とある風紀委員の日常   作:にしんそば

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第43話

 

 

 

 

 

「前原将貴です。よろしくね」

「吹寄制理よ。よろしく」

 

それが彼との出会いだった。

進学先の中学校で知り合っただけの、どこにでもいるクラスメート。容姿は普通で、性格も普通。学力が優れている訳でもなく、テストで言えば私の方が上だ。

しかし何故か、彼は男女問わず多くの人から慕われていた。

 

 

 

 

 

「何でハラショーを頼るかやって?」

「ええ。何か理由でもあるの?」

「んー、別に無いで。ハラショーやから聞いてるだけやしなー」

「前原君だから?」

「そうそう。フッキーにもいずれ分かると思うでー」

 

的を得ない答えに疑問符が湧いたが、まぁいい。これからゆっくり知っていこう。まずは私の勉強だ。

……ハラショーって、前原将(ばらしょう)貴からきてたのね。

 

 

 

 

 

「すごいわね。『開発』が得意なの?」

「まぁね。まだ無能力者(レベル0)だけどさ」

「それでもすごいじゃない」

 

授業を通して、私は『開発』における彼の理解力に驚いた。各教科の中でも、取り分け難解な『開発』をここまで理解するなんて、きっと長い間勉強してきたのだろう。

 

 

 

 

 

「前原君?うん、訓練もすっごい真面目だよ。それに射撃のセンスもあるんだって」

「へぇ、訓練でもそうなんだ」

「うん。それよりフッキー、前原君のこと気になるの!?」

「何でそんなに嬉しそうなのよ……」

 

ある日、彼が風紀委員(ジャッジメント)である事を知った。しかも、小学校からの親友である中村涼乃と同じ支部だとか。いやはや、変な偶然もあったものである。

 

 

 

 

 

「あれ、前原君?まだ残ってたの?」

「ん、吹寄か。まぁもう少しな」

「大変ね。下校時刻までには帰りなさいよ?」

「はいよ」

 

テストが近いある日、教室に残り勉強する彼を見つけた。周りには計算に使った裏紙やノートが置かれている。

どうやら、彼はあまり要領が良くないらしい。しかし、その堅実さはいつか実るだろう。私も見習わなければ。

 

 

 

 

 

「クソ、マジで上がんねぇな」

「……そうだな」

「なにしょぼくれてんだよ。まさか諦めんのか?」

 

彼は身体検査(システムスキャン)でまた無能力者(レベル 0)と診断されたらしい。

しかしそこには、自分よりまず他人を励まし、鼓舞する彼の姿があった。彼の周りにいる友人達も、きっとこの姿に励まされたのだろう。

みんなが彼を頼る理由は、ああいった所なのかもしれない。

 

 

 

 

 

「前原は今日も残って勉強するの?」

「ああ。何なら吹寄も一緒にやるか?」

「うーん、ならご一緒しようかしら」

 

今日は彼と共に、数名のクラスメートで勉強会を開いた。色んな勉強法を惜しみなく教える彼の姿は、まるで親しみやすい先生のようだった。

前原のおかげだろう、その日はいつも以上に勉強が捗った気がする。またやりたいものだ。

 

 

 

 

 

「まったく、無茶するからよ」

「痛ッ……いいだろ別に。勝ったんだしさ」

「そーゆー問題じゃないの。仕事に支障出たら困るでしょ?……っと、ハイ終わり」

「ん、サンキュー」

 

学園都市の大規模体育祭、大覇星祭(だいはせいさい)

彼はそれで頑張りすぎた結果、足を怪我してしまった。まぁあまり深くはないだろう。

やる気に満ち溢れてるのは良いが、怪我をしてしまっては元の子も無い。彼を心配する声も少なくないのに。

 

 

 

 

 

「あれ、前原?」

「ん?吹寄?」

「どうしたの?こんな所で」

「いや、暇だから勉強してた。吹寄は?」

「えっと、私は本を返しに来たのよ」

「そっか」

「……あの、私もここで勉強していい?」

「え?別にいいけど」

 

冬休みのある日、私は図書館で彼を見つけた。課題は既に終わったのか、彼が見ているのは知らない参考書だ。

どうやら彼は、休みでも勉強と訓練ばかりやっているらしい。上条や土御門と幼馴染だと聞いたが、彼らにも少しは見習ってほしいものだ。

 

 

 

 

 

「はっ、はっ、はっ……」

「あれ、前原?」

「はっ……あ、吹寄。今帰りか?」

「……え、ええ」

「そうか。気を付けて帰れよ」

「………」

 

ある日の帰り、私は校庭で訓練している彼を見つけた。走りすぎたのか、足元はふらふらで今にも倒れそうだが、しかしその瞳はまっすぐだ。

前原は本当にすごい。彼はどこまで進む気なのだろうか。ぜひ近くで見届けたいものだ。

 

 

 

 

 

「前原、ここの問題なんだけど……」

「ちょい待ち。これ解いてからな」

「ん、分かった」

 

2年生になり、彼とはまた同じクラスになった。

私はいつしか、質問があれば自然と彼に聞くようになっていた。特に理由は無くとも、聞きたいと思ったからだ。

なるほど、これが『前原だから』頼るという事か。ようやく理解できた。

 

 

 

 

 

「ごめん前原!『開発』の教科書忘れちゃったみたいなの。悪いけど見せてくれない?」

「いいけど、珍しいな」

「ごめんね、私としたことが……」

「んな事気にすんなよ。らしくもない」

 

今日はうっかり教科書を忘れてしまい、隣の席で彼に見せてもらった。

さすがと言おうか、彼の教科書は所々皺が寄っており、読み込まれた形跡が多く見られる。何気なく口にするアドバイスは的確で、彼の理解力を物語っているようだった。

『開発』を受ける彼は本当に楽しそうだ。生き生きとしてて、格好良い。

 

 

 

 

 

「次は大覇星祭最大の難関、あの常盤台中学だ!!お前ら、覚悟は出来てんだろうなぁ!!?」

「前原?相手が相手だからって無茶していい訳じゃないからね?」

「わーってるよ。ほら、吹寄も!」

「もう……」

 

無邪気に笑う彼に釣られて、思わず私も笑ってしまう。何故か上条達が驚いているが、まぁいいだろう。

なお、結果は言うまでもない。無茶はするなとあれほど……まぁ、それが彼の魅力ではあるのだけれど。

 

 

 

 

 

「前原って何曜に残って勉強してるの?」

「主に金曜だけど……何だ急に?」

「私も参加したいと思ってね。前原と勉強するの、すごい集中できるし」

「別にいいよ。俺も話相手は欲しかったし」

 

彼の勉強に、私も加えてくれないかと頼んだ。彼の教え方は分かりやすくて、マンツーマンでは授業よりもずっと捗るからだ。

涼乃も誘ったが、ニヤニヤしながらやんわりと断られた。頑張ってねって何の事?

 

 

 

 

 

「前原ー」

「んー?」

一端覧祭(いちはならんさい)で必要な物があるんだけど、少し量があるのよ。着いて来てもらえない?」

「いいぞ。2人でか?」

「え?……あぁ、うん。2人、ね」

 

2人きり、という事が何故か気恥かしい。おかしいな、金曜の勉強会はいつもそうなのに。

帰り道にそれを言うと、涼乃は嬉しそうにその事をからかってきた。止めてほしいのに、頬が熱くなるのを止められない。何なんだこれは?

 

 

 

 

 

「期末、前原は何位だった?」

「……そう言う吹寄は?」

「私?……聞いて驚きなさい。15位よ」

「……ふはは、悪いな吹寄。13位だ」

「うえっ!?」

 

そして遂に、テストの順位で彼に抜かれてしまった。なのに全然嫌じゃなかった。むしろ心から祝福している私がいた。

そして私は、ようやく気付いた。

 

 

 

『憧れ』はいつしか『好き』に変わっていた。

 

 

 

教室で挨拶してくれるのが嬉しかった。

授業中、隣で勉強するのが楽しかった。

2人きりの勉強会が待ち遠しかった。

夜眠ろうとしても、思い出すのは彼の笑顔や小さな仕草だった。

 

前原は今何を考えてるのかな。

私の事だったら嬉しいな……なーんて。

 

 

 

 

 

「おはよう、吹寄」

「ま、前原……?お、おはよう」

「……?どうかしたか?」

「な、何でもないわよ。大丈夫!」

「お、おう。そうか」

「あっ……」

 

同時に、彼との距離感が分からなくなった。

向き合って話すと緊張するけど、話さないとただ寂しい。目が合うと嬉しいけど、そんなに見ないでほしいと思ってしまう。

矛盾した思考と行動に、私はされるがままだった。私はどうなってしまうのだろう。怖いけど、何だか楽しみだ。

 

 

 

 

 

「フッキーってさ、将貴君のこと好きだよね?」

「えっ……な、何を言ってるの?」

「親友だもん、それくらい分かるよ。それで、告白とか考えてる?」

「こっ、告……っ!?そんな事……」

「……将貴君、かっこいいもんねー。フッキーが何もしないなら私が獲っちゃおっかなー」

「なっ……それは……」

「にゃはは、冗談冗談。でもバレンタインにチョコはあげなよ?義理でもいいからさ」

「え。そ、そう……かしら」

 

やたら生き生きしてる親友に、私はいいようにからかわれてしまった。自分は気が強い方だと思っていたが、こういった事にはてんでダメみたいだ。

 

……私がチョコレートあげたら、前原は喜んでくれるかな。形はやっぱりハート……って無理無理!できる訳ないでしょ!!

 

 

 

 

 

「そんじゃ吹寄。また明日」

「……うん。ばいばい」

「おう」

「ぁ………あの……あの、まえばらぁ!」

「うお。な、なんだよ?」

「その……ほら、その、あの…………ぃ、いつも世話になってるから、お礼!はい!!」

「お、おう」

「あくまでお礼だから!じゃーね!!」

 

2月14日、私は彼にチョコレートを渡した。散々悩んだ挙句、結局は市販の物を。

涼乃にその事を話すと、最後の一言が余計だと怒られてしまった。うるさい、いきなり手作りとかハードル高すぎるのよ。

 

 

 

 

 

「なー吹寄」

「な、なに?」

「俺さ、お前を『制理』って呼んでもいいか?」

「………………え?」

「いや、さっき元春達に言われたんだよ。いい加減名前で呼んでやれってさ」

「………」

「嫌なら別に――」

「い、嫌じゃない!すごく良いと思うわよ!!」

「お、そうか」

「その……しょ、将貴……?」

「………」

「……あぅ」

「……無理しなくてもいいぞ。何にせよよろしくな、制理」

「よろしく、しょ……前原」

 

名前で呼ばれた時、心臓が止まったかと思った。その日の夜は全く眠れず、枕を抱えてベッドを転げ回った。『将貴』と呟いては1人悶えて、という流れを何度も何度も繰り返した。

ああ、何故私は彼を名前で呼び返せなかったのだろうか。でもいつか、いつかは……!!

 

 

 

 

 

「おはよう前原。また一緒のクラスね」

「おはよう制理。今年もよろしく」

「うん」

 

3年になり、彼とはまた同じクラスになった。同時に、たくさんの決意を固めた。

今年こそは、彼を名前で呼べるようになろう。

彼に近付けるようになろう。彼に相応しい存在になろう。この想いも、いつか伝えよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして夏休みのある日、彼は自殺した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ああぁ」

 

結果から言えば、それは未遂に終わった。直前で涼乃が助け出し、その意思を砕いたらしい。

しかしそれを聞いた私はまず呆然とし、ついで悲しくなり、そして絶望した。

 

だが、過去を嘆いている場合ではなかった。

本当の地獄は、そこからだったのだ。

 

「ああああぁぁぁぁ……」

 

『何であの前原が』

そう思った自分が恐ろしかった。勝手に嘆き、悲しむ自分に吐き気すらした。

 

彼の輝きに憧れた私は、その影を一切見ようとしなかったではないか。

彼は強い人だと決めつけて、1人で喜んでいただけではないか。

彼に理想の『ヒーロー』を押し付けて、担ぎ上げて、勝手に憧れていただけではないか。

 

それを認めたくなくて、私は思考を放棄した。

同時に、好きだったはずの彼の笑顔が、急に思い出せなくなった。

 

「あああああぁぁぁッッ!!」

 

何も気付けなかった自分に嫌気がさした。中途半端に慰めて、彼を余計に傷付けた自分にうんざりした。憤り、恨み、呪いさえした。

でも、それでも足りない。

 

「あああああッッ!!あぁああああぁぁぁぁあああああぁぁぁッッ!!!」

 

何度も何度も泣いた。でも、それが何に対する涙なのか分からない。私に泣く権利なんて無いんだ。

 

学校に行くのが嫌になった。

会わせる顔が無かったのだ。あんなに好きだった彼にも、その彼を助けてくれた、唯一無二の親友である涼乃にも。

 

……でも、行くしかない。

理由なんか知らない。そんな事を考える時間なんてもう、無いんだ。

 

「………」

 

考えが纏まらないまま……いや、考えを放棄したまま私は廊下を歩き、やがて目的の病室に辿り着いた。その扉の前に立ち止まり、開けようとしたところで、私は止まった。

聞こえてきたのだ。よく知る2人の話し声が。

 

「なぁ、()()

「ん、なに?()()

「……今更だけど、ありがとな。あの時助けてくれて」

「……こちらこそ。あの時助けてくれてありがとう」

「………」

「………」

「……本当、今更だな」

「じゃあ、これでおあいこだね」

「……くくっ」

「……ふふっ」

 

「――!」

 

数日後、私は涼乃を呼び出した。

彼の事に涼乃の事。聞きたい事は色々あったが、そんなのはもうどうでもよかった。

 

「涼乃、本題に入っていい?」

「う、うん。いいけど……」

「…………私ね、前原の事が好きだったの」

 

初めて告げる、私の本心。

それを聞いた涼乃は、一瞬目を見開いて、すぐに細めた。その瞳には、明らかな困惑の色が見える。

 

「…………好き、()()()?」

「ええ。今は何とも……思ってないわ」

「嘘だね」

「……嘘じゃないわよ」

「それも嘘だ──」

「嘘じゃないのッ!!!」

 

叩きつけるように私は叫ぶ。こんな風に涼乃に怒鳴るなど初めてだ。

見え透いた嘘だろうと関係ない。それに気を回せるほど、今の私は冷静じゃない。

 

「何でそれを私に……?」

「こんな事、涼乃にしか話さないわよ……親友、だからね」

「……?」

「話は終わり。時間とらせてごめんね」

「あっ、ちょっと!?」

 

後ろの声を無視して、私は静かに立ち去った。これ以上、涼乃と向き合う事に耐えられなかったのだ。

私は直感で理解できた。彼も涼乃も、ずっと近くで見てきたから、分かってしまったのだ。

 

彼はもう、涼乃によって救われていた。

涼乃もまた、彼によって救われていた。

その間に芽生えた、新たな感情の名前も。

 

「(……そっか)」

 

その事実を、私は意外なほどすんなりと受け入れられた。だって、私では痛みを理解し合う事も、『弱さ』を認め合う事も、私では絶対に出来なかったから。

 

……あーあ、負けちゃったなぁ。初恋が、まさかこんな形で終わるなんてなぁ。でも仕方ない。涼乃が魅力的なのは純然たる事実なのだ。

……私なんかとは全然違うんだ。

 

「……?」

 

あれ、何で、涙が……?

おかしいな。何で私、泣いて……?

めでたい事なのに、何で……?

 

わたしは、私は、涼乃の親友として、彼の友人として、この事を、祝福、しないと――

 

「――…………で」

 

…………なんで、涼乃なの?

 

涼乃は、なんで彼なの……?

 

涼乃の魅力なんて知ってる。

 

彼の魅力などもっと知ってる。

 

……なのに、なんで。

 

なんで?

 

なんで!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、おはよう前原」

「……おはよ、将貴」

「おはよう涼乃、制理」

「……涼乃?どうかした?」

「……ううん、何でもない」

 

遠くに彼を見つけ挨拶すると、横の涼乃が気まずそうな表情を浮かべた。

他人をよく見る涼乃だ。きっと私の本心を分かった上で、自分の気持ちと葛藤しているのだろう。

 

「涼乃。大丈夫よ」

「え?」

「私は後悔なんてしてない。だから、今度は涼乃が正直になりなさい」

「フッキー……」

 

……なんて言ったけど、こんなのただの言い訳。涼乃を理由に諦めるだけの、どうしようもない自己保身。

 

ねぇ、気付いてる?

彼、私より先に涼乃を呼んだよ?

彼、涼乃と話す時は、浮かべる笑みがいつもとは少し違うんだよ?

 

「(……本当、手のかかる親友達ね)」

 

まだ諦め切れた訳じゃない。この気持ちはしばらく晴れる事はないだろう。それでも、ずっと大切にしてきた気持ちだ。少しずつ思い出に変えていけたらいい。

それに、彼も涼乃も同じくらい大切な人なのだ。複雑ではあるけれど、素直に祝福したい気持ちもある。

 

ふと空を見上げると、先ほどまで重く落ちていた灰色の雲が、薄く広がっていくのが見えた。

 

「いい天気ね」

「え、そう?」

「うん。明日は、きっと晴れるわよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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