とある風紀委員の日常   作:にしんそば

40 / 107
第40話

 

 

 

 

 

何が起きたか、とっさに理解できなかった。

 

前原将貴が爆発した?いや、光の奔流に飲み込まれた、と言う方が正しいだろう。

 

中村涼乃の視界に写ったのは、稲光に似た、光の爆発のようなものだった。それを状況として理解するのが、私にはとても難しかった。

 

「──ぇ」

 

私の呟きは、私の耳にすら届かない。胸の奥から湧き出ていた激情すら、無かったかのように掻き消されてしまった。

 

そっと目を開けると、光の洪水が場を洗い流すのが見えた。やがてそれが引くと、光は浮き出るように収束していき、その輪郭を露わにする。まるで、光が物質として現れたみたいに。

 

「…………は?」

 

見えたのは()()。星屑の煌めきに似た鋭い色。

そんな非日常的な輝きの中に、立ち上がる影が1つ。自然界の法則に反して、その影は燐光を放っていた。

無意識に、私は少年の名を呼んだ。

 

「しょうき……くん……?」

 

返事は無い。しかしその影は、応えるようにゆっくりと、本当にゆっくりと振り返った。少し遅れて、蒼銀の海が静かに波打つ。

 

「──ッ」

 

見えたのは()()

虚空に浮かぶその瞳は、あまりにも深くて、暗くて、そして美しかった。全てを見透かしたように、それは暗闇でよく光っている。

 

「(髪が……金に……?)」

 

髪の色が内から先へ、血が通うように変化していく。それは金──いや、()()という言葉が相応しいだろう。

その長さも肩から腰まで、乱れながら伸びていく。光を束ねたように収束したそれは、この世のどんな宝石よりも美しく思えた。

 

「──な、何だ。何が起きてんだ!?」

「し、知らねぇよ!!いいからキャパシティダウンを使え!!そうすりゃ止まる!!」

「もうやってる!!なのに効かねぇんだよ!!」

 

近くのスキルアウトが、思い出したように叫ぶ。その声はもはや絶叫に近かった。

私はキャパシティダウンの痛みを思い出し、とっさにその場に蹲る──が。

 

「──……え?」

 

痛みが、こない。

恐るおそる目を開けると、そこには蒼銀が見えた。いつの間にか目の前にいたその影が、外套のようなもので私を包んでいたのだ。

 

近くに見えるその腕には、星屑を集めたような白銀の鎖が、手枷のように巻きついている。

そして、見慣れた緑色の腕章も。

 

「何でだ!?どうなってんだ、キャパシティダウンは万能なんじゃねぇのかよ!?」

「そう聞いてる!!」

「まさかアレが能力じゃないってのか!?冗談じゃねぇ!!」

 

スキルアウトの声が、遂に悲鳴に変わる。

しかしその影は見向きもせず、ゆっくりと顔を上げた。その腕には、目が眩むような白銀の鎖が、手枷のように巻きついている。

そこにあるのは光の爆発で天井に空いた、大きな穴。

 

そこに、()()()()()()()

 

「────────な、ん」

 

ドンッ!!!と。少し遅れて、大地を揺らすような轟音が響いた。

電灯のスイッチを入れたように現れたのは、映画の演出のような、されど現実にはありえない、不自然なほど大きく禍々しく、蒼い満月だ。

 

もちろん、つい先ほどまでそんなのは無かった。せいぜい小さな星々が、適当に散らばっているぐらいだった。そのはずだ。

 

「………」

 

ふと私は視線を落とした。いや、無意識に落としてしまった。

突如現れた天蓋の満月。それすら霞むような存在が、その影に他ならなかった。

 

黄金の髪。

翡翠の瞳。

白銀の鎖。

蒼銀の外套。

天蓋の満月。

 

その姿はもう、神様に近かった。

私は有神論者ではないけれど、そう思わずにはいられない。神話からそのまま切り取ってきた、と言われても私は信じるだろう。

 

「……?」

 

だけど私は、感銘を受けることも、ましてや畏れることもなかった。

目の前の存在が、およそ人類という括りに当て嵌まるのか、それすら分からない。

 

だが、その腕に巻かれた緑色の腕章は、その存在を示すには十分だった。

 

「将貴……?」

 

蒼銀の影は──いいや、将貴は何も言わない。

ただそっと右腕を動かす、それだけだ。同時に、そこに巻き付いた白銀の鎖が、ほんの少しだけ揺れる。

 

「────え?」

 

その瞬間、建物の上部──天井と呼ばれる場所の全てが、跡形もなく消し飛んだ。なのに瓦礫はおろか衝撃波も、音すらも無い。物理法則というものは、完全に存在を無視されていた。

 

「……?」

 

将貴がふわりと顔を動かす。周囲を確認するような、何気ない仕草だった。

 

それだけで、その視線上にいたスキルアウトが、糸の切れた人形のように倒れた。あまりに一瞬のことで、意識を失ったのか事切れたのか、私には判別がつかなかった。

 

「────ぁ、」

 

リーダーであろうスキルアウトの最後の1人が、虚ろな笑みを浮かべる。その手には銃。

私が撃たれたような麻酔弾ではなく、殺傷能力がある通常兵器だ。

 

ぱんっ、と銃声が鳴る。

 

直後、そのスキルアウトの肩に風穴が空いた。

 

「…………ぁ?」

 

空気が抜けるような声がして、スキルアウトは悲鳴も無く崩れ落ちた。

 

将貴は何もしていない。将貴を狙った銃弾が、何故かそのスキルアウトに当たったのだ。()()()()()()()()()()()()

 

「………」

 

小さく拳を固めて、ゆっくりと立ち上がる。見慣れた少年の見知らぬ姿と、改めて相対する。

冷静に分析なんてしない。出来たとして、そんなものに興味は無い。

 

傍から見れば、私は自殺志願者に見えるのだろうか。しかし、私を止める人なんていない。

 

ここはもう、私と将貴だけの世界だ。

 

「将貴」

 

影の中で、翡翠が輝く。

あらゆる感情が混ざり、全てが打ち消されてしまったような瞳が、まっすぐ私を捉えた。

 

同時に右腕が──そこに巻き付く白銀の鎖が、僅かに揺れた。

思い出すのは、ついさっき天井を消し飛ばした破滅の一撃。塵も残さない破壊の嵐。

 

「………」

 

しかし、何も起こらなかった。

将貴の腕はぶるぶると震えるだけで、私の体はなんともなかった。

 

その事に、思わず笑顔が浮かぶ。それは自分が死ななかった事への安堵ではなく、もっと別の何かだ。

 

「……なにしてるのさ」

 

いつものように笑いながら、私は1歩近付いた。同じように白銀の鎖が揺れるが、やはり私は何ともない。

 

守ってくれているのだ。他でもない将貴が。

私を殺そうとしているのは事実かもしれない。でもそれ以上に、守ろうとしてくれているのだ。

 

「こんなに怪我して、もう……」

 

近付いて、将貴の頬にそっと触れる。その翡翠の瞳と、すぐ近くで視線が交わる。

 

けど、私は臆さない。そんな事、する訳ない。

ここにいるのは、()()()()()()()()

なら、何を恐れる事がある。

 

「たくさん、心配したんだよ……?」

 

人によっては、それは冒涜と思われるかもしれない。あるいは、愚かだと笑われるかもしれない。

 

だが、そんなのは知らない。世界が私を否定しようと、これが私の『正解』だ。

 

「……でもね」

 

背に腕をまわして、そっと抱き寄せる。

私達を包む蒼銀の外套が、ひときわ強く輝いた。しかし、それは身を焦がすようなものではなく、月光のように優しい光だった。

 

「また会えてよかった」

 

ビシリと。将貴の肩に、大きなヒビが入った。そこからは、溢れるように黄金の光が漏れ出ている。

 

この光の正体は分からないけど、きっと普通のものではないのだろう。爆発したら最後、私という存在は消えてしまうかもしれない。

 

でも将貴は、彼の意思でもって、それを抑えようとしている。それは純然たる事実だ。

 

「勝手にいなくなったりしないでよ……私のペア、なんでしょう?」

 

腕に力を入れて、ぎゅっと体を寄せる。

将貴の肩がびくりと跳ねて、右腕が小刻みに震える。当然、巻き付いた白銀の鎖も揺れるが、破滅の一撃はもう来なかった。

ぶるぶると震えるその姿が、私には涙を堪える子供のように見えた。

 

「……無事でよかった」

 

応えるように、将貴が私を抱き締めた。

そのまま慈しむように、愛おしいほど温かい手で、私の髪を撫でてくれた。

 

その右手の輝きが、さらに強まった気がした。

 

「────ぅ」

 

しかしそれは一瞬だった。私の腕の中で、ガラスが割れたような音が響く。

 

その瞬間、黄金の髪も、蒼銀の外套も、弾かれたように霧散した。天蓋に浮かぶ満月はその輪郭を歪ませ、音も無く空に溶けていく。

 

その光の中から、剥がれ落ちたように将貴が出てきた。気を失っているのか、私を抱き締めた体勢のまま、倒れるように身を委ねてくる。

 

「……良かった」

 

私は将貴を抱き留めて、そっと呟いた。

将貴の規則正しい寝息は、小鳥の囀りよりもずっと安心できる。この小さな鼓動が、今はとても愛おしく感じる。

 

「………」

 

緊張の糸が切れたのか、足の力が抜けてしまう。そのまま真横に倒れてしまうが、将貴君だけは離さない。将貴君もまた、私を決して離さなかった。

 

「…………ありがとう、将貴」

 

薄れゆく意識の中で、ふとそんな事を思う。そこに生まれた、ほんの小さな違和感が1つ。

それを確認する間もなく、私はそのまま目を閉じた。本当の意味での安心に身を委ねて。

 

私の髪に生まれた白い髪留めに気付くのは、もう少し後のことだった。

 

 

 

 

 

〜〜〜

 

 

 

 

 

数十分後。

駆け付けた警備員(アンチスキル)によって全ての人質が解放され、此度の誘拐事件──八月十日事件は終息した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。