とある風紀委員の日常   作:にしんそば

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第46話

 

 

 

 

 

「どちら様ですか、とミサカは答えます」

「…………は?」

 

何言ってんだコイツ、と前原将貴は思った。しかし知り合いから突然そんな事を言われれば、ふざけているのかはさておき、困惑するのは当然であろう。

 

「どちら様ですか、とミサカは再度問いかけます」

「あの……」

「用が無いなら失礼します、とミサカは早々に会話を打ち切ります」

「……いや待て。待って?」

 

目頭を指で押さえて、立ち去ろうとする御坂を呼び止める。向き合って気付いた事だが、御坂はギターケースの他に、おでこにVRゴーグルのような物を着けていた。どちらにせよ、常盤台中学の制服とはひどく不釣り合いだ。

 

「……言いたい事は色々あるけど、とりあえず何してんの?」

「散歩です、とミサカは取って付けた理由を答えます」

「……さっきから気になってたけど、その喋り方は?新しいキャラ作り?」

「キャラ……それは個性の事でしょうか、とミサカは問いかけます」

「え。お、おう……」

 

不思議そうに聞く御坂の雰囲気に、ふと飲み込まれそうになる。その目はどこか虚ろで、焦点がどこにあるのか俺には分からなかった。

 

……何だこの御坂。掴み所が無いと言うか、ズレている。変な本でも読んだのだろうか。なら止めた方が良いと思う。

 

「……まぁいいわ。とにかく、こんな時間に外にいちゃダメだろ。寮監に怒られるぞ」

「ミサカには用事がありますので、とミサカは弁解します」

「用事?」

 

常盤台の寮監の恐ろしさは、白井と御坂がよく話すので俺も知っている。何でも、あの白井は一撃で沈み、超能力者(レベル5)の御坂ですら歯が立たないとか。それもう人間辞めてませんかね。

 

「……はぁ。とりあえず貸せ」

「?」

「その背負ってるギターケース。重いだろうから貸してくれ」

「別に構いませんが、とミサカは丁重に断ります」

「俺が構うの。持たせてくれよ」

 

そうですか、と素っ気なく言いながらも、御坂はギターケースを俺に差し出した。背負ってみると、身の丈ほどもある大きさに反し、その重さは意外なほど軽い。

……これ、本当にギターだよな?持った事ないけど、ここまで軽い物なのだろうか。

 

「ていうか御坂、ギターとか引くんだな。知らんかったわ」

「弾くことは可能ですが、弾いたことはありません。とミサカは即答します」

「……ん?」

「おっと口を滑らしてしまいました、とミサカはわざとらしく視線を外します」

 

無表情で他所を向く御坂に、思わず無音の溜息をつく。普段が明朗闊達なだけに、この変化にうんざりしたのだろう。これはこれで新鮮だが。

 

「ていうか御坂……だよな?」

「ミサカはミサカです、とミサカは即答します」

「……えっと、御坂美琴、だよね?」

「いえ。私はお姉様ではありませんよ、とミサカは間髪入れず否定します」

「お姉様?ってことは妹さん?」

「はい」

 

無表情で頷く御坂……の妹に、しかし俺は当惑の眉を顰めた。

御坂とミサカ。一卵性双生児なのか、貼り付けたように瓜二つだ。こうして全身を見ても、おでこのゴーグルと制服に着けてる缶バッジくらいしか判別できない。

……ていうか何だその缶バッジ。

 

「何ですか、とミサカはいやらしい視線に気付き1歩退きます」

「あ、すまん。そのバッジが気になってな」

「あげませんよ」

「目立つなーって思っただけだよ」

「やはりそうですか、とミサカは当然の帰結に嘆息します」

 

軽い溜息と共に、ミサカはカエルの缶バッジに触れた。その手は優しく、大切にしていることがひと目で分かる。

 

「外せばいいじゃん」

「これはお姉様から頂いた、初めてのプレゼントですから」

「……そっか」

「もうちょっとマシなものはなかったのかよ、という本音を胸にしまってミサカは嘆息します」

「オイ」

 

少ししんみりした空気を一瞬で消し飛ばすミサカである。というか、妹にも否定される御坂のセンスが残念でならない。

 

「……まぁいいわ。その制服、常盤台だろ?改めて聞くけど、こんな時間に何やってんだ?」

「実験に向かう途中です、とミサカは答えます」

「え、実験?何の?」

「機密事項です」

 

やけにはっきりと断ったミサカだが、実験内容は口外できないらしい。……にしても、この歳で実験を参加者になるとは、ミサカも姉同様に期待されているのだろうか。頑張ってほしいものである。

 

「まぁいいわ。とりあえずその実験場まで送ってくよ」

「別に構いませんが、とミサカは断りを入れます」

「夜中に女の子が1人で出歩いてんだぞ。風紀委員(ジャッジメント)として見過ごせるか」

 

常盤台という事はミサカも高位能力者なのだろうが、だからと言って特別扱いはできない。スキルアウトに絡まれた面倒だし、気分も良くないだろうから。

 

「……なるほど、送り狼ですか、とミサカはとんだ軟派野郎に辟易とします」

「はっ倒すぞ」

「押し倒す?」

「戯れ言を叩くのはこの口か?ん?」

「いひゃいえす」

 

むにゅーっ、と頬を両側から引っ張り、屁理屈をこねるミサカを成敗する。それでもなおミサカは無表情で、そのギャップに笑いそうになったのは秘密だ。

 

「それはさておき、実験場ってどっち?」

「こっちです、とミサカは正直に答えます」

「ん、よろしい」

 

俺のしつこさに観念したのか、ミサカは横合いの道を指差し、案内を始めた。初めこそ表参道を歩いていたが、やがて道は狭く、暗くなっていく。

 

「こんなとこ通んのか」

「ここを通るのが最短ですから、とミサカは合理的な判断をします」

「あのな、いくら合理的とはいえ、夜中にこんな所通っちゃダメだろ。変な奴に絡まれたらどうするんだよ」

「あなたのような人にですか、とミサカは問いかけます」

「懲りないね君」

 

デコピンでもしてやろうかと思ったが、どうやらミサカも冗談で言っていたらしい。もっとも、無表情なのは変わらないので判別には苦労したが。

 

「ミサカには能力がありますので、多少の事は平気です、とミサカは根拠を述べます」

「……して、その能力は?」

異能力者(レベル3)電撃使い(エレクトロマスター)です、とミサカは無い胸を張ってみます」

 

つっこみに困る反応だが、確かにそれなりの能力者ではあるようだ。……というか、姉と同じ電撃使い(エレクトロマスター)で高位能力者とは、御坂家、末恐ろしい血統である。

しかし、だ。

 

「……説教くさくなって悪いが、能力を過信するなよ。仮に使えなくなったらどうする気だ」

「………」

「そうじゃなくても、ミサカより強い奴がいたらどうする。そんな面倒な事になるくらいなら、初めから関わらない方がいいだろ?」

「………」

「……ミサカ?」

 

ミサカはふと立ち止まり、そのまま動かなくなってしまった。おでこのゴーグルが目元を覆い、その表情が完全に読めなくなる。

……もしや厳しく言い過ぎただろうか。いやしかし、間違った事は言ってないはず。多少嫌われたとしても、ここは風紀委員として厳しく──

 

「ぐー……、とミサカは立ったまま狸寝入りします……」

「ていっ」

「あうっ」

 

ミサカの頭に手刀を叩き込み、強制的に意識を連れ戻す。目を覚ましたミサカが、無表情で睨むという器用な事をやってのけた。

こいつ、ハナから俺の話なんて聞いてない。真面目に言ってた分、何か俺がすごい恥ずかしい奴になってしまった。こいつ、マイペースにも程がある。

 

「何をするんですか、とミサカは非難の目を向けます」

「あれ、何で俺が責められてんの?」

「何となくです」

 

全く分からないが、何にせよ警戒心は解いてくれたようだ。相変わらず強烈なキャラだが、これも個性だと割り切ることにしよう。

 

「ここで結構です、とミサカは告げます」

「え、ここ?」

「はい」

 

そうこうしてると、ふとミサカが立ち止まり、そう告げた。俺に手を伸ばしているのは、ギターケースを返すよう言っているのだろう。

しかし、こんな路地裏に何があると言うのだ。何をすると言うのだ。そんな疑念が次々と湧いて出て、素直に返す気になれなかった。

 

「こんな所で何するんだ?」

「本日の実験場はここですので、とミサカは弁解します」

「……大丈夫かその実験」

「内容については機密事項です、とミサカは再度警告を発します」

 

ミサカは機械的に言いながら、無機質な目で俺を見つめた。慣れたはずのその両目は、ぽっかりと穴が空いた人形のように暗い。

 

「あ、ああ……ほら」

「ありがとうございます、とミサカは謝辞を述べます」

「いいけど……」

 

圧に負け、俺はギターケースを渡さざるを得なかった。受け取ったミサカは踵を返し、さらに進もうとする。

本来なら俺も立ち去るべきなのだろう。しかしやはり気になるので、帰ったフリをして、後ろの壁からこっそり観察することにした。

 

……これ、傍から見たら普通にストーカーだよな。しかも対象が中学生とか、バレたらロリコン待ったナシだ。

 

「……乙女の秘密を暴いてそんなに楽しいですか、とミサカはカマトトぶってみます」

「……バレてたのか」

「バレてないとでも思いましたか、とミサカは悪質なストーカー野郎に悪態をつきます」

「あーもう分かった分かった!また今度話してもらうからな!!」

 

振り返り、拗ねたようにこちらを見るミサカは、先ほどの表情と異なり人間味があった。それに安心したのか、俺は頭を掻きながら小言を言い、来た道を引き返すことにした。

これ以上しつこいと本気で嫌われかねないので、大人しく退散するとしよう。

 

「……あの」

「ん?どうした?」

「……さようなら、風紀委員さん」

 

……そう言えば、まだ自己紹介もしてなかったか。そんな名前で呼ばれるのは初めてだ。

まぁ、別にいいか。これが最後の別れという訳じゃないんだし、話す機会なんて今後もあるだろう。

 

「前原将貴だ。またな、ミサカ」

 

短く言い残し、今度こそ帰路につく。何度か路地裏を曲がって広い道に出ると、切り取った夜空が俺を出迎えた。街の光に照らされて、薄明るい夜空からは星が除け者にされている。

 

時刻は21時。夜はこれから更けていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな夜空の中をはためく、特徴的な緑の旗。

その旗の下に居を構えるのは、風紀委員本部の巨大なビルだ。完全下校時刻は既に過ぎているが、ビル窓にはぽつり、ぽつりと明かりが灯っている。

 

その中の一室に、その少女はいた。金糸を編んだようなミディアムヘアは美しく、後ろで結んだ真紅のリボンによく似合っている。愛嬌と優美が手を取り合うその容姿は、言葉では言い表せない魅力があった。

 

「んー……疲れたぁ……」

 

その少女──松浦奏は短く溜息をつき、細い指で前髪を払った。釣り目がちの蒼氷玉(スイスブルー)の瞳には、少なくない疲労の色が伺える。

スカートのままオフィスチェアの上で胡座を組む姿は、とても常盤台のそれには見えないだろう。もっとも、この部屋には私以外誰もいないので、見られる心配は無いのだが。

 

「こんな仕事もう飽きたよー……つまんないよー……ブラックだよー……」

 

返事がないと分かっていても、こうして言葉にしないとやってられない。

流れと化してた事務仕事など単なる作業でしかなく、やればやるほど疲れるだけだ。紅茶と共に流し込んでいたものの、いよいよ消化不良を起こしそうである。

 

「(今から寮に戻ってもなー……寮監に頼むの面倒だし……こりゃまた泊まりかぁ)」

 

常盤台中学は学則が厳しく、夜中の外出など本来はご法度だが、私だけは特別に許されている。なぜなら私は天才だから……というのは半分冗談だが、半分は事実だ。

私は風紀委員の副委員長(ナンバー2)という立場にあり、その分仕事も多い。持ち出しが禁止されている捜査資料もあり、本部でしか出来ない仕事も数多くあるからだ。

外出の理由がプライベートではなく、街の治安維持に直結するもののため、学校側も素直に許可を出したのだろう。

 

「だからってこれは限界だよ!私は機械人形──っうわぁっ!?」

 

何かを発散するように、思い切り手足を伸ばす……が、胡座から急に動いたせいでバランスが崩れたのか、私は椅子と共に後ろに倒れた。それはもう、すってーん、という効果音が聞こえそうなほど鮮やかに。

 

「うぅ、あうぅ……うん?」

 

頭に手を当て、品性もなく転げ回っていると、ふと耳元で音がした。腕に着けている腕時計型端末が鳴ったのだ。

画面には『しょーくん』と表示されている。とある事件以降、知り合い程度には仲が良い年上の少年だ。

 

『夜分遅くにすまん、奏か?』

「そうだよー。しょーくん、久しぶりだねー」

『ああ、久しぶり。いつ以来だっけ』

 

取り留めも無い会話が、広い部屋に小さく響く。互いの近況を報告し合うだけの、当たり障りもない無駄話だが、仕事に辟易していた今の私には心地よかった。

 

「それで、どーしたの?何か用があっての電話なんでしょ?」

『まぁな。奏、御坂の妹って知ってるか?』

美琴(みこっち)の妹?」

『みこっち……?まぁ常盤台らしいんだけど、知ってるか?』

 

起こした椅子で胡座をかきながら、ふと眉を顰める。みこっちは友達だが、妹の話なんて聞いた事がない。それに、常盤台における『御坂』の姓は彼女だけだったはずだ。

どうでもいいが、私からすれば常盤台中学の全校生徒200人を覚えるなんて楽勝だ。

 

「んー……いや、知らないね。その子の姓って御坂なの?」

『多分な。ミサカはミサカはって何度も言ってたし』

「ちょっと待って。今調べるから」

『え、調べるって?』

 

作業途中のレポートをデスクトップの脇に追いやり、自作の通信用カードをスロットに差し込む。一定の間隔でパスコードを打ち込むと、画面に大量の偽装ファイルが展開された。私はその中から本物を選び、プログラムを有効化させる。

そこからは簡単だ。常盤台のサイトにアクセスし、割り当てたショートカットキーを何度かぽちぽちすると、画面に200人分の学生名簿が表示された。これで住所・氏名・顔写真・経歴まで丸分かりである。

 

「みこっち以外に御坂って子はいないね。転校生って訳でもなさそう」

『……何をしたかは聞かないぞ。何か怖いし』

「まぁまぁ。それで、どんな顔か分かる?」

『御坂と瓜二つだよ。多分双子だと思う』

「へぇ、双子ね」

 

瓜二つと言うなら見間違いもないだろう。しかし、改めて学生名簿を見ても、みこちゃんは1人しかいない。

 

「……まぁ常盤台かどうかはいいや。その妹ちゃんがどうかした?」

『いや、さっき会って話してて気になったんだよ。実験がどうとかって』

「実験?こんな時間に?」

 

学園都市は科学と実験の街だ。能力者──つまり学生を対象とした実験が行われているのは事実である。

しかし、内容にもよるが、この時間に実験とは些か非常識だと言わざるを得ない。

 

「ちなみに、どこでやってたの?」

『第七学区南部の路地裏。多分、第二学区の境界あたり』

「……路地裏?そこで何ができるのさ」

『さぁな。見ようとしたら追い出されたよ』

「ふーん……」

 

こんな時間に、路地裏でねぇ……つまり、人目を憚り、知られてはならないような実験をしてるかもしれない、と。

 

「それで妹ちゃんが心配になったから、私に実験について調べろってこと?」

『……まぁそうなる、な』

「おーおー、完全に越権行為じゃん。バレたら始末書じゃ済まないよー」

『いやあの、出来たらでいいんだ。俺が安心したいだけだから、無理にやらなくても』

「……私を利用するならもっと胸張りなよ。らしくもない」

『そうは言ってもだな……』

「いいよ。時間ある時に調べてあげる。私もちょっと興味あるし」

 

妹ちゃんを本当に心配しているのだろう。電話の向こうで嬉しそうに笑う声があった。強力な能力者でありながら、この辺りは素直なしょーくんである。年上だけど。

 

『何度も言うが、無理はしなくていいからな。危ないと思ったらすぐ引き返せよ』

「言われなくても分かってるって。伊達に副委員長は名乗ってないよ」

『そっか、ならいいんだ。おやすみ』

「ん、分かったら連絡するね」

 

通話終了ボタンをタップし、ふと一息つく。真っ黒になった画面には、頬が緩んでいる私が映っていた。取り留めはなくても、やはり他者との会話は大切なのだろう。今回のそれで身に染みた。

 

「さて、もう少しやりますか」

 

こういう時、素直に『おやすみ』と言えないのが辛い所である。頑張って偉くなればなるほど忙しくなるなんて、現代社会の闇は深いな、なんて似合わない事を私は思うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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