とある風紀委員の日常   作:にしんそば

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第41話

 

 

 

 

 

「――では君は、この事件での前原将貴の行動に罪は無いと?」

 

会議室のような部屋に、貫禄ある声が響いた。それに同意するように、周りには頷く影がちらほら見える。

第一学区に位置するそこは、学園都市の治安維持組織、警備員(アンチスキル)の本部ビルの一室であった。

 

「彼の行動の全ては人質救出のためです。事実、彼は人質全員を無傷で救出し、事件を解決に導きました。なので彼は賞賛はされど、罪に問われる謂れはありません」

「その際多くの犯罪に及んでいるが、それを不問にしろと?」

「情状酌量の余地は十二分にあるでしょう。彼がそうした行動に出たのは、そうせねば自分が殺されていたからです」

 

言葉を紡ぐのは、わがままボディを持て余す大人のお姉さん、黄泉川愛穂だ。普段の特徴的な口調は鳴りを顰め、その分眼光は鋭くなっている。

厳粛な空気の中で1人立つ姿は、裁判で弁明する被告人のようだ。

 

「事件前、彼は『スキルアウト狩り』として20名以上負傷させているが、それは?」

「現場に居合わせた常盤台中学の生徒の証言や、監視カメラからも分かる通り、彼がやってきた事は全て正当防衛です。一方的に彼が悪いと言うには無理があります」

「……此度の件で、彼は30人近くを相手取り、勝利したそうだな。しかも彼はただの無能力者(レベル0)だと言うじゃないか」

「彼の判断力と行動力、精神力がスキルアウトを上回ったのです。長年訓練で培ってきた賜物でしょう」

 

……しかし、それだけで勝てるような状況でもなかった。彼の射撃と格闘術の腕は優秀だが、それにしても限界がある。

あれは状況、行動、時間など、様々なものが集まり完成した、それこそ奇蹟のような戦いだ。

 

「その並外れた才能は脅威になりうる。万が一を考え、こちらで保護すべきだと思うが」

「…………失礼を承知で申し上げます。今回、彼にそこまでの事が出来たのは、彼がそこまで積み重ねてきたからに他なりません。射撃も格闘術も、それらは後天的な技術──それこそ血反吐を吐いてようやく手にしたものです。それを才能の一言で済ますのは止めていただきたい」

「………」

「……松浦君。君はどう思う」

 

私は部屋の隅に座る少女──風紀委員(ジャッジメント)の高位、松浦奏に問いかけた。前原が風紀委員であったため、その参考に呼ばれた中学生の少女だ。

彼女は驚いた様子もなく、無感動に蒼氷玉(スイスブルー)の瞳を向ける。釣り目がちな目は活発な印象を抱かせるのに、その声色は冷たい。

 

「そうですね。まず、問題の着眼点を変えてみましょうか」

「……着眼点、とは?」

「重要なのは彼の処遇より、彼が置かれている状況ではありませんか?」

 

ゆっくりと立ち上がり、松浦は私の隣に並んだ。金糸を編んだようなミディアムヘアと、深紅のリボンが小さく揺れる。

平均よりやや低いその身長は、滲み出る異質な存在感に対して明らかに不釣り合いだ。

 

「ご存知の通り、前原将貴は現在、第七学区の病院で眠り続けています。しかし先日、奇妙な反応があったそうです」

「それは?」

「注射針が弾かれたそうですよ。まるで跳ね返されたように、ね」

「なっ……ま、松浦!それは本当か!?」

「ええ」

 

思わず目を見開き、隣にいた少女を問い詰めようとする。しかし松浦は興味が無いのか、視線がこちらに向く事すらなかった。

 

しかし、それが事実だとしたら。

注射針が何の理由も無く弾かれるはずがない。

だから、それはつまり──

 

「……つまり、前原将貴に能力が発現した、と言う事か?」

「それ以外に考えにくいかと。しかし、その能力に少々問題があります」

「めでたい事じゃないか。何が問題なんだね?」

()()()()()()()……これが何を示すか、分かりますね?」

「………」

 

物体を弾く……つまり『反射』する。

それが出来る存在を、私は1人しか知らない。

学園都市の最高峰、超能力者(レベル5)の中でも最強と言われた、第一位しか──

 

「……彼が、そうだと?」

「まだ判断はつきませんが、可能性は十分あります。加えて、皆さんもご覧になりましたよね?特力研のあの惨状を」

 

思い出すのは、私達が駆けつけた時の、あの異様な光景。巨大な鎌で切り取られたような、上下に分断された研究所。にも関わらず、瓦礫1つ見つからなかった現場。

 

……まさか、あれをやったのが前原だと?

 

「彼の力は未知数です。ともすれば超能力者(レベル5)に達するかもしれません」

「………」

「加えて、1対30の戦いにも身を投じる意志……仮に保護したとして、我々で彼を御し切るのは難しいのでは?」

 

……言い方は良くないが、その通りだ。

彼を丸め込み懐刀にするには、不確定要素が多すぎる。彼の反骨精神は凄まじいものがあるし、万が一力の矛先がこちらに向いた時、我々はそれを防ぎ切る自信が無い。

 

「……君なら、それが可能なのかね?」

「断言は出来ませんが、手段を示す事は可能です」

「…………よろしい。前原将貴を『条件付きの保護観察処分』とする。期間は1年。監督役は……そうだな。黄泉川君、頼めるか」

「……分かりました」

 

まぁ、そうなるのも当然だろう。

松浦は風紀委員の中でも高位の人間だ。まだ学生の身であるが、こなす仕事は専門家のそれと変わらない。その仕事量と年齢を考えても、まだ私の方がやりやすいとの判断だろう。

 

「条件について伺ってもよろしいですか」

「うむ……週に1度、訓練と称して彼を近くから監督してくれ。訓練の内容は君に任せる。何かあったらすぐに報告するように」

「分かりました」

「彼が風紀委員への復帰を希望した場合、どう致しましょうか」

「…………それで彼の手綱を握れると言うのなら、聞かないこともない。その判断は松浦君、君に任せよう」

「分かりました」

 

……つまり、復帰後に彼が問題を起こしても、その責任は松浦が負え、と。中学生の少女に対して大人気ないにも程がある。

しかし当の本人は、気にしていないどころか不敵に笑みを浮かべた。計画通り、とでも言うように。

 

「では、これにて審議を閉会とする。後ほど報告書を提出するように」

「分かりました。失礼致します」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

前原将貴が目を覚ました。

それは事件が終息して13日目の朝だった。

 

その報告を受けた中村涼乃は、仕事を放棄して病院に向かった。

様々な感情が混ざる中で、唯一見つけた確かなもの──彼に会いたい、という思いが私を病室へと導いた。

 

「将貴ッ!?」

「……あ?」

「──ッ!!」

 

引き剥がすように扉を開くと、そのベッドには見慣れた少年がいた。それを見た私は泣きそうになり、思わず将貴に抱き着いてしまう。

 

──ああ、良かった。良かった!!

頭も、体も、呼吸も、体温も、心臓の音もある。

将貴は無事だ。生きているんだ。

ああ、こんなにも温かいなんて……!!

 

「良かった……本当に良かった……!!」

 

ぽろぽろと、あれだけ流した涙がまた溢れてくる。しかし拭いたいとは思わない。

何の抵抗も無く胸元に収まった将貴も、何も言わず動こうともしない。あまりにも無反応なので、私はふと視線を落とし、問いかけた。

 

「……将貴?」

「…………久しぶりだな。中村」

「──ッ」

 

そこにあったのは、再会を喜ぶ顔とはかけ離れた──絶望を塗り固めた、空虚な笑みだった。

 

「無事だったんだな……良かった……」

 

私を見た将貴は、薄い笑みを浮かべながらそんな事を呟いた。そしてそれを最後に、気味が悪いほどの静寂が生まれる。風に揺れるカーテンの音が、遠い世界の事に聞こえた。

 

「……うん。私は大丈夫……他の人達もね、みんな無事だったよ」

「……そうか」

「うん。この事件……あ、八月十日事件って言うんだけどね、無事解決したよ。それもこれも、全部将貴のおかげだよ」

「……そうか」

 

その後も、私は懸命に説明を続けた。

実験の事、それが永久凍結された事、『裏』が関わっていたため、この事件を隠匿される事など、出来る限りたくさん話そうとした。

しかし将貴は何の興味も示さない。それどころか、返ってきたのはこんな言葉だった。

 

「……中村を助けたのって、本当に俺なのか?」

「……どういう事?」

()()()()()()()()。俺が撃たれてから何があったのか」

「………」

「あの状態で俺に何か出来るとは思えない。だからきっと、中村を助けたのは別の奴だ」

 

……気になった事ではあった。

体を何ヶ所も撃たれた状態でどう動いたのか、何十倍もある戦力差をどうひっくり返したのか……しかしそれを確認する術は無い。

何故なら、()()()()()()()()()()()。何が起きて、どうやって事件を終わらせたのか、いくら記憶を辿っても何も思い出せない。

 

それでも断言しよう。

 

「私を助けてくれたのは将貴だよ。その事実は変わらない」

「……違うよ。俺はそんな事しない」

「……1つ、質問していいかな」

「……なに?」

「将貴はあの時、どうして戦う事が出来たの?」

 

それは、ずっと聞きたかった事だ。

絶望的な戦力差でも将貴は立ち上がった。先の見えない闇に突き進む事が出来た。無謀とも言える戦いに1人挑む事が出来た。その攻撃を何と呼ぶか、分からない訳ではないだろうに。

 

「……中村を助けないと、って思ったんだ。だから戦った」

「わたしの、ため……?」

「あそこで動かない事が、『正解』だとは思えなかった……それだけだ。お前のためじゃない」

「…………そう。でも、一歩間違えたら将貴が死んでたんだよ?」

「お前が死ぬよりマシだよ」

 

命のやり取りという、日常からはおよそ程遠い質問に、しかし将貴は即答する。分かりきった答えを改めて確認するように。

その目は不思議と澄んでいるのに、焦点は世界のどこにも結ばれていない。

 

「……俺は犯罪者だからさ、殺されても文句は言えないんだよ」

「……そんな事言わないでよ。将貴が死んじゃたら私、どうしたらいいの……」

「……それこそ中村が死んだら、俺はどうすればいいんだよ」

「………」

「俺は人をたくさん傷付けたし、殺そうともした……その時点で、もうお前とは違うんだよ」

 

落ち着いた声で、将貴は言う。聞き分けの悪い子供を諭すように。

()()()()()()()()は、もう違う世界の住民なのだと。関わるべきではないと、そう告げた。

 

「…………最後にさ、確認していい?」

「……?」

 

名残惜しそうに体を離し、将貴と見つめ合う。光を失ったその瞳は、あの鉄橋で見た時以上に淡く、暗く、脆そうだった。

それでも私は言いたい。知りたい。胸の奥でずっと引っかかっていた、あの質問の答えを。

 

「将貴ってもしかして……()()()()()()()()()()()?」

 

仮面のようだった将貴の表情が、初めて動いた。ともすれば幼児のように目を白黒させ、口を薄く開いたまま止まる。

 

「なんだか将貴、自分に何の価値も感じていないみたい……それは自分が悪だと確信しているから?」

「え……」

「だからこそ、自分とは関わらないでほしい……自分を嫌ってほしいって思ってる……?」

 

前原将貴は犯罪者、というのは事実ではあるのだろう。しかし将貴は、それに対する罪の意識が不自然なほど大きい。

自分が悪だと自ら主張するような口振りは、自分が罰せられる事を望んでいるようだった。

 

「死んでも仕方ないって言うのも、そのせい?本当は誰かに糾弾して欲しかったんじゃない?」

「………」

「将貴がどうしようもなく嫌いなのは……他でもない、自分自身なんじゃないの?」

将貴は何か言おうとして、しかし何も言えず俯いてしまう。やがて小さく肩を震わせながら、怯えるようにぽつり、ぽつりと呟き始めた。

 

「…………そう……かも、しれない」

「………」

「俺は……良く言われたくない……大切に想われたくないんだ……俺は悪だと、自分で納得できているから……」

「……だから、フッキー達にもキツく当たっちゃったんだ?」

「……だって、分からないんだよ……何であいつらは、俺みたいな奴に構うんだ……嫌ってくれた方がまだ楽なのに……何で……」

 

将貴は頭を抱え込みながら、途切れ途切れに言葉を紡いでいく。その呼吸は荒く、頬には汗の筋が幾重も刻まれていた。

その頭を撫でようとすると、将貴は一瞬びくりとしたが、後はされるがままとなった。

 

「……ごめんね。辛い思いさせちゃって。でも、その上で言わせてほしい」

 

頭から頬へ、沿うように手を動かした。そうして無理やり視線を合わせ、はっきりと告げた。

彼にとっては、この上なく残酷な言葉を。

 

「私は将貴の事好きだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………え?」

 

何を言われたのか、よく分からなかった。いや、脳が理解する事を拒んだ。

だってそれは、今の俺が最も欲しくない言葉であったから。

 

「な……なん、で……そんな事、言うんだ……」

「………」

「止めてくれよ……何で……」

 

喉元が痒くなり、呼吸が急に荒くなる。そんな俺を慈しむように、中村は俺の頬をゆっくりと撫でた。年相応に柔らかく、温かいその手が、何故かひどく恐ろしい。

 

「……自分を嫌ってほしいという将貴の願い……残念だけど、それは叶わないよ」

「………」

「将貴はきっと、これからもたくさんの人に愛されて、大切に想われる」

「……っ、なん、で……」

 

……何で、そうなるんだ。

俺は1人になりたい……1人になるべきなんだ。誰とも関わるべきじゃない……周りの優しさに甘えてはいけないんだ。

……でも、自分から嫌いとは言えない。俺みたいな奴を大切に思ってくれる優しい人を、傷付けたくはない……。

 

「……理由、知りたい?」

「……うん」

「それはね、将貴のせいだよ」

 

薄い笑みを浮かべながら、中村は告げる。慈しむように、愛おしそうに。至近距離で映る中村の髪には、見た事のない白い髪留めが着けられていた。

 

「将貴はみんなの事を、本当に大切に想ってくれてる……みんなそれが分かってるんだよ」

「……っ」

「だからこそ、みんな将貴を大切に想わずにはいられない。優しくされたから、優しくせずにはいられないんだよ」

 

俺の瞳が、自分でも分かるほど激しく揺れる。長年自分を支えていた何かが、ぼろぼろと崩れていくのが分かる。

それでもなお抵抗しようと、俺は決死の思いで口を開いた。

 

「違う……違うよ、俺はそんなに優れた人間じゃない……」

「………」

「……今回の事件だってそうだ。終息こそしたものの、それは結果論の話だ……俺がいなくても、きっと解決はしたんだよ」

 

そう、俺は特別でも何でもない。俺である必要はどこにも無かったんだ。

今回だってそう。俺がいなくても、きっと八月十日事件は解決した。陳腐な言い方をすれば、『ヒーロー』がなんとかしてくれたに違いない。

『俺だから』こうなった訳じゃないんだ。

 

「……でもあの時、来てくれたのは将貴だった」

「……え?」

「仮に事件そのものが起こらない世界があったとして、それが何なの。実際に駆けつけたのは将貴で、助けてくれたのは将貴だよ」

 

俺の事をまっすぐ見つめる目が、ひどく恐ろしい。思わず下を向こうとするが、中村はそれを許さない。それどころか顔をもっと寄せ、強引にでも視線を合わせてきた。

中村涼乃の瞳には、俺しか映っていなかった。『どこかのヒーロー』の事なんか、これっぽっちも見ていなかった。

 

「……ま、まて……止め……」

 

かつてないほど近くで見る、澄んだ薄茶色の瞳。それが左右に、上下に、儚げに揺れる。胸の奥がつんと痛み、耐えきれないほどに熱くなる。

 

「……あなたが自分を認められないのなら、まず私が認める。自分の事がそんなに憎いのなら、まず私が受け止める。だから忘れないで」

「──ぁ」

()()()()は、ここにいる」

 

──もう、限界だ。

 

感情を抑え込んでいた最後の糸が、ぷつりと切れた。それにより、胸の奥にずっと隠してきた何かが、奔流のように溢れ出してくる。

それが目元に達した時、俺の瞳に熱い何かが込み上げてきた。止めようとして上を向いても、もう遅い。

 

「え……?」

 

心配そうに見つめてくる中村の姿が、急に見えにくくなる。訳も分からず袖で拭うが、堰を切ったように溢れ出るそれは、視界も思考も、全てを白く洗い流していった。

 

「しょ、将貴……?」

 

中村涼乃は、俺を否定しなかった。

 

自殺志願者で、殺人者である俺を、正面から受け止めてくれた。

 

偽りの『前原将貴』じゃない。気遣いでも、哀れみでもない。ただの()()()()に興味を持ち、見ようとして、向き合ってくれた。

 

それがどれだけ難しい事か。

 

それがどれだけ温かい事か。

 

俺は、何も、知らなかった。

 

「……大丈夫、だからね。私はここにいるからね」

「あぁ……ッ!!」

 

情けない姿を見せたくないと、俺は体を引き離すが、中村は俺の背中に手を回し、優しく抱き留めてくれた。それだけで、強がる事なんて出来なくなった。

 

学園都市に入ったあの日以来、必死に隠してきたもの──強くなるために封じ込めた『弱さ』が、ここで剥き出しになる。

 

「あぁ、ぁ……ぁあ……ッッ!!!」

 

目元から溢れるそれが涙だと、俺はようやく気付いた。止めるべきなのに、止める術が分からない。だから俺は、こうして中村に縋る事しか出来ない。

 

なんて情けない姿だろう。なんと愚かな行為だろう。こんな俺を、明日の俺はきっと笑うに違いない。

 

でも、それでもよかった。

立派な志も、崇高な思想も、どうでもよかった。

ただ俺は、己から湧き出るこの感情に身を委ねたかった。中村涼乃を少しでも感じていたいと、そう、心から思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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