度だ。当然、爆破事件など起こせるはずもない。

 

「あの被害規模はどう考えても大能力者(レベル4)クラスだったぞ?」

「存じております。ですが、最新の身体検査(システムスキャン)ではやはり」

「……犯人は本当にそいつなのか?」

「そこは間違いありません。精神感応(テレパス)による確認も取れていますの」

 

 なおさら分からなくなってきた。

 ようやく犯人を捕まえたと思ったら、意識不明になられたうえ、レベルも一致しない。学園都市最高の総合データベースである『書庫(バンク)』に、ミスがあるとも思えない。

 

「実は……」

「まだあるのか」

「被害状況や目撃者の証言と、犯人のレベルが食い違うというケース。今回が初めてではありませんの」

「………」

「先日、前原さんと中村さんが捕まえたスキルアウトをお覚えですか?」 

 

 恐らく昨日、鴇色の髪の女の子に言い寄っていた2人のことだろう。1人は磁力系、もう1人は発火系で、どちらも異能力者(レベル2)はあったはずだ。

 

「『書庫(バンク)』にはどちらも低能力者(レベル1)とありましたの」

「……低能力者(レベル1)ねぇ」

 

 低能力者(レベル1)といえば、磁力系ならコインを何枚か浮かばせる程度、発火系ならライター代わりになる程度でしかない。昨日のそれとは、それこそレベルが違うのだ。

 

「だとすれば、この短期間にレベルを跳ね上げたってことか。そんな方法が……」

「それについてですが、昨日佐天さんに興味深いことを聞きましたの」

「昨日の黒髪の子か?」

「えぇ。使うだけで簡単に能力の強さを引き上げる道具。それが――」

 

 

 

〜〜〜

 

 

  

「『幻想御手(レベルアッパー)』ねぇ……」

 

 白井と公園で別れ、1人で帰路に着きながらその言葉を反芻する。

 詳しく聞いたところ、それは都市伝説の産物のようだ。

 

「(噂が出回るタイミングは同じだが、都市伝説……眉唾だな)」 

 

 学園都市はその技術力と秘匿性の高さから、日々様々な都市伝説を生み出している。

 

 例えば、国際法で禁止されている人間の体細胞クローンが軍用に量産されている、とか。

 例えば、超能力を生み出すDNAコンピューターが秘密裏に開発されている、とか。

 例えば、超能力者(レベル5)を片手間に翻弄する無能力者(レベル0)がいる、とか。

 

 どれも荒唐無稽な話だが、火の無い所に煙は立たない、という言葉もある。加えて、世界最高の科学力を誇る学園都市なら、あるいは、というのもあるだろう。

 しかしもちろん、何の根拠も無い噂話にすぎない。

 

「……ん?」

 

 手詰まりになった溜息と共に、絡まった思考を遮断する。そしてビルの脇を通ろうとしたところで、微かに声が聞こえた。

 それは話し声ではなく、耳を刺すような男の絶叫だった。姿が見えないのに声が響くということは、かなりの声量で叫んでいるのだろう。

 

「ったく、何やってんだか……」

 

 気を重くしながら、薄暗い路地裏に足を向ける。風紀委員(ジャッジメント)である以上、事件の可能性があるならば、見過ごす訳にはいかない。

 そのまま嘲るような声を頼りに進むと、その先には予想通りの光景が広がっていた。

 

「散々馬鹿にしてくれたからなあ。その分キッチリお返ししてやるよ」

「ぎゃははははは!!」

 

 奇抜な髪型の男が、蹲る少年を心底愉しそうに甚振っていた。周りには、そのお仲間らしき男が2人。片や少年を嘲笑し、片やその少年の物らしき財布を持ちニヤニヤしている。

 なるほど。状況は大体理解できた。

 

「何してるんですか?」

「あぁ?」

「た、助けてぇ!!」

 

 軽く声を掛けると、男たちの注目が一気に集まった。少年は藁にも縋るような目で、3人組は虫でも見るような目で、俺を見つめている。

 職業柄、こういった反応にも慣れている。

 

「もう一度聞きます。何してるんですか?」

「はぁ?んだテメェ」

「何見てんだコラ」

 

 再度問いかけると、男達はいかにもな様子で詰め寄ってきた。ここまで典型的な反応をされると、かえって笑いそうになる。どうでもいい疑問だが、どうして不良は、脅す時に顔を近づけるのだろうか。

 

「風紀委員です。暴行傷害の現行犯で拘そ──」

 

 俺はそう宣言して、いつも通り腕章を見せつけようとして、それが無いことに気付いた。

 そう言えば、今日はオフだからと、腕章は涼乃の家に置いてきたんだった。アレが無いと、風紀委員という証明が手間になり、逮捕権を行使しにくい、という弊害が出てくるのである。 

 

「ハッ、風紀委員だぁ?」

「ナメてんじゃねーぞクソが」

 

 しかし当然、相手にそんなことは関係ない。むしろ待ってましたと言わんばかりに、口角を釣り上げて迫ってきた。

 どうも最近、風紀委員と言うと、やたらと喧嘩を吹っ掛けられる気がする。以前は大人しく退散してくれたのに、その自信はどこから来ているのやら。

 

「俺らマジ運が良いなぁ、ちょうどよかったぜ。風紀委員にはたぁーくさん恨みがあるからなぁ」

「悪りーがちょーっと『幻想御手』の実験台に付き合ってもらうぜ?」

「……ん?」

 

 聞き流していた話の中に、気になる単語が混じる。数分前に聞いたばかりの言葉で、聞き逃すはずもなかった。

 

「『幻想御手』ですか?」

「何だぁ?知らねぇのかぁ!?」

「オイオイ、風紀委員サマはこんなことも知らねぇのかよ!!」

「いいぜぇ、見してやるよ!!テメェの体になぁ!!」

 

 下品に笑う男たちの1人が、まるで水戸黄門の印籠のように、小さな機械を突きつけてきた。

 

 音楽プレーヤーだ。

 別に紋所も威厳もない、どこにでも売っている普通の機械だ。側面からイヤホンが伸びたそれは、学生には見慣れた物だろう。

 

 もしや、アレが噂の『幻想御手』なのだろうか?

 

「余所見してんじゃねーぞ!!」

「死ねオラァ!!」

 

 

  

〜〜〜

 

 

 

「で、これが幻想御手なんですか?」

「は、はい!!マジです!!」

 

 あれから2分後。

 逃げるように腰を抜かした男に、俺は落ちていた音楽プレーヤーを見せてそう問いかけた。今回は格闘術のみで、能力を使った訳ではないため、そんなに怖がられても困るのだが。

 

「これを聴けばレベルが上がるんですか?」

「は、はい。俺らは上がりました!!」

「お兄さん、レベルはいくつです?」

低能力者(レベル1)ですぅ!!」

 

 この男が使っていたのは念動力(サイコキネシス)だ。厳密には分からないが、少なくとも異能力者(レベル2)はあった。他の2人も同様だ。

 これはもう確定でいい。

 

 幻想御手(レベルアッパー)は、実在したのだ。

 

「どうやって手に入れたんですか?」

「し、知りません!!勝手に流れてきただけです!!」

「そうですか。とりあえず没収しますね」

「お、俺はこれで!!」

「あ、ちょっ待──足速ぇな」

 

 視線を離したその隙に、その男は倒れる仲間を置いて、脱兎の如く逃げだした。消えた道の先を覗いても、そこに男の姿は無い。身代わりを置いて素早く逃げ出すあたり、兎というかトカゲみたいだ。

 

「あ、あの、ありがとうございます!!本当に助かりました!!」

「あ、はい。今度から気を付けてくださいね」

「はい!!」

 

 少年が路地裏を抜けたのを見届けて、俺は呼吸を整えた。手足を軽く動かし、異常がないか確認する。

 運良く相手に念動力系能力者(サイコキノ)がいたので、上手く誘導して同士討ちさせ自滅させたのだが、今回は成功したようだ。

 

「……ふぅ」

 

 確かに、能力を使えば、1分もかけずに殲滅できただろう。しかし、それでは意味が無い。スキルアウトになる理由は様々だが、多くは能力レベルが上がらないことへの憂さ晴らしだ。

 どれだけ努力してもレベルが上がらない。しかし他の連中はあっさりとレベルを上げる。ムカつくから、ぶっ飛ばそう。

 このような考えの連中を能力で圧倒すれば、能力者に対する憎悪がより深まるだけだ。そこから先は負の連鎖しかない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そのため俺は、可能な限り格闘術のみで戦闘を終わらせることを心がけている。

 

「帰るか……」

 

 路地裏の入口に置いてきた買い物袋を拾い上げ、俺はのんびりと表に出た。

 スキルアウト2人は倒れたままだが、所詮は喧嘩だし、放ってもどうにかなるだろう。後始末が面倒、という理由が大きいが、誰も見てないし大丈夫だろう。

 

「……~~♪」

 

 適当に歌を口ずさむが、あまり上手くない。そう言えば、この歌は、一体どこで聴いた歌なのだろうか。思い出そうとして、何も思い出せなかったため、俺はすぐに思考を止めた。

 どこか歪んだ旋律だけが、雲に吸い込まれるように天高く、遠くへと昇っていくだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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