とある風紀委員の日常   作:にしんそば

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第4章:絶対能力進化計画編
第45話


 

 

 

 

 

白い影が、横切った。

月光に晒され闇に浮かび上がる、汚れきった白い影。その中で揺らめくのは、不気味なほど鮮やかな赤い瞳だ。

不健康的にも見える白い肌に、繊細な白い髪。それは医者が見ればどこか心配になるような、線の細い子供だった。

 

しかし少女は、それが自分と同じ人間だ、とはとても思えなかった。言うならば猟犬。それに追われる自分は、さながら野兎と言ったところか。

 

「はっ……はっ……」

 

動きに呼応し、少女が纏う灰色のプリーツスカートが揺れる。それは学園都市有数の名門、常盤台中学のものだった。しかしその至る所には、怪我をした、と呼ぶには多すぎる血が滲んでいた。どこかに置いてきたのか、あるべきはずの左腕がどこにも見当たらない。

だが少女はその痛みも忘れ、必死に足を動かしていた。なんてことはない、1秒でも長く生きるための延命処置だ。

 

だが猟犬は、そんな野兎に牙を剥く。

 

「はっはァ!!ンだァその逃げ腰は。愉快にケツ振りやがって誘ってンのかァ!?」

「……ッ」

 

この先の事など分かっていた。

少女は果敢にも勝てない勝負に挑み、敗れ、そして殺される。今まで1万回近く繰り返されてきた、そしてこれからも変わらないであろう、少女が背負わされた宿命であると。

でも、それでも。

 

「(──逃げなければ)」

 

生きたい。

少女はそう思った。そう、願わずにはいられなかった。皮肉な事に、死に対する明確な恐怖は、生への固執をより浮き彫りにしたようだ。

 

だが、それで状況が好転する訳じゃない。その程度で生き延びられるなら、ターゲットとされた子供は──一方通行(アクセラレータ)は、『最強』などと呼ばれない。

だから、今回も同じように。

 

「よォ」

「──ッ!?」

 

猟犬が、噛み付いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほら、撮るからもっと寄ってよ」

「わ、分かったってば。そう急かすな」

 

ばちーん、と安っぽい電子音が鳴った。数秒後、少女は少年に顔を寄せ、手元の画面を確認する。しかし気に食わないのか、薄茶色の髪に白い髪留めの少女──中村涼乃は、写真を見て分かりやすく眉を寄せた。

 

「あーもう、将貴が見切れちゃってるじゃん。撮り直そっか」

「いや、別にいいって。性能のチェックは十分できただろ?」

「せっかく撮るなら良いの撮りたいじゃん?ほら、もういっかい」

「まぁいいけど……うーん」

 

8月15日。学園都市は今日も平和だ。

私は今、第七学区のとある携帯ショップに来ていた。目的は私ではなく、隣にいる少年──前原将貴のケータイを用意することである。

先日、将貴のケータイは幻想天使(AIMリボーン)によって粉々に破壊されたためだ。しかしどれが良いのかよく分からず、適当にカメラの性能でも見てみるかー、となった結果がこれである。

 

「ほら、もっと寄って。また見切れちゃうよ?」

「……分かった。行くぞ」

「あっ」

 

ふと将貴の手が、隣に立つ私の肩に回された。そのまま体を引き寄せられ、結果的に将貴の胸元に収まる形になる。

ばちーん、というシャッター音が遠くに聞こえた。やたらと耳を打つのは、近くで聞こえる心臓の鼓動だ。

 

「………」

「………」

「……撮れたけど?」

「……そ、そーだね?」

 

将貴の手元からケータイを奪い、食い入るように画面を見る。そこには驚いたように目を丸くする私と、ぎこちない笑みを浮かべる将貴が写っていた。

写真としては微妙な1枚だが、プライベートではこれが初めてのツーショットだ。

 

「(これ、なんとか私のケータイに送れないかな……店員さんに頼めばいけるかも……?)」

「涼乃?」

「……何でもないよ?」

 

急に気恥しさを覚え、私は逃げるように店員さんに駆け寄った。将貴は困惑していたようだが、やがてケータイ選びに目的を移したらしい。

 

店員さんは最初は渋っていたものの、必死さが伝わったのか何とか攻め落とし、私のケータイに転送するのに成功する。ふふ、計画通り。

 

「涼乃、もう終わったか?」

「うぇ!?あ、うん……あ、ケータイそれにするんだ?」

「ああ、やっぱこれぐらいで十分だわ」

 

突然声をかけられ、思わず肩が跳ねたのが分かった。声をかけた将貴の手には、学園都市では珍しい旧式のタブレット端末が握られている。

 

その謳い文句は『大丈夫なスマホ』。

うっかり飛行機から落としても平気という、ただただ頑丈さに定評のある端末だ。代わりに性能は微妙だ──それでも『外』とは比較にならない──が、それゆえ価格は手頃という何とも言えない製品である。

 

「多機能すぎでも使わんからな。なら安いので十分だ」

「まぁそれもそーだね」

「ああ。だからもーちょい待っててくれ」

 

そう言うと、将貴は近くにいた店員さんに声をかけ、購入の手続きに入った。その様子を横目で見てから、私は手元のケータイに視線を戻す。

 

……さて、今のうちにさっきのツーショットをお気に入り登録して、いつものフォルダーに入れておこう。これは永久保存版だ。ついでにアルバムカバーにもしておこう。

 

「(どんなに強くても、寝顔はこんなに無防備なんだよねー……ふふっ)」

 

声を出さずに笑いながら、フォルダ内にある写真を見つめる。そこに写るのは、場所によっては英雄とまで言われる前原将貴のあどけない寝顔だ。

こういった『弱さ』を見せてくれるのは心地良い。それだけ信頼されていると、強く感じることができるから。もっとも、一緒に寝たりしている時点で、その信頼は深いなんてものじゃないが。

 

「……♪」

「すまん、待たせたな」

「ひゃぁっ!?」

 

唐突に聞こえた声に、私の肩が跳ね上がった。油断していたせいか、摘んでいたケータイが手元から滑り落ちる。その画面には、もちろん将貴の寝顔がアップで写ったままだ。

将貴がそれを拾おうと腰を屈めるが、それを悠長に見過ごす私ではない。ていうか色々とマズイ。

 

「見るなぁっ!!!」

「ぉぉうッ!?」

「見ないで!絶対見ちゃダメだからね!!」

 

とっさに両腕を伸ばし、ケータイを拾おうとした将貴の両目を思いっきり覆う。ぐにぃ、と胸元に妙な感触があった。

別の写真は百歩譲っていい、まだ言い訳できる。でもあの写真だけはダメだ。絶対に見られてはならないものなのだ。よりにもよって将貴には!

 

「見てない。将貴は何も見てない!いいね!?」

「いだっ、目が……ってか当たって……分かった!分かったから!!」

「……あ。ご、ごめん……痛かった?」

「っつ。何だよ急に……」

 

ケータイを回収してから将貴と向き合い、目元を優しく撫でる。やはり痛かったのか、将貴の頬が少し赤くなっているのが分かった。

……やっぱり痛かったんだ、ごめんね。うーん、何か冷やす物があればなぁ……痛みを和らげるには…………あっ、そうだ。

 

「……い、痛いの痛いの飛んでいけー!」

「くはっ」

「へ?」

 

突然将貴が胸元を押さえ、私から瞬速で目を逸らした。先ほどの痛みが残っているのか、何故か耳まで赤くなりながらぶるぶると震えている。

心配になり背中を摩ると、将貴の体がびくりと跳ねるのが分かった。

 

「だ、大丈夫?」

「ちょ、そこ……ん゙ん゙っ、あ゙ー、ああ。大丈夫。大丈夫だ」

「ほんとに?」

「う、うん……」

 

素早く立ち上がった将貴は、バツが悪そうに目を逸らし、はっと目を見開いた。かと思うと私の腕を勢い良く掴み、足早に店内を出ようとする。

 

…………店内?

 

「お客様?」

「あっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……何か疲れた……」

 

夜の第七学区を歩きながら、前原将貴は深い深い溜息をこぼした。中村涼乃を寮まで送った帰りのため、俺の隣には誰もいない。

思い出すのは、やはり先ほどのショップでのやり取りだ。女子からは生暖かい微笑みを、男子からは凍てつく殺意をもって見送られたのは記憶に新しい。

 

「(あの朴念仁め。無意識だからって耳と背中とか、弱いトコばっか攻めてきやがって……)」

 

思い出すだけで顔が熱くなり、緩んだ口元を右手で覆い隠す。恐らく今の俺は、ひどくみっともない表情をしているに違いない。

 

……気にしないようにしてたが、あの台詞は反則だ。しかも途中から恥ずかしそうだったし、なんというか、こう……滾る。

涼乃は本当、天然というか無自覚というか……というかあいつ、俺以外にも同じ事やってるんじゃねぇだろうな……いや、俺は別に涼乃の彼氏でも何でもないけどさ。でもこう……ね?

 

「(……ええい止めだ止め。今は忘れろ、別の事考えろ!)」

 

制御が効かなくなった感情に蓋をし、手元の袋の視線を移す。そこには、端末本体が入った箱とは別に、小さな茶色い紙袋があった。

取り出すと、それはディフォルメされたカエルのストラップだった。店員さん曰く、ラヴリーミトンのゲコ太……とか何とか。

 

「……げこげこ」

 

むにゅーっと指で押したり挟んだりして、歩きながら少し遊んでみる。確かに可愛いらしいとは思うが、俺には些か子供っぽすぎる。初春にでも渡そうか。

 

「……〜〜♪」

 

ゲコ太をポケットに仕舞い、慣れた様子で歌を口ずさむ。CMか何かで聞いたのか、歌詞も歌い手も知らないが、リズムは何となく分かる。相変わらず上手くはないが。

 

そんな様子でいると、ふと視界の端に1人の少女が入った。灰色のプリーツスカートに、半袖のブラウスとサマーセーターという格好は、見慣れた常盤台中学の制服だ。

 

「(この時間に……?てかあの茶髪ってオイ)」

 

常盤台の門限は既に過ぎているため、この時間帯に生徒が街を歩くのは変だ。まぁ松浦奏のような奴もいるが、あれは風紀委員(ジャッジメント)副委員長(ナンバー2)という地位からなる例外である。

加えて、チラリと見えた後ろ姿は、どう考えてもあの少女のものだ。俺はその少女の後を追い、そして案の定すぐ見つける。

 

「何してんだ御坂」

 

俺の声に、少女が足を止めた。彼女は身の丈ほどもあるギターケースを背負ったまま、やけに緩慢な動きで振り返る。

化粧のいらない整った顔立ちに、肩まで届く茶色い髪と花のヘアピン。お嬢様らしからぬ気の強そうな瞳は、俺がよく知る常盤台のエース、御坂美琴──

 

「どちら様ですか、とミサカは答えます」

「…………は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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